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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第2章
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第37話 破壊神と勇者

「な、なんだ……!?」


 誰かがそう呟いた。

 割れた地面から濃密な砂煙が巻き上がり、展望台からの景色が覆われる。

 揺れは収まらない。隣にいるレックスに声を掛ける。


「この煙どうにかならないのか?」

「出来るにはできるが、人が多すぎる!」


 煙のせいで状況を把握することもままならない。


 ――ゴオォォォ……


「何の音だ!?」

「何だかわからないが、逃げたほうがいいんじゃないか!?」

「逃げろ!」

「何かに襲われるぞ!」


 周りの人々が騒ぎ始める。不安からかあることない事を言い合い、騒ぎが大きくなっていく。


「逃げろ! 早く広場から離れるんだ!」


 俺も声を上げて避難を促す。煙で良く見えないが、周りにいる人達は減ってきていた。


「よし、レックス! やってくれ!」

「了解だ」


 レックスが鞘から元聖剣を引き抜く。


「はぁああああ!!」


 レックスが空を一閃すると煙は全て吹き飛び、さっきまでの景色が――見えなかった。


 目の前にあったのは一面の黒。よく見ると凹凸があり、動いていた。これは黒い、壁……?


「何だこれ――」


 そう言いかけた瞬間、鈍い痛みと共に大きな力によって吹き飛ばされた。


「マティスさんっ!」

「イザベラ! サムとクリスを連れて逃げろ!」


 サムの叫び声が聞こえ、レックスが指示を出した。


「痛ったぁ……」


 と口では言いつつも、痛みは飛ばされた割にそこまで酷くなかった。しかし、この体になってから痛みを感じたのは2度目。1度目は勇者であるレックスに切り付けられた時だ。

 俺を吹き飛ばした相手が何者か確認するために衝撃の瞬間思わず瞑ってしまっていた目を開く。

 そこにあった、いや、そこに居たのは黒い壁などでは無かった。


 吹き飛ばされ、先程の広場より離れた位置から見えたのは生き物の頭。

 そしてそれはうつ伏せの状態から立ち上がるように登っていき、体も露わになる。

 そこに居たのは……


「おいおい、デカすぎるだろ……」




「ドラゴンだ……!」

「黒くて巨大な体……まさか!」

「そんな……」

「ありえない! 先代の勇者が命を懸けて倒したのではなかったのか!?」

「そんなこと言ってる場合か! 早く逃げろ! 魔翔機の発着場へ向かえ!」


 周りの人たちの悲鳴と共にそんな言葉が聞こえてきた。


「マティスさん! 無事ですか!」


 気づけばいつの間にかサムが俺の前に居た。


「俺は大丈夫だ。レックスは……」

「先に行けと言っていました! 魔翔機の発着場に行きましょう! 早くこの町から離れないと!」

「だが……」


「大丈夫よ」


 俺の言葉に、屋根の上からクリスを小脇に抱えて飛び降りてきたイザベラがそう言った。その目は、レックスの無事を疑わない揺ぎ無い物だった。


「……わかった」


 サムが差し出した手を掴み立ちあがった俺は、サム達とともに広場から反対方向へと走り出した。


 振り返り、さっきまでいた広場を見れば、レックスだけがその場に残っていた。







「出たな」


 俺はそう言いながら、右手に持った(聖剣)()()へ向ける。


「エディにこの紙を渡された時点で、いつかは決着をつけなければいけないと思っていたが、ここまで早いとは思わなかったぜ…………何が原因だ?」


 メモ書きが握られた左手をちらりと見た後、雲を突くほどの遥か高い位置にある眼を睨む。


 ――グィオォォ……


 その掠れる様な低い鳴き声に込められた意味は、俺にはわからない。エディなら、分かったのだろうか。


勇者(エディ)に恨みがあるってんなら俺が代わりに相手してやるぜ?」


 自身に〈硬化覿面(ディフィーカ)〉を掛けつつ、メモ書きを仕舞い込む。目の前の巨体の体に生えた巨大な鱗殻の隙間から漏れ出る光が淡い青から虹色の様な白色へと変わる。


「始めようか、破壊神。いや……ゼドラッ!」






 魔翔機の発着場に着いた俺達は、町の人達と共に輸送用の魔翔機へと乗り込んでいた。外見はオスプレイにプロペラの代わりにジェットエンジンを付けたような形で、中は電車の様に向かい合わせに椅子が並んでいた。

 その時、どこからか爆発音と空気が痺れるような轟音の鳴き声が響き、乗っている人達の悲鳴が上がる。

 窓から広場の方を見るが、白い光と黒いドラゴンの頭がチラチラと建物の隙間から見えるだけで何が起こっているのか分からない。


「あれは何なんだ?」


 窓の外を指差し、隣にいるサムへ声を掛ける。


「あれは……」

「何だ姉ちゃん、そんな事も分からねえのか」


 後ろから声がかかる。振り返って反対側の席を見る。


「いきなり声を掛けてきて誰だ……ってお前は! …………誰だ?」

「分からないのかよっ! さっきギルドで会ったろぉ!?」


 あぁ、「あの老け顔の酔っぱらいか」


「老け顔言うな! 渋いって言え!」

「あ、声に出てた?」

「思いっきり出てたわ!」

「で、あれは何なんだ?」

「本当に知らねぇのか……姉ちゃん、えぇと――」

「マティスだ」

「そうか。マティス、あれは……破壊神だ」

「破壊神?」


「それ、本当ですかっ!?」


 サムが俺の太腿に両手をついて食い気味に乗り出してくる。


「ちょ、サム」

「あ、すみませんっ……」


 サムが元の位置に戻って、もう一度訊ねる。サムの向こう側に座っているイザベラとクリスも聞き耳を立てていた。


「破壊神……15年前に先代の勇者に滅ぼされたと伝わっていますが……」

「俺だってそう思ってたさ。だが、俺はこの町に生まれた時から住んでんだ。いくら子供の時に体験したこととは言え、あの姿を、あの鳴き声を忘れるはずがねぇ」


 丁度その時魔翔機が満員となり、後部のランプドアが閉まる。外の轟音は聞こえなくなり、俺達は黙り込んで男の話を聞く。


「アクチェスの町が何も出来ずに陥落したと聞いた時は、次はここだと噂が流れてそれは恐ろしかったさ。勇者様が戦っているとも聞いていたが、誰も期待はしていなかった。それまで一度も勝てた事なんてなかったんだからな」


 魔翔機が飛び立つエンジン音の様な音が静かな機内に響く。


「そして噂はその通りになった。だが、予想外のことも起きた。勇者様が破壊神――町にいる俺達からしたら、あいつが神なんて呼ばれるのが嫌でゼドラなんて呼び方をしてたが――を倒したんだ。そして、勇者様は行方不明になった。世間では魔王討伐を放棄したなんて言われてるが、俺にとっては英雄だった」


 そこまで話した時、魔翔機の中で警報が鳴り響いた。


「何が起きた!?」

「どうしたんですか!」


 男やサムが運転席の方へ声を掛ける。機内はまたざわつき始める。


「すみません! 定員越えはしていないはずなのに重量超過で飛び立てないんです! すぐに何とかします!」


 運転席からそう聞こえてきた。原因はすぐに思い当たった。


 俺だ。


 俺の体重は見た目の3倍……いや、4倍はある。俺が重いせいで離陸できないのだ。空間魔法で軽くすれば済む話だが、俺はもう既にこの姿で6時間近く擬態したままだ。この魔翔機に乗り続けるとすれば魔力を消耗するわけにいかない。

 このままでは機内の全員が逃げ遅れる。だったら……


「……俺が降りる」


「マティスさん!?」

「マティスっ!?」


 サム達が止めようとするが、俺はランプドアを開き外へ飛び出す。俺が降りた瞬間、魔翔機は高度が上がりどんどんサム達は離れていく。


「次のやつに乗る! 後で会おう!」

「でも――――」


 俺の言葉にサムが何か言おうとするが、風の音にかき消される。そのまま魔翔機は遠くへと飛び去っていった。

 周りを見れば、さっきまで滑走路に並んでいた魔翔機の列は姿を消していた。どうやら乗り込んでいる間に他の機は全て離陸していたようで、俺が乗っていたのが最後の1機だったようだ。


「さて、どうするかな……」


 俺は爆発音と鳴き声が響いてくる広場の方向を向き、人一人居ない滑走路でそう呟いた。






「っくぅ……!」


 飛行のための魔力を制御しつつ、聖剣で降り下ろされたゼドラの前足を受け流す。


「化け物か、こいつ……いや、化け物なんだったな。……喰らえぇぇ!」


 俺の渾身の一振りも、良くて鱗殻の一部を切り落とす、もしくは浅い傷が付くだけだ。そしてその傷も30秒もすれば完治してしまう。


「確かにこれはっ……! エディがっ……! 苦戦しただけあるなっ……! はぁはぁ……」


 こちらが一撃加えれば口からの光線、高速で振られる尻尾、顎での噛みつき……と反撃が来る。防ぐことも容易く、当たっても死ぬほどの威力ではないが、確実にこちらの体力は奪われる。

 俺もエディの実力は尊敬に値すると考えているが、エディが勝つことができなかったのは威力の上がりようのない魔力銃で戦っていたからだとばかりだと考えていた。


「なのにっ……! これじゃ、俺の方がぁっ…… 劣勢じゃねえかっ……!」


 むしろこれに魔力銃で対抗していた全盛期のエディの実力が信じられない。せめて聖剣に本来の力があれば……

 このまま続ければ敗北は免れない。魔翔機が全機飛び立ったのは眼で確認したので最悪の事態は防げたが……


「な、なんだ……?」


 その時、ゼドラの背後に見える先程まで遠くの海上にあった嵐が近づいてきているように見えた。


「おいおい、アレもお前の仕業だったのか?」


 ――グワァアオオォォ!!


 その時、俺の言葉に応える様にゼドラが嵐の方を向き、咆哮を上げた。


「その声は、どういう意味だぁ!」


 そう言いながらゼドラを斬りつける。しかし、その攻撃は前足の爪によって()()()()


「なっ……!」


 俺の剣筋が読まれた。まぐれなどでは無いだろう。それはこいつが目の前の物を壊すだけの魔物ではなく、それほどの知能を持っているということになる。

 これからは不意を突くように攻撃をするようにしなければ、戦況は更に向こうに傾く。


「もう既にいっぱいいっぱいだってのに……どうすれば……」


 その時、近づいてくる嵐の中に、覚えのある気配を感じた。


「……!」


 嵐の中から何かが高速で向かってくるのが分かる。


「だが、この気配は……まさか……!」


 そう言いながら俺は浮かんでいた位置から横へと飛び退く。


 俺の居た場所を黒い(つるぎ)が通り抜けた。それは真っすぐ魔翔機の発着場の方へと飛んで行く。


「何であれがここに……追いかけなくては……!」


 だが、飛んで追いかけようとする俺にゼドラの光線が直撃し、地面へ堕とされる。


「くぅっ! 邪魔をするな――」




 そう言いながら顔を上げた瞬間、発着場の方角に紫の雷が降り注いだ。

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