「とある異邦の冒険者一党」前編 ~無鉄砲の代償~
異世界ものといえば冒険者。実は、異世界もの書いておいてなんですが、最近は異世界ものは読まない……。黎明期のような時期は、よく読んでいたんですけども。
――――「とある異邦の冒険者一党」前編 ~無鉄砲の代償~
「Comment dire,冒険者とかいう方々は、C’est-a-dire,神の祝福を拒否した方々なんですかねぇ。」
「藪から棒になんだ。」
我らが少女騎士アンナ嬢は、すっかり愛馬となった、栗毛で、白い毛が目の上から鼻の間にあるユニコーンに跨って言う。ユニコーンは上機嫌で、真新しい蹄鉄が心地よい蹄の音を鳴らす。つぶやきの先は青毛のユニコーンに跨った老騎士ドラクロワおじさまである。彼女はユニコーンの角を見つめながら続ける。
「どこの領民でもなく、どこの教区にも属さず、もし死んでしまえば、存在したことを忘れ去られる……。」
「まあ、まっとうな生き方ではないが、世の中の人間すべてがお前のように高貴な家に生まれるわけではない。」
「しかし、comment dire......この土地ならではですね。なんの身分の保証も、教会からの庇護もないのに、武器を携行して、領主から仕事を受けられるとは。」
「傭兵ギルドに加入することを拒否されたか、自ら拒んだ連中だ。行く先々の口入り屋に群がる放浪者さ。響きがいいから冒険者と自称しているだけだ。雇う側からすれば、傭兵ギルドと違って死んでくれたらタダで使えるわけさ。どちらにせよプロではない。だからこうして、おれたちが後詰めをするハメになっている。」
少女騎士と老騎士、二人の騎士の前方では、ある冒険者の4人組が意気揚々と歩んでいた。意気揚々と歩んではいるが、その道は略奪された村へと続く道である。朝日の昇る、クルティボ村から南へ下った森の中。踏み鳴らされただけの土の道である。だが冒険者たちの目には上等な道に見えるらしい。
「アキトゥ、今回はオークの痕跡を追って、住処を突き止めればいいんだから、無理に戦おうとしないほうが賢明なんじゃない?」
「そうはいってもさ、別に全滅させちまってもかまわないんだろう?」
「そうそう~! アキトゥさまは無敵なんだから~!」
「無理は禁物……。」
などと楽し気に語り合っている一党。少女騎士は一度肩から息を吸ってから、ため息をつくように落とし、彼らを指さす。
「随分と楽しそうですね。青年がひとりに、あとの3人は女性ですか……。」
「少女とよべる年ごろだな。あの男はけっこうな色男のようだ。やれやれ、怪物の出る森で、のんきなもんだ。ああ、お嬢さん、お前も人のことは言えないぞ。」
「C’est pas grave. わたしのお供をしてくれるのは頼りになる、おじさまですから。」
「剣をぶらさげた、馬に跨るお嬢さんではなく、聖書を抱いて、馬に横乗りするお嬢さんのお供をしたいよ。」
「私も聖書を抱きますよ?」
「聖書の角で殴るような乙女か。」
「まさか! そんなことしません。」
「確かに。拳で殴る乙女だったな。」
一行は魔女の湖を抜け、御影石を超えて、ナラの森から白樺の森へ移ろう地点までやってきた。アンナ嬢の記憶では、このまま小川沿いに進んでいけば例の村へたどり着くはずである。
「Maintenant que j'y pense, なんだか、時折、あの冒険者の男がこちらを、ちらちらと見てくる気がします。」
「マドモワゼル、お前に気があるんじゃないか。」
「Ça, par exemple ! 恥ずかしいですね。」
「その兜を脱げば、おそらく奴は気を失うほどだろう。」
「Tant pis. ユニコーンに乗っているから誤解してるのかもかもしれませんね。Pour en revenir au mission.(さて、任務の話に戻りましょう。)私たちを監視役だと思っているのかもしれません。」
「実際、半分そうだからな。ロベルト卿も物好きなことだ。女伯の下へ報告に行った帰りに、こんな冒険者を雇って帰ってくるとは。結局信用できないから、便利に使える修道騎士二人組が監視役に抜擢だ。」
騎士たちが魔女を退治してから、クルティボ村付近へ蛮族の斥候が頻繁に出没するようになっていた。はじめのうちは2、3矢、弓矢の応酬を繰り返すだけであったが、次第に蛮族の侵入は大胆になってきた。先日、ついに丘まで達した蛮族の斥候と少々の小競り合いから衝突に発展し、アンナ嬢とドラクロワおじさまもオークどもと斬り結ぶことになった。
クラウディア女伯の下から戻ってきたロベルト卿は、ちょうどこの事件に遭遇し、彼自身も剣を抜いた。この事態を鑑みて、騎士たちは合議の結果、蛮族どもの拠点を見つけ出し、火をかけてやろうという話になったのであった。
ロベルト卿は都合よく冒険者の一党を雇って帰ってきたので、彼らに蛮族どもの痕跡を追い、拠点を見つけ出すよう仕事を与えようということになった。この冒険者の一党は、異民族の男を頭とした4人組で、怪物の追跡から討伐までこなすと、すこぶる便利だと高評価らしい。近頃有名になりつつある者たちであるそうだ。
だが、プロの傭兵ならまだしも、何一つ身分の保証の無い冒険者は信用しきれない。爵位のある貴族の三男坊、あるいは自由農民の息子、最低でも教会で洗礼を受けた者ならまだしも、自由民かどうかすら怪しい若い女に、頭は異民族で脱税の疑いのある男。ということで、自由に動ける戦力とみなされてしまっている修道騎士二人組(アンナ嬢とドラクロワおじさま)に監督の白羽の矢が指されてしまったのであった。
訓練教官役に嫌気がさしてきており、自分に向かない仕事だと嘆き始めていた少女騎士は、これを快諾した。
「Huh......この仕事は私には向いていない。」
とは近頃の口癖になりつつあった。丘の向こうに蛮族の影が出たと警報の銅鑼が鳴らされるたびに、ぴょんこと飛び跳ね大喜びで騎乗して現場へ向かうほど、教官役から一時でも離れたいい様子であった。
訓練教官役が楽しくなりつつあった老騎士は、冒険者のお守りの依頼を聞いたとき、はじめは眉間にしわを寄せていた様子であった。だが褒賞の入った袋を受け取ると渋々ながらといった雰囲気でこの役を承諾した。しかし、その袋は少女騎士に分捕られ、半分を教会へ寄付されてしまった。少女騎士は凹んだ兜を直し、盾を新調した。とはいえ以前と同様のカイトシールドで、聖油をしみこませているうちに、ほこりや泥が付着し、年季の入った風貌になってしまった。そしてわずかに残ったものは老騎士に取り上げられ、貯金されてしまったのだった。
「Au fait, あの冒険者の御仁も珍しい顔立ちをしていますね。遊牧民の中にも、似たような顔を見たことがありますが……。どこの出身なんでしょう。この辺りでも珍しいのでは?」
「はるか東の果てに住む人々は、あいつみたく卵のように平たい顔立ちだと、友人から聞いたことがある。」
「Sacre bleu!!! お友達がいらしたんですか!」
「友人くらいいるさ。お前と違ってな。おれを何だと思っているんだ?」
「陽気なドラゴン、ご友人もドラゴン?」
「恋人もドラゴンさ。」
「ああ、神よ……!」
「愛と勇気が友だちなんだろう? にぎやかでいいじゃないか。」
「Je ne sais pas.(ジュヌセパ)」
と投げ捨てるように言い放つと、胸の前で十字を切って明後日の方向を見つめだしてしまった。馬は馬上の主の心持ちなど気にせず、ご機嫌に尾を振り、アンブル(常歩)で蹄の音を奏でる。
「やれやれ。」
老騎士は肩をすくめて、ため息をついた。
一行は以前、巨大鳥と遭遇し、オークに略奪され荒廃したままの村までたどり着いた。すると冒険者のうち、緘黙そうな雰囲気を漂わせる、短弓を背負い、長い栗毛を一つにまとめた娘が停止の合図をした。彼女は腰から矢筒を下げており、手斧とナイフもぶら下げているようである。ブリテン島の高地人のようにキルトを履き、クマの毛皮をマントのように羽織い、生皮のブーツを履いている。アンナ嬢はその娘を初めて見たときから心の中で「高地人の狩人娘」と勝手に渾名をつけた。高地人の狩人娘は村から外れた雑木林を指さしながら、平たい顔の男にぼそぼそと話しかけた。
修道騎士たちから20歩ほど離れた場所で、冒険者たちは円陣を組んで相談をはじめた。やがて、平らな顔の男が修道騎士たちへ向き直り、手招きをした。
この男は黒髪をぼさぼさの短髪にしており、胡桃色のチュニックの上へ鋲打ちされた黒い革ベストを羽織り、短靴を履いている。背中には湾曲した奇妙な曲刀を背負っていた。少女騎士は以前、サラセン人の中で似たような刀を持っている者を見たことを思い出したが、そのサラセン人の刀よりもさらに細身で、長く、彼女には理解できない文化の装飾が施されているようであった。
修道騎士たちは馬を進め、のこのこと冒険者たちに近づくと、平たい男が騎士たちを見上げながら、
「オークたちの痕跡があの森の中に続いてるらしい。おれたちは跡を追ってみるぜ。アンタたちはどうする?」
などと腰に手をあてながら、顎で森を指し示しながら語る平たい男。やけに単語のひとつひとつをはっきりと区切る発音で、また言葉に抑揚が少なく、まるで案山子が風に揺られて独り言を話しているかのようだ。修道騎士たちはお互いに顔を見合わせると、
「もちろんお供させていただきます、‘閣下‘。」
と老騎士は両手の人差し指と中指を立てて顔の高さに上げ、指先を2度折り曲げながら、滑らかな発音で返答をした。
「アキトゥさまはとっても強いので、騎士さま方はごゆっくりなされていても大丈夫ですよ~~。」
と気の抜けたしゃべり方をするもう一人の冒険者の娘。ローブをまとっており、フードを目深にかぶっているので表情をうかがうのはむつかしい。ただの棒切れを手にしている。平たい男は気の抜けた娘に対して
「おいおい、おれは一介の冒険者だぜ。だけど、実際、おれたちだけでも余裕だよ。」
「ちょっと! アキトゥ、騎士の方に失礼でしょう! ごめんなさい!」
などと修道騎士たちに頭を下げるのは、利発そうな肩の高さで切りそろえられたブロンド髪の娘。青いギャンベゾンに、手製らしい木版を肩や肘へ縫い付けて補強したものを着、冒険者一党の中で唯一ヘルムを被っている。傷だらけで使い古された鼻当ての無いどんぐり型の兜である。そして短剣をぶら下げ、小ぶりな丸盾と短槍を手にしている。
その様子に、少女騎士もまた、うやうやしく頭を下げると、
「‘武勇は伝え聞いております。わたくしどもも邪魔にならないように努力いたします。‘」
と彼女も両手の人差し指と中指を立てて顔の高さに上げ、指先を2度折り曲げながら、流暢にフランス訛りで答えた。
「おじさま、冒険者はいつもこのような?」
「こいつらは一等特別らしい。」
「赤ひげマウリシオ卿なら、怒り出してしまいそうですね。」
「よくもまあ、こいつらは今まで上手くやってこれたものだと感心するよ。」
一行は道を外れ、高地人の狩人娘を先頭に森の木々の中へ入っていった。段差も緩やかで、低木は少なく、薮も少ないことから歩くのにそれほど苦労はいらないようであった。騎士たちも騎乗したままで進むことができた。広葉樹の木々が緑の葉を広げ、太陽の光を隠す。薄暗く、ちらちらと差し込む木漏れ日が常夜灯のように辺りを照らす。
しばらくは鬱蒼とした大地であったが、高地人の娘が弓に矢をつがえはじめた頃から、地面に動物や‘人‘が何度も通行した跡が見て取れるようになってきた。平たい顔も背中の刀を引き抜き、利発なブロンド娘も盾を構えて警戒しながら進み始める。気の抜けた娘は棒切れをだらんと下げたままだ。
修道騎士たちは冒険者一党とは距離を置きながら後をついていった。こちらも周囲を頻繁に見渡すようにななったものの、抜刀なぞはせずに、ユニコーンもアンブル(常歩)のままである。
やがて、低木も目立ち、草も多く生い茂るようになってきた。騎士たちは下馬し、馬を隠す。利口なユニコーンたちは命令を理解し、耳をくるくると回しながら目立たぬよう木々の陰で待っている。
高地人の狩人娘が、平たい顔を手招きする。指さしながら、なにやら言葉をささやき合っている。指さす方向を、20歩ほど後方から騎士たちが眺めると「生活の匂い」がするのに気が付いた。
すると、高地人の娘は弓を構え、引き絞り、草木の先へ狙いを定め始めた。平たい顔が身を屈ませ、草木をかき分けて先行する。
バシュン、という弦の音とともに、矢が放たれた。草を切り裂きながらまっすぐに飛翔し、やがて何かに突き刺さった。一瞬だけうめき声のようなものが聞こえたが、すぐに聞こえなくなった。気の抜けた娘が棒切れを振るう。
気の抜けた娘が棒切れを振るい、高地人の娘が矢筒に手をかけたと同時に、まったくの無音のまま、矢が突き刺さった‘何か‘が倒れこんだ。いままで草木に隠れて見えなかったが、倒れこむことによって矢の刺さった相手が判明する。
毛皮でつくられた粗末な上着、薄汚れた黄色い肌、でっぷり太った大男。豚面の醜い獣。オークである。矢が首に刺さり、苦しそうに倒れこむ蛮族だ。しかし、うめき声をあげているはずが、その声は聞こえない。高地人の娘の後方で、気の抜けた娘が空中へ絵を描くかのように棒切れを振っている。
「魔術だな。」
その光景を見ていた老騎士がつぶやく。すかさず少女騎士が問う。
「Qu'est-ce,魔女?」
「いや、似てるが、違う。魔術と聞いて、暴れださないでくれよ、マドモワゼル。」
と老騎士が首を振って答え、少女騎士が腕を組んだと同時に、いつの間にやら苦しむオークの傍まで近づいていた平たい顔の男が、その刀を振るい、野蛮な獣へとどめをさした。
「お前も見習ったらどうだ。馬鹿みたいに神の名前を叫びながら剣を振り回すよりも、よっぽど賢いやり方だし、危険も少ないぞ。」
「わたし、ああいうの苦手なんですよね。どうも、こそこそと隠れているとお腹が痛くなってしまって……。」
「それで何度も死にかけているが。」
「でも、私たちはまだ地上にいますよ。」
冒険者一党は息を止めた蛮族を見分し、2、3言交わすと、身を屈ませ、草々をかきわけながら奥へ進んでいった。草々をかき分けるのが嫌だった少女騎士は、これ以上は進まずその場で待っていることにした。老騎士も同意見のようで、ふたりして腕を組みながら、冒険者たちの後姿を眺めていた。
「Au fait,あの木の枝でくるくるやっていた娘は、魔女なんですか?」
「魔術師だろう。」
と言いながら、近くの樫の木に背中を預ける老騎士。少女騎士は語尾を上げながら、
「Ah bon ?」
「ギルドがあるんだ。各都市で認められた魔法使いがいる。」
「領主はそんな冒涜的なギルドを認めているので? 教会は何も?」
と十字を切ると、冒険者一行が向かった先を眺めながら、左ひじを木に当ててもたれかかる。
「教会は破門してるよ。」
「Ca alors ! 政治の香りがしますね。私は嫌いです、そういうの。」
「いま、おれの頭の中で繰り広げられた光景を教えてやろうか。魔術師ギルドメンバーに向かって、剣を振り回すお嬢さんの姿が浮かんだんだが……?」
「神のご意思によっては、ありうる姿ですね。」
樫の木に肘をあてるのをやめ、十字を切る。老騎士は肩を上げてから、ため息をつくように落とし、
「すばらしい。まさに信心深い修道騎士の鏡だな。他にはどうする? ドラゴン殺しでもやるか?」
「おじさまのことは、好きですから。」
「好き嫌いで殺生の判断を下す。世界はさぞ平和になるな。」
「おじさまも一緒にどうです? きっと楽しいですよ。」
「また別の機会にとっておくよ。見ろ、平たい顔が戻ってきた。」
二人がいつもの楽しい会話を繰り広げていると、平たい冒険者が戻ってきた。話によると、この先にオークの集落を発見したらしい。修道騎士らも男について、実際に確かめに行くことにした。
彼に続いて草々をかき分けていくと、おそらく、見回り役と思しき蛮族どもの死体がいくつか転がっていた。先ほどのように、一匹づつ片づけていったようだ。中には、でっぷりと太ってはいるが、女性的な曲線を持つ個体も混じっていた。
「メスもいるんですねぇ。手には木の実。肉食かと思ってましたよ。」
とのんきな少女騎士。平たい顔は振り返らず、草をかき分けねがら、
「好物は人肉だろ? ついでに人間の女の子も好物ときた。絶滅させるべき奴らだよ。」
老騎士は眉を片方上げながら、
「おやおや、珍しく意見が一致するやつに出会えたな。マドモワゼル?」
「異教徒だからですよ。正しい教えに改めれば、絶滅させる理由はありませんね。」
という言葉に、平たい顔は肩越しに少女騎士を見やりつつ、
「こんな野蛮な怪物を絶滅させなくってもいいって? アンタ馬鹿か?」
「機知に富んだ言葉をありがとうございます、冒険者殿。正しい教えに従うようになれば、神の祝福によって、正しい生き方ができるようになります。」
「あんなバケモンと一緒に暮らせるか?」
「邪悪な異教に従うから、きっと呪いを受けたんですよ。正しい道を信じれば、きっと呪いも解けるはず……probable...」
「じゃあアンタは奴らを殺さないのか。」
「もしも神の僕なら、殺されないはずです。異教徒なら地獄へ。神は自らのしもべを知っておられますから。」
「貴族ってみんなこんな考えなのか? アンタも同じ考えか?」
平たい顔は老騎士へ目をやる。老騎士は肩をすくめて、
「やれやれ、”閣下”このお嬢さんは特別でね。」
しばらく進むと、薮に隠れるようにして例の女冒険者たちが待機していた。平たい顔は彼女たちに「待たせたな」と言うと、騎士たちへ向き直り、薮の先を指さした。
「見てくれ、オークどもの拠点だぜ。」
少女騎士が藪の間から前方を覗くと、どうやら彼女たちがいる場所は他よりも少しばかり高い土地になっているようであった。前方には急な斜面があり、斜面を下ると茨が群生してる。
視界の先は切り開かれた森の盆地のようで、見下ろすように眺めると、そこには水場に囲まれた禍々しい塔が建っていた。塔は森の木々と同じくらいな高さであるが、材料は石、木、そして様々な動物の骨であった。
見つめながら十字を切って、塔の周りを見てみれば、水場を囲むようにして、木や骨や毛皮でできた、まるでテントのような建造物が林立していた。およそ60世帯ほどであろうか。かなり過密に住居をならべてある。中には薪を燃やしているのか、生活の煙を吐き出しているところもある。建物のまわりではオス、メスの蛮族が活動しており、毛皮を縫い合わせている者、土器と思しき大鍋で何かを煮込んでいる者、木材と石材や骨を用いて何やら道具を作っている者、禍々しい塔へ出入りする者がいる。
「見て! あそこに人間が……!」
ブロンド娘が指さす方向へ、皆が視線を向ける。すると、どうやらオークどもとは違う種族の者たちが、粗末な肌着を身に着け、泥にまみれながら丸太や石、動物の亡骸を運んでいる。動物の解体をする者や、煙の燻る炉の付近でむせ返りながら労働する者たちもいる。
「奴隷扱いってことかよ!」
と憤りはじめる平たい顔。
「エルフ……。」
とつぶやくのは高地民の狩人娘。少女騎士が目を凝らして注目すると、なるほどたしかに、美しい白金色の髪に、長い耳が確認できた。彼らのそばには、斧やこん棒を持ち、毛皮を何層にも重ねて武装したオークどもがおり、ときおり奴隷と思しきエルフたちに怒鳴っている姿があった。
より小柄な蛮族もいるようで、彼らは走り回って「遊んで」いるようであった。しかし、その遊びの中でもっとも目につくのが、杭に縛りつけた‘何か‘に向かって石を投げるという遊びをしている蛮族どもであった。
「許せない!」
などと語気強く、拳を握りしめるのは平たい顔。いまにも爆発しそうだ。
「まあ、まて、若者よ。いまここで突っ込んでも、死ぬのはお前だぞ。」
「じゃあ、黙ってみているっていうのかよ?」
老騎士の言葉は彼の正義の炎をより燃え上がらせるだけだった。正義の感情に支配された男は、背中の刀に手をかけたが、抜刀する前に、ブロンド娘が息をのみ、思わず手を自身の口に当てた。
彼女の視線の先には、杭から引きずり降ろされた肉塊があった。その塊はエルフたちによって降ろさた。作業をしながら、エルフたちは嘔吐を繰り返していた。その様子に武装した蛮族は怒鳴り声をあげながら、蹴りを加えている様子だった。だが、平たい顔の正義の炎を爆発させるのはこれからである。
新たに縛り上げられ、肌着も身に着けず杭の元へ連れてこられた人がいる。美しく、若いエルフの女性のようだった。彼女は蛮族どもによって杭に押し付けられると、怪物たちは子どもまで加わって凌辱をはじめたのだった。
「ティア、ネルケ、トレーネ、おれが何を考えているかわかるか?」
「もちろんです~! アキトゥさま~!」
「ここで引き返すなんて、できない!」
「やるなら、迅速に……。」
冒険者たちはそれぞれ血気盛んに、各々の武器を抜き、今にも突撃しようとしているところだった。その様子に唖然とし、次に大きく肩を落としてあきれ返った老騎士が、
「おいおい、冒険者たちよ、たった四人で敵のまっただ中に突っ込む気か? 死ぬぞ。」
しかし平たい顔は老騎士へ振り返り、眉間にしわを寄せながら、
「助けるしかねえだろ! アンタ騎士だろ? 何もしない気かよ?」
「ハァー、お前たちの今回の仕事は、オークの拠点を見つけるだけだったはずだが?」
「話になんねえな! そこの女騎士さんはどうなんだよ?」
「Bah......両者とも異教徒、悪魔の手先、Tu vois? なぜわれわれが? それに今奇襲をかけては……」
「クソどもが! やっぱし、どこの世界も貴族は腐ってるってことだな! 行くぞ、お前たち!」
そう言い放つなり、彼らは斜面を駆け下り、茨を飛び越え、蛮族の集落へ突撃してしまった。射手たる高地民の娘さえもいっしょに白兵戦に突っ込んでしまったのには、老騎士ははますます大きなため息をつかざるを得なかった。
「やれやれ、お嬢さん、お前も人のことは言えないはずだが、お前以上のバカがいたようだ。」
「囚われているのが異教徒じゃなければ、私も剣を振り回していたかもしれませんが。神の敵を助けるわけにはいきません。……本隊とともに本命の奇襲攻撃をかけるのが最善でしたね。」
「おや、お嬢さんを少し誤解していたようだ。」
やがて、蛮族の集落は騒がしくなり、警報と思しき角笛の音が響き渡った。そうして、オークたちの鬨の声とともに、剣戟の音が鳴り響き始めたのだった……。
冒険者一党、平たい顔くんは、ムッシュー・アキトゥ
気の抜けた魔術師はマドモワゼル・ネルケ
短槍にバックラーのブロンド娘はマドモワゼル・トレーネ
高地民でスカート履いてる狩人娘はマドモワゼル・ティア
アキトゥくんがチート能力を持っているのかが生還の分かれ目。