手痛い敗北
熱い戦いに湧き上がる観衆。
だが、僕たちはその観衆とは真逆で、燃え尽きていた。
まだデッキ上にはカードが数枚残っているのに、なんで戦えないんだ?
複数のカードが置かれたテーブルの上を見る。
自分の手持ちカードと、相手の手持ちカードを比べても、枚数は僕たちの方が勝っているのに。
「兄ちゃんたちよぉ、なんか、勘違いしてねぇか?」
僕の対戦相手である褐色肌の青年はこれ以上戦えない理由を探っている僕らに声を掛けてきた。
すでに勝敗はついているから、あのゲーム同様、ルール違反にならないみたいで、審判は静止しなかった。
どういうことだと思って青年を見ると、彼はフッと笑い、説明し出した。
「『白』は神様を含んだ宗教関係者、『赤』は軍人、『黄色』は王族とそれに連なるもの、『黒』は芸術家だ」
そう言いながら、机上に置かれたカードを分類していく。
ここまでもあのゲーム同じでよくある属性だなと思いながら僕はその指先を目で追う。
すべてのカードを属性ごとにまとめたとき、そのどれにも当てはまらない一枚があるのに気づいてしまった。
これはあのゲームにはなかったシステムだ。
目の前の青年は僕の様子に、ニヤリと笑う。
「気づいたようだな。『緑』のマークのあるカードは超レア。俺もこいつを手に入れるのに、どんだけ時間がかかったことだか」
そう言いながらそれを手に取り、愛おしそうに光にかざす。
薄っぺらいカードに光が反射しているが、僕たちはその輝きを直視できなかった。
「『白』の神さんでも『黄色』の帝王サマであっても、届くもんはいねぇ」
たっぷりと間をおいてから、彼は告げた。
「相手がテーブル上に置かれたカードをすべて使った攻撃を仕掛ける場合のみ、その攻撃をゼロにするスキル『ホワイト・アウト』を持つ、全知全能の神・ルーカスなんだよ」
その答えに僕は嘘だろと呟いてしまった。後ろでは明日香もありえないと呆然としている。
あのゲームではそんな桁外れのスキルを持つキャラはいなかったから、ありえないとしか言えなかったのだ。
「なんだ、お前らこのシステムを知らないのか? 何にも知らないまま、俺と対戦したっていう事か」
青年は呆れた様子で声を掛けてきた。たしかにカードの絵柄が一緒で、ゲームシステムが似ていたからこうやって潜りこめ、勝ち進んだ。
「しかも、あのガキんちょどもにギリギリのところでだが、勝ったのか。ありえねぇな」
そう言いながら、後ろで僕たちの対戦をしていた少年たちに視線を向ける褐色肌の青年。少年たちは悔しそうに僕たちを見ていた。
「ったく。お前の強運、いや、違うな。後ろの姉ちゃんのサポートはすごかったぜ。今度は、サシで戦おうぜ、シキ」
落ち込む僕たちを前に青年はにかっと笑う。
じゃあなと言って手を振って、僕たちの前から彼は消えていった。
「レオナルド相手によく頑張ったね、二人とも」
いまだに立ち上がれない僕たちの後ろから、声を掛けてきたのは物腰が柔らかそうな商人、ルーカス。
この世界のことを知らない僕たちをここに放り込んだ張本人でもあるから鬼畜野郎なのだが、僕たちにあのときは選択ができなかった。
だから、ルーカスのことを鬼畜野郎だとは思っても、嫌うことはできない。
「そんなに強いんですか、レオナルドさんは?」
先に立ち直った明日香が聞いた。ルーカスは表情を変えずうんと頷く。
「彼はヴィンチ地方代表として十歳の年から毎年、出ているんじゃないかな? だから、かれこれ十八年連続ヴィンチ地方代表だったと思うよ」
そんな指折りの猛者と僕たちは戦ったのかとげんなりするとともに、だからこそ全知全能のカードを持つのはさもありなんという感情が入り混じる。
「ところで、シキ」
少しだけあの敗北の痛みが和らいできたところで、ルーカスが僕に声を掛けた。なんですか?と聞くと、彼はにっこり笑った。
「もし、君にやる気があるのならば、来年、もう一度、この舞台に立ってみないかい?」
その言葉に僕は考えた。
日本で遊んでいた対戦型偉人カードゲーム《ヒストリアン・マッチ》と似たようなゲームがあるこの世界。
突然転移してきたのだが、おそらく同じ場所に戻ることはできないだろう。
だったら。
「やります」
僕はそう答えた。いつの間にか隣にいた明日香は驚いていないことから、こう答えるのを予期していたのだろう。
「そう。頑張ろっか」
ルーカスはいつも通りのにこやかな笑み。そこから感情を読み取ることはできない。
でも、それが羨ましくもあった。
「じゃあ、行こっか」
とルーカスの声に我に返る僕たちは元気よく返事して、彼の後に続いて会場を出た。