第54話 実験記録
――ジュウゥゥゥゥ…………
「なあ、そんなことしていいのか? 切れ味とか悪くなりそうだが」
俺が赤熱した元聖剣を海に突き刺して冷却する様子を見て、甲板に上がってきたマティスがそう訊ねてきた。
「自然に冷えるのを待つのは時間がかかり過ぎる。……それに、刃は斬った時点で既に限界だ。今はさっさと冷やして腰に差せるようにしたい」
「……ってことは王国につくまでもう聖剣は使えないのか?」
「全力で斬るって言っただろ? ……この先の道中は心配ない、クラーケンよりも強い敵に出会うとは考えにくいしな」
「さっきのを魔王に当てたら一発で倒せたんじゃないか?」
「まさか。さっき以上の強さで1000回以上斬りつけたが、全て「星喰らい」で受け止められた上、聖剣を折られた」
「……マジかよ。というか、聖剣に無理させ過ぎだろ……」
「いや、聖剣には無理はさせていなかった。星喰らいと正面から打ち合ったのが悪手だったな」
「折れる前の聖剣ってのはそんなに丈夫だったのか。それを失った状態でよく魔王に勝てたな……」
「まぁ折れないように立ち回ったら普通に負けてたな。結果論だが、折れたからこそ勝てた」
「どういうことだ……?」
「詳しくはまたいつか話すさ。……ともかく、今のこれは特別な力もない、聖金剛で出来てるだけの珍しい剣だって話だ」
そう言いながら、俺は冷えてきた元聖剣を海から引き抜いてマティスに見せつけた。
「聖金剛…………?」
マティスが顎に手を添え、何か考えるようにそう呟く。
「名前の通り、聖なる金剛の事……という風に知られているが、宝石として価値があるだけで、ダイヤモンドとは全然違う鉱石なんだが」
「ダイヤの剣って某四角いゲームみたいだな」
「まあダイヤモンドそのものではないから一応武器として使える性能ではあるが、一般的に武器の素材にするようなものじゃないな」
「実質宝石で出来てる剣ってことは売ったら超高値で売れたりすんのか?」
「そうなるな。……王国の国宝だから売れんが。…………だが実際、金銅鍮の剣でも使った方が実力が出せると思うんだが、愛着もあってな……」
マティスは俺の説明を聞いても未だに悩むような仕草をしている。話を理解していないというわけでは無かったと思うが……
「金銅鍮ってなんだ?」
「あぁそっちについての疑問か。地球にはない合金だが、無理に当てはめるとするならオリハルコンとも言えるかもな」
「オリハルコン……それ製の剣なら本来の聖剣並みの力を手に入れられるのか?」
「さすがに無理だ。0.1%くらいまで引き出すことはできると思うが」
「…………」
俺の言葉を聞き、更に黙って眉間に手を当てるマティス。俺は冷まし終わった元聖剣を腰の鞘へとおさめて訊ねる。
「どうしたマティス、何か気になることがあったか?」
俺の言葉を聞いたマティスは顔を上げ、俺の腰の剣を指差して言った。
「もし、その聖剣と引き換えに、本来の聖剣の1割の性能が手に入るなら欲しいか?」
――――――
――――
――
俺達は一度サロンに戻り、サム達と操舵室から戻ってきたイザベラを加え、状況を説明した。
サムとクリスの2人には、潜水艦が俺の〈斥雷々〉によってダメージを受けた箇所を復旧を頼み、イザベラとシャロンの2人にはその間海に棲む魔物を近づけさせないよう頼んだ。
ラミにはサロンで待機してもらい、俺とマティスの2人は操舵室の地下……あの隠されていた部屋を再び訪れていた。
「……で、どういう事なんだ? 聖剣の1割……ってのは、『星喰らい』の事か? あれは本来の聖剣以上の力を秘めていると思うが、俺には持つ事すらできないぞ」
俺は、マティスにそう訊ねた。
「いや、違う。さっきはああ言ったが、俺もまだ全然知らん」
「"まだ"知らない……?」
「ああ。この部屋を見つけてから、色々起こったから後回しになってたが、俺達は"これ"のおかげでここを見つけられただろ?」
マティスは懐から一冊の本を取り出す。それは操舵室に置かれていた[実験記録]だった。
「シャロンがここに来る前、俺は偶然この本をチラッと読んだんだ。……この辺りだったか?」
そう言ってマティスは開いた状態で本を向けてきたが、やはり俺には読むことが出来なかった。
「俺は6年前から世界中を旅して様々な地域の言語を覚えてきたが、見たこともない文字だ。恐らく今は使われていない…………考古学で扱われるような古代言語で書かれてるんだろう」
「……そういえばそうだった。じゃあ俺が王国語で読むわ」
そう言ってマティスは本の内容を読み上げ始めた。
[…………結論から言えば、現状どのような好条件であっても勇者が聖剣を使って魔王を倒すことは不可能である……という計算結果となった。もちろん、この結果はあくまで現状の話であり、聖剣もしくは勇者の条件が変われば結果は変わってくるだろう。
確かに勇者の魔力量は常人とかけ離れているが、しかしその総量は歴代の勇者間では大きな差は無い。勇者側の条件を固定した場合、聖剣が魔王を倒すことのできる"力"を得るまでに、100人以上の勇者が犠牲となる計算である。
それほどの時間、我々は生存圏を維持できるだろうか? 破滅を防ぐためにも、私はこの研究を完成させなければならない。
とはいえ聖剣に蓄えられているという"力"の正体は未だに特定されていない。しかし、事実として"力"は勇者が代替わりするごとに強まっており、そのおかげで人類は生存圏をかろうじて維持しているのである。
俗世では歴代勇者の意思の結晶とも言われているが、私は魔力……魔素と関連の強いものであると考えている。
そこで私が目を付けたのは、ゼドラ――破壊神とも呼ばれている魔物の口から発射される光線である。あの白き光は恐怖の対象にも関わらず、「神々しい」と評されることが少なくない。
魔王の生み出した存在が放つそれに、もっとも近しい現象は…………聖剣の放つ「輝き」である。……もちろん私もこのような考えを持つ事は不謹慎であるとは承知しているが、もし同一の現象であると仮定すればあの魔物の強さにも納得がいく。
そこで私はヤツの光線を調査した。その結果、あの光線は複数の……5大魔法全ての属性が合成されているものであると突き止めた。ヤツの光線……属性合成魔力波と呼べるそれは、出力こそ違えど、人力で再現可能だ。
専用の実験室を用意し、さらに研究を進めれば、より強化された聖剣……進化聖剣を生み出すことが可能かもしれない。]
マティスがそこまで読んだところで、俺は感想を述べる。
「……つまり、この本を書いた奴は聖剣よりも強い剣を作る事が目的だったのか」
「みたいだな。この部屋もここに書いてある[専用の実験室]なのかもな」
「だとしても潜水艦に使われている電気技術は地球のものだ。この研究者は何者なのか……」
「ずっと昔に俺達みたいに地球の記憶を持った奴がいたんじゃないか? 古代言語っぽいんだろ? これ」
「いや、ゼドラの出現は約60年前だ。古い言語で書かれてるのはただの暗号代わりみたいだな」
「ってことはこの本書いた奴、今も生きてる可能性があるのか!?」
「わからない。ただ、俺が電気技術を教えた科学者達の中に聖剣の研究をしている奴なんていなかった」
「とりあえず、続きを読んでみるか」
そう言ってマティスはページをめくって続きを読み始めた。
[前回から研究が難航し、記録できる成果が出るまで10年近くかかってしまった。
少し前に今代の勇者が見つかった。彼はまだ年若いにもかかわらず、天才的な発想で様々な技術を提供した。言伝に聞いた中で私が興味を持ったのは、雷を魔力を必要とせず生み出す技術だ。王都の人間は非効率と称したが、限定的な使用であれば非常に有用な技術である。
前置きはさておき、今回重要なのは新造した船の実験室でついに属性合成魔力波を武器へと落とし込むことが理論上可能になったことだ。しかし、それは決して強化された聖剣などではないことも同時に判明した。
ヤツを参考にした属性合成魔力波による強化は、結果として失敗だった。あれと同等の威力にするには相当量の魔力が必要であり、もし理想値の魔力を常時入力できたとしても聖剣の1割程度の性能しか発揮できない。そもそも、設計段階で材料として高純度な聖金剛が必要と判明した時点で予算的な問題が発生した。
聖金剛は一欠片でも高値で取引されている。まとまった状態で現存しているのはそれこそ聖剣のみであり、聖剣を消費して劣化品を作るなど本末転倒である。
私の研究は根本から見直さなければならなくなった。……が少々名残惜しいため、この実験室は解体せず、現状維持のまま放棄ということとなった。
設備自体は使用可能なため、進化聖剣となる予定だった劣化品の製作手順、使用法を以下に記しておくこととする。
製造工程は極めて単純であり、実験室中央の製造装置に材料となる聖金剛を入れ、蓋の制御盤の中央に触れれば自動的に製作が開始される。完成品は刀身が存在せず柄のみであり、使用者の魔力を消費して属性合成魔力波を再現することによって刀身を維持することとなる。必要になる魔力量は勇者でも厳しい数値であり、扱える人間は存在しないだろう。
刀身を出現させるには、剣の名前を呼ぶ必要がある。今となっては滑稽だが、この進化聖剣の名は『エ]
「エ……なんだ?」
マティスがそこで読むことを止めてしまい、思わず聞き返した。
「いや、ここで丁度本が破れてんだよ」
そう言ってマティスは本をこちらに向けてきた。確かにページの下の隅が千切れており、欠損していた。
「次のページになんか書いてないのか?」
「[という。仕組みは実験室の入り口にも使われている〈紋戸廻棚〉に近いものである。刀身をしまうには魔力の流れを遮断すれば良い。]って書いてあるな」
「名前が分からないと刀身が出現しないのに、分からないままじゃ困る」
「心当たりとかないのか?」
「これの名前は『エクステイン』だが……」
俺は腰に提げた聖剣を見ながらそう答える。
「案外そのままかもしれんぞ? エから始まってるし」
「そんな適当な……」
「で、どうすんだ? その剣の聖金剛を使ってこの進化聖剣とやらを作ってみるか? 誰にも使えないほど魔力を消費するらしいけど」
「それは恐らく問題ない。俺は歴代の勇者の誰よりも魔力量に自信がある」
「じゃなきゃ魔王も倒せなかっただろうしな」
マティスもそう同意した。……俺は魔王を倒すため、神に目を付けられた。元々この世界に居た勇者とは何かが違うのだろう。
問題は使い方が分からない点だ。しかし、全盛の1割の力が手に入るのならば乗らない手は無い。
「…………やってみよう」
俺は少し思案してからそう言った。
「マジか。提案しておいてなんだが、使い方も分からないんだぞ?」
「手がかりが無い訳じゃない。どのみちしばらくこれは使い物にならなかったしな」
「でも……いいのか? 愛着もあるって言ってたろ?」
「丁度いい機会だ。それに、勇者は危険を恐れない」
俺はそう答えて、俺は部屋の中央へと歩く。
底に置かれた棺の様な箱――本によれば製造装置――の蓋を開ける。
そこには、丁度聖剣が収まるくぼみが用意されていた。俺はそこに聖剣を置いて、思わず声を漏らした。
「これは……綺麗に収まり過ぎている」
……まるでこのくぼみが、一度聖剣から型をとったと言われても不思議ではないほどに。
そう考えている間に、聖剣が置かれた棺はひとりでに蓋が閉じた。左右に取り付けられたパイプから蒸気が吹き出し、何かしらの起動音が部屋に響く。
≪製造装置起動。完成までの想定時間は30分です≫
この部屋に入ってきた時と同様の合成音声がそう告げる。
奥の壁に設置された5本のパイプに流れる5色の液体が流れ出し、その先で1本にまとまる。中を流れるそれは、眩い白色の輝きを放っていた。そのパイプの繋がる先は目の前にある製造装置だ。
「案外時間はかからないみたいだな」
マティスが音声を聞いてそう呟く。
「そうだな。まぁ、問題は完成した後だが……」
俺はそう返し、今から生まれるこの剣の名前を予想する。まず候補に挙がるのはエクステインだが……
「なぁマティス、その本俺にもう一度見せてくれないか?」
「別にいいが……読めないんだろ?」
「少し気になるところがあってな」
そう言ってマティスから本を受け取り、先程のページを開く。やはり、古代言語らしき文字は判読不能だった。
「でもこの書式、どこかで……」
俺がそう呟いた瞬間――――船内に警告音が鳴り響いた。




