【第五部】提案があるの、と彼女は言った
程なくして、優陽が姿を現した。
今日は部屋から出る予定がなかったのか、ラフな格好のままだ。
「や、四ツ谷くん。住所教えたことあったっけ?」
「うっ……それは……」
「まー、いいんだけどね。でもわざわざ家まで来るって、なにか重要な要件でもあったのかな? かな?」
「ナタ系ヒロインネタ、まだ使うんだ。えーっと、話したいことがあって……」
いざ対面して、どこからなにを話すか迷う。
謝りにきた。それは確かだ。
弥々の言葉が、脳内で再生される。
――貴方は、なにが悪かったのかしら?
明確な答えは、まだ出ていない。
けど、ひとまずは。
「ごめん」
「なんで?」
頭を下げる陽太に、当然の返答。
想定内。でもまずは謝りたい気持ちを最優先させた。
さぁ、正々堂々謝り倒す時間だ。
「ご飯作りに来てくれた時のこと、色々、考えたんだ」
「そうなんだ。なにか特別なこと、あったっけ?」
あくまで、普段どおりに。
いいことも悪いことも、なかったと。優陽は微笑んで言う。
その微笑みに、いくつの意味が込められているのか、漠然としか伝わってこないけど。
少しばかしの恐怖を感じる。尻込みして、逃げたくなる。
けれど。
「僕は、結城さんが好きだ」
「お、おお、ありがと……どしたん? そんな、妙に真剣な顔して。照れる」
陽太は己の不器用さを痛感していた。
言いたいことはあるはず。
言わなければならないことがあるはず。
けれど、今この場に来てもなお、わからない。
「僕も照れる」
「いやなんで!? ……まぁとりあえず、立ち話しててもなんだし……」
お、これは部屋に上げてくれる流れか?
憧れの彼女の部屋。普段は訪れることのできない未開の地。
そんな場合でないことは百も承知だが、期待せずにはいられない陽太に――
「着替えてくるから、ちょっと待ってて。ファミレスでも行こう」
夢を打ち砕くかのような一言。
一応、彼氏のはずなんだけどなぁ……心が泣いた。
しばしの待機時間。
女性の支度はすべからく時間のかかるものだと理解しているので、待つ覚悟は出来ている。
と思ったら、優陽はすぐに出てきた。
「おまたせ。待った?」
「いや、いま来たとこ」
「デートの待ち合わせかい! 近いし、歩きでいいよね? 車出すのもめんどうだし」
「それは全然構わないけど」
優陽の提案に乗り、徒歩でファミレスに向かう。
どことなく気まずい沈黙の時間。本来であれば、沈黙も幸福であるべきが恋人同士であるはずなのに。
ちらっと横目に映る表情が読めない。
特に打ち合わせるでもなくメニューに目を通し、無難にコーヒーを2つオーダーする。
湯気をくゆらせたブラックが運ばれてくるまでの間も、無言。
この無言は、陽太に取って言葉を選ぶための執行猶予で。
でも実刑を待つだけの被告人のようで。
黙り込んでしまっていた。
そんな陽太を見かねたのか、ついに優陽が口を開く。
「……ふぅ。そういえば、まだちゃんと話してなかったよね。なら、無理もないか」
「話してなかった、って?」
「うん、全性愛者のこと。正直に言うと、わかってもらわなくていいやって思ってたし、わかるはずもないだろうって思ってた。私は別にこれを異端だとは思わないけど、表だけ理解した風に歩み寄って来る人だっていたし」
ふとすると、うっかり忘れてしまいそうになる結城優陽の思想観念。
全性愛者。
男性も、女性も、果てはどちらにも属さない者にも愛情を向けることのできる愛の性質。
告白した時、彼女が告げたそれを、自分はどう捉えただろう?
思い出せない。
きっとそれが、今回の事態を招いた。
全てを愛せる人なんだって。
優陽なら受け入れてくれるんだって、勝手な解釈をしていたのではないだろうか。
「私は、君のことを嫌いと思っていないし、でも好きかと言われたら、微妙なとこにあるんだ。言ったと思うけど、今は弥々って恋人がいて、彼女に恋愛感情のベクトルが向いているから」
次がれる二の句に、さらに思い知らされる。
彼女にとって、自分がどういう立ち位置にいるかを。
「……ってわけで、お互いのことをまだちゃんと知らない私達がどうするべきか、アドバイスを求めようと考えるのです。ちょっと電話、してもいい?」
「え? あ、ああ、うんそれは全然……」
陽太の了承を得てから、優陽はスマホを操作。連絡先を選択してタップ。
一体、このタイミングで誰にアドバイスを求めようと言うのか。
その答えは、すぐに出た。
「あ、もしもし弥々? いま大丈夫?」
八神弥々。
彼女が助言を求めるに適した人物?
「うん、よくわかったね。私達の家から一番近いファミレスにいるんだけど、来られない?」
短い通話を終え、一息入れるように優陽はコーヒーを口に含む。
意外なことに、イメージと違ってブラックのまま。
ブラックコーヒーは、苦い。
「偶然近くにいるから、すぐに来てくれるって」
「そうなんだ。タイミングいいな……」
少し多めに、砂糖とミルクを足したコーヒーを口に運ぶ。
駅で出会った彼女は、そのまま時間を過ごしていたのだろう。
偶然、と優陽が言ったが。
もしかすると、気にかけていてくれたのかもしれない。
ミステリアスな雰囲気を纏う彼女が、一体どの程度のことを考えてどんな目的で行動しているのか、陽太にはまだまだ読み取れないが。
言う通り、弥々はすぐに店に訪れた。
ほんの数分だった辺り、本当に近くにいたらしい。
「恋人と恋人と恋人が相席……これが修羅場ってやつね」
開口一番、冗談なのか本気なのかいまいち捉えにくい口調で弥々は言う。
はは……と苦笑いを返すしかない陽太に反し、
「やー、そんなややこしいものじゃないってー。いや、ややこしいかなぁ。弥々はどう思う?」
「あなたの言葉の方が、よほど複雑よ」
「そうかなぁ。まぁいいや」
『や』がゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどな会話に頭を抱える。
これが二人の日常なのか。ややこしや。
「そんなことより。これについて、相談があるのでしょう?」
「いや、これって」
「そうそう。んー、というか私に関してと言うか、二人共と言うか……ちょっと聞いてくれる?」
これ呼ばわりは華麗にスルー。
事の顛末を話し始める優陽。弥々はそれを眉一つ動かさずに静かに聞いていた。
「……大まかな事情は把握したわ。それで、優陽はどうしたいの?」
「私のこの感覚って、やっぱり理解しにくいものだと思うの。私自身、うまく伝えられないし。けどこうやって一緒にいてくれてる弥々なら、別の視点があるかなって思って」
「そうね……最初にあなたに思いを告げられた時には、正直驚いたわ。私自身は、同性から敬遠されがちだったもの」
異性からは別だけど、と添える彼女は、容姿端麗でスタイルもよく、きっと多くの男性が魅了されるだろう。
淡白な性格も、むしろ評価点。高嶺の花とはまさにこのことで、手が届かないからこそ手に入れたくなる。
逆に。
そんな彼女を疎ましく思う同性は、少なからずいたのだろう。
上手な人付き合いをしていたならともかく。弥々は自ら、積極的に交流していくタイプには思えない。
ともすれば、優陽から伝えられた好意にはさぞ驚いたことだろう。
「えー、私はそうは思わないけどなぁ。可愛いとこめっちゃあるし」
「可愛いとか言わない。ともかく、驚きはしたし、最初はなんだろうこの子って奇異の感情も抱いたわ。けれどその後も関わってくるあなたと過ごしてみて、その……」
言葉を区切り、逃げるように目線を少し逸らす弥々。
「わ、悪くないな、って思ったのよ」
「んーー、やっぱ弥々は可愛いなぁ!?」
「だ、だから可愛いとか言わない!!」
なるほど、うん。
確かに可愛い、うん。
優陽の言葉に嘘偽りはない様子。
「……こほん。だから私も、全性愛者との接し方や考え方ってのを具体的な言葉に表すのは、恥ずかしながら難しいわ。私らしくもないと自覚しているけれど、感覚的なものだもの」
「そっかぁ。やっぱり難しいんだ」
「ええ、力及ばずごめんなさいね」
……不意に、違和感を覚える。
優陽と弥々は、紛れもなく恋人関係としてお互いを認知している。
にも関わらず、だ。
なぜ。
なぜ、こんなにも自分と優陽の関係性を良好なものにしようと、積極的に考えているんだ?
それはいわば、お互いの恋人を失うための行動。
性別こそ違えど、言葉は悪いが優陽は二股しているような状態。
気にしていなかった。否、気がついていなかった。
あまりのも関係性が、歪すぎる。
「そう気持ちを落とさないで。ひとつ、提案を持ってきたのよ」
「提案?」
少し落ち込んでいるように見えた優陽だったが、弥々の言葉で表情に明るみが戻る。
一体どんな提案が来るのか、なぜだか嫌な予感がして。
嫌な予感とは、往々にして的中するもので。
少ない回数の顔合わせの中で、初めて見せた弥々の満面の笑み。
そして投下された提案が----
「3人で、ルームシェアしてみるのよ」
----ほら、爆弾だった。
「「ル、ルームシェア!!?」」
嬉しいか悲しいか、これが優陽と初めてハモった瞬間であった。




