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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第3章
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第49話 透色の騎士

 擬態を解いてから少し時間が経ち、夜も深くなってきた頃。


 不意に俺の部屋の扉が開いた。


『ここは……誰も使っていないようだな』


 扉の向こうから現れたのはシャロンだった。

 確かに今の部屋の様子を見れば、空き部屋と勘違いされてもおかしくない。鍵を閉めておけばよかったと思うがもう遅い。

 扉の向こうの廊下をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認してから扉の鍵を閉めたシャロン。

 妙な様子だと思いつつも、ここで名乗り上げるわけにもいかず、俺はただの家具の一部に徹する。


『やれ、今日は色々な事があったな……』


 シャロンはそう呟きながら椅子に腰かける。腰に下げていた長剣を鞘ごと机に立てかけ、そしてそのまま身に着けていた兜へと手を掛けた。


 ……あれ? これ俺見ちゃダメなやつじゃね?

 と思いつつも、シャロンの顔を見てみたいという好奇心もあり、薄目で見る様な気持ちでシャロンの方を見た俺は無い目を見開くほど驚くことになった。




 兜を脱いだはずのシャロンの顔は見えなかった……というよりも顔、もっと言えば頭のあるべき位置には、何も()()()()のである。

 ……首のない全身鎧の人間。その異様な光景に思わず息をのんでしまいそうになったが、堪えて押し止めた。


『ようやく事が運んだと思ったら、あんな不思議なパーティと共に旅することになるとは……』


 シャロンの独り言は続く。その声は脱がれた兜から……ではなく、本来頭があるべきであろう位置から聞こえてくる。

 そのまま彼女は身に着けていた篭手にも手を掛ける。

 両手の篭手(ガントレット)とその中に着ていた鎖帷子(チェーンメイル)が外されると、そこにはベッドに腰掛ける胴と脚しかない鎧の姿があった。

 シャロンは両腕があろう位置にもあるべきものが無かったのである。しかし、床へと落ちた篭手は()()を失ったようにピクリとも動かない。


 胴の胸当てが外される。

 中から人が着ているように膨らんだ肌着が現れた。


 靴と脛当てが外される。

 ズボンと靴下が自立した。




 ここまで来てシャロンのおおよその正体が分からないほど俺は鈍くはない。

 恐らくシャロンは俺の世界で言うところの"透明人間"に近い存在なのだろう。

 それが魔物なのか亜人なのか、なぜその正体を隠しているのか。訊きたいことは山ほどあるが、俺が今声を掛ければその倍は質問責めに遭いそうだ。

 それどころか魔物と勘違いされて《別に間違ってないだろ》斬られてもおかしくない。シャロンが俺を斬りつけられるほど強いかどうかも分からないが……

 とにかく、今は俺は黙って見ていることしかできない。


 シャロン本人は既に入浴(艦内にシャワー室が整備されていた)を済ませたようで、肌着姿のまま床に就いた。

 俺は眠る必要が無いとはいえ、色々な考えが頭の中でぐるぐると回りながら朝が来るのを待つのだった。






 翌朝、シャロンが出て行ったのを確認した俺は、擬態をして何食わぬ顔をしてサロンへと向かった。

 サムが食堂へと案内してくれたので、中を覗いてみるとレックス、イザベラ、クリス……そしてシャロンの姿があった。

 昨日の事についても気になったが、まずこの場にいないラミについてサムに訊ねた。


「ラミさんは朝起きるのが苦手みたいで少し後に来るそうです」

「そうだったっけ? ここまでそんな事無かった気がするが……」

「慣れない環境で疲れたのかもしれないですね」

「まあラミにとっては特に環境が変わっただろうしな。ところで、レックスも来てるみたいだが、操縦は大丈夫なのか?」

「今は錨を降ろして空気の入れ替えをしているそうです」

「そうだったのか。ところで話が変わるんだがサム、少し相談が……」


 そう言いかけた時、サムが皿の乗ったトレーを手渡してきた。


「はい、どうぞ」

「あぁ、ありがとな……」


 見れば、レックス達も席について同じものを口にしていた。

 旅の途中でも調理はサムの担当だったが、物資の関係もあって簡素なものが多かった。

 しかし今皿の上には炒められた青菜と原材料の分からないソーセージ、コーンポタージュ等々……

 豪華、とは言わなくとも今までに比べてしっかりとした朝食だった。……俺が前世で食べていたよりも。


「あれ? これは……」

「卵焼きですか? これは王国の遥か南西の国の調理法らしいです。偶々(たまたま)知ったのですが、オムレツよりも好みだったので……あ、そこのとうもろこしを使ったポタージュもですね」

「そ、そうか……」


 サムが卵焼き(脳内翻訳済み)と呼んだそれは俺の前世の記憶にあるものと大差のないものだった。

 だとすれば、サムの言う王国から遥か南西……現在位置から考えて真っすぐ西の方向に日本と似た風土の国があるのだろうか。だが、コーンポタージュのレシピも同じ国発祥と聞いて訳が分からなくなる。


「どうしたんですか? ……もしかして、青菜苦手でした? それとも腸詰めですかね? 大丈夫ですよ、ちゃんと原材料は豚の肉です」


 それは聞いて安心したが……


「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。それに俺に好き嫌いは無いしな」

「アールスはダメなんですよね?」

「いや、あれは、その……味が嫌いなわけじゃ無かったし……加工前を知らなければ普通に食べれてたんだ、うん……」

「あ、なんかすみません……」

「いや、いいんだが……それよりも」


 俺はそのまま声を抑えがちにサムの耳元に顔を寄せる。


「ぅえ? マティスさん!?」

「落ち着け。シャロンの事なんだが――」


 そう言いかけた時、昨日と同じくシャロンの顔がこちらに向けられていることに気付いた。

 しかし、すぐに目が合ったような感覚は無くなり、シャロンは食事を再開し始めた。ちなみに彼女は食事の時も兜は外しておらず、顎の下辺りに作られた開閉口から食べ物を入れて食べていた。

 もしかして昨晩俺が居たことに気付いていたのかと思ったが、そのような素振りは見せていなかった。




 食事が終わり、サロンから出てきたレックスの姿が見えた。


「よう、まだ換気は終わらないのか?」

「あぁいや、艦内の空気と予備の圧縮空気までバッチリ終わってるんだが、この艦の持ち主が気になって調べてたんだ」


 俺の問いかけにレックスはそう答えた。


「持ち主ってギャヴィンじゃないのか?」

「それはそうなんだが、俺が気になってるのは前の持ち主だ。少し前に賭けで大勝ちしたときに、金の代わりに貰ったらしい。このサロンには本が沢山あったから何か手掛かりが無いかと探してたんだが……どうやらハズレだ」


 ギャヴィンがこの凄い船を持っていたのはそういう理由だったのか。


「というか、朝飯食べてから今までの短い間にあの数の本を全て読んだのか……?」


 恐る恐るレックスに訊ねる。この艦のサロンは大窓がない壁部分はほとんどが本棚となっており、ざっと見ても数千冊の本が所狭しと並んでいる。レックスは昨日の発艦後から今朝までずっと運転していたはずだが……


「あぁそうだが――」

「やっぱ勇者(おまえ)おかしいよ……」

「急に辛辣だなおい。というか、マティスはどうしてここに?」

「あぁそういえば聞きたいんだが、シャロンの――」


 その時、再び視線を感じた。その方を振り向くと先程までは居なかったシャロンがまたしてもこちらに顔を向けていた。たまたま食堂から出てきただけだろうが、昨日の事があった俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。


「あっ! そういえば操舵室にも小さい本棚があったよなぁ!? そこの本見に行こうぜ! 話はついでにそこで!」

「え? そんなのあったか……? 別にいいが……なんだその喋り方」

「よし行こう! すぐ行こう!」


 少し不自然だが、戸惑うレックスと共にその場を去る。シャロンに気付かず話を進めていなくて良かった。

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