第35話 冒険者とクエスト
宿のロビーへと着くと、談話スペースのソファにレックスとイザベラ、それに対するようにクリスが座っていた。
レックスとイザベラが俺達に気付き、こちらを見る。少し遅れて振り返るようにクリスもこちらを見て手を振ってきた。
「姐さん! 戻ってきていたんスね! サムも元気になったッスか?」
「は、はい……姐さん?」
サムがクリスの声かけに応えつつ、俺の方を見てくる。
「なんか、俺のことをそう呼びたいらしい」
「あ、なんかわかります」
「わかるのか……」
サムの問いかけに応えると、以外にも同意を示すサム。
「それで、クリスの事はどうなった?」
「それなんだが……」
「皆さんこれからよろしくッス!」
レックスの言葉を遮るようにそう言い放ち、気を付けをしながら敬礼をするクリス。
詳しく聞かなくても分かるが、一応クリスを指差しレックスに訊ねる。
「パーティに加わるって事でいいんだな?」
「あぁ、そうだ……」
若干諦めたような表情でそう言ったレックス。隣にいるイザベラも珍しく疲れたような顔をしている。
恐らくクリスのテンションに根負けしたのだろう。
「やっぱりか」
「お? 結構乗り気なのか?」
「まぁ、クリスとはさっき結構話して良い所もなんとなく見えてきたし、こうなることは想定済みだったからな」
「だが……」
レックスが言い淀む。俺が魔物であることの問題は解決していないからだろう。
「まぁ何とかなるだろ」
「? なんの事ッスか?」
「こっちの問題だ。気にすんな」
そう言って俺はクリスの頭にポンと手を置く。
その時、俺達を揺れが襲った。
「おぉ……昨日のより大きいな」
「びっくりしました……」
「レックスさん達が味方だと思えばこんなの怖くないッス!」
「さすがに私達でも地震はどうにもならないわよ?」
様々な反応を見せるレックス達。昨日に引き続いてなので偶然とは思えず、レックスに訊ねる。
「レックス、昨日からよく地震が起きるみたいだが、この山って活火山とかなのか?」
「お前も登る前に見たからわかると思うが、タヴォカハ山は山脈の一部だ。火山活動なわけがない」
「じゃあ、ここから離れた場所でもっと大きな地震が起きているとか……?」
「考えたくないが……」
「昨日もそうでしたけど、レックスもマティスさんも地震に全然驚かないどころか、なんか詳しいですね」
サムがそんなことを聞いてくる。
「まあ俺とレックスは故郷が同……」
と言いかけた所で、昨日の話はイザベラにはしていなかった事を思い出して口を噤んだ。
「故郷……? レックス兄貴は東方の国出身なんスか?」
だが、クリスは聞き逃さず、痛い所を突いてくる。
レックスが、また面倒そうなことを増やしやがって……という顔で見てくる。〈心機逸展〉は使えないが俺にもわかる。というかレックス兄貴って……姐さんと兄貴かよ。
「レックスは王国生まれの王国育ちよ? 私の幼馴染なんだから」
「あれ? そうなんスか? どういう事ッスか?」
疑問を浮かばせた顔で俺にそう問うてくるクリス。イザベラも貴女魔物でしょ? という顔で見てくる。どうしよう。どんどん話がややこしく……
「あぁ……まぁそこらへんの話は追々するとして……げっ」
イザベラの嫉妬の目線が凄いよオイ。これは今日中にでも話したほうがいいんじゃ……と思いレックスの方を見ると、座ったまま膝に肘を突いて頭を抱えていた。
「あ、あの……クリスは冒険者登録を済ませてるんですか?」
俺が言葉に詰まっている時、サムが助け舟的に話を提供してきた。
「え? オレッスか? まだッスけど……」
「じゃ、じゃあ俺もこの前冒険者登録をしたばかりだから明日一緒に行かないか?」
ほっと肩をなでおろし、話題を切り替えるためにそう提案してみる。
「あれ? そうだったのか? ならアクチェスを出る時にクエストの一つでも受ければよかったのに」
その時、レックスが顔を上げて俺にそう言ってきた。話していたと思っていたが、冒険者登録をした直後に事件が起きたせいで色々有耶無耶になっていた気がする。
そういえばついでに思い出したが、スコットのおっさんが奢る約束してくれたのに結局そのままで出発になってしまったな……
「受けるとなんか利点あったのか?」
「クエストを受注してしまえば、達成報告はどの街のギルドからでも出来るからな。移動中の小遣い稼ぎ程度にはなるだろ」
「そうだったのか」
登録しただけでどんなクエストがあるとかは見てなかったな。明日クリスの付き添いの時に見てみるか。
翌日、昼食を食べ終えた俺は、クリスとサムと共に町の冒険者ギルドを訪れていた。
昨日は見なかったが、この町に訪れる殆どがここに寄るようで、扉を開けると沢山の人が行き交っていた。
「大丈夫ッスかね……」
「大丈夫ですよ、練習通りにやればうまくいくはずです」
珍しく弱気なクリスをサムが勇気づける。
クリス曰く、実技試験には自信があるが筆記試験が苦手らしく、サムに昨日の夜から今日の午前中にかけて必死に猛勉強していた。
元日本人の俺からすれば簡単な問題ではあったが、この世界の水準的にはそこそこ難しいらしい。
「じゃあ、行ってくるッス!」
そう言って受付カウンターに小走りで向かっていったクリス。
「おう、頑張れよ」
「頑張ってください!」
クリスにそう声を掛けると、俺はカウンターの上の方の壁に掛けられた振り子時計に目を向けた。
文字盤に表示されているのは、〈死時之齢〉を発動したときに現れたものと同じ文字。この世界でもっとも一般的な物だ。単位の名前などは違うが、一日を24等分する考え方は同じである。
アクチェスの町でにサムに連れられた時はそんなにかからないと言われたが、俺はスコットのおかげで実技試験が特に短い時間で済んだらしく、本来は2つの試験を合わせて3時間程度かかるらしい。
「俺もクエスト受けてみようかな~」
そう言って俺はクエストカウンター横の壁に掛けられた大きなコルクボードに目を向けた。
そこには、下の方に張られた物が見えなくなるほど沢山のクエスト依頼の張り紙が貼られていた。
よく見てみると種類があるようで、魔物を討伐して欲しいだとか、危険な場所にある鉱石を採掘してきて欲しいなど色々あった。
1つ手に取ってみる。
―――――――――――――――――――――
指定冒険者 2等級以上
依頼主 陸上輸送共同組合
依頼内容 ワーウルフの群れの掃討[信頼度7]
目的地 タヴォカハ山南側2合目付近
報酬 リーヴ銀貨25枚
依頼詳細 最近アクチェスの町からタヴォカ
ハ山の山頂へ向かう道中でワーウ
ルフの群れが輸送業者を襲って人
的・物的被害を被る事例が増加し
ています。早急な群れの駆除を依
頼します。
―――――――――――――――――――――
「初めて見てもどういう形式なのか結構分かるもんだな……」
「それなら僕にでも受けられそうです! あ、でも僕たちがこれから向かう場所とは反対方向ですね……諦めましょう」
サムが俺の手に取った張り紙を背伸びしながら覗き込んでそう言った。
「依頼内容の横にある信頼度ってのは何なんだ?」
「依頼の内容が真実かどうかの指標……みたいなものですね。最大で10です。マティスさん、依頼ごとに必要な冒険者の技量が違うのは分かりますよね?」
「あぁ、この指定冒険者って書いてあるやつだろ?」
「そうです。実は、ギルドでの依頼は報酬さえ用意すれば誰でも出来るんです。逆に言えば凶悪な魔物を見たと思って依頼した人が居ても、勘違いの可能性もあるわけです。だからと言って凶悪な魔物の依頼に低等級の冒険者を行かせるわけにはいきません。なので指定する冒険者は高い等級に設定しておいて、依頼ごとに信頼度を設定して冒険者自身が自分で受けるかどうかを判断するんです」
「なるほど。でも、この依頼は結構実害も出ているみたいなのに信頼度は7止まりなのか?」
「民間の依頼で信頼度7ならかなり高い方ですよ。実際10や9なんて王族や貴族のお偉い様の依頼だけです」
「は~……そういうものか」
サムの解説に納得しながら持っていた依頼の書かれた羊皮紙をもう一度貼り直す。その時、上の方に真っ赤な紙が貼られていることに気付いた。
「なんだこれ」
手に取ってみるとかなり上質な紙だと分かる。表にして内容を確認する。
――――――――――――――――――――
~緊急依頼~
指定冒険者 5等級以上
依頼主 神託神殿
依頼内容 未知の脅威の排除[信頼度1]
目的地 不明
報酬 リーヴ白金貨1枚
依頼内容 神殿にて強大な脅威が現れると
神託が下りました。詳細は不明
ですが、何かが起こるはずです
事前、もしくは速やかな対処を
依頼します。
――――――――――――――――――――
「すっごい胡散臭い……」
「わっ緊急依頼ですね、珍しい! 僕、初めて見ました……」
そういってまたも手元を覗き込んでくるサム。
「信頼度1だし、知らない硬貨が報酬なんだけど……」
「白金貨はリーヴ金貨100枚分の価値のある物凄いお金です。神殿の神託は外れたことが無いので、信頼度が低いというより不正確という意味でこの数値なんでしょう」
「神殿凄いな。俺はまだ受けられないど、レックスとかこういうの受けるのかなぁ」
「僕にはまだ遠い世界なので、想像すらつかないです……」
サムは苦笑しながらそう答えた。
俺はその依頼書をまた元通りに貼り直すと、今度こそ明日からの旅でこなせそうな依頼を探すためにクエストボードの前でウロウロと歩き回るのだった。




