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「四人の騎士」

本編開始です。



――――「四人の騎士」


 この土地にやってきてすぐ、彼女とそのおじさまは、この土地ならではの歓迎を受けることとなった。

 野営を終え、夜明け前に旅路を進めたふたり。太陽が顔を出し始めた頃、鳥のさえずりを楽しみながら、白樺の森にはさまれた街道を二頭の馬とふたりの騎士がのんびりと進んでいた。 

 道端には酒樽ほどの大きさで、色とりどりの花が咲いている。老騎士の背丈ほどのシメジも紫色に生えていた。街道は舗装も整備もされてなく、踏み固められているだけだ。雨が降ればすぐに泥濘に足を掴まれることになるだろう。

 とはいえ、彼女達は自身の馬が完全装備の騎士を乗せていたとしても、その程度の泥濘など問題にならない事を知っている。馬は道中でユニコーン専門の馬商人から購入したアルカディア軍馬。口にはまさせた大勒ばみが銀色に輝く。局所的に着せられた馬用のチェインメイルが時々ちゃらちゃらと鳴る。鎖帷子の下には当て物入りのキルティング。馬を寒さと打撃から守る。鞍の後ろには野営用の幕が丸めて括りつけてあり、左右にサドルバッグがゆれ、騎士が手に携える馬の全長よりも長い槍の石突は堅牢な鐙に引っかけられる。馬たちは荷物の事はなんでもないようで平気な顔である。アルカディア産のユニコーンはたくましい。

「ユニコーンを見たとたんに有り金すべてを使うとは。おかげで無一文だぞ。」

 老騎士じみた風貌の「おじさま」は、鼻当てのついた円錐形の兜の下から、そう呟いた。その押しつぶされたような声は、鎖帷子のコイフで口元まで覆っているせいか、くぐもっている。青毛のユニコーンにまたがり、時折強くいななく馬の首筋をなでていた。

「おじさま、たとえ蔵いっぱいの金貨を持っていても、神の国に入ることはできないのですよ。」

と応じる声は、ビブラートの効いた少女の声。少し掠れているようだ。その声はできそこないのバケツのような兜の中で反響しくぐもる。栗毛で、白い毛が目の上から鼻の間にあるユニコーンにまたがり、額のねじれた角を目で追っていた。

「神の国に入る前に物乞いだな。ユニコーンに跨るドラゴンなどジョークにもならん。」

「Bien!(ビヤン!)いいじゃないですか。それに、えへへ、私でもユニコーンに乗れるんですねぇ。」

「調教済みのユニコーンだからな。野生なら角でつつかれるぞ。」

「Tant mieux.(タンミュ)じゃあ、調教済みのを買って正解でしたね。」

「ハァー、ユニコーンで旅する乙女。それに付き従う騎士。感動ものだな。」

「せっかく馬を連れて行きたのに、途中で落としてしまったのはおじさまなんですから。」

 彼女がそういいながら手を頭の上でひらひらさせると、鎖帷子がじゃらじゃら鳴った。

 少女騎士は、膝下まである詰め物入りの布鎧「ギャンベゾン」の上に鎖帷子のホーバージョンを着込んでいた。目が細かく重厚な鎖帷子である。鎖帷子の袖は肘が隠れる程度。裾の丈は膝上。しかし、ホーバージョンといえど大人用であるものを、老騎士よりも頭2つ分は小さな彼女が着込むと、ホーバークほどの大きさに見える。そのホーバージョンの上には、薄い革鎧の裏地に板金の小片を留めたコートオブプレートを重ねる。コートオブプレートの上には、膝丈ほどのサーコートを羽織っている。薄汚れてベージュに近い白地で、胸の近くに赤地の布が十字架状に縫い付けられている。それらを革のベルトで〆、剣帯には、片手半剣、メイス、フランキスカ(柄から上向きに湾曲した斧頭の投げ斧)ダガー、バッグなどをつるしている。この重さの為に、革のサスペンダーで重さを分散した構成であった。サスペンダーにはさらに、短剣をつるす。

「暴れるし重すぎたんだ。それに、背中でもあばれるやつがいたからな。」

「エルフの坊やも落っことしちゃいましたね。」

「お前が殴るからだ。」

「J’ai pas fait exprès.(ジェ パ フェ エクスプレ)魔法を使って逃げようとしたからですよ。」

と肩を上下にゆすって笑った。背負った盾が揺れる。馬の背に垂れたクロークの裾が風にゆらめく。

 騎士は鎧の上から白いフードつきクロークを金のブローチで留めて羽織り、大きなアーモンド型のカイトシールドを背負っていた。頭部は、詰め物のされたキルティングが内側に縫いつけれたチェインコイフをかぶり、上にバケツ状のグレートヘルムをかぶる。兜にあけられた「2つの目」の中からは爬虫類のような深緑の瞳が見える。チェインコイフは胸の上まで伸びているが、彼女の腰まであるほおずき色に染まる赤毛のふたつ三つ編みがクロークの下に揺れる。

 脚もまた詰め物入りのホーズを履いており、鎖帷子が縫い付けられているようだ。。腕と脚部も革の裏地に金属板を鋲留めしたもの(スプリント式鎧)を装着しており、ガントレットは板金の小片で補強されているようだ。金の拍車つきの乗馬ブーツにも鋲が表に見えるところから、内側は板金で補強されていることがわかる。体型をうかがうことの出来ない完全装備。どうみても、鋭利な剣でも有効打は与えられそうもない、戦場で用いる装備である。老騎士の装備もほぼ同じだが、兜のみ異なる。口元まで覆ったチェインコイフと、鼻当てつき兜の間から、爬虫類のような緑色の瞳が覗く。

「まあいい。あのエルフも『神のご加護』があれば生きているだろう。当面は金だ。ユニコーンは角の生えたただの馬だ。飯を要求してくるぞ。」

「羽も生えていませんしね。」

「それはペガサスだ。ペガサスはもっと食い物にうるさいぞ。見かけても買わせないからな。」

「Hem...りんごだけじゃ不満かな。」

「世間知らずの箱入り娘。銀貨一枚もなく、どうやってりんごを買うのやら。」

「おじさまは物乞いにでもならなければ、神の国に入ることはできなさそうですね。」

「お前も大概だろう。おれの見立てでは、罪深さは地獄の底よりも深い。」

「Oui.(ウィ)そのとおりです。私は罪深い。罪で窒息してしまいそうだ。しかし、窒息するその日まで、私は神の望まれることを行ない続けなければ。」

「罪で窒息するものか。おおかた、返り血で窒息する結末を予想しているよ。」

「神がそれを望まれるのであれば。」

「おいおい。神の教えに忠実な騎士さま、ずいぶんと血を望まれるようで。」

「血はいつでも美味。血はワイン。ワインはいつでも心を癒す。なぜならワインは主の血だからです。」

「つきあいきれないな。お嬢さんの狂言には。」

「いやならついてこなくても良いのですよ。」

「そういうわけにもいかん、マドモアゼル。」

「なら、これも神のお導きということです。おじさま。おじさまに父と子と聖霊のご加護がありますように。」

 そういって「少女騎士」は「老騎士」に十字を切った。老騎士は十字を切る少女の手をはたいた。

「Pas mal.(パ マル)私たちの旅路は安泰のようですね。」

 仲良く会話を楽しんでいると、道の向こうに分岐が見えてきた。北と西に分かれているようだ。すると、西の先から蹄の音が聞こえる。こちらへ向かってくる。かなり激しい。ギャロップ(襲歩)の速度だ。よほど急いだ旅路でも、ギャロップで飛ばす者はいない。二人の騎士は談笑をやめ、馬上槍ランスを手にとった。分岐路までは十分に距離がある。

「馬が2頭きますね。もうじき見えます。野生馬ってことはないでしょうね。」

「当然だ。この速度だ。こちらを襲撃するつもりか?」

 ユニコーンは耳を後ろに絞り、いなないた。

「来ました。こっちへきます。」

 分岐をふたりの騎士の方へ砂利を巻き上げるほど勢いよく曲がり、蹄の音の主が姿をみせた。栗毛の馬が口元から湯気を上げながら駆けてくる。その上には男が前傾姿勢で跨っている。膝まであるホーバークの上から赤と青の縞模様のギャンベゾンを着、鋲打ちされた革のガントレットとブーツを履いて、金で装飾された豪華な剣を吊るしている、茶色の長髪がなびく騎士風の男だ。何度も後ろを振り返っている。

 歓迎の出迎えをしてくれたのは、その男だけではなかった。彼の馬が曲がりきり、速度をのせはじめてすぐに、彼の後方から漆黒の鎧をまとい、暗闇そのもののような馬に跨った騎士が飛び出してきたのだ。黒い騎士は大剣を頭上で振り回して、長髪の男を襲撃している様子だった。

 他所の領地であり、相手が騎士同士ならば、ふたりは関らなかっただろう。しかし、黒い騎士の方は少女騎士にとって関らずにはいられない姿をしていた。黒い騎士も、黒い馬も、首から上がなかったのだ。

 老騎士は道の脇へよけるように馬を進め、槍を持つ手の力を抜いた。

「あれは、デュラハンか。幽鬼の騎士が生者の騎士と追いかけっことは……。関るのはよそう――」

と老騎士が少女騎士を見やると、すでに彼女は拍車をかけ、槍を水平に構えながら突撃してしまっていた。

挿絵(By みてみん)

「おい、待て! しょうがない奴だ。」

 悪態をつきながらも、いつものように彼も槍を構えて拍車をかけた。

 長髪の騎士は、後方から迫る首無し騎士に加え、前方からも純白の騎士が槍を構えて向かってくるのに、目を見開いて、息を呑んだ。小さく舌打ちすると、彼は思い切った様子で剣を引き抜き、突撃してくる白い騎士たちに立ち向かおうとした。

 ところが、その白い騎士たちは、彼の眼前で槍を垂直に上げ、敵意をないことを示しつつも、全速力で彼の両脇をすり抜けていった。彼は思わず振り返りそうになったが、その直前に彼の馬が大きくいななき、前足を上げて立ち上がったのでバランスを崩して落馬した。

 黒い首無し騎士は、突然あらわれた純白の騎士にも動ぜず、同じく首無しの馬に拍車をかけて速度を上げた。振り回す大剣で以って乱入者どもを切り伏せようと振りかぶったが、戦場の作法どおり、馬上槍での突撃を剣でかわすことはできなかった。

 やみくもな少女騎士が構えた槍は、馬の体重とギャロップ(襲歩)の速度によってドラゴンを串刺しにするほどの威力があった。そして槍の長さにより、剣などとは比べようがないほどのリーチを得た突撃は、首無し騎士の胸を的確に突き、吹き飛ぶように落馬させた。

 思慮深い老騎士の槍は、水平よりも斜め下に向けられていた。その槍は、少女騎士が首無し騎士を吹き飛ばした直後に、首無し馬の肉をえぐった。

 だが、首無し騎士と首無し馬は、吹き飛びながらも黒い霧となって消え去ってしまった。ふたりとも、確かにランスチャージをかけた際のやみつきになるような衝撃を感じていたはずだった。少女騎士などは、口からよだれを垂らすほどランス突撃の余韻に浸っているが、馬の速度を緩め、振り返ると、肩が抉れた死体ではなく黒い霧が空中へ舞うばかりだったのに、ため息をついた。

「まったく。首を突っ込みすぎると、その内その首が飛んでいくぞ。さっきのデュラハンのようにな。」

「Oh la la!(オーララ!)手ごたえはあったのですが……。」

と、彼女は十字を切りながら、

「消えちゃいましたね。」

「幽霊の類だからな。おとぎ話のように簡単には退治できない。」

 ふたりが馬を並べて、徐々に彼方へ飛んでゆく黒い霧を眺めていると、

「やあ、助かったよ。高貴なる方々。」

と長髪の騎士が興奮する栗毛の馬をなだめながらふたりに近づいてきた。

「デュラハンに追われるとはな。彼の墓に唾でもかけたか。」

「まさか! 森の木漏れ日を楽しみながら進んでいたら、突然襲われたんだ。ところで、どうやら騎士の方のようですね。」

 その長髪騎士は、手綱をにぎったまま、うやうやしく頭を下げた。そして頭を上げると、二人の騎士を交互にみやりながら、

「自分は、ビアヘロ家の三男のバルトロメという。名誉を求めて遍歴の騎士となったのだ。おふた方も騎士の方とお見受けするが?」

という言葉に、真面目な少女騎士は馬上から失礼と添えてから、聖地から神託によってこの地まで辿り着いた騎士修道会の一員だと語った。

「聖地から! おお、この出会いに感謝しましょう。」

 バルトロメは十字を切ると、自らの旅路が光に包まれていると感じたようで、空を両手で仰いだ。天はまだ夜明け前だ。

 ようやく落ち着いた馬に跨るのをみて、老騎士が口を開いた。

「バルトロメ卿、このあたりで流れの騎士を探しているところはないか? 怪物退治でも傭兵としてでも、なんでもいい。」

「おや、修道騎士が金銭にお困りで?」

「路銀くらいは自分で稼がねばな。」

と両掌を空に向ける老騎士に、困ったように首を振る少女騎士。彼女は仕方なしにひとつため息をついて、片手を振りながら答えた。

「Dis donc...(ディ ドンク……)神に逆らうものたちの悪行から、善良な人々を守るのが第一義です。」

「少しばかり寄付があれば、もっと守ることが出来るというわけさ。」

と少女騎士に向かって肩をすくめてみせる老騎士に、彼女はため息をついた。その様子に、バルトロメは愉快な二人組を見つけたものだと思ったのだった。

「ハハハ。ひとはパンがなくっちゃいきられないってことですな。まあ、役に立つ情報かはわからないが――この街道を北に向かうと、『バーチ家』の領地だ。そのお隣の『ダックワース家』では継承権を巡って争っている真っ只中で、兵士を募っているし、『バーチ家』も飛び火を恐れている上、蛮族の襲撃や魔女の噂にも手を焼いている……。」

と親切なバルトロメは語った。ふたりは礼を述べると、彼は首無しの幽鬼から救ってくれた礼だと語った。

 一行は互いに旅の安全と神の加護を祈り、別れるはずだったが、お互い10歩ほど馬を進めた別れの間際、老騎士がバルトロメの馬に下げられた鞄を指差しながらこう話し始めた。

「バルトロメ卿。忠告だが、鞄の中の物は安らかに眠っている騎士のもとへ返しておいた方がいいぞ。」

とため息まじりに言う老騎士に、バルトロメは心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。彼は明らかに動揺していた。

「どういうことかな、修道騎士どの。」

「心当たりがあるんじゃないかな。名誉を求める誠実なる騎士よ。」

「これは侮辱か?」

と、剣の柄を握り、今にも抜き放とうとしている憤ったバルトロメ。お粗末な言い訳をする子どもに対するように肩をすくめた老騎士は、

「墓荒らしをされた騎士はデュラハンに化けることがある。まあ、もしも首無し騎士と追いかけっこを楽しむ予定なら別だが。」

 今まで黙っていた少女騎士は「Ah,ha.」と呟いて、

「盗賊騎士が墓荒らしをしたということですね。」

と言い放ってしまった。

「無礼な! なまぐさ修道士が!」

 激昂したバルトロメは剣を抜き放ち、馬の腹を蹴って老騎士に突撃した。

「ハァ……お嬢さまは思慮深いな。」

「C'est la vie.(セラヴィ)おじさまは親切者ですね。」

 ふたりも馬上槍を地面に突き刺し、ぶるると鼻を鳴らせる馬を駆けさせ、メイスを構えた。誉れ高いバルトロメは興奮しすぎており、冷静な攻撃はできなかった。そもそも2対1で戦いを挑むことが危険だというのに、剣を抜いてしまったのだ。

 バルトロメとふたりの騎士は、お互いに擦れ違いざまに剣を振るい、メイスを振るった。斬りつけ、殴りつけあったが、腕と胸の骨が折れる衝撃とともに落馬したのはバルトロメであった。彼の豪華絢爛な剣は、老騎士の鎖帷子に火花を散らせるだけだった。

 地面を転がり、泥にまみれながら痛みで苦悶のうめきをあげる彼に、ふたりは馬で近づき、

「すまんな。殴りつけるつもりはなかった。マドモワゼル、癒しの祈りを施してやれ。」

と少女騎士を見つめて言う老騎士に、彼女はうなだれながら大きく首を振り、老騎士へ手綱を預け、下馬した。下馬した彼女はうめき声を上げる長髪騎士に近づいた。

 歩んでくる騎士に、彼は仰向けに倒れたまま左手で短剣を抜くが、すぐに少女騎士に蹴飛ばされ、短剣は手の届かぬ場所へ滑ってゆく。暴れるバルトロメを両膝で押さえつけながら、馬乗りの体のまま胸と右腕に手を当て、

「父と子と聖霊の御名によりて、この者の傷が癒え、痛みは取り除かれなさい。」

と唱えると、バルトロメから離れ、彼に向かって十字を切った。

 すると彼を苦しめていた痛みは消え去り、動かなかった腕は動くようになった。

「なんだ? 奇跡か? なぜ助ける。」

 老騎士はメイスをおさめながら、

「司祭と違って、修道騎士の癒しの奇跡は神が正しいとされた者の傷しか治せない。」

という言葉に、少女騎士は指を組んで頭を傾け、

「ということは、あなたがまだ誠実な心を取り戻すことが出来るということです。」

 彼は立ち上がり、泥を払うと、肩を落とした。

「そうか……。神のご慈悲を受けたからには、正直にならざるを得ない。」

と十字を切った後、話し始めた。

 どうやら、昨日夕刻。旅路の馬上でふと茂みに目をやると、うっそうとした森の茂みに奇妙な影をみつけた。恐る恐る近づくと、錆び付いた鎖帷子につつまれた白骨の骸が巨木にもたれかかるように倒れていたらしい。さび付き、腐りつつあった鎖帷子を見ると、鋭い3本の爪で切り裂かれたような裂け方をしており、怪物に襲われて力尽きた様子だった。

 よく改めてみると、その骸の首元には宝石が埋め込まれた金の首飾りがあった。旅の途中で路銀が尽きかけていた彼は、その首飾りが欲しくなり、哀れな亡骸からとろうとした。しかし、首の骨に絡まっているようで簡単には取ることが出来なかった。

 そこで、手近な石をつかみ、亡骸の首を粉々にし、首飾りを取ることに成功した。その後、簡単に穴を掘り、その亡骸を埋めたのだという。

「死者を冒涜し、正しい弔いをしなかったせいだな。」

 老騎士は馬上で腕を組む。バルトロメは手を重ね合わせながら、前のめりになって

「ああ! 今では後悔しているんだ。家は貧乏貴族で、三男の自分は旅に出るしかなかった。トーナメントの噂を聞いてそれに参加しようと。名誉と賞金を手に帰るはずだったが、現実はきびしかった。金貨は尽き果て、次の関所で通行税を払うことも難しくなっていた。だから……。」

と語って、鞄からきらびやかな金の首飾りを取り出した。

「なるほど。見事な出来だ。確かに、その首飾りがあればしばらく困らないだろう。ただし、日が沈むたび、デュラハンはお前を追いかけるだろうな。どうする?」

 そう問いかける老騎士に、バルトロメは深く肯き、首飾りを元の持ち主へ返すと答えた。そこで、少女騎士と老騎士も彼について行く事にし、一緒にデュラハンの元へ向かった。

 太陽が赤く染まるころ、哀れな騎士の粗末な墓へ辿り着いた。樫の木の下、浅く掘られた墓で、錆び付いた鎖帷子がうっすらとのぞいている。

「まずは掘り返して、頭蓋骨を正しい位置に直しましょう。そして、首の骨の破片を集めて、首飾りを元のように。」

 一行は手頃な木の枝で墓を掘り返すと、少しばかり道に近いところで地面を掘り、亡骸をそこへ移した。

「この騎士の名がわかるとよいのだがな。」

「Hem...Mais...難しいですね。すでに年月も過ぎ、ほとんどが朽ち果てているから……剣に何か刻まれていませんか?」

「錆びだらけだ。見えんな。うん? この斧の斧頭に何か刻んである。」

 柄は朽ち果てていたが、見事なレリーフの施された戦斧に文字が刻んであるのが見えた。一行はその斧を覗き込み、解読を図った。

 すると、いくつかの詩の断片と、人名が刻んであるのがわかった。

「トリスタン・フォン・ダッグワース」

 少女騎士がそう読み上げると、バルトロメはその人名に思い当たる節があるようだった。彼の話では、50年ほど前に家を飛び出したダッグワース家の長男で、それから音信不通で行方不明とされているとのことだった。

「自分は、この斧頭をダッグワース家に届けようと思う。」

とバルトロメが呟いた。

「Bien.あなたの使命は決まったようですね。」

 そして騎士の遺体を正しく埋葬し、首飾りも元に戻した。石を積み重ね、石に名を刻み、木の枝を十字に組み合わせた墓を拵えた。

 少女騎士は弔いの祈りをささげ、聖水をふりかける。祈りの最後に、バルトロメに誓いの言葉を述べるように促した。

「バルトロメ卿、トリスタン卿に誓いを立てるのです。盗むのではなく、貴殿の家族へ遺品を届けるためだという誓いの言葉です。」

 彼は肯き、美しい斧頭を掲げながら、墓に向かって跪くと、誓いの言葉を述べた。

 すると、墓から黒い霧が立ち上り、彼は思わず尻餅をついた。黒い霧はしばらく彼の周りを取り囲んでいたが、しだいに斧頭の中へ吸い込まれるように消え去った。

「これでデュラハンはお前を襲わなくなった。むしろ、遺品を届ける旅路の間、お前の身を守ってくれるだろう。」


挿絵(By みてみん)


――一行は、もう日が暮れかかっていることから、トリスタン卿の墓を囲んで野営することにした。近場の池で馬に水を飲ませ、放っておくと尾を高く振りながらクローバーをむしゃむしゃとやっていた。騎士たちは干し肉とパンに、押し固めた干しイチジク、そしてぶどう酒のようだ。

「さあ、仲直りの酒だ。それと、トリスタン卿にも。」

と老騎士が二人の杯にワインを注ぎ、墓にも注いで、最後に自らの杯へ注いだ。。

「さて、バルトロメ卿。これからどうする。届け物をした後は。」

「ああ、できれば、ダッグワース家に剣で雇って貰えないか頼もうかと考えている。おふたりは?」

「私たちは、このまま北の道を行き、バーチ家の領地へいこうかと。両家とも北ですね。途中までご一緒に?」

「いや、自分は東まわりで向かおうと思う。バーチ家の通行税は高いんだ……。司祭や修道士なら通行税は免除のはずだ。おふた方はこのまま北の道を進むほうが早いよ。夜明け前からなら、日の沈む前には村が見えてくるはずだ。」

「そうか。おい食前の祈りもそれくらいでいいだろう。騎士に乾杯をしようじゃないか。」

「おじさま、乾杯はもう2回目ですよ。泥酔しても介護しませんからね。」

「ははは」

 騎士たちは月が高くなるまで乾杯を繰り返した。お互いに冒険譚を語りあい、トリスタン卿にも話をせがんだ。どこからともなく、彼の冒険の話が聞こえてきたのは、決して酔っ払いの幻聴ではない。少女騎士は酔い難い性質で、まだまだ平静を保っていたというのに、この場には自らを含めて、たしかに騎士が四人いたからだった。

 翌朝、日の出前には出発の準備を終え、騎士たちは騎乗した。

「では。またな。」

「ああ、ふたりには迷惑をかけた。ありがとう。おふたりの旅の安全を祈っているよ。」

「À bientôt.(アビヤンッ)あなたにも、神のご加護がありますように。」

 二人の騎士と、長髪の騎士は別々の道を進んだ。お互い背を向け、振り返らなかったが、手を振り合っていた。しばらくの間、森には馬の蹄が四頭分、響いていた……。


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