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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第3章
46/58

第45話 大蛸、金床、茹蛸

「ふぅ~……」


 満腹になった俺は、お腹をさすりながら息を漏らした。

 俺の隣に座っていたギャヴィンは俺に食事を勧めた癖に自分はつまみしか頼んでいない。今日はこのまま夜まで飲み続けるそうだ。


「じゃあ俺はそろそろ行くわ」

「おお、そうか」

「船の件、改めてありがとうな」

「そう何度も言わなくてもいいぜ。じゃあな」

「あぁ、じゃあな」


「……あぁ、そうだ!」

「どうした?」

「言い忘れてたんだが、船の便が捕まらない件で理由がまだもう1つあった」

「理由?」

「ああそうだ。少し前にここで噂を聞いてな……なんと王都方面に面しているエルドルナ海でクラーケンが出たそうだ」

「クラーケンだって? そんなの――」

「おとぎ話ってぇ話だろ? だがな、あのバケモンの影響を調べようとしていた王国の水質調査隊が、海上に蠢く巨大な触手を見たらしいんだ」

「そんな事が……」


 俺はこの世界に生まれ落ちる以前の記憶を持っている。

 その記憶からすれば、この世界の魔法も魔物も、全ておとぎ話の物の様に思えるのだが、一部の名前に覚えのある怪物はこの世界でもおとぎ話のままだ。

 クラーケンもその1つで、正体は諸説あるが、有力なものは巨大な蛸の怪物と言われている。8つの触手を自在に操り、船を沈める。この世界でも神話や伝承として残るのみの存在らしいが、俺からすれば居ても不思議じゃないという気もする。


「だけどよぉ、お前ならもし遭遇したとしても何とか出来んだろ?」

「まあ、それは……」


 俺に対処できなかった時点で破壊神レベルの強さだ。そんなものが沢山いたらたまったものではない。


「おいおいマジかよ! 冗談のつもりだったんだが、そんな口利けるってえなら心配は要らなそうだな!」

「えぇ? あ、あぁ……」


 普通に返してしまったが、今の俺は一介の冒険者なのだ。少し違和感のある発言だったと反省する。


「まあ俺は船が無事に帰ってくればそれでいいからな!」

「分かってるって、乱暴に扱ったりなんてしないさ」


 俺の言葉を聞いたギャヴィンが俺に歯を見せて笑い、親指を立てる。

 しかしギャヴィンはそこから話を続けた。


「だがな……本当に危なくなったら船の事なんて気にするなよ?」


 急に真剣な顔をして俺の肩に手を置くギャヴィン。

 思わず俺も頷く。

 それを見たギャヴィンは笑いながら背中をバシバシと叩く。


「……さあ! 俺が引き留めちまった形になっちまったが、お前はそろそろ迎えに行く時間じゃないのか?」

「そうだな。じゃあ、またな」


 そうギャヴィンに告げると、俺は飯屋を後にした。






 ―――――

 ――――

 ――


 水着を買い終えた俺達は、ルマーシェの町の外、それほど遠くない地点にある砂浜へとやって来ていた。店に売っていた、最近開発された(地球の物を再現した)という水着は()()()女物ばかりだった。……後でレックスに問い詰めよう。

 砂浜には日本の海水浴場程とは言わないが、少なくない数の人が居た。ビーチパラソルとか刺さってるし、レジャーシートっぽいのが沢山敷いてあるけどアレなにで出来てるんだろうか。


 波打ち際から少し離れたところに設置された更衣室へ辿り着くと、入り口でサムとクリスと分かれた。俺も男側(そっち)に行きたかったのだが、サムに全力で否定された。というか流石に俺も遠慮した。

 大体日本だとこのような建物はコンクリート造だが、この世界は木造だ。潮風とかで風化して維持が大変そうだなとか、そもそも誰が管理しているんだろうとかどうでもいいような事を思いつつ、買ったばかりの黒いビキニに着替える。


「そう言えば……貴女(あなた)、泳げるの?」


 俺が水着の上からいつものローブを被った時、隣で着替えていたイザベラが突然そんなことを訊ねてきた。


「そりゃ……」


 もちろんと言いたかったが、俺も前世で海水浴に行った記憶は無く、言い淀む。海の家の焼そばが妙に旨いとかそういう知識はあるので多分行ったことはあるとは思うのだが、俺泳げたっけ?


「まあ、泳ぎ方とかはなんとなく記憶にあるし、大丈夫だろ」

「いや、そうじゃなくてね……」

「え?」






「ねぇねぇお姉さぁん! 俺達と一緒に泳がない?」

「……あ˝?」

「な、何でもないっす……」


 なんか知らない男達が声を掛けてきたが、雑な対応をしてしまった。俺らしくなかったかもしれない。


 俺はビーチに立てられたパラソルの下で体育座りをしてクリスとラミが海辺で遊んでいるのを眺める。

 だが、俺の気分は晴れないままだ。


「マティスさん……これ、どうぞ」


 横から掛けられた声の方を向くと、両手に飲み物を持ったサムが片腕をこちらに突き出していた。


「あぁ、ありがとな……」


 サムから飲み物を受け取り、ズズズっとストローで吸う。サムは俺の隣に座り込んだが、俺はそのまま黙ってしまう。


「…………残念でしたね……」

「仕方ないさ」


 サムの機嫌を窺うような言葉にそう答えつつ、俺はついさっきの事を思い返した。




「――だから貴女のその体重じゃ、泳ぐどころか水に浮くかどうかも怪しいと思うのだけれど」

「あ! えっと、あぁ……」


 盲点だった。200kg近い体重の人間が泳げないとは言わないが、泳げるとしても相応の体積を有しているからだろう。

 この見た目で泳げば確実に沈む。カナヅチとかいう次元じゃない、金床レベルだ。


「く、空間魔法を使えば……」

「それじゃ空間魔法で空飛んでるのとほぼ変わらないじゃない。泳いでいるとは言いにくいでしょう?」

「ぐっ……せっかくの海がっ……」

「あ、あのなんか、悪かったわね……」

「いや、イザベラのせいじゃない。俺が自分でもっと早く気付くべきだったんだ……」


 あまり表には出していなかったが、なんだかんだ水着を買ったりして海が楽しみになってきていた所だった。


「そうか、泳げないのか……はぁ……」

「貴女、大丈夫?」

「あ、あぁ大丈夫だ……」


 その場はさういってなんとか気を保ち、砂浜に戻った後、俺が泳げない旨をサムに伝えた。

 失意の中でも取り敢えず海を楽しもうと波打ち際で砂の城を作っていたが、目の前で波にさらわれたところで心が折れた。




「……でも、泳げなくても海で皆で楽しめることも沢山あります! ぼ、僕もマティスさんを放って遊ぶのはイヤですから!」

「サム……!」


 回想に耽っていた俺にサムがそう声を掛けた。俺も思わず頭を上げ、サムの方を見る。

 目を逸らされた。何でだ。


「……そうだな。ここに座っていても仕方ない!」


 そう言って俺は、飲み終わったカップを側に置いて立ちあがり、ローブを脱ぎ捨てた。


「あ! 姐さんもやるッスか?」


 いつの間にかクリスとラミが近くへと来ており、ビーチボールらしきものを持ったクリスがそう声を掛けてきた。この世界石油製品とかまだないよね? という疑問はもう水着の時点で考えるのをやめた。魔法ってスゴイナァ……


「おう! 何する?」

「サディアトヴァーレルッス! 知ってるッスか?」

「サディアトヴァーレル?」


 俺の言語知識に無い名称だったが、詳しく教えてもらうと、ドッジボールによく似たルールであることが分かった。


「イザベラもやるか?」


 俺より更に波打ち際から遠い位置でビーチチェアに寄りかかってジュースを飲んでいたイザベラに声を掛ける。いつもの赤黒いドレスといかにも魔女な帽子ではなく、白いワンピースの様な水着につばの広い麦わら帽子だ。


「いや、私はいいわ。日に焼けたくないし」


 なんのために来たんだと言いたくなるが、まあチーム分け的には2人ずつにしやすいのでいいか。

 ちなみにラミの水着は上が水色のビキニで下は同色のパレオ、クリスとサムは同じサーフパンツの様な物だ。というか男物はそれ1種しかなかった。


 クリスが砂浜に試合の為の線を引き終わり、チーム分けは俺とサム、クリスとラミとなった。


「うし! じゃあ始めっか!」






「はぁ~……疲れたッス……」

「この辺でやめにするか? もう日も傾いてきたしな」

「さすが姐さん……息全然乱れて無いッスね……」

「久々にいい運動にはなったぞ。最後まで互角だったしな」


 正直デコピンで人を気絶させられる俺が全力でボールを投げれるのか心配だったが、思ったよりクリスの身体能力が高かった。

 パワーで言えば俺が圧勝だったのだが、クリスは身軽さで往なしていた。ボールを往なすというのも変な感じだが、何といったらいいか……上手い感じに勢いを殺してキャッチしていた。

 そして俺はこの体の動体視力をフルに使いこなせていないせいか、思ったよりボールを捉えるのが難しかった。ゼラノスの言っていた訓練の代わりになりそうだ。


「途中から僕たち空気になってましたね……」

「そ、そうですね……」


 あ、そう言えば2対2の勝負だったこれ。いつの間にかサムとラミ自主退場しちゃってるよ……せっかくサムが俺に声を掛けてくれたのに。


「ごめんな、2人とも!」

「ぃ、いえ! 私はこういうの苦手だったので……」

「僕はマティスさんが元気になってくれればそれでいいです!」


 イケメンか。……レックスに言動が似てきたのか? 無差別にこんなことを言うようになって、サムが将来天然たらしにならないか心配だ……

 というか、ラミは魔物として運動が苦手なのはどうなんだ。


「よし、じゃあ着替えたらレックスと合流すっか~」

「そうですね」

「お腹ペコペコッス~……」

「け、結局イザベラさん一度も海に入りませんでしたね……」

「こういうのは雰囲気を楽しんだ者勝ちなのよ。それに私も後方支援が主だから運動は得意じゃないし……と、取り敢えずレックスと連絡とってみるわ」


 そう言ってイザベラは耳に手を当て、何かの魔法を使ってレックスと連絡をとり始めた。




「船の手配に手間取って、その他の準備がまだできていないみたいで、今日はルマーシェの町で一泊して明日から出発するそうよ。宿はレックスがとってくれているみたいだから、そこで合流しましょう」


 イザベラが着替え終わった俺達にそう告げた。


「夕食もそこでか?」

「そうよ」

「やっとご飯ッスね!」

「体も1度ちゃんと洗いたかったので、良かったです……」

「じゃあマティスさん! 行きましょう! イザベラ案内よろしく!」

「わかったわ」


 イザベラの後ろについて行き、俺達は宿屋へと向かった。




「……めっちゃ夏満喫したな」


 それが宿のロビーへと到着した俺達へのレックスの最初の言葉だった。

 時間が経ってきて気付いたが、イザベラを除く俺達全員はめちゃくちゃ日焼けしていた。

 白かった俺の肌は全身真っ赤になって熱を帯びている。というかヒリヒリして痛い、めっちゃ痛い。ローブ着れない。刃物に切り付けられた時より痛いってどういう事なの。

 クリスやサムも比較的色白だが、冒険者や冒険者に憧れていただけあって日焼け慣れはしているようで、あまり気にしていなさそうだった。

 ラミは……なんか皮むけるの早くね? って訊いたら「脱皮です」と言っていた。なにそれ羨ましい。


 ……というか日焼けで一番被害被ってるの俺だけじゃねぇか!


 いや、ここまでの旅ずっとローブ着てフード被ってた俺にも非があるとは思うが、ここまで日に弱いとは思わなかった。


「マティスさん、日焼けにしてもかなり重症ですね……地下生活が長かったからですかね?」

「あぁ……なるほど……」


 サムの意見でなんとなく合点がいった。元々ミミック自体日に当たること少なそうな感じする。


「地下生活……って何の話ッスか?」

「あぁ、えぇと……少し前までダンジョンで修行してたんだ。うん」

「そんなことまでしてたんスか姐さん! やっぱスゲーッスね!」


 なんとかごまかせた。というか結構前にクリスに俺がミミックだと伝えるタイミングを完全に逃した感あるが、今後どうしようか。


「それじゃ私とラミは先にお風呂に行くけど、貴女はどうする?」


 イザベラがそう訊ねてきた。これ一回擬態し直したら日焼け治るのだろうか。


《身体に負った負傷は擬態を解除しても治らないぞ》


 治らないそうです、ハイ。


「今日の所は様子見して、明日にしておくわ」

「そう、じゃあまた後で」

「おう」




 イザベラとラミが去り、サムも部屋に荷物を一旦置いてくるとロビーを離れた。残ったのは俺とレックスの2人。

 ちなみにクリスは宿に辿り着くと同時に食堂へと駆け込んでいった。どんだけ腹減っていたんだ。


「実際に見た訳じゃないが、なんかマティスがはしゃいでたの珍しいな」


 隣に居たレックスがそう声を掛けてきた。


「そうか?」


 俺としては割と好き勝手過ごしているつもりだったのだが。


「いや、いままでが遠慮してるように見えたってわけじゃないんだがな。出会ってから最近まで何かしら起きていて色々と大変だっただろ?」

「まぁ確かにそうかもしれないが、まぁそりゃお互い様だろ」

「……だな。むしろ俺の方が苦労してるくらいだ」

「何だそれ」


 レックスの言葉がなんとなく可笑しくて、そう言いながら俺は笑った。




「……そういえば、あの水着ラインナップはなんなんだぁ、レックスぅ?」


 色々と話していた時、不意に思い出した話題をぶつけると、ギクッという効果音がピッタリな反応をして固まるレックス。


「いや、あれはだな……その……」

「まぁ大方、イザベラの水着姿が見たいがためにわざわざ作ったけど、なんやかんやあって商品化までしたのに結局着けてもらえなかったってところか」

「……マティスって〈心機逸展(スピリシン)〉使えたっけ」


 まあレックスとイザベラの関係は傍から見れば分かりやす過ぎるし、イザベラは水着を今回買うまで持ってなかったらしいしな。


「見逃したの惜しいと思ってるか?」

「……メッチャ見たかった」

「ざまぁ」

「辛辣ぅ……」


 イケメン鈍感主人公に慈悲は無い。あと海に入れなかった若干の八つ当たり。




「サムは変わりなかったのか?」


 半分死んだような顔をしたレックスがそう訊いてきた。


「サム? 別に……あ、そう言えば今日全然目が合わなかったな」

「ほぉ~」


 俺の言葉を聞いたレックスが急に生気を取り戻し、いい事を聞いたという表情になる。


「な、なんだよ……」

「それはズバリ、サムがマティスに照――」

「あああぁぁ――――――!!」


 その時突然荷物を置いて戻ってきたサムがレックスの声を掻き消すような大声を上げて走って来た。




 ――――

 ――


「あ、なるほど。サムは俺に照れてたのか」

「聞こえちゃうんですかそこ!」


 聞こえてるのかよ。しかも全然動揺してないし。……せっかく少し仕返ししてやろうと思ったのに。


「ほぉ~サムが俺の水着姿にねぇ~?」

「うぅ……」


 マティスがニヤニヤとした顔で詰め寄ると、真っ赤な顔を両手で覆い黙ってしまうサム。

 その姿をしばらく見た後、堪え切れないといった様子で笑いだすマティス。


「冗談冗談! 見た目だけならわりかし良いからなこの姿。中身が俺でもジロジロ見にくかったんだろ?」


 マティスの姿は擬態で生み出したものなので、自分の姿を客観的に評価できるのだろう。だからこそ身体を見られて照れるということもないんだと思うが。


 からかって悪かったと言ってマティスがサムの背中をバシバシと叩く。

 ……まぁマティスが言った理由もあるだろうが、サムが照れている本当の理由は見た目だけでなく”マティス”である事が重要なのは〈心機逸展(スピリシン)〉で知っている。流石にここで言ったら本人に悪いので言わないが。


「じゃっ! 俺達も食堂行くか!」


 そう言ってサムと共に食堂へと向かうマティス。


 ……だが、俺はその場から動かなかった。


「何食う?」

「そうですね……港町ですし、生魚とか――」

「いいなソレ! ……調理前が分かるヤツで」


「……気のせいか」


「どうしたレックス? 夕飯まだ食わないのか?」


 俺がついて来ていない事に気付いたマティスが振り向いてそう訊ねる。


「いや、俺も行くさ」


 そう答えて黙考をやめ、2人に追いつく。

 一瞬、日焼けしたマティスの頬の赤みが、少しだけ濃かった気がしたのだが。

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