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【第五部】だからあの日に魅了されたと、彼は思い出した


「や、さっきぶりだね四ツ谷くん」


 紗季と別れた数分後。

 待ち合わせ場所で待機していた陽太の背中に、優陽の暖かな声がかかる。


 ミントカラーのロングスカートとグレーのニット。

 どんな服でも着こなしそうな彼女だが、柔らかい雰囲気がとりわけ似合っていた。


 先刻、鉄板焼きの店で遭遇した時とは服装が違っていた。

 一度帰宅して着替えてきたのだろうか? 僕のために? なんて妄想が捗る。


 それ以上に、紗季に選んでもらった服装とはいえ自分なんかで、彼女と並び立てているのか。

 一抹の不安がよぎる。


「いいね、それ」


 不安が顔に出ていたのか、優陽が陽太の首から下がっているネックレスを指さした。

 服を買う前に購入したネックレス。これを基準にトップスを選んだので、ミスマッチ感は一切ない。さすがの佐々木紗季クオリティ。


「リーフ。君はあまりゴテゴテと着飾らない方がいいと思う」


「おおお、ありがとう。でもこれ、僕が選んだんじゃなくて……」


「佐々木さん、でしょ? わかってるよー、さっき会ったんだもの。いい後輩だねぇ」


 なんだかバツが悪く、言葉につまり続ける陽太を励ますように優陽が笑いかける。


 気にしてないよ、後輩なんでしょ? 友達でしょ?

 言外に、そんなフォローが聞こえた気がする。


「さて、と。どこ行く?」


「あ……」


 昨夜。

 考えておくと豪語しておきながら、デートに誘えたことに満足した陽太は、意気揚々と就寝したのだった。


 何も、考えず。


 つまるところ、ノープラン。

 デートコースも彼女の喜びそうな場所も知らず、行く当てもないまま彷徨うなんて案は採用するわけにいかず。


 困った。

 どうするか。


「あ、その顔。さては考えてなかったな?」


「あー……あはは、ごめんなさい」


 どうやらすぐに顔に出てしまうらしい。

 おかしそうに指摘する優陽に、誤魔化すように笑うことしか出来ないでいた。


「じゃあさ、私、行ってみたいところあるんだよね」


 こんな時でも、優陽は決して怒らない。当然のようにフォローしてくれる。

 優陽はスマホを取り出して、何やら検索をし始めた。


 行きたいところ、と言っているが言葉では説明しにくいのだろう。


「ここ! ちょうど今、近くでやってるみたいなんだー」


「ライトラボ……?」


「そ。光のアート! 施設内部全体にいろんな光でたくさんのアートが描かれてて、ランダムに可変し続けるから同じ景色がない……みたいな?」


「へぇ……」


 二人一緒に、同じ画面を覗き込んで詳細をスクロールする。


 光で表現された花びら、水の流れ、星々や様々な生物。

 常に動き続けて、部屋と部屋を行き来するそれらを追って楽しむ施設らしい。見るだけでなく、ちょっとしたアトラクションもあるとか。


「楽しそうだね、これ」


「でしょ! 当日券もあるみたいだし、どうかな?」


「いいね、行こう」


 会場までは、ここから電車で3駅。乗り換えてさらに2駅行った先。

 さほど移動に時間が割かれることもなさそうだし、いい塩梅に時間を使えるのではないだろうかと。


 この提案に、乗らない理由などまったくなく。二つ返事で肯定した。


 目的の電車はすぐに来た。

 休日だが、まだ混み合うピークタイムには早い。まばらに空いている席に、並んで座る。


「八神さんの方はほんとによかったの?」


 移動中、気にかかっていたことを訪ねてみる。


「2人も一応、恋人? なんだよね?」


 そもそも、先約がいた形ではあったのだ。

 もしかしたら一日過ごすつもりだったのかもしれない。もしそれで、自分のために予定を空けてくれたなら申し訳ないと、胸に引っかかっていた。


 するとあっけらかんとした表情で、優陽は答えた。


「弥々は結構、自分の時間も大切にしたいタイプだからねー。私も似通った部分があるから全然理解も出来るし。趣味にでも時間を使いたかったんじゃないかな」


 察するに、弥々から午後は予定を入れないと。

 最初から決めていたようだ。ひとつ、胸のつかえが下りる。


「趣味かぁ。僕もいい加減、ゲーム以外の趣味でも作ればもう少し有意義な休日を過ごせるんだろうけど……」


「私と出かけるのじゃ不満?」


「いやいやいや、そうじゃないけどね!? ほら、結城さんの予定が埋まってる時だってあるだろうし、自分のことをしたい時もあるだろうからさ」


 四ツ谷陽太、20歳。

 有意義な趣味を探し続けて数年。何も見つからないまま、いつも手を伸ばすのはゲーム機かパソコンだ。


「佐々木さんや他の友達と出かけることはないの?」


「あー。紗季は友達多いから。いわゆるスクールカーストの上位勢? 多分、そっちとの付き合いが忙しいと思う。男友達とはオンラインでゲームしてるか、たまに夕飯も出かけるか……」


「ふーん、そうなんだ。ちょっと不思議に思ってたんだけど、なんだか私、佐々木さんってどこかで見たことあるんだよねー。大学、一緒なんだよね? それでかなぁ」


「それもあるだろうけど、あいつ高校も同じだから。むしろその時じゃない? 大学より母数も少ないし」


「え、そうなんだ! 奇遇なこともあるもんだねー。地元飛び出して都内の大学に来て、四ツ谷くんが同じ志望校だっただけでもびっくりだったのに。まさか後輩まで1人、同じ場所にくるなんて。東大や早稲田みたいに、有名な大学ならともかく」


「そ、そうだね」


 目が泳ぐ。


 実はそれに関しては、偶然ではないわけで。

 紗季は偶然として、陽太は優陽が目当てで家を出たわけで。


 志望する学部も特になく、行きたい学校もやりたい仕事もなく、とりあえず進学したいわば延命措置。

 優陽学部を志望して進学したと言っても過言ではない! 意味はわからないけれど!


 ストーキング?


 ノー。

 断じてノー。


 純愛の末、行き着いた結論である。これは愛だよ。

 行き場のない弁解が脳に渦巻く。


「あ、なんか怪しいこと考えてるなー? 四ツ谷くんって感情がすぐ顔に出てくるよね。ころころ変わって面白い」


「いや? 気のせいだよ、それは。うん」


 からかうように覗き込んでくる優陽に、つい一歩下がってしまう童貞。女性耐性の低さが浮き彫りになってますね!


「ホントかなー。あ、見て見てすっごい人混み! 人がゴミのようだ!」


「ツッコまないぞ僕は。でも確かに、やたら集まってるなぁ。何かのイベントかな?」


 何かの会場の前に、人だかりと長蛇の列が出来ている。

 オタクイベントかな? と直結させてしまう辺り、ネトゲ趣味からアニメやマンガの界隈に浸りすぎているような気がしてしまった。


 何人かの集団で騒ぐリア充っぽい若者や、必死に呼び込みをしているカラオケの店員。様々な人たちの姿が、車窓に写真の如く移りゆく。


 ふと、隣には。

 勢いよく流れる風景の中で、そこだけ切り取ったようにゆっくりと揺られる優陽の姿。


 高校時代、彼女は校内でも人気がある方だった。

 運動はやや苦手だったけど、勉強も出来て優しくて。暖かなひだまりに集まるように、優陽の周囲には常に誰かがいた。


 反面、陽太は。


 今でこそ髪も染めて、外見だけはやや明るくなったと思う。

 しかし当時は影の住人で、陽だまりには絶対に入ることが出来なかった。


 当時の数少ない友人は今でも付き合いがあって、それはそれでかけがえのない存在にはなっている。紗季だってその1人に数えられる。

 影は影らしくひっそりと、光を浮き出す下地でいい。


 アニメ最高! ゲーム最高! オタクはオタクゆえにオタクあれ! 栄光よ、あれ!


 新興宗教じみた2次元への没入は、きっとそこが行き場のない自分をいつでも受け入れてくれるからだ。


「あ、ここで乗り換えだよ。行こ、四ツ谷くん」


 席を立ち、手を差し伸べる優陽。

 ああそうだ、この笑顔だ。


 この笑顔に、当時の自分は魅了されたんだ。


「はいよー」


 ノスタルジックに浸るのもここまで。

 あの時も同じように手を差し伸べてくれた優陽に、つい感慨深い気持ちが湧いてきてしまった。


 電車を乗り換え、さらに数分。

 目的地に到着した2人は、入場券を購入して順番待ちの列に並ぶ。


「こうやってると、さっき電車の中で見た人たちと私たちになんの違いもないんだなーって思うよね」


「俯瞰で見ると、なんだか人間の生態系を実験して観察している気分になるよな」


「え、なんで急にサイコパスになったの? こわいこわい」


 順番はさほど待たずにやってきた。

 数人が同時に入り、時間を置いてまた数人が入場するシステムになっている。


「場内は撮影可能です。同じ場所でも時間を置いて訪れると、違った景色が見られますので、ぜひ時間の許す限り、ゆっくり見て回ってください。また、お足元が大変暗くなっておりますので、転倒や衝突などには十分に気をつけ、各所におります係員の指示には必ず従うようにお願い申し上げます」


 ディスプレイの表示に合わせて、お姉さんの説明が進む。

 英語や中国語の表記もあるので、おそらく海外からの来場者も多いのだろう。


「それでは、よい思い出を」


 黒いカーテンをくぐり、いよいよ入場。

 画像でなんとなくイメージは出来ているが、一体どんな世界が広がっているのか。


 楽しみで自然と笑顔になっているのは、陽太も優陽も同様だった。


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