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【第二部】食べよ? と、彼女は優しく微笑んだ


 優陽の愛車はオレンジのタントだった。

 広めの車内にいくつかのスーパーの袋が置かれていて、中には購入したばかりの食品が詰められている。


 2人で手分けして部屋に運び入れると、優陽は慣れた手付きで食材を選り分け、必要ない分は冷蔵庫へ保管していく。


「肉じゃがを作ります」


「ほお」


 選ばれたのは、肉じゃがでした。


 古来では、惚れた男の胃袋を掴む伝説の料理とされていた肉とじゃがいも。

家庭によって様々な味が出るそれは、俗に「おふくろの味」と称される代表的な料理となっている。


よし、と気合ひとつ。


エプロンを着込んで髪を軽くまとめた優陽の姿は、外では見られない家庭的な姿で。張り切って料理をする理想の新妻のようだ。

端的に言うと、嫁にほしい。


「四ツ谷くんは作ったことある?」


 材料を手際良く下処理しつつ、優陽が言う。


「肉じゃが?」


 ブサイクながらじゃがいもの皮むきなど、手が出せそうな部分を手伝う。


「うん。肉アンドじゃがいもウィズ野菜マシマシ煮」


「うん。僕は肉じゃがをそんな回りくどく表現した人を初めてみたよ。せいぜい、家庭科の授業で作ったくらいかなぁ……ってか、この現状を見れば僕が料理しないのは分かってるよね?」


 カップ麺はもちろんのこと、コンビニ弁当の残骸やお菓子の袋。

 ろくに数が揃ってない食器や調理器具を指差して、これで料理男子! って名乗ってたらギャグにしても寒いと自虐する。

 

「しないの?」


「なにを?」


「自炊」


「自炊ねぇ……」


 ひとり暮らし開始当初こそ、張り切っていたことを思い出す。

 限られた仕送りでやりくりし、アルバイト代を趣味に回すためには自炊はマスト。節約節制どんとこい! なんてやる気は3日で投げ出した。


「ま、下手にひとり暮らしで自炊しても、むしろ高くつくなんて話もあるけど」


「そう、それ! だから僕は自炊をやめた」


「もっともらしい理由並べて、ただめんどくさかっただけでしょー。知ってる」


「料理本だって買ったし……」


「そこでホコリかぶってるやつ? なんで応用編買ったし。初心者向け買いなよー」


「応用編!?」


 今の今まで気がついていなかった事実に驚愕する。


 道理で聞いたことのない単語や食材が並んでるし、こしょう少々だの塩ひとつまみだのしょうが一欠片だの、的を射ない表現ばかり使われていると思った!


「いや、分量に関しては大体どれも似たようなもんだけどさ。でも、丁寧な本を探せば一欠片の原寸大の写真なんかも掲載してくれてるし、それなら自炊も捗ってたんじゃない?」


「僕が自炊三日坊主したのは料理本のせいだったのか……おのれ……」


「いや、8割は君のせい」


 適当に会話を交わしつつも、料理は順調に進んでいる。

 手伝えることがなくなった陽太はキッチンを離れ、部屋を片付けて食事のスペースを確保した。


 ベッドに放り投げたままのスマホを手に取ると、LIMEメッセージの通知が来ていることに気がついた。

 いつもの友人グループの通知の他に1件。


 佐々木紗季だ。


 この後輩は用事がなくても連絡してくるが、定期的に用事も混ぜ込むので下手に無視することが出来ない。

 そして最後にスタンプを必ず送信することで、最後の通知が『スタンプ』になり、開くまで内容がわからない周到さ! さらに開くと既読がつき、返信しなければ追及を免れることができない!


 厄介なことこの上ないのである。


「で、なんだって……?」


 届いたメッセージには、


『家庭的な女がタイプの俺、一目惚れ』


 とだけ。


「意味がわからん」


 ということで既読スルー。追求されようが知ったことではない。


 スマホをベッドに放り投げると、間髪入れずにバイブレーションが通知を知らせる。

 これは……


『既読スルーダメ、絶対』


「気づくの早くね?」


 もはや恐怖すら感じる早さである。

 紗季からの通知は30分ほど前だったので、ずっとLIME画面を監視していたとも考えづらい。野生の勘か、女性の勘か。


 いずれにしても。


『……なんの用だよ』


『先輩、なにしてるかなーって』


『付き合いたてのカップルか』


『わー、先輩きもちわるい』


『シンプルに傷つくな!?』


 返信が速い。

 まぁ優陽の料理が出来上がるまでの暇つぶしとしては、最適かもしれないが。


『実際、用事があったわけではないんですよぉ。ただ諸々の事情のため、先輩がなにしているか気になったのは本当です☆』


『なんだよ諸々の事情って』


『おーっとそれは口が裂けても言えませんね! LIMEなんでそもそも口開いてないんですけどね!』


『やかましいわ』


『でも暇だったんでしょ?』


『それは、まぁ』


『ふふーん。陽先輩のことなら手に取るように分かっちゃうんですよねー。わたし達、付き合い長いですし!』


『そんなに長くもないんだよなぁ』


 陽太と紗季はせいぜい3年程度の付き合いとなる。

 ひとつ年下の友人、くらいの感覚だが彼女からしてみれば一体自分とはどんな存在なんだろうかと、不意に思う。


 からかいやすい先輩、便利に使える先輩、都合のいい先輩。

 うん、この辺りが妥当かな! 言ってて悲しくなる事実から目を背けるように、再びLIMEに目線を落とす。


『でもわたし、高校生活の中だと、陽先輩がきっと一番仲良くなれたと思うんですよ』


 想定外の一言に、目を見開く。


『ウソです』


『なんで急に嘘ついた? なぁ?』


 この後輩の情緒が不安定すぎて先輩、ついていけなくなっちゃいますね!


『まぁまぁ。でもいい感じに暇が潰せたんじゃないです?』


『なんで僕が暇だと決めつけられている?』


 見事に正解である。


『わたしは何でも知ってますから』


『僕の今日の夕飯は?』


『んー、肉じゃが!』


 見事に、正解で、ある!

 ノストラダムスもびっくりの的中。そもそもあの人の予言って的中していたか? 少し気になる。


「四ツ谷くーん。そろそろ出来るよ? 起きてる?」


 無意味に、ただ無作為にメッセージのやり取りをしている内に、料理の完成が近づいていたらしい。

 キッチンの優陽の声で、紗季とのLIMEを切り上げる。


 手伝いを申し出たら断られたので、とりあえず正座して待機。


 やがて料理を運んできた優陽と対面すると、変なものを見るかのような目を向けられ、


「え、なんで正座? すっごい姿勢いいし、面接でもするのかな?」


「あなたを志望した理由は、誰にでも分け隔てなく笑顔を見せる姿が素敵で優しく、まるでそこに陽だまりが出来ているかのように人が集まる様子が、非常に魅力的に感じたからです」


「いやいや、恥ずかしいからやめて?」


「あなたとご採用いただけた際には、誠心誠意お付き合いすることを誓い、分不相応ながら少しでも多くの幸福を……」


「はいもうストップ! 冷める前に食べましょう」


 バカやっている間にも並べられていく料理。


 メインに据えられた肉じゃがは、ホクホクと優しそうな湯気をくゆらせている。人参やインゲンなど彩りにも気遣われた材料のチョイスは、和食の地味な色合いにアクセントを加えてくれている。

 煮込む間に作られたあろうサラダと味噌汁、ふんわり炊かれたご飯が置かれて、まさに家庭的な夕飯そのものの構図。


 ぐぅ、と。


 ぐうの音が出る。もとい、お腹が正直に食事を求めて鳴いた。


「美味しそう」


「なかなかいい感じに出来たと思うんだよね。じゃ、食べよ?」


「いただきます!」


「いただきます」


 まずは味噌汁を一口。

 具材は……


「サバ缶、かな?」


「あ、せいかーい。よくわかったね」


「初めて食べたけど、サバ缶の味噌汁ってありだなぁ」


「缶詰だからあけていれるだけだし。生臭さもないから、私みたいな素人でも使いやすいんだよー」


「サラダのドレッシングも手作り?」


「ううん、それは既製品」


 冷水でしめられたシャキシャキのレタスは、半額の惣菜では味わえない。

 サラダひとつ取っても、手をかけてくれているのが理解できた。


 副菜をそこそこに、いよいよ主菜に手を伸ばす。


 じゃがいもを一口。


 齧るとホロっと崩れ、よく染み込んだ味がブワッと口の中で広がる。


 一流料理店のような美味しさ、とはもちろん言えないだろう。

 けれど久しぶりに口にした誰かの手作り料理。


「うっま……」


 誰かが自分のために、時間を割いてくれている。

 美味しくなれと、工夫をしてくれている。


 砂糖、醤油、みりん。

 陽太は詳しくないが、そういった調味料の調和と、なによりも。


 優しさ。

 暖かさ。


 きっと家庭料理の美味しさはここにある。

 実家暮らしの頃はそれに慣れ親しみすぎて、当たり前になっていた味わい。


「お口に合ったようで幸いです」


「うん、本当にうまい。ありがとう結城さん、久々にちゃんと栄養取れてる感じがするよ」


「そう言ってもらえると、張り切ったかいがあったってもんだね」


 恋人と談笑しつつ、手作り料理に舌鼓をうつ。

 こんな幸せが毎日続けばいいな、と。


 徐々に夜は更けていった。



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