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「裏切者め!」

――「裏切者め!」



 槍を放り、剣を抜いた騎士たちは、反転し、逃げ出し始めた愚かで臆病なオークどもをなで斬りにした。馬上から振り下ろされる剣は、馬の速度と合わさって骨まで切り裂く。馬上からの斬撃はちょうど蛮族どもの首の高さであり、盛大に首をはねとばした。

 戦士格のオークの中には、戦う意思を崩さない者もいる。だが、すぐに騎士によって打ち負かされた。貧弱な孤立した歩兵が騎乗した騎兵に勝てるわけがないのだ。邪なるものが正しきものに勝てるわけがないのと同義であるように。

「Ca y est ! おじさま、残念でしたね。突撃組に入れなくて。」

 よだれを垂らして歓喜の痙攣を起こしながら敗残兵を斬りまわっていたが、すっかり斬り殺しつくしていしまった少女騎士。老騎士が歩兵隊に向かって、集落への突入準備の指示を出しているのを発見すると近づいて行き、血の滴る剣を振って血ぶるいをしながら、そう言った。

「ロベルト卿の計画は回りくどくていかん。背後まで迂回しなくとも、正面からの突撃で戦いは終わったんじゃないか。」

「見てください。邪悪な敵がかつて布陣していた後方を。先端を鋭く削った丸太。杭が撃ち込まれていますよ。」

 少女騎士が剣で集落を指し示す。血が飛び散る。老騎士が剣先から飛び散る血をたどって目をやれば、姑息なオークどもは騎兵への対抗策を生意気にも用意していたようだった。

 不届きなオークどもは、集落の手前に大男の腕ほどな丸太を無数に打ち込んでいた。先端は鋭く削られており、とがった杭はロベルト軍に向かって斜めに打ち込まれている。オークどもの隊列で覆い隠されていたのだ。

 老騎士はユニコーンの首筋をなでながら

「やつらが逃げ出し始めた時に気づいたよ。突撃されれば退く計画だったようだな。お嬢さんも串刺し、お気に入りのユニコーンも馬刺しだな。戦闘時は気づかなかった。やつら、こちらの弓の優秀さで、前進を余儀なくされたわけだ。」

「神のご加護のおかげですね。」

「弓のおかげでもある。だが、森の中を進んで迂回する必要はなかったように思える。弓で釣りだせた時点でな。確かに杭には気づかなかったが、オークどもとおれたちの間には焼け焦げた地面しかなかった。まあ、おかげで騎士は無傷だが、歩兵隊は怪我人だらけだ。正直、危なかったぞ。」

「騎士や従士を失いたくなかったのでは?」

「傭兵や徴兵した農民たちは失ってもよいと。」

「直接お聞きになられてはどうです?」

と視線を老騎士の肩の向こうへやる。つられて馬ごと振り返ると、噂のロベルト卿がトロット(速歩)で近づいてきた。彼は兵士や騎士たちに向かって、

「栄光! 名誉! 勝利!」

と叫んだ。騎士や兵士たちは、集落へ突入する前に、勝どきを上げた。そうして、修道騎士たちの元へ馬を進めると、

「勝ちましたな。最高のタイミングで突撃がきまりましたね。」

「C'est bien . 神のご加護のおかげですね。」

と、手綱を握ったままの左手で十字を切った。

「まったくです。さて、アンナ卿、ドラクロワ卿。あとは集落へ突入するだけですな。ご一緒してくださいますか?」

「Oui! もちろんですとも!」

「負傷兵の手当てはおれの得意分野ではない。まあ、お嬢さんに従うよ。」

と老騎士が口元を覆っていたコイフを引き下げながら、ロベルト卿の背後へ目線を向ける。アンナ嬢がつられて目をやると、戦場跡では、死体と突き刺さった槍を避けるように、負傷者たちが担架で運ばれていく姿が目についた。その先を目で追うと、いつの間にやら白い天幕が張られており、運ばれた負傷兵たちは従軍医師から手当てを受けているようだった。ヨセフ司祭の助祭もいるようで、不慣れな様子ながらも癒しの奇跡を施している。そしてもちろん、冒険者や徴収兵たちは死体漁りを欠かさない。オークが金目の物を飲み込んでいるのか、腹を裂いて確認する者もいる。

 すると蹄の音と鎧の音とともに、

「やあやあ、騎士たち! そろそろ仕上げの時間だな!」

と赤ひげマウリシオ。兜を右手で跳ね上げて、騎士たちへ会釈する。兜を抑えながら続けて、

「蛮族どもは金を鋳込めるそうじゃないか。それでため込んでいると。保管庫はきっとあの塔に違いなかろう! 古参兵と傭兵たちはよくわかっておる。士気も上がり切っているぞ。」

「マウリシオ、ちょうどその話をしていたところだ。集落に残っているのは臆病者と、女子供だけだろう。捕虜をとっても請求先はない。蛮族どもは処分して、火をかけ、戦利品だけすべて運び出そう。兵たちも特別手当が必要だろうしな。」

 ロベルト卿はそう言うと、修道騎士たちへ向き直って、

「戦場の作法通り、ですな。敗残兵やメスと子だけとはいえ、集落内は狭いですし、あの邪悪な雰囲気の塔の中は油断なりません。わたしはここに残り、負傷兵の面倒と周囲の警戒を指揮します。おふたりと、マウリシオ、ディエゴはともに兵の指揮をとって、仕上げをお任せしたい。」

 その言葉を受けると、老騎士は辺りを見渡して、

「そのディエゴが見当たらないが。あの金髪は目立つはずなのだがな。」

「おや? ああ、もうすでに突入してしまっているようですなあ。」

「ハハハ! 気の早い奴だ。西側からの兵の先導はやつに任せよう。」

と赤ひげマウリシオ、兜を被りなおす。そして、馬上槍を従者に預けると、剣を抜き、

「さあ、白髪のドラクロワ殿、赤毛のアンナ殿、われらはあそこから行こう!」

 赤ひげマウリシオは剣で集落の一角を指し示す。西側からはすでに兵が突入しており、豚の鳴き声と人間たちの笑い声が聞こえる。

 息を吸ってから、ため息のように吐き、老騎士もまた剣を抜いた。抜きざまに、

「赤ひげマウリシオ殿、お供しましょう。」

 幾人かの兵とともに、3人の騎士たちは集落へ突入した。西側からは断続的に悲鳴と、歓声が聞こえる。騎士たちは騎乗したままなので、兵たちへ指示を出し、兵たちはニタニタと笑いながら毛皮のテントを蹴り壊す。すると短い悲鳴が聞こえ、何かが這い出てきた。薄汚く黄色い塊を、兵たちが乱暴に引きづりだす。生き物のようだ。じたばたと暴れているが、力は弱い。兵が足蹴にしながら押さえつける。アンナ嬢が馬上から見下ろすと、どうやら引きづりだされたのは賤しむべき豚面のオーク娘のようだった。

 兵たちはそのオークを順番に蹴りながら、

「なんだ? オークにも娘がいるのかよ?」

「おいおい! まさかこの豚面とやろうってんじゃないだろうな?」

「肉が硬くて、具合がいいらしいぜ。」

「勘弁してくれよ! こんな豚面!」

と言うなり、兵のひとりが槍をオークの腹へ突き刺した。ぶぎゃあと醜い悲鳴を上げたかと思うと、すぐに静かになった。

「死に際も豚だな。」

 兵の一人が唾を吐き捨てて、怪物の指に輝く黄金を抜き取ろうとした。

「なんだ? ぬけないぞ。」

「切り落としてしまえ。」

 兵たちはオークの指を切り落とし、指輪を手にする。いびつで未熟な鋳物だが、黄金で作られた指輪のようだった。

「ハッ! 生意気にも金の指輪をしてやがる。豚にはもったいない。もらっておいてやる。」

「おいおい。待て待て。見つけたのはおれだぜ。」

「あわてるな。こいつ、足輪もつけてるぜ。」

と、またも斧を振り上げて、オークの足首を切断すると、血にまみれた金の足輪がごろりと転がった。

 兵たちはほかにも、金目のものを身に着けた蛮族がいないかと、ハイエナのように別なテントへ向かった。先々で、同じように醜悪極まるオークどもを地獄へ送り返し、身の丈に合わない金銀を取り上げて、臭くて忌々しい毛皮のテントに火をかけたりする。


挿絵(By みてみん)


 その様子を見ていた老騎士は肩からため息をついて、

「やれやれ。おなじみの光景だな。」

「異教徒で、なにより醜い怪物ですからね。これはむしろ慈悲ある行いです。」

「聖地でも同じセリフを聞いたぞ。足首まで血に浸かりながら。この場も慈悲をかける相手には困らなくてよいだろうな。」

「たくさん正しい行いをすることができて、嬉しいですよ、私は。」

「お嬢さんもいいかげん、殺戮に飽きてくれるとおれも嬉しいんだが。」

「N’importeナンポート quoiコワ.殺戮なんてしてませんよ。」

と老騎士へ頭を向けながら少女騎士がけたけたと肩をゆすったとき、彼女の左手側で燃えていたテントから、

――Geol galva blavther!

などというオーク語の叫び声とともに、少女騎士に向かって、小さなオークが手斧を手に飛び出してきた。豚面に憎悪の表情を浮かべて、血走った目で、固く握りしめた斧を振り上げ、小さな騎士へ襲い掛かる。足を止めた騎兵。騎士の剣は右手。左側から襲い掛かれば――

 だが、この忌み嫌うべきオークはすぐに地獄へ叩き落された。この小さな野蛮人は戦意は十分だったが、経験が足りなかった。戦場の経験と信仰への敬虔さに勝る少女騎士が、醜い叫び声の主へ、兜の奥から光る緑の瞳を向けるなり鞍から身を乗り出して、右足はほとんど空中に浮き、左の鐙と両膝で鞍を押さえつけながら、右手で左側へ剣を振り下ろしたのだった。勇猛なユニコーンは主を信頼しているのか全く動ぜず、むしろ騎乗した騎士が落馬しないようわずかに体を傾けた。そうして、少女騎士の聖なる剣は邪なる獣の頭蓋骨を叩き斬ったのだった。オークの餓鬼は吹き飛び、剣からは血が跳ねた。




「Va en enfer.(くたばれ)」

と少女騎士は頭から血と脳を噴き流す蛮族を見下ろすと、呟いた。死体を見れば、人間にすれば少年ともよべる頃合いなのだろう。未発達ながらも筋肉がつきつつあるオークの少年であった。

「またひとつ慈悲をかけたな。このガキを殺せてさぞ嬉しかろう。」

と老騎士が肩をすくめる。

「Eh,bien.私が殺したのは子どもではなく、その影にひそむ悪魔です。」

 すると、何かの気配を感じたのか、突如、老騎士は右側に剣を勢いよく振り下ろした。刃が肉を切り裂く音が聞こえ、直後に何かが倒れる音が聞こえた。

「Très bien!お見事です、おじさま。」

「どうも、マドモワゼル。愚かなオークめ……。」

 集落内のオークどもは完全に腰が引けており、動揺しきっていた。武器を捨てて背中を見せ、命乞いをしたり、逃げ出そうとする敗北主義者すら姿をあらわす始末だった。おかげで、敬虔な正しき兵士たちは罰当たりな蛮族どもを簡単に始末することができた。

 やがて、少数の抵抗する蛮族を殺し終えると、騎士たちは禍々しき塔の前までたどり着いた 突入のため騎士たちも下馬した。下馬してすぐ、老騎士が眉を片方上げ、

「エルフどもがいないな。」

「Beurk,この前の騒ぎで逃げましたかね。」

とくるくると兜を巡らせる少女騎士。

「あるいは、この塔の中か。」

 塔の前でがたがたと震えながら、両手でこん棒を握りしめる一匹の蛮族。その間抜けを赤ひげマウリシオが丁寧に斬り殺すと、部下たちに荷車を手に入れるよう指示した。すると、ぶるると鳴く馬の声。蹄の音。ようやく金髪ディエゴも返り血を浴びて登場した。

「やあ、ちょっと手間取ってしまった。想像よりも残っているのが多かったんだ。」

 彼は下馬しながら語り、剣を鞘に納める。そして盾を背負うと、鞍から吊り下げた両手剣を引き抜いた。

 従士ブライアンも遅れてやってきた。彼の剣もまた、血塗られている。

「おお、ブライアン、お前はロベルト卿に警戒を任されていたのでは?」

 赤ひげマウリシオが若き従士を見上げて言う。従士は下馬すると、

「はい。ですが、ロベルト卿からマウリシオさまに同行するよう仰せつかったのです。騎行の経験にもなるからと。」

「ハハハッ! なるほどな。よし、ブライアン。初めての戦場を堪能しつくそうではないか。いつでも初めての時の思い出は、甘味なものだぞ。なあ、ドラクロワ卿?」

「まあ、そうだな。おれは結構痛い目を見たがな。おれも不慣れだったから爪を立てられて……。」

「おじさまが優しい抱擁をするところなんて想像できませんからね。」

「おや、お嬢さん、そんな話をしていたかな?」

「痛みを知らないから、下手だってことですよね? 剣で切り裂かれればどれだけ痛みが伴うのか、斬られた者でないとわからない。知っていれば、剣の振り方も変わるもの。」

「おれは剣で突き上げる側なんでね。痛みは知らないさ。それでも慣れたもので、すこぶる好評だ。一度に2匹を相手取ったこともあるぞ。お前はどうだ。その言い草だと、痛みを知っているのか? 経験談を聞かせてもらいたいものだな?」

「ああ、何かと思えば、おじさまが少年時代に抱擁されたときの話ですか?」

「そんな記憶はない。お前が破瓜させられ……あー……クソ、お嬢さんに負けるとは。」

「Youpi! 久しぶりに私の勝ちですね。」

と十字を切る少女騎士。おじさまは肩をすくめてため息をついた。従士ブライアンは二人の様子を見て、首をかしげると兜を左手で上げ、

「えーっと、修道騎士殿、何の話なんでしょうか?」

「Hon hon hon! 真面目になった方が負けの遊びです。」

「はあ。」

と剣をだらりと下げてしまい、肩を落とすブライアン。老騎士はその様子を一瞥し、腰に手を当て、続いて眉を片方上げながら少女騎士をじっと見つめた。

「何がホンホンホンだ。お前、その笑い方はフランス人を馬鹿にしているようだから嫌いだと言っていなかったか。」

「最近は一回りして好きになりましてね。ちょっと癖になるんですよ。Hon hon.」

と、剣の柄頭に肘を置いて笑う少女騎士。バケツヘルムがゆれる。揺れるヘルムのスリットから、赤ひげ騎士も笑っているのが見えた。

「ハハハッ! なかなか楽しい遊びだ。ディエゴ、今度ワシたちでやってみるか。」

「けっこう、遠慮する。そんなに口が回らない。それに……」

「それに、あんまり下品だと奥方に怒られるか? 赤毛のお嬢ちゃんの表現くらいなら、神もお許しになるさ。」

と肩へ剣をトントンと当てながら笑う赤ひげ騎士。これに狼狽えたのは若き従士。赤ひげマウリシオと、少女騎士を交互に見やりながら、

「ま、マウリシオさま! 修道騎士殿に、お嬢ちゃんなどと……。」

「こちらは騎士修道会に属するものの土地なし子爵。マウリシオ卿はトゥルエノ領主。従士ブライアン、私が許せば問題ないですよ。まあ私は、さんざん、おじさまに”お嬢さん”と呼ばれていますから。さて、そろそろ突入できそうですよ。」

 禍々しい塔の入り口は、簡易な木製の柵で閉鎖されていた。兵士たちは丸太で急ごしらえの破城槌をつくり、少女騎士と老騎士が遊んでいる間に、塔の入り口は開かれたのだった。

 赤ひげマウリシオは兵たちに松明を投げ込むよう指示した。塔はそれほど大きなものではなかった。高さは教会の鐘よりも低く、森の木々と同じくらいだ。幅と奥行きは積み藁が10は入りそうな大きさである。そしてその入り口から覗く内部は、少々薄暗い。兵たちは開かれた突入口へ向かって3本ほど松明を投げ込んだ。

「敵が出てくるかと思ったが……何の抵抗もないな。」

と赤ひげマウリシオ。金髪のディエゴ卿は兵たちへ振り返りながら、

「突入しよう。続け。」

 重装備の騎士たちを先頭にして、数人の兵士たちが続いた。剣を肩に構えながら、武具がゆれる音を鳴らしながら、かしゃかしゃと拍車の音鳴らしながら、ゆっくりと塔へ入った。

 すると、塔の奥から、いくつもの、何か小さな塊が騎士たちへ向かって飛んでくる。こつんこつんと兜に当たって、弾かれる。少女騎士が弾かれて落ちていく塊を見ると、石ころであった。

 スリングによって投擲されたにしては、弱弱しい。ただ投げつけられただけか。顔がむき出しならばまだしも、完全装備の騎士たちである。石ころを投げられたくらい、子供の悪戯以下。脅威にもならない。そして、石を投げた者の正体を目にした赤ひげマウリシオは、

「おいおい、ガキじゃないか。」

 塔の中に入って一番初めに目についたのもの。野蛮なオークの子が6匹。手には石。今にも投げつけようとしていたが、騎士たちの兜のスリットから覗く深淵と目が合うと、硬直し、手にしていた石ころを落とす。

 隊列を解いて、石を投げていたオークの子どもに向かって歩んでいく赤ひげ騎士。ガキはさきほどまで威勢よく石を投擲していたものの、恐怖に支配されたのか、蛇に睨まれたカエルのように動かない。本能がそうさせているのか。とはいえ、オークどもの本能など、殺し、犯し、奪う以外にないだろうが。

――ぶぎゃあ! という豚の鳴き声を響かせて、子豚の一匹が赤ひげ騎士に蹴り飛ばされた。別な子豚は後ずさり、しりもちをつく。うずくまる。蹴られた豚は吹き飛んで、何かにぶつかる。ぶつかると同時に、また別の豚の鳴き声。

 すると、後ずさっていた子豚が一匹、ワーと叫びながら、騎士たちへ突っ込んできた。誰に向かうのかと思えば騎士たちの中で一等小柄で純白のサーコートで目立つ少女騎士。ガキとはいえ、やはりオークの潜在意識に植え付けられているのか、少女を狙う。狙うが、その闇雲な子豚にまったく脅威を感じていなかった少女騎士は、剣をだらんとさげたまま。子豚は、なおもワーと叫んで、少女騎士の胴を、ぽかり、と殴った。ぶぎゃぶぎゃ鳴き声を上げながら、ぽかぽかと殴った。どうやら涙を流しているようだった。しばらくぽかぽかと殴られていた少女騎士であったが、不意に子豚の顔面を左手で殴り飛ばした。

――ぶぎゃ! と醜く鳴いて、地面へ叩きつけられる子豚。仰向けに倒れ、起き上がろうとするところを、思い切り踏みつけられる。胸元には少女騎士のブーツ。呼吸困難に陥り、ミシミシと自身の骨がきしむ音を聞いた刹那に、ブーツが離れていき、子豚は息を思い切り吸い込んだ。だがそれは豚にとって最後に吸う空気となった。

 少女騎士は踏み下ろしたブーツ越しに、子豚の頭蓋骨が割れるのを感じた。

 残った子豚どもは、その光景に失禁をしている様子で、まるで切り株のように動けないようだった。

 残った子豚どもに、騎士たちが近づいていく。後方で控える兵は、豚どもを嘲り笑っている。

 するとその子豚どもを庇うようにして、一匹の老婆……正確にはオークの老婆があらわれ、騎士たちの前に立ちふさがった。老婆は子豚を自身の後ろへやる。

「なんだ?」

と思わず声を出すのはディエゴ卿。続いてアンナ嬢もまた剣をだらりとしたまま、

「奇妙な被り物、全身の刺青、骨やら鳥のあしやらをぶら下げた異教の首飾り、なにより金で飾られているものの、冒涜的な雰囲気のするぼろぼろの衣装。これは一体?」

 オークの老婆はなにやらしきりに喋りながら、懇願の姿勢をとった。跪いて、両手を合わせて、高く上げる。騎士たちにすがりつくかのような目線を向けて、むやみに汚らわしい言語を話す。

「オークの祈祷師シャーマンだろう。ここは奴らの神殿だ。上を見てみろ。」

と剣を肩に乗せながら老騎士が言うのに、一同は頭上を見上げる。そして一様に十字を切ったり、唾を吐いたりする。

 頭上にはグリフィンの頭蓋骨を中心に、串刺しにされたエルフたちが据え付けられ、騎士たちを見下ろしている。グリフィンの口にからは血が滴っており、よく見ると腐った肉の塊が詰まっている。さらに目を凝らすと、腐敗した肉塊の中に新鮮なものが残っていることに気が付く。それはエルフたちの心臓であった。

「Sacré bleu! 悪寒がしますね。」

と十字を切る少女騎士。悪寒がするなどと言いながら、鳥肌を立てるわけでもなく、悪寒がしている様子もない。というより彼女は鳥肌など立てることはできない。彼女は十字を2回切ると、辺りを見渡す。壁一面に、きらびやかな金の器、盃、牛の頭をかたどったような黄金の鋳物。そして広間を囲むように黄金の杭が垂直に打ち込まれており、エルフが串刺しになっている。腐敗しているものもあれば、つい数時間前に打ち付けられたのか、みずみずしい肌に、きれいな鮮血を流しているものもある。いずれも、股間から打ち込まれた杭は、口まで貫通し、まるで串焼きにするための魚みたいだった。

「おお! 神よ! なんと忌まわしい!」

 従士ブライアンは罵り言葉を上げると、しきりに十字を切る。そして、オークの祈祷師に迫り、剣を振り上げる。祈祷師は腕をばたばたとふり、何か喋る。

「なんと言いてるかわからん。ブライアン、地獄へ送り返してやれ。」

と赤ひげマウリシオが兜を上げながら、唾を吐く。兜を被りなおした頃に、振り上げた剣は振り下ろされようとした。しかし、老騎士が直前に、

「待て。祈祷師は何かを差し出そうとしている。指をさす方向を見てみろ。」

 その言葉で従士ブライアンは剣を止め、祈祷師には代わりに蹴りを食らわせた。

 蹴られた祈祷師は転げると、腰を低くして、指さした方向へ、こびへつらうように下がっていく。そこにはまるで玉座のように、飾り立てられた大きな椅子があった。しかしその飾りはやはり、人骨やら動物の骨やら、ハーピィの羽やらだった。

 すると、祈祷師は玉座の裏へ手をかけ、何かを引っ張った。引っ張ったのは鎖のようでじゃらじゃらと音を立てて、繋がれた何かに向かって怒鳴っている。

「おいおい……。女か? 貢物をして命乞いを? いや、この女は……。」

 赤ひげ騎士が再び兜をあげ、老騎士がため息をついた。左手を腰に当てた老騎士は、

「マウリシオ卿、よく気が付いたな。この女どもはエルフ族だ。」

「エルフ! またやっかいなものを……。」

 金髪ディエゴは、左足に重心をかけて言う。その言葉に赤ひげ騎士は

「エルフだと? 面倒な。エルフ族に引き渡す交渉なんて御免被るぞ。しかし、なんだこいつは。エルフの女を差し出すから、見逃せと?」

 議論の的となっているエルフの娘は5名ほど、全裸で首輪をつけられている。首輪からは鎖が垂れ、その先には祈祷師の掌がある。エルフの娘たちは暴行を加えられた形跡があり、痣の跡がある。また、十分な食事を与えられていなかったのか、ひどく痩せこけていた。そして、そのエルフの娘たちの身体には、オーク族と同様の汚らわしい紋様が彫り込まれていた。

 少女騎士は歩み出て、エルフの娘をつま先から頭まで一瞥する。そうして、老騎士へ振り返りながら、

「おじさま、この紋様は?」

「オークの信仰する獣人12神教の証だ。」

と、騎士たちが話すのに、不安に思ったのか、祈祷師はさらに奥から鎖につながれた囚人を引っ張って来、うさんくさいインチキ商売をやるえせ商人のように、追加の商品を並べ立てた。

「人間の女じゃないか!」

と驚きの声を上げるのは、後方で控えていた兵士。つられて従士ブライアン、

「ご婦人方! わたしの言葉がわかりますか? 神の導きでやってきました。この薄汚いオークめ! なんということを!」

 追加の品物は人間の娘たち。これもまた5人ほどで、17~25くらいの娘たちだった。エルフたちと同じく暴行の形跡と、栄養失調気味の貧農よりもひどく痩せた身体。従士ブライアンが娘たちに歩み寄ると、娘たちはびくりと震えて、一人の娘を隠そうとした。

「なんだ? む、これは、ご婦人、妊娠を?」

と従士が言い、騎士たちが眉をひそめる。従士ブライアンが困惑する。

「混血か。」

 老騎士がため息のように言う。すると娘たちは泣き崩れて、

「あああ! ううう……。」

とうめくばかり。エルフの娘たちは虚ろに俯いたままだ。

「神よ! オークどもめ! 許せん!」

 従士ブライアン、祈祷師へ剣を振り上げる。祈祷師は目を見開き、跪いて、手を振って弁明の姿勢を見せる。しかし熱く若い従士の怒りを治めることなどできない。怒りに満ちた剣によって、祈祷師の右腕は斬り落とされた。祈祷師と言えど、やはり豚らしく鳴き声を上げる。うめき声をあげる祈祷師に、怯えて後ろで縮こまっていた子豚どもが駆け寄り、祈祷師を庇おうとする。

「じゃまだ! どけ! 異教の野蛮人ども!」

と怒りに震える従士であるが、本来、こんな場面で剣を振り回すのは少女騎士の役目だったはず。いつになく冷静な彼女は剣を納めると、人間の娘たちを見やって、

「この娘たちも、異教の紋様が刺青してありますね。エルフと人間が信仰するとは珍しいのでは?」

「エルフはまた独自の信仰を持っている。人間はお前の知っての通り。」

「これ、ただの刺青じゃありませんよね。おじさま、オークは、囚人へ無理やりに刺青するものなんですか?」

「ふーむ、お嬢さんに嘘は言えないな。この刺青はオークにとって神聖なものとされている。望まぬ者にいれることはできない。信仰の証だからだ。」

「Je vois...」

とつぶやくなり、アンナ嬢、人間の娘へ歩み寄って、泣き崩れる娘の髪を引っ張って、むりやり立たせた。

「あああ! お許しを!」

と、引っ張られた髪へ手を伸ばす娘。ブロンドで、青い瞳。18くらいであろうか。無理やり立たせ、バケツ兜のスリットから、彼女の瞳を見つめる。

「Mademoiselle,あなた、神を見捨てたのですか?」

 娘は、兜の奥から覗く緑の瞳へ意識を奪われる。少女騎士とブロンドの娘はしばらく見つめ合い、そして、再び「あああ!」とむせび泣いた。

「どうかお許しを! 仕方がなかったのです。殴られ、犯され、孕まさせられ、世界を呪う余裕すらありませんでした。告白します。わたしはひとり……一匹、あの野蛮人の子を産んでいます……。産んでからも地獄の日々は変わりませんでした。私の姉は……姉は子を孕むと発狂し、やつらに噛みつきました……。そうしたら、無残に、殺され、豚のえさに……。私は、神に見放されたと思いました。そして、あるとき、『おまえの神を捨て、獣人の神々を信じれば、巫女としての待遇を保証してやる』と、オークの長に言われました……。」

 するとアンナ嬢は娘を殴り飛ばして、馬乗りになった。首輪につながった鎖は、他の娘たちの首輪に連結されているようで、つられて娘たちも体勢を崩し、倒れ込んだ。アンナ嬢は娘の胸ぐらをつかむように首輪をつかみ上げ、

「それで、あなたは神を見放したのか?」

「いえ! いえ! 仕方がなかったのです! もう、こんな日々は終わらせたいと……それで、わたしは、主を捨てると嘘をつき、蛮族たちの神を信じると嘘をつきました。神も理解してくださると、思って。そうしたら、刺青を入れられて――」

と言いかけた時、アンナ嬢は娘を何度も殴打していた。頬骨が砕け、娘の顔が腫れ上がるまで殴り続けた。その様子に、ほかの騎士たちは呆気にとられ、エルフやほかの娘は青ざめ、老騎士はため息をついた。そうして、立ち上がり、娘を蹴り飛ばすと

「この裏切り者め! あなたは神を見捨てた! 神に見捨てられたのではなく、あなたが神を見捨てたのです。この、異教徒め。」

 娘はその言葉を聞き、絶叫ともいえる叫び声を上げ、砕けた歯を血とともに吐き出しながら、泣きじゃくった。

 その姿を見下ろしていた少女騎士が、いったいどのような表情をしていたのか、兜に覆われたその奥でなにを感じていたのか。それはわからない。ただ、彼女は剣を引き抜くと、

「異教徒の娘。地獄の炎で清められることを祈ります。」

と言い放つと、娘の胸に深々と剣を突き刺し、引き抜いた。力の抜けた娘は、両手をだらんと下げる。そうして、アンナ嬢は娘の首を跳ね飛ばした。きれいに切断され、くるくると空中をまわり、ぐちゃりと地面に落ちた。十字を何度かきり、さらに剣を十字にみたてて祈った。祈るのに満足すると、他の異教の人間、エルフの娘たちの方へ向き直るなり、叫んだ。

「皆殺しにせよ! 神はみずからのしもべを知っている!」


――冒涜的な塔にはあふれんばかりの金の装飾品があった。血にまみれた騎士たちは、異教の儀式に用いられるであろう黄金の器、盃、エルフを串刺しにしていた杭などのほかに、箱いっぱいの金貨も見つけた。その箱は数多くあり、クルティボの1年間の収入をはるかに超える量であった。塔と集落、異教徒どもは悉く浄化の火で焼かれた。

 クルティボまで凱旋すると、老騎士はため息をついた。少女騎士は血も落とさず教会へ向かい、祈った。ロベルト卿や赤ひげ騎士たちは、予想以上の戦利品に喜んだ。従士ブライアンは悔やんでいた。異教徒とはいえ、人間の娘を手にかけることができなかったことを悔やんだ。悔やんで、少女騎士につづいて教会へ行き、告解をした。彼はアンナ嬢から言われた「Poltron !」というフランス語について考えていた。異教徒を殺せない弱虫な従士を叱っての言葉だろうと結論した。

 兵士たちは、気前よく分配された報酬に歓喜した。とはいえ、せっかくの臨時収入もその夜のうちに使い果たしてしまう者もいた。ロベルト卿が戦勝の祝いということで、宴を開いたのだ。その宴は砦の中だけではなく、領内全域に及ぶものであったので、飲み食いだけでなく、世界最古の職業をなりわいとする人々も引き付けた。それによって欲望を快楽によって満たし、財布は空になる。賭け事もいたるところで行われた。

 教会もまた、異教徒へ裁きの鉄槌を下したことに称賛と祝福を与えて当然だった。司祭ヨセフは乱痴気騒ぎには辟易としていたが、それでも貧しい農民たちが、これほどたらふく食べ、幸せそうにしているのには非難する気が失せた。というより、戦いで天に召された者たち、その家族、怪我を負った者たちを癒し、清め、祈る仕事に没頭した。その中で、若き従士の告解と、少女騎士、そして、以前少女騎士が蛮族から救った娘。その3人の話を聞くにつれ、自分自身がこの迷える子羊たちへ、どのように神の御心をお伝えすればよいのか悩んだ。悩むと同時に、彼には自分のこの役目が、神の役に立つことができているのだという実感を得て、幸福のうちに包まれた。

 魔女と、蛮族という脅威を排したクルティボはより発展するだろう。怪物たちの住処と思われていた森も次第に切り開かれ、神の光に照らされた世界へと変わっていくものと思われた。異教徒どもを罰した数日後に、軍事行動を起こしたクルティボを警戒して、ダッグワース家の使者がやってきたが、ロベルト卿の弁術と修道騎士が滞在していることで誤解は解かれた。そんな珍事もあったが、少なくともしばらくの間は、クルティボは平和に包まれるはずである。


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