第34話 死闘?と動揺?
俺の名前はガレン。このタヴォカハ山を縄張りにしている義賊集団の頭だ。貧しい者を救う為、これまで色々な事をしてきた。数多くの戦いに巻き込まれたが、何とか生き延びた。
だが、そんなことは今どうでもいい。この目の前にいる女と対峙しなくちゃならねぇ。
幸いウチの馬鹿どもの事に対しては怒りは無い様だが、なぜかさっきから不機嫌な表情をしてやがる。顔だけ見れば結構な別嬪に見えるんだが……
俺が申し込んだのは勝負、その意味は子供でも分かる。命を懸けた果し合いだ。義賊でもあろうものが、罪のない一般人を襲うなど言語道断。頭として責任を取らなきゃいかん。
その上で俺の勝てる見込みは全くねぇ。この女がどこでそんな場数を踏んだか知らねぇが、さっきその声を聞いてから気を抜くと震えが止まらなくなりそうになりやがる。
「おい、一つ聞いてもいいか? お前の名は何と言う」
「なんか俺最近よく名前を聞かれる気がするな……ってそんなことはいいや、俺ぁマティスだ。そっちは?」
「俺はガレンだ」
マティス……聞いたことの無い名だ。躊躇が無かったようだから偽名ではなさそうだが、この気迫を持つ人間が居れば少なからず裏では話題に上がりそうなモンだが……
まあいいごちゃごちゃ考えて引き伸ばしてもどうにもならん。
「そんじゃあ、始めるか」
「あぁ……」
マティスがやる気の無さそうに答える。俺は曲刀を鞘から引き抜き右手に構えた。
「行くぞッ!」
声を上げるとともに一気に地面を踏み込む。勝ち目はなくても命を懸ける以上、全力で行かせてもらう!
相手に隙を与えず一気に距離を詰めるのは俺が普段使わない奥の手だが、出し惜しんでいる暇はない。勢いのまま刀を肩口に降り下ろす。
「うおっ、ビビったぁ」
防ぎやがった……が、これは想定通り。出来れば外れて欲しい予想だったが、考えていなかったわけじゃねぇ。指2本で防がれるのは流石に予想してなかったが。
「なら、こいつでどうだっ!」
靴に隠していた仕込みダガーを左手で逆手持ちで引き抜き、右の首筋へ突き刺す。
――ガキイィィィン!
「なっ……! ククッ……」
笑っちまうぜ。まさかここまでとはな。こいつぁ化物どころの話じゃねぇ、本当に同じ人間なのか疑っちまう。
俺はマティスの左肩を蹴りつけ、バク転をして距離を取る。
ダガーは間違いなく首筋へと辿り着いた。だが……その切っ先が金属が擦れる音を立てながら肩に滑り抜けやがった。
意味が分からねぇ……ただ、間違いないのはあの女は刃物で傷つくことがねぇってこった。勝ち目が見えないと思っていたが、勝負にすらならねぇとはな……
「あっ……ちょっとタンマ」
タンマ? 意味は分からないが、マティスがそう言って俺の切りつけた右肩を左手で押さえ、右手を制止を促すように前に突き出した。
明らかに手ごたえが無かったが、少しは効いたのか?
「やべ、服が……あ、ブラまで……」
顔を少し赤くして何かを呟いたマティス。何か怒らせちまったのか?
「アー! ナンダアレー!」
俺が戸惑っていると、急にマティスが大声を上げながら、右肩を抑えつつ右手で俺の後ろを指差した。
思わず振り返るが、そこには何もない。俺の後ろに立っていた子分どもも揃って後ろを見ていた。
「っ! しまっ……」
その時突然背後から衝撃が襲ってきた。背中を突き飛ばされるように倒れ込む。
「勝負はそっちの勝ちでいいから! さよならっ!」
マティスのそんな言葉が聞こえてきた。起き上がって周りを見るが、その姿はない。後ろにいた子分も全員倒れていた。
「あっ、女の奴逃げやがった!」
「アニキに勝てないと悟ったら勝ち逃げかよ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
後ろにいた馬鹿どもは起き上がると口々に好き勝手言いやがる。ったく俺が戦ってやったつぅのに理解できてねぇ奴ばっかりだ。
マティスは殺そうと思えば俺が最初の一撃を狙う前に殺せていただろう。それをせず、俺に傷を負わされたのを装って逃げたんだ。
「見逃してもらった、か……俺が後手に回るなんてぇのはガキの時以来だぜ。だが、助かったな……」
「ヤッベェ~……!」
俺は切り裂かれた服を押さえながら屋根から屋根へ飛び移りながら宿へと戻っていた。幸いまだ真っ暗ではないが陽は沈んでおり、下の通りを歩く人達は気づいていない。
いや、勝負っていうからちょっとした練習試合みたいなものかと思って応じたのに、ガチのやつじゃねぇか……
始まっていきなり切りかかって来た時は本当にビビった。2撃目は目で追う事も出来なかった、この体じゃなかったら死んでたぞ……
《確かに昨日の雑魚に比べたら少しはやるみたいだったが、あんな奴お前なら一撃でやれただろ》
それは分かるが……
《殺したくない、だろ? まったく、お前の考えてることがなんとなく分かるようになってきちまったぜ……》
大体、あのおっさん……ガレンも俺の方が強いと分かって勝負を仕掛けてきたんだぞ? 俺が逃げなかったら殺されるつもりだったのか……?
《まあそういう事だろうな。それはそうと、お前さっきの2撃目が見えてなかったのか?》
ゼラノス、お前は見えてたのか?
《当たり前だろ、魔王様からいただいたこの体が、勇者でもないただの人間の速さに遅れをとるわけない。見えなかったんならそれは平和ボケしたお前の精神の問題だ。レックスにでも稽古をつけてもらってちったぁ精神鍛えろ。そうそうないだろうが、格上と闘ったらお前は抵抗も出来ずに死ぬぞ。殺すことはしたくないにしても、自分の身くらいは守れるようにしとけ》
確かにこの世界で生きていく上で、いつまでたっても日本と同じ心持ちでいるのは良くない。この世界でも殺しをせずに生きている人は沢山いる。その人達でも自衛の手段は持っているはずだ。
今度レックスに相談してみるか……と思っていると、宿の建物が見えてきた。
正面から入ると何事かと思われそうなので、自分の部屋の窓から入ることにする。左手が塞がっているので両足と右手だけでなんとか壁に貼り付き、窓を開けて中に入る。
サムはまだベッドに入ったままの様だ。容体が回復しているか分からないが、申し訳ないと思いつつも声を掛ける。
「サム、起きてるか?」
「んん……?」
目をごしごしとこすりながら上半身を起こすサム。その顔色は朝よりも良い。
「ってマティスさん!? いつの間に……というかどうしたんですかその恰好!」
「おう……ちょっとな。腹は治ったか?」
「え? あ、はい。 ……ってそうじゃなくて! ちょっとな、じゃないですよ! 大丈夫なんですか!?」
「心配いらない、服だけだ。……着替えるからちょっと後ろ向いててもらえるか?」
「わ、分かりました…………あれ?」
「ん? どうかしたか?」
「い、いえ、何でもないです……」
「はぁ……せっかく昼はたくさん食べて魔力を多めに蓄えられたと思ったのにまた使っちまったよ……」
俺は創造魔法で創り出された2着目のTシャツとローブを身に着けていた。ついでに切られたわけではないが、新しいジーンズも創った。
「確かにずっと同じ服着てるな~……と思ってたら、今まで一度も洗濯してなかったのは驚きましたけど……」
「まあ下着は替えてたし、そもそも来てる時間も短いし、身体力が高かったおかげか山登りでも汗とかかかなかったしな……」
「それは羨ましいですが……やっぱり下着以外も洗濯はした方がいいと思いますよ? 切られたもう一着の方は僕が縫って洗濯しておきます」
「わかった、ありがとう」
今後の事を考えれば着まわせる服が出来たので結果的には悪くなかったか。だが慌てていたとはいえ、どうせ創るなら全く同じデザインにする必要は無かったな……
「そういえば、クリスが来たはずだが……どうなったか知ってるか?」
「僕はここで寝ていたので分からないです……」
「そうか。それじゃ取り敢えずレックスとクリスを探しに行くか」
《お前が俺のことを変わった言ってくるのは、なんとなく俺でも自覚が出てきたが、お前も大概だな》
部屋を出てサムと歩いている時、ゼラノスが突然そんな事を言ってくる。
どういう意味だ?
《お前は自覚なしか。面白そうだから俺からは言わねえ》
おい、なんなんだよ!




