第46話 熱の正体、船の正体
翌朝、目を覚ますと違和感を感じた。
「日焼け……は治ったみたいだな」
割と重めの日焼けだったが、腕を見てみると今は一昨日の様な白い肌へと戻っていた。
昨日の夜の時点で、ゼラノスから俺の自然治癒力はかなり高いので翌朝には治るだろうとと聞いていたので、驚きはあまりなかった。
……だとしたらこの違和感は何なのか。
寝起きのせいかボーっとする頭を起こし、顔を洗うために洗面台へと向かう。
「あれ?」
洗面台に設置された俺の顔を見ると、その顔は昨日の様に赤く染まっていた。
顔の日焼けだけ治ってないのか? いや、そんなはずが……あれ? なんだっけ……? 上手く物が考えられない……
「なんか……変だ。なんだ、これ……? 足の感覚が――」
そう呟くと、俺はその場に倒れた。
「―― だ マティスさん……?」
「ううん……」
「……あ、起きたわね?」
二度目に目を覚ますと、目の前にラミとイザベラの顔があった。
「ここは……」
上半身を起こそうとしたが、力が入らない。仕方なく目を動かし周りを見れば、ここはまださっき起きた宿屋の様だった。
「マティスさん! 大丈夫ですかっ!」
勢い良く扉を開けて入って来たのは、男子組の部屋からやって来たサムだった。
「サムか……ゴホッゴホッ!」
声を上げようとすると、咳が出る。
頭がボーっとして咳が出る、それに鏡で見た様子から熱が出ているとすると……
《ただの風邪だな》
やっぱりそうか。
サムも寝ている間に俺の様子を見たようで、持ってきた革袋を頭へ乗せる。
ひんやりとした感触が伝わってくる。中に氷水でも入っているのだろう。
それにしても、魔物でも風邪になることはあるんだな……
《普通なら魔物が病気にかかることなどありえないんだがな。人間に擬態して身体構造が変化しているからだろう》
本来魔物は摂取した物を完全に魔力へ分解し、吸収する。故に新陳代謝も無く、喰らえば喰らった分だけ成長するのだ。
だが、ここ最近擬態しっぱなしだったので気づいたが、擬態したこの体でも吸収効率は高いとはいえ、汗を全く掻かないわけではなく、髪も伸びる。擬態を解いた場合はリセットされるだろうが、現状身体構造はかなり人間に近い。
「マティスさん……」
不安そうにこちらを見るサム。
「ただの風邪だって、心配すんな」
そう言っていつもの様にサムの頭に手を乗せようとするが、手に力が入らない。
「でも……」
サムの表情は晴れずに俺の手へと向けられる。
というかさっきからただの風邪にしては体の自由が利かなさすぎではないか?
「あっ……おいっ!」
「姐さん! ダイジョブッスか?」
その時、入り口からクリスと、その後を追うようにレックスが入ってくるのが見えた。
「えっ!? どうなってるんッスかそれ!? グニャグニャじゃないッスか!」
……グニャグニャ?
意味が分からず理解しようとしていると、クリスが駆け寄ってきた。俺の手を持ち上げて見える位置に持ってくる。
「……え?」
なんだこれ。
――クリスの持ち上げた俺の手は、人の手の形を成していながら、関節の無い軟体動物の様にへにゃりと折れ曲がっていた。
「は……? はぁあああああっ!?」
「マ、マティスさん! お、落ち着いてください!」
「落ち着けるかよ! どうなってんだ! というかいつから!?」
《……落ち着け。擬態の精度が乱れてるだけだ。意識すれば治る》
ゼラノスの声が頭に響き、少し落ち着きを取り戻す。意識してみると、確かにいつも無意識で出来ていた"人間"のイメージが崩れていた。
力む様に魔力の流れを整えると、自力で腕を持ち上げられるようになり、起き上がることが出来た。
「ど、どうなってんッスか――……」
と言いかけたクリスが突然俺の寝ていたベッドに顔を突っ伏した。
「クリス!?」
「心配しなくていいわ。少し気絶させただけよ。起きたら気絶直前の記憶が少し曖昧になるかもしれないわね」
イザベラがそう言って倒れ込んだクリスの肩を支える。
「ラミ、頼める?」
「 、はい……」
気絶したクリスをラミが運び、部屋の外へと連れて行った。
「……で、貴女のそれはなんなの?」
「ちょっと風邪で擬態が疎かになってただけだ……」
「それは大丈夫なのか? 出発は延期にするか……」
「いや、どうせ船で寝てればいいだけだろ? いままでも結構予定は延期されてるし、俺がちょっと頑張ればいい」
レックスの言葉を遮り、俺がそう提案した。
「そ、そうか……なら、今から出発するか……」
レックスが若干の不安を顔に浮かべつつも、予定通りの出発が決まったのだった。
「ここらに停めてあると聞いたんだが……」
全員で港へやって来た時、レックスが顎に手を当てながらそう呟いた。
クリスは目覚めた後は特に何の異常も見られかったが、今朝の出来事は何も覚えておらず、首をかしげていた。俺はサムに肩を貸して貰いつつ、歩いている。
なんでも昨日街の入り口で出会ったギャヴィンが、航海の為の船を融通してくれたらしい。
「三番の船着き場……ここか。……ってコレ――」
目的地に辿り着いた時、俺達の目の前にあったのは、俺がこの世界で船と言われて想像するものとはかなり違っていた。
「なぁ、この世界の船って全部こんななのか? それともまたレックスの影響か?」
「いや、どっちも違うが……これは、凄いな……」
俺がレックスに囁くとそう答えた。
――水面から顔を出していたのは、リベットで留められた黒っぽい鋼鉄の板、その一か所に取り付けられたハッチ…………巨大な潜水艇の背中だった。
ふと横を見ると、目を真ん丸にしたクリスが口を半開きにしながら固まっていた。サムに支えられながらクリスに声を掛ける。
「……クリス?」
「ス」
「す?」
「スゲーッス! 凄すぎるッス! カッケーッス!」
「お、落ち着け?」
「落ち着けないッス! どんな構造で出来てるんスかコレ!? 中に入っていいッスか!?」
目を輝かせながらレックスへと尋ねるクリス。基本的にいつも饒舌だが、興奮からいつも以上によく喋る。
魔翔機があるのなら、確かに潜水艦もありえなくもないかと俺は割と直ぐに納得できたが、珍しい物なのだろうか。取り敢えずロマンは感じる。
というかあのおっさんがどういう経緯でこの船を手に入れたのか気になる。まさか手造り?
「あぁ、今鍵を使う……」
レックスがハッチの真上へと乗り、ハンドルの真ん中に開いた穴に、筒の様な形状をした特殊な鍵を差し込んで回す。
すると、蒸気音と共にハッチの隙間から風が噴き出した。そのままレックスがハンドルを回し、ハッチを開けた。
「よし、これで中に……」
「―― 」
「なんだ……?」
「―― 」
これから中に入ろうというときに、遠くから声と共にガシャガシャと音が聞こえてきた。
遠くから走って来たのはレックスの様な全身甲冑に身を包んだ人物。違いはレックスの白く輝く聖銀製の物とは異なり、全体的にくすんだ色合いであることと、兜までしっかりと被っている点だろう。
「はぁ、はぁ……貴台がレックス殿か?」
船着き場へ辿り着き、息を整えて発されたその声は、見た目とは裏腹に女性の物だった。




