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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第2章
32/58

第31話 消えるごろつき、失すツルギ

 ――魔王城跡地。


 そこは、5年前に勇者と魔王が激戦を繰り広げた地。当時は険しくそびえ立つ岩山の山頂に怪しげな雲に覆われた城が存在しているのみで、動物どころか普通の魔物ですら近づくことのできない死の大地だった。

 そんな場所も5年経った今では緑豊かな……とまではいかなくも、岩肌のひびからは新たな生命が芽生え始めていていた。暴風の吹き荒れていた山頂付近も雲一つない青空に覆われ、風に乗って空高く鳶が舞っていた。

 かつてその地に建っていた溶岩の湧き出る堀を持つ七芒星の星型要塞は、堀を埋め立てられ、建物を破壊された。跡地には城壁に使われていた岩が少し転がっているのみだ。

 しかし、その中に一部だけ城の床がそのまま残されている地点があった。それは5年前、魔王と勇者が戦っていた玉座の間の一角。

 燦燦とした陽の光が降り注いでいるにもかかわらず、その光を微塵も反射しない空間を切り取ったような黒。表面の凹凸が分からないほどの完全な黒色をした(つるぎ)の刺さった地点。

 魔剣『星喰らい』――勇者も引き抜くことが出来なかったその剣は、刺さった床石ごと5年間そのまま存在していた。


 その時、上空を飛んでいた鳶の影に『星喰らい』が覆われた。影に隠れたその剣の輪郭が曖昧になる。

 鳶の影が過ぎ去った時、その場所にはひびの入った床石が残されているのみだった。






 ――タヴォカハ山頂の町。町唯一の宿。


「あっ……」


 ラミの声が漏れる。

 イザベラがなおざりに足で閉めた扉には鍵がかかっておらず、受付の犬耳青年が入ってきてしまった。

 青年は目を丸くし、声が出ない様子だ。しかし、その顔に恐怖の感情は浮かんでいるように見えない。


「わぁ~……蛇の亜人なんて初めて見ました! 凄いッス……ですね!」


「へ?」


 予想外の反応に情けない声を上げるラミ。どうやらこの青年、亜人と魔物の区別がついていないらしい。

 ラミの様な性格でない魔物と出会った事を考えると少し不安になるが、今の場合は好都合だ。


「この宿でそこそこ長い間働いてたんスけど、見た事無いッスよ! あっ、ですよ!」


 興奮しているのか、丁寧口調が崩れている。こっちの方が素の口調なんだろう。

 だが、この現状を見ている俺は会話には参加できない。なぜなら、ラミは勘違いで済むが俺が喋れば確実に魔物だとバレる。

 幸い荷物の入った箱にしか見えないはずなので黙っておくことにする。


 《冒険者の荷物入れにしては豪華すぎるだろ》


 いいんだよ、細かいことは。


「無理してるなら、その口調やめてもいいぞ?」


 レックスが俺の思っていたことを言ってくれた。


「そうっスか! わかったッス! 皆サマは冒険者ッスよね! 憧れるッス! というか、ついていきたいッス!」

「えぇ……!? だが、お前はここで働いているんじゃないのか?」

「ここで働いていたのも冒険者の人の話を聞くためッス! いつかは冒険者になろうと思ってたんス!」


 予想外の返しに戸惑うレックス。受付の時は落ち着いた性格に見えたが、意外と活発な性格らしい。


「だが……」


 そう言いながら俺を見るレックス。この青年が旅に加わる場合、俺の存在が問題になると考えているのだろう。


「その話は少し置いておいて……あなたはなぜここに来たのかしら?」

「はっ! そうだったッス! さっきの揺れは……大丈夫だったみたいッスね」


 イザベラに言われ、この部屋に来た理由を思い出した青年。


「あの、あなたの名前は……」


 そのとき、青年のテンションに押されていたラミが声を発した。


「ん? そうだったッス! オレだけ喋っちゃって自己紹介がまだだったスね。 オレはクリスっす!」


「くぉあらクリス! 1部屋確認するのにいつまでかかってる! さっさとこっち来て手伝え!」

「げっ! ちょっと長居し過ぎたッス! わ、わかりました~!」


 宿の店主らしい怒号に呼ばれ、そう言って出て行ってしまったクリス。


「嵐みたいだったな……」

「肝が冷えました……」

「というかこれからどうするんだ? あのクリスってのの前で擬態を解いたラミを見られたぞ? 今から逆に擬態魔法を使ったら不自然じゃないのか?」


 ようやく喋ることができた俺が疑問を上げる。


「最悪俺が記憶を消すが……」


 そう提案するレックス。


「いや、そこまでする必要はないはずよ。あの感じなら擬態魔法もただの便利な魔法だと説明して黙っていてもらいましょう」

「あ、ああ。そうだな……だが、俺達についてくる件についてはしつこそうだぞ……」

「すみません、私のせいで……」

「ラミさんは気にする必要なんてないですよ!」


「あー……ちょっといいか?」


 話し合いが難航していたところに声を掛けた俺に視線が集まる。


「腹が減ったんだが……」


 俺がそう言うと緊張が解けたように全員が息を吐いた。






 というわけでマティスに頼まれ俺は今、サムとともに街に出ていた。


「あの」

「なんだ?」


 隣を歩くサムから声がかかる。


「実は色々バタバタしていて伝え忘れていたんですけど、さっき宿に来る前にマティスさんと一緒に悪漢に襲われそうになったんです」

「ぶふぉっ!」


 突然の告白に思わず吹き出してしまった。


「ど、どういうことだ?」




 サムから聞いたところ、裏路地に入ったところで声を掛けられたがマティスが全員撃退したらしい。


「拘束したので後からレックスと一緒に行くつもりだったんです」


 そう言って件の裏路地を指差す。




「確かこの辺にさっき話したリーヴ銀貨が落ちていたのをマティスさんが見つけて……」


 サムに連れられ裏路地に入る。だが、それと同時にサムが戸惑いの声を上げた。


「どうした?」

「そ、それが……」


 そこに、サムの話していたごろつきどもの姿はなかった。

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