第56話 奥の手
「今のは……」
俺達を睨んでいた目がサロンの窓からいなくなり、無意識に止まっていた呼吸を整える。
「さっき戦ったのは、ただの尻尾に過ぎなかったか……」
レックスがそう呟く。直後、上の方から爆発音が聞こえてきた。船もそれに合わせて揺らめく。
「……イザベラッ!」
何かを察したレックスが走り出そうとするが、俺がギリギリのところで引き留める。
「今、聖剣は……」
「聖剣が無くとも、出来ることはある!」
「だが、さっきのを喰らっても生きてた相手だぞ!?」
「俺は最上位の魔法も使える。決してさっきの一撃に劣るものじゃあない」
「だけど言ってただろ! 魔法に関してはイザベラの方が上手だって」
「っ……! だがどうしろと!」
俺の言葉に一瞬口ごもり、そう叫ぶレックス。
「勇者様ッ!」
そこへ、ハッチの方からシャロンが駆け込んできた。
「イザベラ様が、レックス様を呼んできて欲しいと!」
「……ッ!」
その伝言を聞くなり、上へ向かおうとするレックスの前に、俺は立ち塞がった。
「おいマティス……」
「――俺が行く」
「何を言って……」
「俺が聖剣の完成まで時間を稼ぐ。レックスは実験室で待機しとけ」
「だが、マティスに何が……」
「……『来い』」
その言葉と共に周囲の影が蠢いたかと思うと、俺の手の中に『星喰らい』が握られていた。
「おい。マティス、なんだ……なんなんだ、それは……」
畏怖か怒りか、震えた声で訊ねたシャロンの問いに……俺は答えなかった。
「だが、その剣は……」
レックスは『星喰らい』を一瞥しながらそう呟いた。
「……あぁ、まだ俺には使いこなせない。だからこれはただの魔力補充だ」
「魔力を補充した所で……」
「あるさ。奥の手が」
そう言って俺はハッチへと走り出した。
「マティスッ!」
「マティスさん!」
「姐さん!」
後方から皆の声が聞こえてきたが、振り返ることは無かった。
ハッチから甲板へ出ると同時に、とてつもない熱波が俺を襲った。
「〈鳳沫無限〉ッ!」
イザベラの声が上空から聞こえてきた。
彼女の杖先から放たれた炎は太陽の如き金色の輝きを放ち、大蛇の首3つを同時に炎に包み込む。焼かれた首は黒焦げになり、固まったまま動かなくなった。
その異様な光景に目を取られていると、イザベラが俺の存在に気付いた。
「……マティス!? なぜ貴女が!?」
「レックスの代わりだ!」
「でも貴女……」
「なぁ、擬態魔法って自分より重いものに擬態するとどうなるか知ってるか?」
「し、知らないわよ……魔物にしか扱えない魔法だもの」
「だよな。俺も知らん」
「なんで聞いたのよ……。……! まさか貴女!」
「じゃあな」
そう言って俺は、海へと飛び込んだ。
――――――
――――
――
サロンに残された俺は、少しの間呆然としていた。
サムとクリスはマティスの後を追っていってしまい、残っていたのは俺とラミ、そしてシャロンの3人。
「……聞きたいことがある。マティスの持っていたあの剣……あれは何だ?」
沈黙を破ったのはシャロンの言葉だった。
『星喰らい』は魔王の魔剣。魔物を敵視しているシャロンからすれば、あれから発されるオーラは不快極まりないものだろう。
「それは……」
「そしてマティスはあれで魔力の補充をすると言った。あのような邪悪なもので人間が魔力を得られる訳が無い。マティスは、一体何者だ?」
「マティスは…………魔物だ」
俺は答える。彼女がどのような表情をしているのかは分からない。
マティス本人の了承を得ずに話した事は後で謝らなければならないだろう。だが、シャロンにはここで伝えなければならないと感じた。
「だが――」
「勇者様。……少し、一人にならせていただきたい」
そう言い残すと、シャロンは自室の方へと降りて行く。
俺は、その後ろ姿を眺めている事しかできなかった。マティスと同じく魔物であるラミも、複雑そうな表情をして立ち尽くしていたが、やがて俺の方へ歩いてきた。
ラミは、俺の前で突然しゃがみ込んだかと思うと、直ぐに起き上がって俺に何かを手渡してきた。
「レックスさん。 、落としましたよ……?」
俺の手に乗せられたのは、小さな紙切れ。それは、アクチェスの町でエディに渡されたものだった。
内容は[ヤツは蘇る。俺の後を継いでくれ]という破壊神の封印が解けることを知らせるものだったが、魔王が思わぬ形で解決してしまった。
「あぁ、ありがとな……」
ラミに礼を言いながらその紙切れを懐にしまおうとした時、違和感を覚えた。…………なぜエディは破壊神の復活を予測できた?
確かにゼドラはエディの宿敵であり、エディはゼドラを封印した張本人だ。その封印の解ける正確な時期を予測できる彼だけの手段があるのだろうと勝手に推測していた。
だが、今のエディは魔力を失い、魔力銃すら撃つことが出来ない身体。魔法を用いずに離れた地に居たはずの破壊神の状態を察知する手段など存在しない。
最初から時限付きの封印だった? ……いや、彼が目指したのは破壊神の討伐。封印で時間を稼いでいる間に次代の勇者が魔王を討つという発想は当時の彼には知り得ないはずだ。
「まさか…………"ヤツ"は破壊神を指しているのではない……?」
そう呟いて手元の紙を注視した。この四角い紙切れは2辺が直線、もう2辺は手で破ったかのように鋸状になっている。
裏返して見れば何か文字が印刷してある。捨てる書類を裏紙にして使ったとばかり思っていたのだが……
「…………そうか」
俺はマティスの言葉を信じ、あの実験室に向けて駆け出した。
――――――
――――
――
「マティスさんっ!」
そう叫んだけど、マティスさんが海へと飛び込んでいくのを見ていくことしかできなかった。
マティスさんは泳ぐことはできない。それはルマーシェの町でよく分かっていたはずなのに、どうしてそんなことを……
「サム、下がっていなさい!」
上からイザベラの声がした。
マティスさんに気を取られて気付かなかったけど、その時初めて艦の外の状況を理解する。見上げるほど大きな蛇の頭が3つ、僕達を睨んでけど、その横には黒焦げになった蛇の頭が3つあった。
既に3つもやっつけているなんて! 流石イザベラだ!
そう思っていたら、僕達を睨んでいた首の1つが大きく口を開け、高圧の水を放ってきた。
「〈水暴槍〉! はぁ、もう魔力が……」
イザベラがそれを魔法で相殺したけど、疲れが見えてきている。飛行を維持できずに、甲板の上へと降りて来た。
その期を待っていたかのように艦が大きく傾いた。海の中に居た首が艦全体を揺らしてきたのだ。
「しまっ……!」
「イザベラ!」
海へと投げ出されそうになったイザベラの手を咄嗟に掴む。
「ぐぐぐ……」
「ありがとうサム」
なんとかイザベラを引き上げた。だけど、その直後に僕は信じられない光景を見た。
黒焦げになっていたはずの首達の表面がパリパリと割れはじめ、内側から無傷の首が現れたのだ。
「チッ……表面を焦がしても無駄……さっき傷口を焼いとけば良かったわね……」
イザベラが隣でそう呟く。6つの首が嘲笑うかのようにこちらを向いた。
「イザベラ、魔力は……」
「大丈夫よ」
そう答えたけど、イザベラが嘘を言っているのは明らかだった。
6つの首が同時に大きく口を開ける。
「〈転変地異〉!」
イザベラが呪文を唱えたけど、何も起きない。魔力切れだ。
「ここまでね……」
――その時、眩い光線が大蛇達の首に直撃した。6つの首は全てなぎ倒され、海面に打ち付けられる。
「レックス!? いや……」
「ゼドラ……」
艦の横、淡く白い光を放っていた海面を割って、黒く巨大な体が現れる。
――グワァオオォォォオオオ!!
破壊神が再び僕達の前に姿を現した。




