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【第一部】もうひとりの彼女は


「もういいかしら」


 不意にかけられた高圧的な声で、現実に引き戻される。

 冷ややかで排他的。イメージとしてはクーデレのデレる前みたいな声。浮かれた脳みその温度を急速冷凍されるかのよう。


 物陰に潜んでいたのだろうか?

 陽太には見覚えのない女性だった。


 腰近くまで伸ばされた綺麗な長髪が印象的で、鋭い両眼が陽太と優陽を交互に見やる。


「あ、ごめんね。弥々(やや)


 反応した結城の情報漏えいの結果、名前またはあだ名が『やや』であるところまでは把握した。


 対してやや? は眉ひとつ動かさない……と見せかけて、少しだけ口角が上がったのを陽太は見逃していない。なるほど、典型的なクーデレだこれ!


「別にいいのだけれど。お互い、今日の講義は終了したからお茶しに行くのではなかったの?」


 内心デレデレなやや嬢からしてみれば、せっかくのお茶会が遅れていることが不服なのだろう。

 依然として、陽太に対する敵意が突き刺さり続けている。正直、この場から逃げたい。


「そう、スババの新作! 人気あるから早く行かないとねーって」


 そんな空気を読んでか読まずか、優陽は明るくいつも通りに振る舞う。


 スババに向かうその前に、と前置き。


「四ツ谷くんは初だよね。この子が私の彼女、八神(やがみ)弥々」


 彼女、と平然と紹介されることに言葉が詰まる。

 全性愛者は冗談ではないらしく、その証拠に弥々も優陽の言葉を否定しない。


「四ツ谷……?」


 紹介を受けた弥々が、訝しげに陽太を覗き込む。

 妖艶な瞳に見つめられると、やや照れる。弥々だけに。


「変な顔ね」


「ごめんなさい」


 内心でバカなことを呟いたのバレたのだろうか。

 反射的に謝った陽太に、軽く笑って、


「冗談よ。ふーん、これが優陽の新しい彼氏ね……ま、見た目は悪くないのではないかしら?」


「四ツ谷陽太くん。高校の時の同級生で、たまたま大学も一緒だったんだよね」


「たまたま……ね」


 半ば優陽を追いかけて進学したことを見透かしているように、瞳が光る。

 バツが悪そうに目線を逸らしたことが、優陽にバレていなければいいのだが。


「八神弥々よ。年齢は……あなた達よりは上、とだけ言っておくわね」


「四ツ谷陽太です。取り柄のない一般男性で、特徴は変な顔です」


「ふふ、もう。根に持たないの。あと別に、敬語もいらないわよ……任せるけれど」


 改めて自分たちで自己紹介を済ませ、軽く笑い合う。


 なんだ、最初の印象ほどきつい女性ではないのかな?

 綺麗だけど、可愛さも兼ね備えているような。


 容姿に着目すると、優陽はカワイイ方面に秀でている。

 いつでも笑顔で分け隔てなく接する性格も相まって、彼女に好意を寄せていた男子は陽太の知る限りでも少なくない。無論、彼自身もその一人にカウントされるわけだが。


 そんな彼女と対象的に、美しさであれば弥々は非常にハイレベルと言える。たった今、彼女になったばかりの女の子を前に目を奪われるなど言語道断だが、大学一の美少女――なんて比喩されていてもきっと違和感はないだろう。


 どちらもまごうことなき美少女と形容するに相応しいが、お互いが対極的な容姿のためか邪魔しあっていない。

 むしろ引き立て合っていてお似合いのようだと、陽太は印象を抱く。


「ちょっと、四ツ谷くん。弥々ばっかり見てるって、どういう了見なのかな? かな?」


 考察していると、頬を膨らませた優陽に覗き込まれる。


「どこの鉈系ヒロインだよ、と」


「なた系??」


「いや、ごめんこっちの話」


 あっぶない!

 マジでオタバレする5秒前!!


 数人のオタク仲間以外には隠している、アニメやゲーム関連の趣味。いわゆるひとつのオタク趣味。

 世間一般のオタク像ほどの執着心ではない……と自己評価ではあるものの、彼女の趣味に合うかは未知数だ。


 隠し通せると思ってもいないし、陽太にしても隠す前提で考えているわけではない。ただ、ようやく付き合うことの出来た憧れの彼女に、ものの数分で敬遠されるなんて心が砕ける。オタクの心はガラスなのだ。


 もっとも、彼女に関してはいらぬ心配だとは思っている。

 実害を被るなればともかく、人の趣味に対してとやかく言うような性格の女性ではないはずだ。少なくとも、陽太の見立てでは。


「それより、時間はいいの? 僕は手持ち無沙汰だから日常会話に花を咲かせるのも一興だけど、二人は行くんでしょ? スババ」


 MO5(マジでオタバレ)の危機を脱するため、新たな話題を振る。

 少し慌てた様子の自分を、おかしそうに見ている弥々に気がつく。


 これはあれだ、だいたいなんでもお見通し系女子だ!

 なんでもは知らなくて知ってることだけだけど、洞察力や観察力まで兼ね備えてて、悪魔のように見通してくるそれだ!


 今後、彼女の前で迂闊な行動を取らないようにしよう。

 決意を固める陽太であった。


「特に時間に追われてるってこともないけどね! でも売り切れたら悲しいし……じゃあそろそろ行こっか、弥々」


「ええ」


「四ツ谷くんはどうする? 一緒に行く? スババ」


「あ、いや、うーん……」


 急に目の前に出現した選択肢。

 ここがルート分岐点? オタク特有の2次元(ギャルゲー)思考が今日も絶好調である。


 選択肢1・ついて行く

 選択肢2・行かない

 選択肢3・そんなことよりカラオケ行こうぜ


 なるほど、選択肢3を選ぶほどの陽キャは自分には無理だ。

 陽太だけど陰キャ。名は体を表さない、が座右の銘こと四ツ谷陽太だ。


「やめとくよ。甘いモノって気分でもないし」


 無難に、選択肢2を選ぶ。


 ぜひとも同席したい気持ちを抑えて、断わる勇気。理由は勘。

 弥々がただの友人――であればよかったのだが、彼女は優陽の彼女。


 同性愛に偏見はないが、一方で心から信じることの出来ないでいる自分が同席すると、知らぬ間に傷つける可能性もある。

 優陽が全性愛者で、弥々に向ける好意が陽太が優陽に向ける感情と同じなんだ、と言い聞かせて想像することは出来る。しかし、男友達に同様の感情を抱けるかと言われたら、ない。断言してしまう。


 ただ、好きな相手が他の異性と親しげに話しているなんて、気持ちのいいものではないだろう。

 なかなか複雑な関係性になりそう。だからこそ、初手からいい加減な選択肢は選べない。


 もう少し、優陽のことをよく知ってから。

 出来るならば、彼女の彼女たる弥々のことも理解してから。


 二人と行動を共にするのならば、グッドエンドのために必要なステータスだろう。


「そ? なら弥々と二人で行ってくるねー」


 どうやら優陽は特に気に留めていないようで助かった。

 ほっと胸を撫で下ろす陽太に、ひらひらと手を振る。


 踵を返す優陽の後ろ姿。ふわりと浮いた髪が、彼女の柔らかい雰囲気によくマッチしている。

 二人のやり取りを見ていた弥々も、すぐにあとを追いかけ――


「私に乗り換えるのも、止めないわよ」


 陽太の耳元で、一言。


「面白そうだし、貴方」


 妖艶な弥々の、二言。


「はい!?」


 一瞬で心を乱された陽太に、おかしそうにくすりと笑いかけて。

 何も言わずに立ち去ってしまった。


「なんて危険な冗談なんだ……」


 ただ、おかげで気付かされた。

 弥々もまた、優陽の彼女になることを了承している以上、女性も愛せる女性なのだと。


 同時に。


 男性も愛せるのではないかと。

 どこまでが冗談かは、聞く勇気がない。そういうことに、しておこう。

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