「戦場のお作法」
戦争パートです。
――「戦場のお作法」
焼け焦げた大地。緑豊かな森と、禍々しい塔を囲う毛皮のテント群。薄暗い陰気な森を抜けると、突然木々が焼け焦げ、更地になり果てている景色が広がっている。火事でもあったのだろうかとささやく者もいる。または、これが蛮族の習わしなどだと分析する者も。
更地ゆえに太陽の光を遮るもはない。視界の先を真っ白にする濃密な霧もだいぶ明瞭になってきた。朝霧が晴れ、視界がはっきりとしてくる。足元が露でぬれる。
更地の先には冒涜的な異教の塔。そして野蛮な毛皮の住居。毛皮の住居側から森の方を見ると、森を背負って、きらきらと煌めく光がいくつもある。ちょうど北西の方角一面が星空のように光っている。星空が水面に反射して? 否、いまは早朝。気持ちの良い冷たさに包まれて、新しい一日が始まろうとしている。しかし、今日はいつもとは違う。今日という日を最後にして翌朝の光を拝むことができなくなる者が大勢出るだろうと思われた。
輝く煌めきたちをよくみれば、鎧を着こみ馬にのった完全装備の騎士たちと、同じく鎧を着こみ、盾や槍で武装した衛兵隊、そして粗雑な盾と短槍だけで武装した50人ばかりの者たちである。簡単な防具を身に着けた弓兵もいる。槍の穂先や鎖帷子や剣が浅い角度からさす朝日によって、光り輝いていたのだ。それに加え、大盾を背負い、クロスボウを掲げた傭兵団。鉈や短弓で武装した冒険者たちもいる。総勢150名ほどになろうか。
「まさか蛮族どもと会戦をすることになろうとはな!」
と、使い込まれた面当てつきのフラットトップヘルメットを、左手で跳ねあげて、塔を眺めるのは赤ひげの騎士。右手には馬上槍を握りしめ、肩からカイトシールドをぶら下げる。マウリシオ卿、にやにや笑って楽しそうだ。
「役立たずの冒険者が騒ぎを起こしてくれたおかげで、奇襲作戦は失敗だ。」
そう悪態をついて、十字を切ったのは、黄色と青色で装飾されたグレートヘルムを被った騎士。コイフの足から自慢の金髪がのぞく。ちょうど、馬上槍を従者から受け取ったのはディエゴ卿だ。
「しかし、ワイバーンが蛮族どもを襲ったとは、驚嘆ですな。我々人間ではなく、異教の蛮族どもへ牙をむけたとは。これもまた、信心深き修道騎士どのが居られたおかげですかな。」
と、他の騎士たちよりも一等小柄な騎士へ目をやるロベルト卿。彼もまた鎖帷子とコートオブプレートを身に着け、コイフの上からお椀型の兜を被っている。傍らには騎乗した従者が軍旗を掲げて控えている。そして騎士たちは、例の兎の紋章が染め抜かれたサーコートを纏う。軍旗も同様の紋章。
「Oui oui.神はわたしたちへ勝利を約束された、ということですよ!」
「やれやれ。”ワイバーン”が神の啓示を運ぶ役目を負っていたとは初耳だが。」
もちろん、このような絶好の戦日和に我らが少女騎士アンナ嬢が出席しないわけがない。アンナ姫が出席するとなれば、エスコート役は彼女のおじさま、ドラクロワおじさまだ。ふたりはいつもの装い。ユニコーンにまたがり、馬上槍を握る。アンナ嬢はうきうきと。ドラクロワおじさまは気怠そうに。
結局、冒険者一党は無策にも切り込みをかけ、全滅。その直後”ワイバーン”がどこからともなくあらわれ、オークを襲い、空飛ぶトカゲは修道騎士によって退治された、ということになっていた。ワイバーン出現の報には一同驚愕した。だが神のご加護によって退治されたと聞くと、これは逆に異教の蛮族との戦いに向け、われら人間へ勝利の啓示をお与えになったのだという話になった。拠点への奇襲は見込みが浅くなったが、むしろ堂々と進軍し圧勝することで蛮族を一網打尽にする好機と捉えた騎士たち。お隣のダッグワース家を刺激する危険など頭の中から蹴り出された。すっかり盛り上がり、戦意に満ち溢れて森へ入った。若干の衛兵を防備に残して、騎士と従士、衛兵隊、臨時雇いの傭兵団と冒険者、徴兵した農民兵らで構成されたロベルト軍は司祭の祝福を受け、意気揚々と蛮族殲滅へ向かった。
当然、この堂々とした進軍はオークの斥候たちに気取られた。逃げることもできたものを、愚かなオークどもは全面的に受けて立つことにしたようだ。あるいは、拠点を移す労力をかける余裕がなかったのか。それはもはやわからない。筆者はこの汚らわしいオークどもへ取材を行う機会を得ることができないからだ。
「さて、諸君! 勇敢なる騎士たち、従士たち、兵士たち!」
と叫び声をあげて、馬を進めるロベルト卿。彼は隊列の間を馬で縫いながら、声を張り上げる。
「あそこに見えるみすぼらしい掘っ立て小屋を見たか! 所詮蛮族などあんなものだ! 見よ、あの冒涜的な異教の塔を! 主を信じず、邪なるものを信じるからこそ、あのように惨めな思いをしているのだ。」
2列横隊を組んだ歩兵たちと、弓兵たちは、馬上で槍を掲げる自らの領主を見つめる。期待を込めた目か。それとも懐疑の目か。どちらにせよ眉は吊り上がり気味で、戦いへの興奮に満ちているようだった。傭兵団と冒険者たちは、耳を動かすよりも自身の武器を触るのに忙しい。刃先を眺めたり、クロスボウの弦を弾いて異常がないか確認している。
徴兵されたただの農民たちの顔には恐怖の色があった。その恐怖は戦いへの恐怖か。殺されることか。殺すことか。あるいは、後方に控える衛兵伍長の剣を恐れているのか。
「神は我らに勝利を下さるようだ。敵には騎兵がいないが、野蛮な獣どもは数だけは多い。我らの倍以上だ! だがその実態はどうだ。倍の数はメスとガキを含んだ数だ! そして肝心のオスどもも、馬鹿と間抜けの集団だ。空っぽの頭を持つ蛮族のよいところは、勇敢で賢い兵士諸君が槍を一突きするだけで、簡単に串刺しになるところだ!」
――ハハハハ!
熟練の衛兵隊に笑いが起こる。槍と盾を打ち鳴らして、拍手代わりにする者もいる。その笑いと陽気な音につられて、農民兵たちも互いに顔を見合わせながら、頬に笑いの皺がよった。ロベルト卿は隊列の最前列に躍り出て、馬ごとくるくると回ると、
「戦いの後には略奪が待っているぞ。神の敵だ。制限はしない!」
という言葉には、傭兵団と冒険者たちも耳を働かせたようだ。拍手や、武器を打ち鳴らし、気前の良い騎士に首肯の返答をする。
「そしてここには、聖地を奪還し、守り抜いていた敬虔なる修道騎士が二人居られる! ということは、この戦いは神に祝福された戦いということだ! 敵はサタンの手先、異教の野蛮人。となれば、我らは天の軍団の剣だ! 兵士諸君、神がともに戦ってくださるぞ! 神の名において、あの邪悪な蛮族どもを、残らず地の底へ送ってやろうではないか!」
――オオー!
兵士たちは鬨の声をあげる。槍と盾を打ち鳴らす。その歓声は、対面するオークどもにも届いたはずだ。オークの軍勢との距離は200歩ほど。表情は判別できないが、オスメスの区別はつくほどの距離。叫べば会話もできる。すると、野蛮なオークどもはその見た目通り、野蛮な雄叫びを浴びせ返してきた。
「アンナ卿、兵士たちへ向かって十字を切ってください。」
と馬を並べたロベルト卿に言われるのに、馬上から半身兵士たちへ振り返って、
「Deus vult(神の御心のままに)!」
と叫び、十字を切った。それに続いて、騎士たちも「Deus vult(神の御心のままに)!」と叫ぶ。すると兵士たちも武器を振り上げながら「Deus vult(神の御心のままに)!」と叫んだ。
そうして、ロベルト卿は剣を引き抜き、頭上で振り回すと、
「アンナ卿、騎士たち、戦闘計画どおりに!」
そう指示されるなり、少女騎士を先頭に、騎士と従士たちは自らの馬たちへ拍車をかける。赤ひげマウリシオ卿はロベルト卿に手を振り、アンナ嬢はドラクロワに手を振った。騎士と従士たちは突如、戦列から離れ、森の中へ入って行ってしまった。戦場に残った騎兵は、ロベルト卿と従者数名、そしてドラクロワおじさまだけである。
混乱したのは蛮族どもである。蛮族どもの戦列にざわめきがおこる。もともと、バラバラで規律を感じられない隊列が一層汚くなる。隊列の中には、例のオークの長もいる。彼は醜い豚面をさらに醜くした。護衛兵らしき体格の良いオークとなにやらささやき合っている。だが、悠長に井戸端会議を楽しむ余裕はない。ここは戦場である。またしても人間軍の指揮官が指示を飛ばす声が聞こえる。
「弓兵! 火矢用意!」
弓兵の足元には手で掬ったほどの溝が掘られている。その溝には油が流し込まれており、松明を持った支援兵が油へ着火する。すると弓兵隊の足元には小さな火が灯った。弓兵たちは矢の先を溝に突っ込む。そうして、持ち上げ、弓を構え矢をつがえると、矢の先には火がゆらめいていた。
「弓兵! 弓を引け(プレパラーシオン)! 歩兵隊!、前進用意!」
合図とともに、弓兵たちは弓を引き絞る。弓はしなり、弦を持つ指が震える。弓をまともに引くには相当の筋力が必要だ。まして、それを保持するには忍耐力も必要である。いまにも飛び出してしまいそうな、弾けてしまいそうな矢と弦を、指で引き留める。弓兵たちの眉間にしわが寄り、葉をむき出しにする。弓は高く、斜めに構えられ、そして、
「撃て(ディスパリーン)!」
ロベルト卿が剣を振りながら叫ぶと、弓兵隊の下士官らしき男が命令を復唱し、
「撃て(ディスパリーン)!」
と叫んだ。叫んだと同時に、力をため込み、いまにもはちきれるかと思われた弦は唸り声のような音を上げながら、火矢を射出した。火矢は歩兵隊の頭上を飛び越える。歩兵の一人が頭上を見上げる。火を纏う矢が火の軌跡を空中に残すので、その男は流星群が飛んでいるのかと思った。はるか昔恋人と眺めた流星群を思い出したのだ。流星たちは空を飛ぶ。
そして、流星群は、唾棄すべき醜いオークどもの群れへ、落ちた。
オークどもは矢に撃ち抜かれ、火だるまになった。それでも蛮勇さゆえか、となりの仲間が胸に矢を受け、火に包まれると、人間軍へ雄たけびを返した。
とはいえオークどもも、射撃練習の的ではない。オークの長は、自らの弓兵たちに指示をだし、反撃とばかりに弓矢を撃ち返した。
「馬鹿どもが。届いていないぞ!」
その大声の主は古参衛兵。彼は盾を構えながらオークを罵った。そして歩兵隊に笑いが起こる。
オーク軍の粗末な矢では射程が足りなかった。落胆の色を見せるオーク弓兵たちへ、追い打ちとばかりに人間軍の火矢が襲う。
射程距離外から撃ち込まれる火矢にしびれを切らしたのか、オークの長がなにやら叫ぶと、オーク軍は前進を開始した。
「歩兵隊!、前進!」
蛮族どもの隊列が前進を開始し、迫ってくるのに呼応して、ロベルト軍歩兵隊も前進を開始した。歩兵隊の両翼には、クロスボウ傭兵が続く。そして歩兵隊の先頭を、騎乗した騎士が行く。時折振り返って、激を飛ばす。
「隊列を保て!」
と叫ぶのはドラクロワおじさま。老騎士は隊列が乱れた個所を槍で指し示す。歩兵隊が前進する足音に合わせて、弓兵隊が矢が飛ぶ風切り音を鳴らす。
すると、歩兵隊の右翼側に位置する森の茂みのなかから、ぼろぼろで瀕死の体のオークが3匹ほど這い出てきた。老騎士が指示を飛ばすと、歩兵隊が気をそらす間もなく、クロスボウ傭兵によってそれらは射抜かれた。
しかし、左翼側から何やら飛んできた。老騎士の鼻先を何かがかすめる。歩兵隊の一人が左足に矢を受け、倒れ込んだ。倒れ込みざまに、隣の兵が手を貸そうとするのを、衛兵伍長が制した。
「伏兵だ。ロベルト卿!」
と、老騎士は振り返りざまに大声で叫びながら、槍で左翼の森を指し示す。
ロベルト卿はすぐさま、予備として待機させていた冒険者数名に左翼側の森へ突入するよう指示し、出番を待ち焦がれていた冒険者たちは飛びかかるオオカミのように左翼の森へ突入した。
主戦場である更地で一歩一歩前進を続ける両軍の本隊よりも先に、森の中から怒号や、金属同士がぶつかる音や何かが倒れる音などが鳴り響き始めた。
火だるまになった死体、また地面に突き刺さった火矢から黒煙が上がる。黒煙を背負って前進するオーク軍本隊にはいまだに火矢が降りかかっているが、もはや両軍最前列は30歩の距離である。お互いの目が見える。これ以上の射撃は味方の背中を撃つことになりかねなかった。
「閣下! これ以上は味方に当たります。」
「いかんか? とは言えん、射撃中止!」
弓兵隊下士官は続けて、射撃中止の命令を下した。だが、卑劣なオーク軍の考えは違ったようだ。
オークどもは味方に当たることも恐れず、矢を放った。粗末な弓でも十分に人間軍に届く距離まで接近した。この射撃は、味方のオークを撃ち抜きながらも、ロベルト軍歩兵隊を襲った。
とっさに、老騎士は盾を構える。すると、ガツン! と盾へ何かがぶつかった音がする。歩兵隊のほとんども盾で汚らわしきオークの矢を弾いた。だが、盾を構えるのが間に合わなかった者、不運にも盾からはみ出した足、肩へ矢を受けてしまい、悲しいかな、防具を身に着けていない箇所へ命中し、転がり込むように倒れ伏した者たちがいる。
次の矢がくるかと思われたそのとき、オークの長は空を裂く雄たけびを上げた。その雄たけびとともに、オーク全軍が雄たけびを上げながら、突撃を開始した。
「突撃!」
老騎士も間髪入れず、イングランド語で突撃命令を下した。イングランド語であるが、命令は分明できたようで歩兵隊は鬨の声を上げながら突撃し、人間とオーク、両軍は正面からぶつかり合った。隊列は乱れ、押し合い、怒号が飛び交う。突き出された槍はオークの腹を突く。だがその屍を乗り越えて、別なオークが飛び掛かり、隊列の中へ倒れ込む。隊列はさらに乱れ、倒れ込んだオークはめった刺しにされたものの、崩れた隊列の中へ更に別なオークが入り込む。戦列のいたるところで同じような光景が繰り広げられた。両翼で援護射撃をしていたクロスボウ傭兵も、この混戦に巻き込まれ、クロスボウを背負い盾と剣や斧で戦わざるを得なかった。
馬上で槍を突き出していた老騎士も、大柄なオークを串刺しにしてからは槍を放って剣を抜く。だが、両軍の歩兵に押されて、もはや馬の機動力など意味をなさない。ただ、高い位置から見下ろせるので、崩れた隊列の方向へ向けて激を飛ばすことには役立った。
とはいえ、騎乗した騎士は目立つ。真っ白なサーコートとクロークを羽織っていればなおさらである。腕に覚えのあるオークどもは、押し合いへし合う列をかき分けて、老騎士へ襲い掛かる。襲い掛かられた老騎士は、高さの有利を生かした馬上からの一撃を、身の程知らずの蛮族の脳天へ食らわせ、頭蓋骨をたたき割る。
だが、人間に比べて体格に優れている上、数に勝るオークどもは、徐々にロベルト軍歩兵隊を押し返しつつあった。
「弓兵隊も、突撃用意だ。行くぞ、諸君!」
劣勢と判断したロベルト卿はピックや斧、剣で武装した弓兵を率いて、自らも激戦区へ飛び込んでいった。とはいえ、数の上ではいまだにオーク軍に有利。しかし賢いロベルト卿は、オーク軍の中でも女や子どもが多い隊列を見つけると、そこへ弓兵隊とともに雪崩こんだ。
――一方、そのころ。
少女騎士を先頭にした騎士と従士たちは森の中をキャンターで飛ばしていた。一度この周辺を訪れた少女騎士が先導役となり、薄暗い森に馬蹄をどよめかせる。途中、なぜか茂みで這いつくばっていた、斥候と思しきオークの一隊を一蹴した騎士たちは、なおも森の中を進む。3匹ほど取り逃したが、そんなことにかまっている時間はない。
「離れずに! 私に続け(スタエ ヴェズ アミー)!」
見知らぬ、薄暗い森。朝霧の余韻の残る森。先導役から離れれば、あっという間に迷子だ。騎士たちは密集しながら、木々を避けるとき以外は固まって突き進む。遠くでは怒号、雄たけび、金属同士がぶつかる音、剣戟の音が聞こえる。戦場はすぐそこだ。
――はやく戦いの現場に!
この心持ちは、何もアンナ嬢だけが抱いているわけではない。赤ひげ騎士も金髪騎士も、従士たちも同じ思いだ。
駆けていると、赤ひげマウリシオが、一人の従士へ向かって叫ぶ。全速力で走る馬に揺られながらである。単語と単語が離れる。
「どうした、ブライアン! ああ、今回が、初めてだったか!」
すると金髪騎士ディエゴが
「おお! 心配するな! 力みすぎるな! 肩の力は、楽に! 視線は強く! 槍はしっかりとにぎれ! だが、なによりも、信じろ! 自分が一番強いと!」
ブライアンの額には汗が滴る。コイフの中をつたうのがわかった。顔面は強張り、心臓は高鳴っている。吐きそうになる緊張感。胃の辺りを殴りたくなる。
「恐ろしいのです! 未熟さによって、失態を、さらすことが!」
先頭を駆ける少女騎士、若き従士に一瞬目をやり、叫ぶ。
「失敗しないひとは、何もしない人、だけですよ! あなたは、神の敵を打ち破ろうと、しているのです! ならば、あなたが今日、成すことは、神がそう望まれることです!」
その言葉を若き従士がどう解したのか。それは不明だ。だが、彼はこの戦いを生き残ることになる。生き残れば教訓を得る。
森はまだ続く。
「私に続け(スタエ ヴェズ アミー)!」
繰り返し叫ぶ少女騎士。やがて、鬱蒼とした、いやらしい森の先に、明るい日差しが見えた。日差しの先には黒煙がもうもうと上がっているのが見える。そして、怒号や剣戟の音もこの先から聞こえた。
――ロベルト軍、オーク軍最前列。
ここではこの世の地獄が形成されつつあった。お互いの死体を踏みしめながら、殴り合っている。だがその感想は戦場に立つのがはじめての者による表現だ。戦場とはいつもこのようなものだ。古参兵からすれば慣れ親しんだいつもの光景。傭兵同士が忖度し合っているよりも、なんと正直で安心できる光景だろうか。お互いに戦っている”ふり”をしているのを見せつけられるより、心地よい。
オークの一撃を盾で受け止めると、盾がきしむ音がする。もう一撃くるかと思われると、隣の戦友が斧を振りかぶったオークを槍で突き殺していた。だが、すぐに戦友は倒れ伏した。見ると、ギャンベゾンを突き破って、深々と斧が刺さっている。その斧を引き抜こうとするのは醜い怪物。恐怖よりも、あまりの興奮ゆえに怒りのほうに感情を支配された兵士は、盾を構えたままそのオークへ突っ込む。倒れ伏した敵へ、味方が数人がかりで剣を突き立てる。しかし、突っ込んだ兵は、別なオークに背後から一撃された。
同様なことが、乱れ切った隊列では、いたるところで繰り広げられた。老騎士もロベルト卿も、「隊列を保て!」と叫び声をあげるが、もはや意味をなさない。周りの怒号にかき消される。夢中の兵士たちは気づいていないが、馬上から見渡す戦場は、明らかに劣勢であった。オーク軍隊列後方で、大剣をふりまわす族長らしき蛮族は、勝利を確信したようだった。
しかし、次の瞬間! オークの族長は驚愕した。黒煙を飛び越えて、土煙を上げて、突っ込んでくる影に。しかも、見覚えがある白い影が。ロベルト卿にとっては待ちわびた声。老騎士にとっては聞き飽きた声。あるいは、聞き飽きたセリフとともに。
「Deeeeeeeeus vuuuuuuuult!」
甲高い少女の叫び声にすべての者たちが静止した。一様に声のする方向へ目をやる。その声は何か金属製の筒の中に顔を突っ込んで叫んだように聞こえる。声とともに、ラッパの音が聞こえ、けたたましい馬蹄のどよめきが大地を揺らした。声はオーク軍の背後からだ。ある蛮族が振り返ると、森の中から、火を飛び越えて、たくましい馬にまたがり、槍を構えて突っ込んでくる、騎士たちを瞳に写した。
背後へ迂回した騎士たちは、馬上槍を構え突撃した。オークどもにとっては、突然左後方からあらわれた騎士たち。馬蹄をけたたましく響かせ、槍を構え横一列で突進してくる騎士たちに恐れおののいた。血の気が失せ、振り返ったなり固まってしまう者もいる。騎士たちの殺気と迫力に後ずさる。後ずさると、前列で戦うやつの背中にぶつかった。
突っ込まれたら、命はない! 防ぐ手立てなどありはしない。盾を構える? 馬鹿な。全速力で突進する馬の速度。その速度と全身を鎧で覆った騎士の重量。その勢いに乗せられた槍の一撃。板切れ一枚で防げるわけもなく、ドラゴンでさえ串刺しになる威力。運よく狙いが外れたとしても、馬に蹴とばされ、肉の塊となって地面を転がる。もはや、自分はひき肉のミンチになることは確実である。頭の足りないオークでもそれくらいの想像はできるのだろう。オーク軍最後列では、悲鳴がこだまする。だが、逃走するわけにはいかなかった。
オークの長も狼狽するしかなかった。彼は馬上槍での騎兵突撃がもたらす破壊力を知っていたのだろう。そしてなによりも、つい先日見かけた赤毛の少女騎士が、最前列で槍を構えて突っ込んでくるではないか。
「ハハハ―ッ!」
という赤ひげマウリシオの腹からの笑い声とともに、騎士たちはランスチャージをかけた。横一列となって、最高潮まで上げられた速度に乗った馬上槍は、すべての装甲、すべての肉を突き破る。完璧に、もっとも効果的な角度で隊列に突撃した。その圧倒的な破壊力がもたらす結末は、決まり切っていた。
一番初めに吹き飛んだのはオークの長であった。少女騎士を見て、何やら喋った気がするが、どうでもよいことだ。オークの族長は少女騎士のランス突撃によって半身をえぐり飛ばされながら吹き飛んで絶命した。
ランス突撃においては、串刺しにする、というよりも突き飛ばすという表現の方が正しいかもしれない。肉をえぐり飛ばしながら突き飛ばすのだ。馬上槍は過貫通を防ぐために‘かえし‘がついている。しかしそのかえしがひしゃげるほどの衝撃と、重量が騎士にかかる。その衝撃は肩が外れ、勢いのあまり落馬しそうなほどだ。しかし騎士は鐙で踏ん張りながら、慣れた動きで衝撃を逃す。一部の騎士にとっては、この衝撃にはやみつきになり、中毒症状と呼べるほどランス突撃を愛する者もいる。我らが少女騎士はまさにその一人だ。
馬の重さと速度によって、まるで空から落ちてくる星屑によって木々がなぎ倒されるかのようにオークどもは吹き飛ばされた。一列目を粉砕してからも、騎士たちは突き飛ばした敵から槍を抜くと、勢いの減ずる前に再び構えなおし、狙いを定めるまでもなく、そのまま馬に停止を命ずることもなく突撃を続ける。というより、止まることなどできない。2,3列目の蛮族どもを空高く跳ね上げ、轢き殺し、串刺しにし、従士の一人が経験不足により返しを潰し、うっかり串刺した敵の重みで馬上槍を地面に突き立てて、弓のようにしならせて折ってしまうまで止まらなかった。
少女騎士も槍の返しがひしゃげ、2匹まとめて串刺しにしてしまった。保持するには重く、引き抜くのも難しくなった槍をほっぽりだした。とはいえ興奮は冷めない。ランス突撃が大好きな彼女のことだ。きっと兜のなかはよだれまみれだろう。手が震える。しかし恐怖からではない。戦いの高揚感からではない。下腹部からやってくるじんわりとした喜び。それが脳まで突き上げられるように響くと、時折びくんと痙攣してしまう。恍惚に愛撫される、悦びからの震えだ。その震える手で剣を引き抜くと、
「神は称賛されています! 主は私たちの勝利を認められました!」
と剣を振り上げて叫んだ。眼下の異教徒と目が合う。すぐ邪悪な異教徒たる蛮族へ向かって馬で突進し、斬撃を見舞った。
高所からの振り下ろしによる斬撃は、少女の細腕とは思えない威力をもたらす。オークは思わず身を守ろうと斧を上げる。少女騎士の剣は斧の柄をたたき斬って、肉に覆われた首筋へ打ち込まれる。骨を割いた反動を感じると、反動の勢いのまま剣は引き抜かれる。血が鞭のように舞い、異教徒は倒れ伏す。彼女は別な蛮族に向かってさらに振り下ろした。
オーク軍はこの突撃によって完全に粉砕され、分断され、崩壊した。惨めにも逃げ惑い、集落へ敗走し始めている。
この戦いの勝者は決まった。戦うからには勝つ者がいれば負ける者もいる。しかし戦いに負けたからといって、敗者が間違っていたと言い切れるのだろうか。聖人たちも褒め称えずにはいられないほどの道徳心を持った君子ならば、ありがたい言葉をここに叙述するであろう。だが、今回の敵は異教徒であり、汚らわしい蛮族だったのだ。絶対的な悪なのだ。この戦いについて、アンナ嬢は後にこう語っている。
「正しい信仰心を示した側が勝利するのは当然です。勝者は、神が正しいとされた者たちなのだから。もちろん、勇気と、知恵も神は称えられます。怠った者は愛されません。しかし、時に正しくとも負ける時がある。それは、神がそう望まれるから。」
戦力はロベルト軍150、オーク軍300くらいですかね。このころの中世にしては、ロベルト卿もだいぶ奮発したようです。オーク軍は戦士以外も総動員ってかんじですか。だがランスチャージの前には烏合の衆以下であった! というより、士気が低すぎて背後からのチャージ+将軍の名誉ある戦死で士気崩壊と相成った設定です。