【第六部】本当に何者なんだろうな? と彼は訝しんだ
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弥々の爆弾提案から数分後。
陽太は優陽の住むマンションに舞い戻っていた。
玄関には整えられた数足の靴。似たような靴がいくつか置かれているが、きっとオシャレカーストの高い人ならば理由がわかるのだろう。
ちなみに陽太はさっぱりだった。
どうしてそんなにたくさんの靴が必要なんだろう? 日替わり?
靴なんて、スニーカーと外出用と革靴があれば十分に足りぬのに。
「じゃあ……ど、どうぞ?」
先に上がった優陽に、ぎこちなく促される。
異性の住居に足を踏み入れるなど、過去に何度あっただろうか。
そこは触れざるべき禁忌のエリア。
毒素を浄化する聖なる禁忌のエリア。
なんだろう、矛盾。
思考回路がハイになっていることを自覚した陽太。ここは一応自分の恋人の家なんだ、本人が招き入れてくれているんだ、ならば臆する理由など――なにもない!
「お、お邪魔します……」
あくまで心だけ強気に、つられて恐る恐る入室する陽太に、一閃。
冷ややかで切れ味の鋭い日本刀が切りつけられる。
「邪魔するのなら帰ってくれるかしら」
八神弥々だ。
玄関からリビングらしき部屋に伸びる一本の廊下、その奥で冷ややかに立ち尽くす彼女に、鬼の仮面が見えたような錯覚に襲われる。
これが言葉の刀かよ……っ!
勇気を出した陽太が、弥々の気迫に当てられて一歩下がり、二歩下がり。
不敵に笑う彼女に恐れをなして後ろ手にドアを開き、一目散に逃げ出そうと――――
「や、待って待って。逃げないでって」
おかしそうに笑いながら、優陽が空いた手を握って静止する。
「は、離してくれ! 奴に捕まったらダメだ、食われる!!」
「食われるて。……もー、弥々も驚かせたいのはわかるけど、脅さなくたっていいじゃん」
「この家に住まう覚悟、そして資格があるか試験したのよ」
「や、提案して招いたの弥々だし」
そこまでのやり取りを聞き。
ふと、疑問に思う。
「なぜ、八神さんが……?」
「あら、3人でって言ったじゃないの。私は元々、ここで暮らしているのよ?」
そういえば言っていたような、言っていなかったような。
つまりそれは、同棲? いやルームシェア?
「同性でも同棲と言うんだろうか?」
「ルームシェアじゃない?」
「いえ、同棲ね」
「え、頑な……四ツ谷くんが決めちゃっていいよ」
「いや、僕にどうせえっちゅうねん……」
どっちでもええっちゅうねん。
と、疑問を投げかけておきながら思考を放棄する陽太。
その様子を見かねたのか、弥々が説明する。
「一応、お互いに大家さんとは契約を交わしているから。ルームシェアという形になるわね。陽太にも、もちろん、同じようにしてもらうつもりなのだけれど……」
大丈夫かしら。
彼女の瞳は訴えかけていた。
何を心配しているのだろう?
数秒、返答に困っていると。
「厳しそうであれば、半ば強引に提案した手前、家賃や契約料諸々の諸経費は私が持ってもいいのだけれど……」
「え、ああ、お金の問題ってこと? いやいや、流石にそれは悪いよ」
「いえ、やっぱり負担するわ。心配しなくとも、こう見えて案外稼いでるのよ」
言うと、弥々は妖艶に笑う。
「私、顔も身体も魅力的だと思うのよ。この身体を使った仕事を、ちょっとね」
「そ、それって、つまり、もしかして、援こ……」
「それは、ナイショ。いつか、教えてあげるわね。いろんな初めてのコト……」
「よ、ヨロシクオネガイシマス……」
心臓が高鳴る。
まごうことなき美女。自分で言っても嫌味に聞こえないほどの説得力。
陽太の想像通りなら……淫靡な香りが漂っている。
二人のやり取りをしかし、優陽。どことなく冷めた眼差しで見つめていた。
「弥々、あんまり変な冗談ばっか言わないの。四ツ谷くんは浮気しない」
「ふふ、ごめんなさいね。どうも彼、遊びたくなる雰囲気があるのよ」
「それは同意するけど」
「同意するな? あと、浮気ちゃう」
と、中身の薄いやり取りはさておき。
ひとまず、部屋の中へと上げてもらう。
部屋数は4つ。それにリビングとダイニングキッチンを併せ持つ、所謂4LDKというやつだ。
なるほどこれは、稼いでいるというのもあながち嘘ではないのかもしれない。大学生という身分を考えると、アルバイトの域を出ているとは思えないが、何か陽太の想像には及ばない手段があるのだろう。
部屋について深く詮索することはなく、簡単に案内してもらう。
「あの角の和室は、弥々の部屋。で、隣の洋室が私の部屋。あっちに物置化してる部屋があるから、四ツ谷くんにはそこを使ってもらおうかと思うんだけど、いいかな?」
「問題なし。というか、文句言うとすれば、今俺が住んでる部屋をどうするかってとこなんだよな……」
「それなら、解約の話はしてあるから後日あなた自身で最後の手続きをしてくるといいわ。業者を手配したから、荷物もそろそろ届くはずよ」
「わー、八神さんって本当に何者なんだろうなー?」
手際のいいことで。
恐怖すら感じる手回しの良さを、あまり考えないように思考をシャットダウン。
程なくして到着した荷物を運びつつ、陽太は言うのだ。
「どうしてこうなった?」
と。
とりあえず思考を一旦整理するためにも、荷解きを開始する。
与えられた部屋は一人分としては十分な広さで、弥々の稼いでいる発言は概ね納得できる。一体、どこからその資金を出しているのかいつかは暴いてみたいものだ。
荷解きと言っても、元々さほど私物を持たないタイプの陽太。
数個のダンボールはすぐに解体され、部屋の隅に立てかけられている。
そのタイミングで、部屋のドアが静かに開いた。
「陽太、入ったわよ」
「普通は入る前に許可を得るものじゃないのか?」
「私が家賃を支払っているのだから、私の部屋よ。自室に入るのに許可が必要かしら?」
「うっ、たしかに……」
つまり自分にはプライバシーが存在してないということか。陽太は自分が置かれた現状を正しく把握し始めていた。
優陽のことをもっとよく知る。その目的として強制的に始まった投獄……もといルームシェアに、一抹の不安を抱く。
「それはともかく、今回のルームシェアに関しては個人での契約が必要なの。先に話したとおり、諸経費に関しては私が負担するけれど、契約自体は陽太に結んでもらわなければならないわ」
「ああ、うん。どこに行けばいい?」
「大家さんとは昔からの顔なじみなの。ある程度の融通は効かせてもらえるし、今回は私が書類を預かってきたから、これに必要事項だけ記入してもらえたらそれでいいわ」
「えぇ、詳しくないけどそんなざっくりした感じでいいんだ……」
「ややこしいことが嫌いなタイプなのよ、あの人。心配しなくとも、上手いことやってくれるわ」
言いながら、一枚の用紙を手渡してくる。
それを受け取ってざっと流し見した限り、名前や生年月日等の簡単な個人情報の記入欄と押印欄、各説明や注意書きが簡単にまとめられている。
本当にこれだけでいいのか……? 連帯保証人は……?
なんて疑問は、もう考えないことにした。
「さて、後は家事の分担ね。同じルームを借りている以上、あなたにもある程度は負担してもらうわよ」
「それはまぁ、もちろん。洗濯とか?」
「ナチュラルに私たちの下着を洗うつもりで来たわね……流石だわ」
「そんなつもりはなかった! ってか流石って何が!? まさか、常にそう思われてる!?」
「うふふ、そんなまさか」
「あ、これ思ってるやつだ。なんてこった」
とはいえ、軽率に発言したことを悔いて。
「料理やゴミ出しでいいのかな?」
「そうね。他には飲み会の送迎とか買い出しとか、学校までの送り迎えとか」
「素直にアッシー君って呼ばない? ねぇ?」
「あら、今はもうそんな死語は使わないわよ。パシリね」
「なお酷くない?」
「貴方にしか使わないから大丈夫よ」
「なにも大丈夫じゃなかった! すごいや!」
とにもかくにも。
とりとめもないやり取りを交わしつつ、大まかな家事を負担することを快諾。
明確にローテーションを組むではなく、手の空いたものが担当すること。チェック表を作成しているから、済んでいないことを見つけた場合は実施し、難しい場合は相談すること。
それだけのルールが設けられている比較的ゆるいものだった。
そして夜。
「四ツ谷くん。お風呂空いたから、どうぞ?」
「了解。ありがとう」
リビングルームでぼーっとテレビを眺めていると、優陽に促される。
特に内容のある番組でもないし、さっと切り上げて浴室へ向かうことにする。
「私たちの残り湯を堪能するのね」
「弥々! ちゃんとお湯張り替えたから!!」
「あれ、なんで僕は曲がりなりにも自分の彼女に攻撃されているんだろう……あれ、なんだか涙が……」
「優陽……なんて酷なことを……」
「じょ、冗談です……なんでホントに泣いてるの!? ほ、ほら、早く入っておいでって!」
背中をグイグイと押され、半ば強制的に風呂場へ閉じ込められる形に。
湯船は足を伸ばして入れるほどではないものの、ものすごく窮屈ってこともなさそうだ。
入浴しながら、陽太は今日一日を……ひいては一連のやり取りを振り返る。




