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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第3章
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第47話 発艦

「貴台がレックス殿か?」

「あ、あぁそうだが……」

「『助かった!』 ……挨拶が遅れてすまない、私はシャロン=オルブライトという」


 そう言って突然やって来た全身鎧の女性――シャロンはレックスに敬礼をした。


「ただのレックスです。姓はありません」

「……そうであったか。失礼した。私も名のある貴族というわけではない。シャロンと呼んでくれ」

「わかりました」

「敬語もいい。……実は挨拶だけは使う機会が多いので覚えているが、王国語はあまり得意ではないのでな。レックス殿はディア公国の言葉は話せるか?」

『多少は。 ……旅の中で学んだせいか少し荒々しいと言われることがあるが』

『大した問題ではないな。そこはお互い様という事にしておこう』


 挨拶が済んだところで俺が話しかける。


『あの~……何か用が会って来たんじゃ?』

「えっ……?」


 隣で俺を支える様に立ってくれていたサムから少し声が漏れたが、それ以上は何も言わなかった。


『……貴女は?』

『俺はマティス。レックスのパーティメンバーだ。最近加入したばっかだけど』


 シャロンは一瞬戸惑いの様子を見せたが、直ぐに話し始めた。


『シャロン=オルブライトだ。……なんとなく貴女とは気が合いそうだ。よろしく』

『あぁ、よろしく』


 なんで二回自己紹介したんだと思いつつもそう返し、握手を交わした。


『それにしてもずいぶん流暢なディア語だな。出身は?』

『ディア語……? 出身はえぇと……こっちの方で……』

『今話しているではないか。王国圏出身なら王国語が第一言語か。てっきり王国語は話せないのかと……どこで習った?』


 そこまで言われてやっと気づいた。俺は、無意識に話す言語を切り替えていたのだ。

 ミミックという魔物は世界中のどの国に生まれ落ちたとしても、その国の人間を騙し、捕食するために、この星で用いられる言語全てを生まれながらに把握している。

 故に言語の壁を感じる機会はほぼ無く、自分が今どの言語を用いているかは意識しなければ気づかなかったのだ。


『あー……それは……ってそんなことよりも、シャロンはなんか用が会ってここに来たんだろ?』

『そうであった! ……実は私は王都へと向かう用事があったんだが、少なくとも向こうひと月は船は出さないと言われてしまっていたので諦めていたのだ。だが丁度今朝、酒場でレックスという冒険者が王都に向けて発つと聞いてな。急いでこの船着き場までやってきたのだ』


 良い言い訳が思いつかず、多少強引に話をすり替えたが、うまくいったようだ。


『つまり、これに乗りたいって事……だよな?』


レックスも会話に参加してきた。


『あぁ、そうだ。突然ですまないが、乗せてもらえないだろうか? 謝礼はしよう』

『俺達も昨日まで困っていた身だ。そんなもの貰わなくても乗せてやるよ。この船……って言っていいのか分からないが――も借りものだしな』


 シャロンとレックスの会話を聞いていると、サムがちょんちょんと肩をつつく。


「あの、シャロンさん……何て言ってるんです? というかディア語喋れたんですか!?」

「あぁ、俺はミ……ちょっとな。それで、シャロンは俺達についてくるらしい」

「へぇ~あの人付いてくるんッスか。……兜、取らないんスかね~」


 それは俺も少し気になっていた事だ。クリスの疑問を俺がディア語で彼女に伝える。


『なぁ、兜は取らないのか? 俺は作法とか気にしないけど、シャロンはそういうの気にしそうなのにな』

『いや、この兜はっ! ……すまない、無礼だとは思うがこのままでいいだろうか?』

『確かに気になってはいたが、無理に外してもらおうとかじゃないから別にいいんだが……』

『かたじけない』


 そう言ってシャロンは頭を軽く下げた。

 顔に怪我でもあるのだろうか。女性として気にしている事とかあるかもしれないので深くは訊ねない。まあ今の俺も一応女……女なのか? ……だからな。


 その時、隣に立っていたレックスが軽く咳払いをする。


『立ち話もいいが、中に入ってからでも遅くない。出発するぞ』

「了解だ。おいサム、もう出発だってさ」

「さっきまでディア語で喋っていたのによくこんがらがらないですね……」

「ようやく乗れるんッスね! 入ってもいいッスか!?」

「ああ、いいぞ」


 レックスの許可を聞くと前のめりになるほどの勢いでハッチへ飛び込んだクリス。梯子を使って降りないと怪我しそうだが……クリスの身体能力なら問題ないか。

 それに続いてレックス、イザベラ、シャロン、サムと降り、俺もその後に続く。

 手足が若干痺れるような感覚を覚えながらもゆっくりと梯子を降り切ると、目の前には人間2人がすれ違える程の通路、その奥には扉が見えた。壁面には金属製のパイプが張り巡らされており、所々にメーターが設けられている。


「ぁ、あの、 ()、私梯子降りられないんですが……」


 内観を見回していた時、ハッチの上からラミの声が聞こえた。

 ラミは下半身が蛇だ。足を掛けて降りるのは無理だろう。擬態魔法は最初からかけておらず、蛇の亜人として通しているため今更シャロンの目の前で使うわけにはいかない。


「じゃあ、俺が下で受け止める! 飛び降りれるか?」

「えぇ!? そ、そんな! 悪いです! マティスさんも風邪で調子が良くないのに……」

「これぐらいなら大丈夫だって。ほら!」

「う、え……が、頑張ります……!」


 クリスが先程飛び降りたように、ハッチ自体はそこまで狭いわけではない。腰を丸めて落ちることは不可能ではないだろう。


「……えいっ!」


 飛び降りてきたラミをお姫様抱っこの様に受け止める。思ったよりも重かったが、問題ない。


「ぁ、ありがとうございます……」


 ラミが首をすくめながら俺にお礼を言う。


「お礼はいいさ、登るときもなんとかしなきゃな」


 ラミは俺の言葉を聞くと、こくんと頷いた。



 ――その時、視線を感じた。

 気配の先を見ると、通路の先を進んでいたシャロンが振り返ってこっちを見ている。一瞬、兜越しに目があった気がしたが、すぐに前を向いてしまった。

 ……たまにあるよね、こういうの。大体目が合ったこと自体も気のせいな事が多い。


 クリスが扉の前に立つと、真ん中から2つに割れ、左右にスライドして開いた。さながらエレベーターの自動ドアだ。というかレックスが介入していないならオーパーツと呼んでも差し支えないんじゃないのかこの艦。


「ほゎぁ……」


 隣に居たサムが感嘆から気の抜けた声を漏らす。

 扉の奥に広がっていたのは、潜水艦の中とは思えない程広々とした空間だった。目測で奥行15m、幅10m、高さは5m程の部屋の中央には10人程で囲めるほどの大きな長机が設置されており、左右の壁にはめ込まれた大きな硝子窓からは薄暗い部屋に水面に揺らめく太陽光が差し込んでいた。


『これは……凄いな』


 シャロンも思わず声を上げる。


「機関室は……確かこっちと聞いたが……」


 そう呟きながら奥の部屋へと消えていったレックス。しばらくすると、艦内にエンジンの起動音の様な低い音が響き、音階がゆっくりと上がった後、治まった。

 一瞬の静寂の後、遠くの方からバチンバチンという音が近づいて来る。その音と共に天井に埋め込まれた照明が順番に点灯する。


「な、な、なんなんッスかこの明かりは!?」

「火か雷の魔法の使用時に生じる発光を応用した照明? ……いや、それにしては魔力反応が薄いし、そもそもこれだけの艦内照明を魔力で賄うには効率が悪すぎる……」

『見た事無い技術だ。興味深い』


 クリス、イザベラ、シャロンがそれぞれ三者三様の反応を見せる。サムとラミは大口を開けたまま固まっている。

 俺は違和感を感じなかったが、確かにこの世界に来てからの照明というものはランタンやたいまつといった原始的なものだった。

 だが、この潜水艦に使用されている照明は明らかに電気であり、その供給源は俺にも分からない。

 機関室の方から出てきたレックスにこっそりと耳打ちをする。


「なぁ、電球は()()したか?」

「一応理論や構造は王国の科学者に提供したが、電源の安定的な確保に難があると言う事で民間への普及は見送りになったはずなんだが……」


 確かに魔力で戦闘機まがいの物まで飛ばせるこの世界で、わざわざ電力を使う必要はない。ますますこの艦の謎は深まるばかりだ。


「まさか、動力まで電気とかは言わないよな?」

「あぁ、基本的な燃料は魔翔機と同じく魔鉱石由来だと聞いている。おそらく補助的な物だろう」


 さすがに全てを電力で賄う潜水艦はどこかの誰でもない艦長のオウムガイ号だけで十分だ。


『レックス殿とマティス……はこの照明に心当たりがあるのか?』


 話していた俺達を見ながらシャロンがディア語でそう訊ねてきた。


『呼び捨てでいいぞ? 俺もシャロンって呼んでるしな』

『本筋とは違うが、俺も呼び捨てで構わない。俺が田舎生まれとかじゃなく、敬称は落ち着かない』


 俺の言葉にレックスがそう付け加えた。


『わかった、善処しよう。それで、レックスど……レックス達はこの照明に見覚えが?』

『こ、故郷の方で似たような物を使われているのを見たことがあって……』


 ぼかすように俺がそう答えた。


『マティスはこの辺りの出身なのだろう?』

『うっ……俺達の故郷はちょっと特殊で……説明が複雑になるというか……』

『私は短くない期間この辺りを旅してきたが、こんな物は見たことは無かったが……』


『あ――…… その話、長くなるか? 俺は操舵室に行ってこの艦を発艦させたいんだが……』


 まさか俺達は異世界出身ですとは言えずに対応に困っていると、レックスがそう訊ねてきた。


『あぁすまない。構わない、出してくれ』


 シャロンの返事を聞くと、レックスはまた機関室の方へと入っていった。


「何話してるんッスか? オレも混ぜて欲しいッス! ……ディア語は無理ッスけど」


 丁度その時、ひとしきりリアクションし終えたクリスが話しかけてきた。ナイスタイミング。


「いや、この艦の設備は凄いなって話をしてたんだが……」

「やっぱスゲーッスよね~! そうだ! オレ、機関室行ってみたいッス!」

「確かに見てみたいな、『シャロンもどうだ?』」

『む、何の話だ? あまり崩した形の王国語は苦手で上手く聞き取れなかったのだが……』

『機関室を見に行きたいってこのクリスが言っててな。シャロンも興味があるかと思ったんだが……』

『それは気になるが……いいのか?』

『まあレックスに聞いてみれば分かるだろ。とにかく行ってみようぜ』


 そう言って俺はクリス、シャロン、は機関室への扉をくぐった。


 機関室の中は駆動音が鳴り響いており、その中央に置かれた大きなエンジンらしき機械のピストンが動いていた。

 上の方のクルクルと回転しているよくわからない部品まで眺めた所で、さらに奥へと続く扉があるのが見えた。恐らくその先が操舵室だろう。


「……うーん。なんかカッコいいのは分かるんッスけど、見たところでよく分かんないッスね~」

『確かに興味深いが……私にも直接見てもどんな技術が使われているのか皆目見当もつかないな……』


 2人とも似たような感想の様だ。……まあ俺もだけど。

 一通り見終えた俺達は、操舵室であろう部屋へと向かう。




 操舵室の中に入ると、この艦の中でも一際大きな四半球状の硝子窓と、その前に置かれた操縦桿らしき物体が見え、それに向かい合うように大きな椅子が設置されていた。


「お、サム達も来たか」


 椅子の背もたれの向こうから声がする。そのまま椅子がクルっと半回転すると、そこにはレックスが座っていた。


「レックス、動かせそうか?」


 俺がレックスに訊ねる。


「あぁ……なんとかな。見てみたところ、船の操縦というよりむしろ魔翔機に近いな」




『……魔翔機? 今魔翔機と言ったか? レックスは魔翔機操縦の心得があるのか?』




 シャロンがレックスの言葉に大きく反応する。


『あ……まぁなんだ、過去に王都で軍に居た時にちょっと関わりがあってな』


 レックスは前にサムに対しても使っていた嘘をつく。


『…………そうか』


 シャロンは一寸黙った後、頷きながらそう言った。


「丁度今から発艦させるところだ。見ていくか?」

「そうするッス!」


 クリスの返事を聞いたレックスは円形の操縦桿らしき物の中央に、ハッチの解錠にも使った鍵を差し込んで回した。

 艦内に重低音が響き渡る。

 そのまま操縦桿の周りに付いたトグル式のスイッチなどをパチパチと押していき、側にあったレバーを奥に向かって倒した。


 ――ジリリリリ……カンカン!


 と、どこからか鐘の音が聞こえると、硝子窓の向こう側の景色はゆっくりと進み始めた。

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