第48話 新たな影と”ミミックという魔物„
――ダンッ!!
机が大きな音で叩かれる。上に乗っていた水飲みが震え、中に入っていた水が躍る。
叩かれた長机に座っていた大臣達は渋い表情のまま俯く。
「あいつ等からの報告はまだか! もう何日経っていると思っている!」
そして机をたたいた当人――白髪に揃えられた白髭、頭には国における最高権力者の証である冠を身に着けた男はそう言って歯を軋らせた。
その様子を見て、恐る恐るといった様子で大臣の一人が声を掛ける。
「そ、そうは言われましても陛下。アクチェスからの通り道であるタヴォカハであんな大事件が起きてしまえば、連絡網が麻痺してしまうのも仕方がなく……」
「そんなことは分かっている! だが、あいつらにはダクロライトクリスタルまで融通してやったんだぞ! なにが『終焉の先』だ! なにが最強の魔道具だ! 踏み倒す気か!」
「その件に関しては我々も班を送り”徴収”を試みているのですが、やはり破壊神の一件で……」
「あの忌々しい龍めが……」
そう言って拳を強く握る陛下と呼ばれた男。
「で、ですが出現地となったタヴォカハの被害だけ見ればかつてのものとは比べ物にならない程小さいそうで、倒されたと伝えられていたのもあり、本当に破壊神であったのかというのも疑われているようで……」
「そんなことはどうでも……いや、待て。”徴収班”は現地にいると言ったな?」
「は、はい……」
「まさか、道中で情報収集をしていないわけもあるまい。貴公らの意見はどうなんだ」
「恐らく、タヴォカハに現れたと噂される破壊神は本物……かと」
「では、何故あの破壊神に襲われその程度の被害であった?」
「勇者が……」
――ダンッ!!!
再び机が叩かれる。だが、陛下と呼ばれた男はすぐに落ち着きを取り戻した。
「…………続きは?」
その言葉を聞き、大臣は冷や汗を流しながらもすぐに報告書に目を戻す。
「は、はい……勇者が応戦にあたったという噂も流れていますが、ルマーシェからの道中では破壊神が好戦的では無い様子であったという証言が多く得られました」
「なるほど…………これは、使えるかもしれんな」
陛下と呼ばれた男はそう呟く。
その時会議室の扉が勢いよく開かれる。
「報告! 『終焉の先』、行方が判明しました!」
「なっ!?」
会議室に居た全員が伝令兵の方を向く。
「して、奴らは?」
陛下と呼ばれた男が訊ねる。
「それが……王国の憲兵に全員、一人残らず逮捕、投獄されたそうです!」
「何っ!? 奴らの構成人数は100を超えているんだぞ!?」
思わずといった風に大臣の一人が声を上げる。
「奴らが全員で掛かるような、そしてそれを返り討ちにし、死人一人出さない……こんな芸当が出来るのは限られている」
「ゆ、勇者……」
「恐らく、先の噂も真実であろう。王国側に囚われているとなると”徴収”は厳しい。大方魔道具の性能を我々に示すために喧嘩を売ったんだろうが、その程度の出来だったということだ」
陛下と呼ばれた男はそう結論付けたが、事実として魔道具の完成度は本物であった。
魔王によって創られた魔物に魔王由来の魔道具は通用しない。それは当たり前の事ではあったが、そんな存在が人の姿をして勇者と共に旅をしていたなどという事実は当人達しか知らない事だった。
「勇者……世界を我ら人類の物にしてもらったのは感謝するが、我々帝国の発展にとっては目障りだ。近いうちに……消えてもらうぞ」
――――――
――――
――
「……ハクション!」
出発からしばらくした後、操縦席に座っていたレックスがくしゃみをした。
「漫画みたいなくしゃみしてんな」
「別にいいだろ、というかマティスはいつまでいるんだ。そんなに見てて飽きないか?」
「楽しいだろ? 見た事無いような生き物が沢山窓の外を泳いでるんだぞ?」
海に出てから数時間後、皆は一番最初に見たサロンの方へと戻っていった。操縦をしなければいけないレックスが操舵室に残るのはもちろんだが、俺もその部屋に残って外の景色を見ていた。
サロンの両脇にあった窓も大きかったが、この操舵室に備えられた四半球状の硝子窓からは海の中が前だけでなく上や左右まで見渡せる。
ルマーシェの町で水揚げされていた海獣と呼ばれている首長竜のような生き物や、巨大な魚が泳いでいる様子は見ていても飽きないものだった。
「いや、割と馴染みのある魚ばっかだしなぁ」
「あ~……」
つい先日からこの世界を旅し始めた俺と違い、レックスはこの世界で生まれ育ち、勇者として世界各地を旅した後だ。
新鮮味を感じているのは俺だけかもしれない。
「もうそろそろ外も暗くなってきたし、海の中も見えなくなる。体調も万全じゃないんだから早めに休んどけ。……俺に風邪をうつしたんじゃないだろうな?」
「へぇ~勇者でも風邪ひくのか」
「いや、ひいたことないけど」
「ないのかよ。……まぁいい子にしてるよ」
そう言って俺はサロンの方へと戻る。両側の大きな窓は暗くなってきたせいかシャッターが閉められていて、外の様子は見えなくなっていた。
サロンの中にいたのはサムとシャロンの2人だった。
「他のみんなは?」
俺が閉められた窓の前に置いてあるソファーに座っていたサムに訊ねる。
サロンの壁に設置された本棚から取り出したらしい本を読んでいたが、こちらの方へと顔を向けた。
「皆さんは奥の方にあった階段を降りた先にある個室にそれぞれいますよ。というかマティスさん、お昼食べてないけど大丈夫ですか? 僕たちはもう済ませてしまったんですけど……」
「あ……」
海に夢中なのと体調のせいで食欲が湧かなかったおかげか、思ったより長い時間操舵室にいたようだ。
「俺はまだそんなに食欲は湧かないが、レックスの方が大変そうだ。レックスの為のご飯を用意してやってくれ」
「それは大丈夫ですよ。イザベラが下の厨房で手軽に食べれる物を作っています。マティスさんも一応貰って来たらどうですか?」
「うーん……やっぱ腹減らないからいいや。個室ってあっちの方?」
ハッチのあった側の扉の横に別の扉があるのが見えた。指をさしながらサムに訊ねる。
「あ、そうですね」
「じゃあ早めに寝て休んどくわ」
「僕は夕飯を食べてからにします」
サムの返事を聞いた俺は、サロンを出て階段を降り、開いていた個室へと入った。
部屋の中はベッドと書斎机のようなものが置いてあるだけのシンプルな空間だった。その間の壁際まで進むと、俺は擬態を解除した。
落ちてきた服を口の中に仕舞い、口を閉じる。
「これでしばらくすれば風邪は治るはずだな」
魔物は体内に入った物質を、魔力の正体であり、全て物質の最小単位である魔素へと分解し、吸収する。
故に病気の原因である病原菌やウイルスなども魔物の体内に入った時点で魔素へと分解されるため、魔物は普通風邪をひくことはない。だが、擬態魔法は擬態した生物の特徴を精巧に再現する。
マティスが風邪になったのは臓器などまで再現してしまうための弊害だった。本来の姿である宝箱の見た目に戻った今は、病原菌は魔素へと分解されるだろう。
"つまり、本来魔物はなにを食べたとしても魔素を得られる。水やそこらにある石からでさえも。にもかかわらず、魔物が他の生き物を喰らうのは何故か?
理由はいたって単純、生き物は無機物に比べて多くの魔力を持っているからだ。草食の魔物より肉食の魔物が多い傾向があり、魔物同士で争いが起こる理由もこれがほとんどである。
その点、人食い箱という魔物が生まれた理由は実に合理的である。
読者の中には、人食い箱は魔王によって人を陥れる為だけに創造された魔物だと思っている方も多いだろう。しかし、人食い箱は魔王が現れる前から存在していたという記録が残っている。
前述の話から考えるに、魔物にとって餌として好ましいモノとは何か。それは人間、中でも魔法の扱いや戦闘に長けた、魔力を多く所有した人物――すなわち冒険者である。
人食い箱はそんな冒険者を狩り、多くの魔力を得るために進化した魔物である。
実は過去には、民家などに忽然と現れて壺やタンスに擬態し、民間人を襲う人食い箱に酷似した種の魔物も存在した。
戦闘力の無い人間に対し、確実に仕留められるという利点はあったものの、生まれた場所からほとんど動けないという種に共通する弱点、狩りをするごとに所有者が失踪する呪いの家具という評判が広まる、家具の見た目の流行りに対応できなくなってすぐに見分けられるようになる、などの理由で獲物を得られなくなって絶滅したとされる。
一方で人食い箱が生まれるのはダンジョン内。ダンジョン内の宝箱はダンジョンの定期的な内部構造の変化と共に現れるため、紛れていても違和感が少ない。そして狩りを成功させた後も、冒険者がダンジョンで失踪することなど珍しくないため、怪しまれづらい。
しかし、我々は人食い箱に対し無力というわけではない。注意を怠らなければ対処することも可能だ。魔王に創られた人食い箱は種族の弱点を克服しているだけでなく、魔法まで操るとも言われているが、その場合の対処は勇者様に任せるべきだろう。
続いて、ここまで読んだ方が気になっているであろう人食い箱の繁殖方法については……„
――パタンッ
そこまで読んだところで、自分の個室に居たサムは、サロンから持ってきた本を勢いよく閉じた。表紙には【魔物解説:人食い箱について】と書かれている。
「いや、この本を読もうと思ったのは冒険者としての純粋な知的好奇心というか? 実際ミミックが魔王だけに創られた存在じゃないって初めて知りましたし?」
一人で部屋にいるというのに言い訳をするように表紙を見つめながらそう言うサム。言葉の端々が僅かに裏返っている。
「こ、この先は冒険者にとっては関係ないですし、よ、読む必要は無いですね……」
そう言ってベッドに腰掛けたまま本を横に置き、ぼーっとするように壁を見つめる。
しかし少し時間が経った後、横に置かれた本を再び見た。
――
※ミミックの生態については作者の想像とロマンで構成されています。現実の生物学、物理学とは全く関係なく、通用しませんのであしからず。




