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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第2章
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第38話 魔王

 雷が治まると辺りに静寂が訪れる。

 ゼドラを警戒し後ろを振り向くが、攻撃は襲ってこない。見れば、ゼドラは俺ではなく全く別の方を向いている。


「何が起こってる……?」


 ゼドラの向いている方を見ると、遥か上空に黒い点が見えた。

 眼を凝らせばそれはどうやら人影の様だが、その姿は…………


 ――巨大な体躯に漆黒の鎧、そして手には主にのみ手にすることが許される常闇の剣(星喰らい)が収められていた。




「魔王…………!?」


 思わずその名を口にするが、驚きでそれきり言葉を失ってしまう。


 なぜ? どうやって? 倒すことができていなかった? これからどうすればいい!?


 頭の中で様々な考えが巡るが、今何をするべきかが思いつかず、棒立ちで立ち尽くしてしまう。




「ふむ、10……いや、5年か。思ったよりも早かったな……」


 聞き覚えのある重々しい声が響く。


「しかし、記憶を辿ってみれば危うい所だったようだ。助かったぞ勇者よ」


 一瞬、自分に語り掛けられていると気づかず、反応が遅れる。


「ど、どういう意味だ……?」


 俺が魔王を危機から救った? 俺が殺し損ねた事に対しての感謝なのか? 皮肉を言われているのか?


「そのままの意味だ。余は――」

「いや、理由はどうあれ俺はがするべきことは一つだ」


 そう言って俺は剣を構え直す。


「力を失った聖剣で何が出来る……と言いたいところだが、今の余は以前に其方(そなた)と相対した時程の力は無い。当たれば少しは痛いだろう。だが、後れを取るつもりは無いぞ?」

「だとしても、だ。言っただろう、お前を倒すと」

「待て待て……余は其方と事を構えるつもりなど無い。それに其方の目的は既に達していると言えるだろう」

「意味が分からないぞ、それにそんな事信じられる訳が……」

「余への信用は無し、か……まあそれも当たり前か。つい先程までも余の配下が迷惑をかけたようだ」


 そう言ってゼドラを見据える魔王。見つめられたゼドラは瞳を閉じ、魔王へ頭を垂れた。


「其方にも望まぬ使命を与えてしまったな。今なら……」


 そう言って掌を正面へ突き出す魔王。思わず身構えるが、それはゼドラへと向けられていた。

 魔王の掌からゆっくりとした光球が放たれる。それがゼドラの頭へ達すると、鱗殻の隙間から漏れる虹色の発光が治まり、淡い青色へと変化する。


 ――グルゥオォォ……


 低く喉を鳴らすような声を上げるゼドラ。

 そのまま下げていた頭を上げると、振り返って海の方へと歩いて行った……




「これでいいだろう」

「何をした……?」

「彼奴に与えた任を解いた。これから彼奴が人を襲う事はない」

「そんな……そんな事はありえない! そんなことが出来るのなら、そんな心を持っていながら、なぜもっと早くやらなかった!」


 俺はゼドラに、魔王によって悩まされ続けた人類を代表するように声を荒げる。


「仕方のない事だったのだ……今こうして立っている事も、彼奴を自由にしてやれることが出来たのも、其方のおかげだ。礼を言おう」


 いつの間にか目の前へと降りてきていた魔王がそう言うと、深々と頭を下げた。


「仕方がない……だと? お前は、これまで幾つの命を奪った! なぜ執拗に人類ばかりを責めた! 今更そんな感謝が何になる!」


 俺は剣を振りかぶる。だが、それは力なく降り下ろされた。

 魔王は頭を下げたまま動かない。


「俺が、お前を殺しづらくなるだけじゃねぇか……」


 剣を手放し、膝をつく。




「余……いや、私は――」


 魔王が頭を下げながら口を開く。うなだれていた俺はハッと顔を上げた。

 魔王はその身に纏った黒い甲冑で顔を隠しているが、その時聞こえた声はこれまでの重々しい物ではなく、もっと聞き馴染みのある声だった。


「そ、その声は――」


「私は、人類に恨みを持ったことなど一度も無い……なんてことは言うつもりは無い。だが、無理を承知で言おう。許して……もらえないだろうか」


「なぜだ、どうして――」


 そう言って魔王は頭を上げ、兜を取り外す。その顔は……


「どうしてなんだ、マティス……!」






 ――数分前、魔翔機発着場。


 滑走路で一人置き去りにされた俺は、これからどうするべきか悩んでいた。


「そう言えば、ラミはどうなった?」


 擬態魔法でなんとかなるとは思うが、機内で見かけなかったので他の機に乗っていたのだろうか。


「レックスの所に加勢に行くか……? でも、役に立てるかも疑問だしな……」


 相手は破壊神と呼ばれていたが……何も出来ずに吹き飛ばされた辺り、明らかに俺より強いだろう。戦闘経験に乏しい俺は、格上との戦いでは相手にならない。


 その時、上空に黒雲が現れ始めた。まるで生き物のように蠢き、空を覆っていく。


「な、なんだ……? 普通じゃない……」


 空を見つめていると、遠くに黒い点が見えた。よくよく見ると剣の形をしている。


「ん? なんか近づいてきて――」


 そう気づいた時にはもう遅く、近づいてくる剣が眼前に迫った瞬間、意識を失った。






「マティス、お前が……お前が魔王だったのか……?」


 俺は魔王(マティス)へ語り掛ける。


「其方が訊ねている相手とは違う気もするが、代わりに答えるとしよう。半分正解だ」

「半分……?」

「この体は、本来私の物ではない」

「なら、お前がマティスを――」

「恐らく其方が今考えていることも外れだ。本来はただのミミックとして生み出すはずだった。だが彼奴を生み出す時、面白い魂を見かけたのだ。それがこの体の主人格、其方がマティスと呼ぶ者だろう。それを混ぜ込んだ」

「なぜそんな事を……」

「それは自分勝手な私欲としか言いようがない。私の願いを叶える為だった……しかし、世界を跨ぎ、魂だけとなった状態で記憶など疾うに無くなってしまっているかと思っていたが、まさか断片的に残っているとは思わなかったがな」

「願いとは……何なんだ?」


 5年前、魔王が死の直前で呟いたときも願いについて話していた。


「それを言えば其方は私を救おうとするかもしれない。だが、私はもう既に其方に救われた。それは私の心に秘めておくことにしよう」

「だが、俺はお前を魂ごと滅したはずだ……」

「それも事実だ。魔王としての私は5年前に滅んだ。今、この意識が残っているのはこの体と、魔王の私の誕生の時から共に歩んできたこの剣のおかげだろう」


 そう言って手に持った魔剣(星喰らい)を見つめる魔王。


「私の意識が保たれるのはこの剣を握っている時だけだ。私がここに居ても不幸しか訪れない。そろそろ私は消えるとしよう」

「魔王……」

「星喰らいの顕現の仕方は彼奴(マティス)の記憶に刻んでおこう。私の意識を引き出したいときは剣を呼び出すといい。それでは私はこれで――」




「……待ってくれ」


「どうした?」

「1つだけ訊ねたい。……お前は(人類)の敵か」


「……其方が私に歯向かうのなら」


 魔王は微笑を浮かべながらそう言うと魔剣(星喰らい)を手放す。すると、剣と身に纏っていた鎧は消え失せ、マティスの体は糸が切れたように倒れた。

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