恋する彼女は
僕には、高校時代に想いを寄せていた女性がいた。
結城優陽。
まるでストーキングの如く彼女と同じ大学に進んで、ろくなフラグも建てられないまま1年が経過し、2年が経過し、ついには飲酒が許される年齢になってしまった。
講義とバイトとを無為に繰り返し、いつか彼女のために使いたいと貯め続けた貯金と想いだけが積み重なっていく。
新しい友人を作るわけでもなく、かと言って彼女と定期的に連絡を取り合っているわけでもない。進むはずもない関係性にヤキモキするのも、いい加減やめにしようと決意し――――
今。
僕は、意を決して彼女の講義終わりを待っている。
ダメで元々、少しでも印象に残れば良し。これを、この告白をきっかけに、結城さんとの関係を少しでも進めたい。
若干マイナス寄りの思考を停止し、現れた女性に声をかける。
「結城さん!」
「ん?」
窓の外で舞う桜の花びらのように、僕の声に反応してふわりと動くミディアムヘアの栗毛。ややピンクが入った色合いは、この桜の季節によく馴染んでいる。
遅咲きの桜よ、僕の遅すぎる告白に、少しでも彩りを――――
――――なんて。果たして紡いだのはどんな言葉だったか、僕自身、理解できていない。
緊張で真っ白になった脳内は、びっくりするくらいに思考を弾く。どこからか聞こえてくる時計の秒針が、カチカチと脳内で響く。
低速で、一定速で。
きっと、それほどの時間は経過していない。永遠にも近い刹那の秒数。
せめて、僕の気持ちが正しく伝わっていれば。格好悪くても、支離滅裂な言葉でさえなければ。
でも、あわよくば。嬉しい返事だったら、とか。
淡い期待を打ち砕くように、彼女の薄い桃色の唇が動いた。
「ごめんね」
ああ、やっぱりダメだった。
高嶺の花だ、僕ではどれだけ背伸びをしても、指先すら触れられない――――
天を仰ぎ、涙をこらえる。
予想はしていた、覚悟は出来ていた。ただ少しだけ、思ったよりも、仮初の覚悟が脆かった。
崩れかけの僕に、次いでかけられる声。
「私、今は女の子が好きな気分なんだ」
ん?
脳内をリフレインしていた秒針の音が、稼働を止める。
「彼女もいるし」
んん?
新たに脳内を反響するのは、結城さんの言葉。
「付き合ってもいいんだけど、それでもよければ、かな」
まだ、僕のあんぽんたんな脳みそは活動を休止しているらしい。
あっけらかんと言い放つ彼女の言葉は、僕にとっては。
「冗談、だよね?」
にわかには信じ難い事実であり。
どうにか作り上げた不格好な笑顔で問う。
「冗談じゃないよー。全性愛者、知ってる? カミングアウトするとそういう反応もよくあるし、慣れっこだけど、ね」
別に、信じてもらわなくても構わない。
キミにはそこまでの期待すら、していない。
別に、敬遠してもらっても構わない。
キミにはどう思われたところで、影響ない。
結城さんの表情は、物語っていた。
キミも、大多数と同じで、私の感情を否定するんでしょう? ……と。
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
辛うじて弁解しようにも、むしろ見苦しく。
「四ツ谷陽太君。キミはまだマシな方ではあるよ。中にはもっと軽々しく笑い飛ばして、軽率に踏み込んでこようとした男の子もいたし」
「あーいや、笑い飛ばすようなおかしい冗談ではないし。結城さん自身は、まぁちょっと変わり者だけど」
「あはは、なにそれー。告白した相手にそんなこと言う? 傷つくなー?」
「笑った方がよかった?」
「ううん。おかげでキミも、すこーし変な人ってのはわかったし。収穫かな」
傷ついた、と言いつつ楽しそうに笑う彼女は可愛くて。
やっぱり好きなんだな―、なんて思ってしまって。
「で、どうする?」
「なにを?」
「彼女持ちの私と、付き合ってみる?」
「よろしくおねがいします」
どう考えても、振られているのに。
なんでか、付き合うことに成功した。
試合に勝って勝負に負けた、みたいな。
ちょっとニュアンスが違うかな?
ともかく、望んだ未来であることには違いない。
ただ、そこに新たな情報が刻まれただけ。
僕の彼女は、性別に関係なく――
――全てを愛せる、慈悲深き女神、らしい。




