「とある異国の冒険者一党」後編 ~善良なるイカサマ~
――――「とある異国の冒険者一党」後編 ~善良なるイカサマ~
奴隷のような労働を強いられていたエルフを救うべく、血気盛んにオークの集落へ突入した冒険者一党。老騎士の見立てでは瞬く間もなく嬲り殺しに合うと思われたが、意外にも善戦をしていたのには驚かざるを得ない。
警報を鳴らした下劣なオークどもは、不埒な侵入者に怒り狂う。毛皮を何枚にも重ねた戦士格を筆頭に、その他のオス、メス、子どもを問わず、皆一様に手近な得物を手にする。石と木、骨などの手製の斧であったり、槍であったりする。また手製であったり、どこかから略奪した弓で武装していたり、略奪した鉄製の剣や斧を持つ者もいる。大胆不敵にも自らの家に、たった4人で切り込んできた不届き者へ殺到した。
毛皮でできたテントの合間をぬって、冒険者一党が突き進む。情け容赦のない蛮族どもは弓を射かける。気の抜けた娘が棒切れを振るうと、その矢は城壁に当たるかのように弾かれる。半透明で金色に光る壁が冒険者たちを守った。その壁の中からは高地人の狩人娘が弓を射、近づく蛮族を射抜く。それでもここは蛮族の拠点。ウジ虫のようなオークどもはそこら中から湧いて出る。光の壁に近づく蛮族は山ほどいる。哀れにもすぐに突破されるかと思われたが、壁に近づく魯鈍なオークは平たい顔の刀によってまとめて叩き斬られる。このような芸当、並の人間にできることではない。この男はまさに人間ならざる力を持っていた。腕力だけではない。蛮族からの渾身の一撃も、稲妻のような動きで避け、そして刀の煌めきだけしか捉えられないほどの素早さで斬り倒しまわっている。
しかし、どのような人間でも不意はつかれるものである。やみくもに打ち込まれた一撃が、あわや平たい顔に直撃しそうになる。だが、寸前でブロンド娘が小ぶりな丸盾で攻撃をいなし、返す刀で短槍を突き出す。平たい顔ほどの派手な大立ち回りはできないが、堅実な守りと必要最小限の一撃で皆の死角を的確に守っているようであった。
冒険者一党は、押し寄せる蛮族の群れを押し分けるように、徐々に集落中央、水場に囲まれた禍々しき塔に迫りつつあった。奴隷となったエルフたちは、そこに集められつつあったからだ。
とはいえ、いかに低俗なオークといえども、悪知恵は働く。常人ならざる大立ち回りに驚きを隠せない蛮族どもであったが、彼らは略奪の達人だ。考えも計画もなしに襲撃が成功するものでもない。あるいは愚図のオークの中にも頭の回るやつがいるのか。いつのまにか、冒険者一党は自ら蛮族どもの術中にはまっていった。
「見てみろ、オークどもに完全に囲まれている。魔術師の障壁も長くはもたないだろう。」
眉を片方上げたドラクロワおじさま、蛮族の集落を見下ろす藪の中、腕を組む。同じく腕を組み、首を突き出すようにして眺めているのはアンナ嬢。
「しかし、あの平たい顔の方はぶんぶん刀を振り回して、なぎ倒しているようですよ。」
「あー、お嬢さん、お前の場合は考えも計画もなしに剣を振り回せば解決してるのかもしれないが……。それで何でもかんでも解決すれば、苦労はない。」
見物を決め込む修道騎士ふたり。アンナ嬢は、まったくの興味本位で眺めているだけであり、手出しする気はさらさらない。あれほど余計なことに首を突っ込むのが大好きな彼女も、異教徒に囚われた異教徒を助ける気はおきないようだ。
しかし、ドラクロワおじさまは少し違うようだ。しきりに「うーん」「むむむ」「うーむ」などと唸り始めてしまった。あまりにうんうんと唸るので、のんきな少女騎士もさすがに気になって、
「おじさま、Qu'y a-t-il, 具合が悪いんですか。」
「うーむ、いや、そうではない。」
いつもは厭世家かつ豪胆な雰囲気を纏う老騎士であるが、いつになく優柔不断の体に見える。そして、眺めているうちに、気の抜けた娘の魔術によって展開されていた魔法障壁が、焼き物が落ちて割れるかのように砕け散った。
「ネルケ! くそおおお!」
平たい顔の絶叫が見物人たる修道騎士たちの元へも響く。気の抜けた魔術師は、胸、背中、足と、体中に無慈悲な弓矢が深々と刺さっていた。貫通したものもあれば、していないものもある。どちらにせよ、彼女のローブは赤く染まり、棒切れを落とした。
なおも撃ち込まれる矢に、平たい顔が刀を振るい、撃ち込まれた矢を叩き落とす。
「Dis donc! 剣で矢を打ち落としましたよ!」
と楽し気に関心する少女騎士。しかし、老騎士は黙って腕を組んだままだ。
撃ち込まれる矢を落とすのに夢中になっていた平たい顔。背後から迫る投げ槍に気づかない。だが注意深いブロンド娘は見逃さず、男の背後へ飛び出し、盾で槍を弾く。それはもはや魔法の壁を失った冒険者一党にとって致命的な隙となった。
邪道なオークは、好機とばかりにブロンド娘へ襲い掛かった。最初に突貫してきた敵をいなしたものの多勢に無勢。別なオークの斧が彼女の左肩に直撃し、木板の補強をたたき割りながらギャンベゾンを裂き、左肩は肉を裂かれ骨は砕かれた。なまくらな斧は両断するには至らず、ブロンド娘の肩へ半分ほど刺さって止まった。激痛と衝撃で悲鳴を上げ、短槍を落とした彼女であったが、それでも戦意はくじけない。短剣を引き抜くと、斧が抜けないオークの腹を斬り裂いた。しかし、その直後、ふくらはぎに矢を受け、崩れ落ちた。
高地人の娘も、迫りくる敵に対してもはや無力となった弓を捨て、手斧とナイフで応戦した。しかし数と腕力に勝るオークどもには敵わず、こん棒で腹部を強打され、倒れ伏した。その後複数から何度も蹴りを加えられ無抵抗となった。
仲間の無残な姿を見せつけられたからか、ドラゴンの咆哮かと思われるほどの絶叫をすると、卑劣な蛮族どもへ更に斬りかかる。もはや肉の壁となった蛮族どもによって、自慢の素早さも生かせない。そのうち叩き込まれたこん棒が腕に直撃し、刀を落とした。
「さて、もはやこれまで。可哀そうですが、異教徒に手を貸そうとした罰ですね。私たちは戻りましょう。こんな騒ぎを起こした後となっては、奇襲作戦がうまくいくとは思えませんが……。」
と十字を切ってから踵を返す少女騎士。
「Coucou ! おじさま、何をしておられるのですか。急ぎましょう。」
ドラクロワおじさま、どうもおかしい。蹂躙される冒険者一党をみつめて、動かない。アンナ嬢、右手を腰に当て不審がる。すると、老騎士は振り返り、
「お嬢さん、たまには、おれのわがままに付き合わないか?」
「Euh?(ウー?)」
「心優しく、善行をつみたいドラゴンは、勇敢なる冒険者を助けたいって思ったのさ。」
「Ca alors ! 正気ですか!?」
「もちろんさ。」
「pourquoi?(なぜ)(プルコワ?)」
「お嬢さん、お前を助けた時と同じさ。あいつらは瀕死だが、まだ息がある。魔術師はもう駄目だが……。残ったやつらに、その勇気を称えて生きてもらおうと思ってね。何、心臓を分け与えるわけじゃない。オークどもを、ちょっとおどかすだけさ。」
「Non!」
「いつもお前のわがままに付き合ってやってるじゃないか。聖書にはこうあるぞ、隣人には親切にしろと。それか、お前はこのおれを見捨てるのか? お前の最も親しい隣人たるおれを。」
「異教徒を助けることにもつながります……。それは罪です。」
「まあまて、エルフどもは放っておく。奴らが逃げおおせるかどうかは、やつら個人の責任だ。」
「とはいえ……。」
「お嬢さん、エルフとはいえ、凌辱されている娘を見て、何も思わないことはないだろう。異教徒とはいえ、辱められている娘を、勇敢な男は助けようとしたんだ。娘よ。かつて修道院で受けた試練を忘れたわけではあるまい。あの五日間は忘れられないはずだぞ。どうだ、野蛮人に押さえつけられ、受けた傷は、今なお身体中に残っているではないか。」
その言葉を受けると、少女騎士は地面を見つめて、黙り込んでしまった。そして、崩れ落ち、ぺたんと座り込むと、頭を抱えて、嗚咽の声を出しはじめた。そして、肩を震わせて、胸の前で手を組むとぶつぶつと幽かな声で呟き始めた。
彼女の兜のスリットや通気孔から、水がしたたり落ちる。ひくひくと喘ぐ。息が苦しくなったのか、兜を脱ぎ、両手で顔を覆った。
「神が差し向けた、お前にとっての光は兄であったが、異教徒の娘にとっての光はあの冒険者だったのだ。異教徒は助けられないというのなら、せめて勇者だけでも救おうではないか、アンナ。」
しばらくの間、声を出そうにも喉に言葉がひっかかり、同時に胸が熱くなるのを防ぐ手立てを、少女騎士は持ち合わせていなかった。咽かえりながら、彼女は十字を切って、祈ることしかできなかった。やがて、蛮族どもの歓声が森にこだますると、彼女は再び十字を切り、泣き顔を恥らうように素早く兜を被った。そうして、
「C'est bon.(セ ボン)おじさま。今度のミサは、ご一緒していただけるのでしたら、手伝いましょう。」
「よしきた! いい子だ、お嬢さん。神もこの行いは罪にとがめないはずだぞ。おれが保証する。」
「もしもこれが神のご意思ならば、上手くいくでしょう。わたしが罪を犯しているなら、上手くいかないでしょう。Du coup,策はあるのですか? まさかあの冒険者のように無謀に剣を振り回せばなんとなるとは、わたしも考えていませんよ。」
「ハハハ! まかせてくれ、お嬢さん。お嬢さんには、ドラゴン殺しをやってもらうだけさ。」
「Ah bon?」
ドラクロワおじさまはアンナ嬢の肩を抱き寄せると、聞き耳を立てる者もいないというのにひそひそと計画を話し始めた。計画を話し終えた彼は、眉と口角を片方だけ上げ、にやりと悪戯っぽく笑った。アンナ嬢もまた、計画を聞いて、悪戯を思いついた子どものように、眉と口角を片方だけ上げ、にやりと笑った。
勝どきを上げるオークに囲まれるように、もはや戦う術を持たない冒険者一党は倒れ込んでいる。
「ああ、クソ……。いてえ。なんでこんなに痛いんだ。おれは、おれは無敵になったはずなのに……どこで間違えた?」
平たい顔の冒険者がつぶやく。しかしそのつぶやきを聞き取るものはいない。彼の仲間たちもまた、倒れ伏し、お互いをかばい合うかのように手をつなぎ合うことしかできなかった。もはや息をしていない、真っ赤に染まるローブを纏う魔術師の手を、ブロンド娘と高地人が握る。
無慈悲な蛮族は、だれがこの不埒な愚か者どもにとどめをさすのか議論を交わしていた。あるいは虜囚として、苦痛を与え続けるべきだという意見を出す者もいる。
すると、そのうちオークの群れが道を開け始めた。あの禍々しい塔の中から、きらめく黄金でできた首かざりや腕輪、ルフの羽飾りやらグリフィンの皮やらで着飾った、オークの長らしきものが歩み出てきたのだ。彼は2、3言、皆に告げると、腰から大剣を引き抜いた。
オークの長が目配せすると、控えていたオークの戦士たちが、平たい顔を乱暴に立たせ、そして切り株の上に頭を押さえつけ、這いつくばらせた。長が剣を高く掲げる。そうして、いままさにその剣が振り下ろされ、平たい顔も胴体と泣き別れることになろうとした、そのときであった。いま、この場に居たすべての生き物たちが驚愕した。鳥も、オオカミも、牛も、豚も、オークも、冒険者たちも。
空気を震わせ、大地を震わせ、木々がなぎ倒されんほどの咆哮が、森全体を襲った。すべてのものは耳を塞げ! 内臓を震わせろ! 脳まで響く振動で、頭が混ぜかえる。もはや尋常に立っていることはむつかしい。これは、この地上でもっとも偉大で、強力で、荘厳で、高貴なる者の咆哮である。頭を低くしろ! 無礼であるぞ!
「ド、ドラゴンだ……」
平たい顔の冒険者が仰向けに倒れながら、空を舞う最も偉大な生物の姿を目にし、思わずつぶやいた。白銀に煌めく鱗が太陽に照らされ目を刺す。空を覆いつくさんばかりの畏怖を感じさせる羽。筋肉質な重厚なる筋肉に覆われた巨大なドラゴン。緑色の瞳が下等な存在を蔑むように光っている。
慌てふためくのはオークどもである。悠々と上空を旋回するドラゴンに恐れおののいた。オークの長も狼狽した。このような場所に、ドラゴンが表れるはずがないことを、彼は知っていたからだ。
だが現実に雄々しきドラゴンは存在し、オークの集落の上空を飛んでいる。そして、翼を水平にしてタカの鳴き声のような音を出しながら、高度を落とし、翼を広げる。次の瞬間、この場の者たちすべては自身が太陽に投げ込まれた錯覚をした。
実際には、集落ぎりぎりの森へ向かって、ドラゴンが口から灼熱の炎を一吹きしただけであった。木々が煌々と燃え盛る。
次に旋回した猛々しいドラゴンは、煉獄の火を吹く。またしても人々は顔面が焼けただれた錯覚をするが、今度はもぬけの殻のテントをいくつか燃やし尽くしただけであった。
だが、オークたちはもはや混乱の極みで、逃げ惑ったり、長に縋り付いたりしている。しばらく驚愕と恐怖のあまり固まったままだった長であるが、ようやく我に返り、配下の者たちにドラゴンへ応戦するように命じた。命じられたオークどもは、ほとんどがおびえきっており、まともに命令を理解していなかった。しかし、一部の指揮官と思しきオークは腰を抜かした部下から弓を奪い取ると、不埒にもドラゴンに向かって矢を放った。
その矢は正確であり、大空の支配者のように空中を舞うドラゴンへまっすぐに飛翔した。しかし、その矢はドラゴンの尻尾ではたき落とされた。矢を飛ばした無礼者へ顔を向けたドラゴンに睨まれ、体が凍り付く。そして急降下してきたドラゴンは、しなる尻尾を、その不届きなオークへ打ち当てた。オークは吹き飛び、水場へぼちゃんと落ちる。そしてまた火を吹き、集落の外れを焼き尽くす。
この場はまさに阿鼻叫喚で混乱の極みだった。平たい顔も唖然とするばかりで、意識朦朧の女冒険者たちも、仰向けになりながらその様子を眺めることしかできなかった。
もはや、打つ手なし。突如現れた恐ろしきドラゴンによって、オークたちは死を覚悟した。すべてのオークたちは恐れおののき、もはや何もできずにいる。だが、そこへ馬の蹄の音とともに、のんきな女の子の声。
「Bonjour.カミガ オソバニ オラレマス ヨウニ。」
という、聞きなれない言語と、カタコトのオーク語を話す声の主を探すと、そこには人間族の娘。人間族特有の鎖帷子とバケツヘルムで武装し、白いサーコートとクロークを身に着けた騎士の姿。サーコートには赤い十字が縫い付けられており、コイフの間からは長い赤毛の三つ編みがふたつ揺れている。
一同は、突然の騎士の乱入に驚いたが、すぐに戦士格の者が排除に動いた。斧を握る手を強くして、騎士へ近づこうとする。だが、上空でドラゴンが咆哮を上げるとすっかり戦意を喪失させた。少女然とした騎士は平気に馬を進め、長の元へとやってくる。流石に戦士たちは警戒し、こん棒や斧を構えるが、
「ドウモ、Monsieu,おーく ノ ミナサマ。 どらごん ニ オコマリ デスカ?」
オークの長はしばらく呆然としていたが、はたと我に返り、思わず普通にオーク語で聞き返す。
「は? 貴様、なぜ我々の言葉を?」
「キイテ オボエタ。ソレヨリ、どらごん、タイジ、イリマセンカ?」
「人間の手など必要ない!」
「Oh , la, la …...」
と少女騎士がつぶやくと、またしてもドラゴンが急降下し、辺り一辺は灼熱の炎に包まれた……。と一同すべてが感じたが、実際には家畜と思しき豚がこんがりと焼かれていた。
「ドウシマス? どらごん。」
「お前たち、恐れるな! 射手!」
オークの長は命令を飛ばすものの、まともに動こうとできるものはいなかった。すると、再びドラゴンは高度を落とし、オークの長へまっすぐに突っ込んでくるではないか!
「Au fait,シャガム、オススメ。」
と言うなり、長の頭上すれすれをドラゴンが飛び去って行った。すっかり仰天してしまい、腰を抜かす。まわりの戦士格と思しきオークたちも武器を捨ててうずくまるばかりだ。
「どらごん、タイジ イラナイ ワタシ カエル。」
馬を反転させ、この場から立ち去ろうとする少女騎士。思わず、オークの長は手を伸ばして、
「ああ! 頼む! できるのか? ドラゴンを倒すことなど!」
「C'est bien. ロウドウ ミカエリ ヒツヨウ。キンカ。」
「は? 金をとるのか!」
「カエリマス。」
「クソ! わかった、わかった。おい、金貨を持ってこい! 袋一杯につめて!」
「族長! まさか人間族に……。」
「じゃあお前はあのドラゴンをなんとかできるのか!」
と指さす方向にはドラゴン。また火を噴いている。すっかり怖気づいたオークどもは、オーク社会で流通する獣人金貨をいっぱいに詰めた袋を差し出した。
「C'est bien. 」
オークの民たちは逃げ惑ったり、おびえたり、お互いに略奪し合ったり、もはや手が付けられない状態になっている。阿鼻叫喚の言葉通りの状態だ。だが、森の中に埋まるように作られた集落である。集落と森の境界付近がドラゴンによって燃やされてしまっている。いまだ燃え盛る火の壁となって集落を囲んでいるため、森の中へ避難することも難しい。戦士格だった者たちも怯え切って隠れてしまい、唯一理性を保っているのは族長と護衛二人ほどだけだ。
少女騎士はドラゴンを低空におびき寄せるために、おとりが必要だと説明した。エサがいると。そして、それに適役なまだ生きている死体が4つほどあると語った。
オークの長自らも加わって、冒険者一党を藁束のようにまとめて縛り上げ、適当な材木の上に置いた。少女騎士がぴょーっと口笛を吹く。
すると、ドラゴンが冒険者たち目掛けて急降下をする。思わずオークの戦士格、
「おいおい! 人間、どうやって倒す?!」
「オマカセアレ。」
と言うなり、護衛役の握っていた弓と矢を分捕って、降下してくるドラゴンに狙いを定めた。
「どらごん、タオス まほう デス。」
そう弓矢を引き絞りながら、
「あぶら かたぶら ほーかす ぽーかす」
ドラゴンは冒険者一党をつかみ上げ、再び上昇する。一党はもはやなすがままだ。抵抗もできず、成り行きに従うことしかできない。ドラゴンの足でまとめて捕まれる。そして、ドラゴンが集落から離れようとしたとき、少女騎士が弓矢を放った。
「Oh oups!(オーウープス!)」
その矢は、まったくの見当違いへ飛んで行った。少女騎士には弓の技能がなかった。才能が無いなどという生易しいものではなく、弓を扱えない呪いを受けていると表現せざるを得ないほどだった。
慌てたのはドラゴンである。すっかり忘れていたのだ。ドラゴンは羽をばたつかせて、急激に進路を変え、矢に当たっていった。少なくとも、霞む視界の中で、ドラゴンに揺られていた高地人の狩人娘には、ドラゴンが自ら矢へ当たりにいったように見えた。
さて矢が命中したドラゴン。なんだか矢はへなへなとしており、鱗にこつんと当たっただけに思われた。しかし、ドラゴンは急に、さも痛みに悶えているかのように苦しみだした。
「おお! 効いているぞ!」
オークの長が叫ぶと同時に、ふらふらと、いかにも瀕死の重傷を負ったかに見えるドラゴンは、森の向こうへ。そして、どさり、と森のどこかへ落ちた。オークの民は歓声を上げた。
「トドメ サス ソレデハ Au revoir.(オルヴォワール)」
少女騎士は馬に拍車をかけて、オークたちの歓声を背後にギャロップ(襲歩)で立ち去った。
燃え盛る火の壁を、馬で飛び越えて”待ち合わせ”場所へ急ぐ。途中で老騎士のユニコーンを拾って、手綱をつかみながら2頭で駆ける。しばらく森の中を駆けると、木々のまばらな、小さな空き地があった。そこには見知ったドラゴン――もといドラクロワおじさまが平気でいる。
「おじさま~。ああ、お待たせしました。」
「やあお嬢さん。待っていたよ。」
アンナ嬢が手を振ると、腕を組んで立っていたドラクロワも手を振り返した。少女騎士は下馬し、手綱を引いておじさまへ近づいた。
「Euh......おじさま、前から気になっていたんですが、そこが大きいのは見栄ですか?」
と老騎士の股間を指さす少女騎士。
「うん? ああ、人間サイズにすると、おれのものの大きさはこれくらいってことさ。いいからはやくおれの服をくれ。」
老騎士は素っ裸であった。一糸まとわぬ姿で、森の中に立っているのだ。その身体は老人とは思えないほど引き締まっており、荘厳なギリシャ彫刻のようだった。
少女騎士が手伝いながら、老騎士は鎧を着、剣帯を身に着け、装備を整えた。最後にもじゃもじゃの髭を軽くひねり、コイフと鼻当て付きのどんぐり型ヘルムを被る。
「さて、この冒険者たちだが。おい、起きろ。」
と、平たい顔の冒険者を蹴り飛ばして、無理やり起こす。意識があるのかどうか、まったく判然としないが、老騎士は一方的に喋る。
「この金貨を持って教会へ行き、癒しの奇跡を施してもらえ。魔術師は死んだ。しかし魔術師の魂は精霊となって生き続ける。遺品と髪、そして血液をたっぷりと持って、西の果てにある山脈へ向かえ。そこで山の隠者を探せ。そうすれば、精霊を肉体に戻す術を聞けるであろう。さあ、行け。このまままっすぐ北へ歩け。森に住む偏屈な隠者がひとりいる。奴はおれの姿を見ただろう。必ず姿を見せるはずだ。お前はまだ歩く力がある。娘たちは無理だ。隠者を頼れ。応急処置くらいはしてくれるはずだ。」
平たい顔は呆けていたが、老騎士に平手打ちされると意識が明白になったのか、北へ向かって走り始めた。その様子を腕を組みながら見ていたアンナ嬢に向き直って、
「さあ、おれたちもロベルト卿の元へ戻ろう。ここはしばらく怪物も寄ってこない。ドラゴンの痕跡に満ちている。傷だらけの娘たちも、しばらくはグールに襲われることはない。」
「Oui, 冒険者たちに、神のご加護がありますように。」
十字を切って、騎乗し、騎士たちはこの場を去った。
「さらばだ、勇敢なる冒険者よ。」
辺りはすでに琥珀色に染まりつつある。夜が近づき、怪物どもが活発に動き始めるはずだ。しかし、今夜においては森には静寂しかない。すべての生き物が、身を丸めて住処に隠れているかのようだ。まるで偉大なる存在に畏れを抱いているかのように。
とはいえ、このまったく無音で、風が鳴らす木々のさざめき以外聞こえない森にも例外が一組いる。静かな森に響くにぎやかな話声。笑い声ではない。ただの会話だが楽し気な。
帰り道、ユニコーンに揺られながら、少女騎士と老騎士はいつもの皮肉とジョークを飛ばし合う。この閑静な森の中で唯一騒がしい二人組である。