結城優陽の手記・1
彼は、高校時代の同級生だった。
四ツ谷……なんだっけ。なんか、太陽とかそんな感じの名前の男の子。
いつも気だるそうな表情で、一番端っこの席に座って講義を受けている。
特に接点があるわけでなく、でも顔と名前くらいは知っている。きっと、クラスの合同授業か何かで知ったんだと思う。
あまりよく覚えてないんだ、ゴメンね。
偶然にも同じ大学に進学したと聞いた時には、試しに話しかけてみようかとした。けど、別段話題があるわけでもなく、タイミングもなく理由もなく、自然と断念していた。
結局、一年間。
もしかしたら友達になれていたのかもしれない。
地元から離れたがために、これまでの友人はみんな簡単には会えなくなってしまった。
たったひとりぼっち。助けてくれる友人も、頼れる仲間もいない新生活は、正直不安が大きかった。
そんな状況なだけに、貴重な存在となっていた可能性はあったんだろうな。
心配は杞憂に終わった。
大学生活を始めて間もなく、数人の女の子と仲良くなれた。
都会上がりの子も、地元の子もみんな懐っこくて可愛くて、まさに女の子! って感じ。見ているだけで目の保養だね。
講義が終わった。
筆記用具を片付けて席を立つ頃には、すでに四ツ谷くんの姿はなく。相変わらず、煙のように消えていく人だなぁ。
「優陽」
隣から声をかけられる。
「なにか気になるのかしら?」
「ん。んー、いや、なんでもないよ!」
八神弥々。
クールビューティーって感じかな。あんまり、現実では見ないタイプ。
黒髪ロングヘアは手入れが行き届いていて、ちょっとくせっ毛がある私から見たらとても羨ましい。
腰くらいまであるけど、きっと毎日すごく大変だろうなぁ……
「それより、このあと暇? スババの新作が出たみたいだから、行きたいなって」
「ええ、今日はフリーよ。構わないわ」
「やった」
何を隠そう、弥々は私の彼女。恋人だ。
大学に入学してから知り合ったのだけど、最初はちょっと冷たくて話しにくかったなぁ……
でも、話している内にすごく可愛いところがあるのに気づいて、いつからか目で追うようにになってた。
私自身が全性愛者――男性も女性も同様に愛せるんだってことは、高校の時に自覚した。実際に彼女になってくれる人はそうそういなかったけどね。
弥々は通算2人目の彼女。
1人目はいろいろあって別れちゃったけど、今は弥々と出会えたことに感謝してる。
「結城さん!」
教室を出たところで、不意に声をかけられた。
「ん?」
何やら意気込んだような表情で、四ツ谷くんがそこにはいた。
どうしたんだろう。
彼から話しかけてくることなんて、入学以来なかったと思う。
用事かな?
疑問は一瞬にして氷解した。
「君が好きだ。高校の時から、ずっと」
彼は私に、好意を寄せてくれていたらしい。
告白。
なるほど、きっとすごく勇気を振り絞ってくれたんだろう。
言い寄ってくる男の子は何人かいたけど、四ツ谷くんみたいなタイプはちょっぴり珍しい。
でも。
「ごめんね」
現状、彼に対して特別な感情は抱いていない。
せいぜい、高校の時の同級生。友人、と呼ぶには少し開きすぎている距離感。
なによりも。
「私、今は女の子が好きな気分なんだ」
弥々と付き合い始めて約半年。まだまだ彼女との関係が楽しい盛り。
きっと四ツ谷くんも、断られる覚悟くらいはしてきてるよね? だって私たち、あまり接点もなかったんだし……
そんな弁解の気持ちもあってか、辛そうな表情を見せる彼に少し、胸が締め付けられるような感情が湧いた。
あれ?
私、その表情を知っている気がする。
どこかで、いつだったか、見た気がする。
昔の映像が、フラッシュバックする。
ぼんやりだけどそれは、四ツ谷くんの姿。
しっかりは思い出せないけど、そうだ。名前くらいは思い出せた。
陽太くん。
四ツ谷陽太くん。
一度、何かの際に関わることがあったような――
色々と考えすぎたのだろうか。
なんとなく、気分だけど。
「付き合ってもいいんだけど、それでもよければ、かな」
つい、オーケーの返事を出していた。
***
一連の流れを影で見守っていた弥々が話に入り、落ち着いてからは予定通りスババに向かった。
四ツ谷くんも誘ってみたんだけど、なぜか断られてしまった。普通、ついてくると思うんだけどなぁ。まぁいいけど。
スババに到着した私と弥々は、早速目当てだった新商品を注文する。
幸いにも売り切れていなくて、無事に購入することが出来た。
「ほわぁー、これこれ! これだよ弥々! 凄くないこの、大粒のタピオカ!」
「これがタピオカ……」
「あれ、弥々はタピオカ始めてだっけ? 今どきの女の子はタピってなんぼってとこあるよ。インスタもツイッターもタピまみれ」
「あまり、世間に聡い方ではないから。でも聞いたことくらいはあるから、余程人気なのでしょうね」
物珍しそうにタピオカを眺める弥々。
まるで子供が水族館で水槽を覗き込んでいるような仕草だ。大人びた弥々が見せる、子供じみた可愛げがたまらない。
「……なにかしら」
「んー、なんでも?」
「嘘。絶対なにか良からぬことを思っていたわね。そう顔に書いてあるわ」
弥々の指摘は、ケラケラと笑って誤魔化す。
それにしても、やっぱスババだけあってタピオカの艶が違う。
ミルクティーに入ってなお、他とは違う輝きが感じ取れるほどだね。
「あ、美味しいー!」
ストローから流れ出て、舌を転がるタピオカの感触とミルクティーの程よい甘さ。
この食感こそ、タピオカの醍醐味。なんだっけ、キャッサバ? 芋なんだよね、これ。芋って薄くも厚くも柔らかくも固くもなるから、凄い食材だなぁ。
「……ん、こほっけほっ!?」
「ちょ、ちょっと弥々! 大丈夫!?」
私がタピオカミルクティーの余韻に浸っていると、続いて口に含んだらしい弥々が急に咳き込み始めた。
「だ、大丈夫……けほっ。な、なんでもないわよ」
「いや、平然を保っても今更だって。もう無駄な足掻きだって」
「決してタピオカでむせたわけじゃないわ」
「あー、もう。自分で言っちゃってるし」
まぁ確かに、ちょっと滑るよね。タピオカ。
なんて恋人らしい? やり取りもあり。
その日の夜。
四ツ谷くんからLIMEでメッセージが届く。
内容は、明日デートしないかといったもの。
午前中は弥々とデートする予定だったため、午後からなら大丈夫だよと提案したら乗り気だったので決定。
どこへ行くかは任せたのだけれど……
結果として、何も考えてなかった。
抜けてる人だなぁと。
それほど深く考えず、かねてより行ってみたかったライトラボを提案する。
色とりどりの光で描かれたアートが、真っ暗な施設内いっぱいにランダムで展開され、多様な生物や景色を提供してくれる場所らしい。
実際に訪れてみると、想像の数倍は圧巻の演出だった。
同じ場所でも別の情景が繰り広げられ、歩いても歩いても飽きが来ない。いくつかの周期があるのだろうけれど、それを感じさせないくらいに自然なそれは、私と四ツ谷くんを飲み込んで飲み込まれるままに没入していった。
「美味しいラーメン屋を知ってるんだ」
ライトラボをあとにした私たちは、夕飯を取って解散の流れに。
彼が提案してきたのはラーメン屋だった。
確かに、女の子としてはひとりでは入りにくい場所。
そんな気遣いがあってのこと……ではないんだろうなぁ、きっと。女性と付き合った経験がないのだろう、一挙手一投足にやや緊張が見えた。
ふふっ。
仕方ないから、お姉さんが付き合ってあげよう。
なんて。
同い年なのに、どことなく四ツ谷くんが年下に見えてきた。
ラーメンは凄く美味しかった。
ここを知れたことを考えると、初デートでラーメンを提案したマイナスポイントは帳消し! ってことで。
食べながらは、他愛もないことを話した気がする。
お互い、まだ相手のことをよく知らないままなのだから。これから、どれだけ些細なことでも話をしていくことが大切だ。
「え、いつもカップ麺?」
「いつもってわけじゃないけど……カップ麺が主食。たまに贅沢してお弁当や惣菜を買う」
「栄養面……」
私も料理が得意な方ではない。
出来なくもないけど、自分の食事であれば出来合いで済ませてしまうことが多いのも否定はできない。
けれど栄養バランスくらいは考えている。
健康は美容の基本!
一日三食五十品目って誰かが言ってた!
でも、うーん。
曲りなりにも、彼氏。
このままではよろしくないね!
ってことで。
ちょっぴり私は、決意するのだった。