第6話 擬態
「で、魔法で姿が変えられるなんて聞いたことないぞ? どんな感じなんだ?」
レックスがそう言ってくる。
「俺が持っている擬態魔法は珍しいらしい。人間に擬態したら歩けるようになるみたいだ」
「人間に擬態!? そんなことができるのか……というかなぜ伝聞口調なんだ?」
「あ、癖みたいなものだから気にしないでくれ……」
「なんだそれ……って、お前人間に擬態したとき服とかないだろう。サムにでも予備の服に貸して貰え」
どうなんだろう。おい俺、擬態魔法ってどんな感じなんだ? 服までいけるのか?
《無理だ。あと、練度が無さ過ぎて擬態出来る時間が限られるだろうから気を付けておけ》
そうなのか。知らずに使ってたら歩けなくなってしまっていたかもしれないな、というか町中でミミックに戻るのは色々ヤバそうだ。どれくらいの時間だ?
《正確にはわからんが、5~6時間というとこだろう。それが過ぎたら今日は使えないと思っておいたほうがいい》
わかった、ありがとう。
《礼はいい。お前が死んだら俺も死ぬんだ、ちゃんとしてくれよ》
「じゃあサムのテントまで頼む」
「あ? ……そうか、普通に会話してたから歩けないことを忘れてた。本末転倒だな」
そう言いながらレックスは俺を持ち上げ、サムのテントまで運んでもらう。
「サム、こいつが人間に化けるらしいから服でも貸してやってくれ。俺は向こうで荷物をまとめているぞ」
そう言ってテントを出ていくレックス。
「そういう事なんで頼む」
「はい、分かりました! というか、マティスさんそんな事出来たんですね!」
「俺も生まれてから一度も使ったことが無いから分からないこともあるんだが、1日5~6時間しかなれないらしい」
「変わるところを見てみたいです!」
「まぁどのみちここで着替える予定だったしやってみるよ」
どうやれば使えるんだ?
《お前がなりたいと思う物を念じれば大体のものに擬態出来るぞ。まぁ一度も見た事無い物にはなれないみたいだが》
一度見ただけで擬態出来るなんて結構凄い魔法だな。取り敢えずやってみよう。
人間人間……
そういやミミックって無性別らしいが男と女の間みたいな見た目になるのだろうか……と思っていたところで体が光り始めた。眩しっ!
光が収まると軽い空腹感がした。魔法を使うと腹が減るのか……
改めて確認してみると目線が高くなっている。どうやら人間の体になれたらしい。手を見て閉じたり開いたりしてみるが、しっかりと動かせているようだ……ん?
胸が重い。そして股が軽い。
え? ミミックって無性別じゃなかったの? というか前世からしてどちらかに寄ったとしても男じゃないの!?
「マティスさんって女性だったんですね……な、名前似合わなくなっちゃいましたね…………その、あの……ごめんなさい」
混乱していると目の前で見ていたサムが顔を真っ赤にして目を両手で覆いながらそう言った。
「いやいやいや、悪いのは俺だし! 名前についても感謝してるし! マティスならギリ女性名でもイケるんじゃないかな! うん!」
「と、とにかく早く服着てください!」
男物の厚布の服と皮鎧(サムのは小さくて入らなかったのでどっちもレックスの予備)を着た後、俺は黙って胡坐をかいて腕組みをしながら考え込んでいた。なんで、女の体になってしまったのか……
「あ、あの~マティスさん?」
前世でも男だし、女になってしまった要素がまるで分からない。
《多分魂が分裂したのが原因なんじゃねぇか?》
「お、怒ってます?」
もう一人の俺、どういう事だ?
《俺とお前の魂は混ざり合って1度1つになった後、体に宿るときに融合が解けてしまい2つに分裂したんだ。その時に本来無性別なミミックの魂が雄と雌を司る2つに分かれたんだろう。そして俺が雄担当、お前が雌担当ってわけだ。普段の宝箱の状態なら無性別だが、擬態すると魔法を行使した魂に引っ張られるんだろう。》
えぇ~……俺も気分的には男なんだが……
《仕方ないだろ。男に擬態したいんだったら俺に主導権寄越せ》
お前はまだ気分で人を平気で噛み殺しそうだから駄目だ。そもそもそんなこと出来ないしな。
「さっきは本当に僕が悪かったので……機嫌直してもらえませんか……?」
あ、サムのこと忘れてた。
「さっきも言ったけどサムは悪くないって!俺は別に見られても恥ずかしくないし!」
「いやそういう問題じゃない気が……」
「いいっていいって! というかサム、レックス達には呼び捨てなのに俺だけさん付けで対応されてもあれだから、マティスでいいよ!」
「へ? あ、はい! マ、マティス……さん……」
もう俺は服を着ているというのにサムはなぜか顔が赤くなっている。そして結局さん付けだし……
「あの……呼び捨てはもう少し後でもいいですか……?」
そう提案してくるサム。なんだかんだでサムにも完全には信頼されてないってことか……
「おい、準備できたか?」
外からレックスの声が聞こえる。
「俺たちもそろそろ行こうか」
「そうですね。……レックス! 今行く! おとと……」
大きく膨らんだリュックサックを担いで立ち上がろうとしたサムがよろける。
「大丈夫か? 俺が持とうか?」
「いえ……女性に持たせるわけには……」
「いや、俺は正確には女じゃないし、今の状態、体格も俺の方が大きいだろ」
実はこの姿の俺は女とはいえかなりガタイがいい。身長も180cm以上あるであろうレックスに負けないくらい高い。
対してサムは目測で160cm前後……この世界ではレックスのように見た目に比例しない筋力を持っている人間もいるらしいが、戦闘に参加していなかったサムがそうかと言われれば違うだろう。
「あっ……」
俺はサムの持っていた頑張って肩にかけ直そうとしていたリュックサックを片手でひょいと持ち上げた。思ったよりも軽い。この姿、意外と力持ちなのかもしれない。
「じゃあ行こうか」
「は、はい……」
サムが申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「大丈夫だよ。全然重くないって。サムはテントを畳むのを頼む」
「そ、そうですね! やれることをやります!」
話しながらテントの外に出ると、準備を終えたレックスとイザベラが居た。
「「……誰?」」
「いや俺だよ俺。ミミックのマティス」
「はぁ!?」「えぇ!?」
驚嘆の声を上げた二人は目を丸くして俺を凝視していた。