【第二部】人生とはゲームであると、彼は語った
夜更け。
都会の夜はなかなか深まらない。
カーテン越しに薄っすらと色とりどりの看板の光が透け、喧騒はまだまだ静まる気配を見せない。
時折、大学の友人と飲みに行くこともあるが、頻繁に連絡を取り合うほどに仲の良い友人は地元に置いてきた。
ずっと想いを寄せていた優陽との関係性があまりにもあっさり更新され、未だに実感がわかないままの陽太は、自室でパソコンと向き合っていた。
明日も休日。バイトもない。
大学入学と同時に、親元を離れてひとり暮らしを開始した。地元から見ると他県に位置する大学を選んだ以上、せざるを得なかったのが正しい。
同じように、ひとり暮らしをしているはずの恋人の姿を思い浮かべる。もしかしたら、弥々と同棲でもしているだろうか?
同棲?
同性でも、同棲と呼ぶのだろうか。
ルームシェア?
こっちのが正しい気がする。どっちでもいい。
ピコン、とパソコンが鳴る。
プレイ中のオンラインゲームで、フレンドからチャットが送られてきた合図だ。
天邪鬼サバエ:やあ、シャインくん。今、時間大丈夫かい?
画面下部に表示される無機質な文字列。
半透明なウィンドウのタブを、フレンドチャット欄に切り替える。
シャイン:大丈夫ですよー。クエストですか?
慣れた手付きでキーボードを叩き、返事を送信。
ハンドルネーム、天邪鬼サバエは、シャインこと四ツ谷陽太の属するギルド【おさかなヘブン】のギルドマスターを務めている。
ゲーム内性別は男。リアルもおそらく男。通話した時の声が、若い男だった。
年齢も不詳。都内に在住ということだけは明らかになっているが、ほとんどの情報が謎に包まれている存在だ。
もっとも、ネットリテラシーの観点から正しい行動だ。
昨今では自撮り、インスタ映えやオンライン対戦ゲームでの交流などにおいて、個人情報を露出しがちな人間が多い。
時代の流れと言ってしまえばそれまでなのだが、陽太はどうしても愚かしい行為と感じている。
インターネットの海に個人情報を流す行為がどれほどの危険性を秘めているか、本当に理解している若者の割合は減少していることは、由々しき事態。
キラキラネームが恒常化しているように、時代は常に「当たり前」を塗り替えて「みんなやっている」を盾に世間体を押し付けてくるのだ。
天邪鬼サバエ:今日からスタートする大規模春イベントの報酬で、大量のギルドポイントが獲得できるらしい
天邪鬼サバエ:獲得しない手はないと思ってね
シャイン:なるほど。ギルドメンバーも増えてきてますもんね
天邪鬼サバエ:ああ。ちょっと大きくなりすぎている気もしているがね……
シャイン:大きな問題が起こってないだけ、うちは幸せかもしれないですね
シャイン:他の大型ギルドだと、内部抗争や出会い厨、RMTに手を染めているメンバーすら現れて大変だとか
天邪鬼サバエ:うちのギルドでも、知らないだけで水面下でどうかはわからないがねw
シャイン:怖いこと言わないでくださいよ……
天邪鬼サバエ:私もギルドマスターなんて立ち位置のおかげで、おいそれとメンバーをクエストに誘うことすら憚られるようになってしまった
天邪鬼サバエ:君を含む古残メンバーくらいだよ、遠慮なく声をかけられるのは
文字からどことなく、悲しさを感じる。
天邪鬼サバエとの出会いはもう数年前で、当時は数人のフレンドでわいわい遊ぶだけの日々だった。
ハウスを入手し、ギルドを立ち上げてからというもの、徐々に増えていったメンバーの頑張りの結果、今や大型ギルドの仲間入り。
ネットでは「平和ボケギルド」なんて揶揄されていることもあるが、何が悪いんだと一蹴。
やりたいことを各自でやろう、ギルドは楽しく遊ぶためのひとつのコンテンツだと思おう、これがギルドマスター……天邪鬼サバエの意志だ。
当然ながら、陽太もそれに賛同している。ギルド設立から今日に至るまで、決して曲げなかったポリシーはこのギルドを支える大黒柱だ。
シャイン:じゃあ行きましょうか。もう二人くらい声かけてみましょう
天邪鬼サバエ:よろしく頼むよ
目ぼしいフレンドに声をかけ、しばしオンラインゲームに熱中する。
1時間は経過しただろうか?
ピロン、と。
今度はスマートフォンが、メッセージを受け取ったことを知らせる。
メールに変わって主流となっているチャットアプリ『LIME』を起動。
『恋人初ライム、ども……四ツ谷くん、今なにしてるの??』
優陽だ。
「ネトゲしてたとこだよ……と」
ちょうど一段落していた絶好のタイミングでの連絡。絶妙。
彼女が恋人になって初めての連絡か……なんだか感慨深いものがある。
『昔からやってたよねー。私にはわからん世界ですわよ』
『僕にとってはもはや第二の人生だからね。ノーゲーム・ノーライフ。ゲームは人生の縮図であり、人生そのものはゲームと言っても過言ではない』
『またわけのわからないことを……私、ゲームはやるより見る派。今度、してるとこ見に行ってもい?』
『いいよ! いつ来る? 明日??』
『めっちゃ急やん(笑)』
おうちデート。
なんていい響きだろう。
願わくば、彼女と一緒にネットゲームに興じる!
これが陽太の夢ではあるが、贅沢は言わない。今は片思いが実り、他愛もない会話ひとつひとつが未来に繋がっている実感に浸るべき。
『それはそれとして、結城さん。明日は暇?』
おうちデートはともかく、せっかく付き合うことが出来たのだ。
まずは手始めに、一緒に外出! お互い親元を離れて行動はある程度の自由が約束されている。あわよくばそのまま、部屋にお呼びして甘ったるい砂糖だらけの空間を形成して……
妄想が捗る童貞が、パソコンの前でニヤニヤと笑みをこぼしていた。非常に不気味である。
『明日かー。午前中に弥々と買い物に行く約束してるから、昼過ぎか夕方からなら空くかなー』
『もしよかったら、どこか出かけない? 行きたいとこあれば合わせるし』
LIMEのレスが早い。
元々、連絡はマメに続けてくれるタイプではあったが、恋人相手だから特に気を遣ってくれているのだろうか?
送信すると瞬時に既読マークが付く。
『んー、ここはエスコートしてもらった方が好感度上がるかなって思うわけですよ。どう?』
『まぁ確かに。じゃあ何か考えておくから……昼過ぎでも大丈夫?』
『弥々に聞いてみたら、昼ごはん食べて解散にしようってことになったから大丈夫だよー。15時からとかでどうかな?』
『じゃあ、15時に駅前集合で!』
『おっけー』
トントン拍子に予定が決まる気持ちよさたるや。
高校時代には、メッセージひとつ送るのに緊張して、一喜一憂したものだ……
ましてや、遊びに誘うなんて恐れ多くて出来なかった。
それがどうだ!
今や誘いたい放題!
彼女ばんざい!!
浮かれポンチのテンションは天井知らずで、どこまでも高く舞い上がる。
外を歩く酔っぱらいの声すら気にならないほど、ハイなテンションで小躍りでも始めそうだ。
「あ、でもどうしよう……」
唐突に我に返り、現実にカムバックする。
気がついてしまったのだ。
最大にして最悪のピンチに。
「服が、ない……!」
四ツ谷陽太、実年齢20歳。
見事に彼女いない歴イコール年齢をストップした彼は、過去に女性と出かける機会に恵まれず。
出かける先は、よく行くゲームセンター。それとコンビニ。
メンバーはせいぜい、いつもの男友達。代わり映えのしない、非モテ陰キャラオタク集団で、気心などはとっくに知れており。
つまるところ、おしゃれに気を遣うだけの理由が、ほとんどなく。
最低限の清潔感はあれど、女性の目を引くほどに「おしゃれ!」な服など持ち合わせておらず、一番高いコーディネートでも全身1万円強がそこそこなのが、彼の現実である。
「そして、服を買いに行く服もない……! 万策尽きた……!!」
思わず頭を抱え、天井を見上げる。
なぜだ、過去の自分よ!
なぜだ、服を買うくらいなら課金に回すだなんて愚かな行為を!
「こうなったら、集合までの時間でどうにか見繕うしかないかな……」
ファッションセンスに自信など皆無。
だが、贔屓目なしに可愛い優陽と並んで歩くのに、容姿は諦めるとしても服装くらいはまともに見られるものにしたい。ときめく男心。
「気乗りはしないけど……ヤツに助けてもらおうかな……」
意を決して、LIMEアプリを開く。
明日後悔しないために今から少し、恥を忍ぼう。