第30話 ラミ
「イザベラが危険だ!」
マティスがそう叫んだ。そんなことは分かっている。
イザベラに何かあったら俺は……
「え、な、何ですか?」
俺達の念話に参加していなかったサムが声を上げているが、説明している暇はない。
俺はドア横に立てかけたあった剣を手に取り、部屋を飛び出した。
「イザベラッ!」
向かい側の扉には鍵がかかっている。宿には申し訳ないが蹴破らせてもらう。
部屋に入るとラミがイザベラに…………紅茶を注いでいた。
「でね、レックスの奴……一緒に旅をしているのに私の事何とも思ってないみたいなの……」
「大丈夫ですよ! 昔からの幼馴染なんでしょう? 何とも思われてないなんてあり得ないですよ!」
「そう、そうよね……少し自信が……ぇ?」
部屋の扉の方を向いて座っていたイザベラがラミより先に俺に気付く。
会話の内容はよく聞こえなかったが、俺を見た瞬間からイザベラの顔がみるみる赤くなった。
「だ、大丈夫……か?」
「~~~~!」
――パチィン!
レックスの飛び出していったドアの方から乾いた音が響いた。
「何が起きた?」
「分かりません……」
「サム、少し見てきてもらえないか?」
「えぇ!? 僕がですか?」
「俺は今動けない、頼めるか? ……気を付けてくれ」
「分かりました……!」
「あー……決意を固めたところ悪いんだが……」
気がつくと、レックスが出ていったドアに寄りかかっていた。左頬には真っ赤な紅葉が浮かび上がっている。
レックスの後ろの廊下には、イザベラとラミが並んで立っていた。
「ラミ……あっ」
思わず声を掛けてしまったが、擬態を解いていたことを忘れていた。
「マティスさんも、だったんですね……」
「あぁ、そうだ……」
レックスがラミの言葉に返すと同時に、不満顔をして腕を組んだイザベラが部屋に入るとともに足で扉を閉めた。
「ラミが魔物だなんて話は一番最初に聞いたわよ。マティスの使っている魔方陣に似ていたから聞いたの」
「さすがはイザベラだ。俺でも無詠唱魔法の魔方陣を視ることは得意じゃない。魔法については俺よりも上手だな」
「そ、そんなんじゃ……ないわ」
イザベラの眉間のしわが一瞬で取れ、まんざらでもない様な表情に変わる。
実に分かりやすいチョロインだ。レックスはいつものように何とも思っていないようだが。
「あの、ゎ、私が魔物な事をイザベラさんだけじゃなくて、皆さん受け入れてくれるん……ですか?」
「まぁ、前例がいるし……ね?」
そう言ってイザベラがちらと俺の方を見る。
「でも、マティスさんは……」
サムはそう言って俺とレックスを交互に見る。
ラミを疑いたいわけでは無い様だが、俺が人間に親しいのは元人間で特別だからという点が引っかかっているのだろう。
「大丈夫だ、ラミはそんなんじゃない」
魔法でラミの心の中を見たのか、レックスが確信しつつも驚いたような表情でそう言った。
というかソレでイザベラの気持ちわかるはずだよね? なんなの? 主人公なの?
……話がそれたな。
「ラミはラミア……なのか?」
俺がラミに訊ねる。
「そ、そうです……」
そう言って擬態魔法を解く。すると下半身が蛇の尾の様に変化した。
前レックスに教えられた魚形質持ちの亜人は下半身が魚となっているらしいが、魔物ではなく亜人である。確かにこうして目の前で見ると、人に似た魔物と動物の形質持ちの人間の違いは分かりづらい。
違いは人間のことを憎んでいるかどうかだということだが……
「ラミは……本当に人間のことが憎いとか……ないのか?」
「はい……私はさっき言った通り、気づいたら森の中で、何もわからないんです……」
ラミが魔物だったことで勝手に違うと思い込んでいたが、さっきの話は本当だったらしい。それに、人間に対して恨みを持つことに疑問すらあるようだった。
レックスの方を見ると信じられないといった表情をしている。
「知性ある魔物は生まれた直後ですら人間への恨みを本能的に持っているはずだ……散々探してきたのにどうして今更2匹……いや、2人も……」
「レックス……」
様々な感情が入り混じるような声で呟いたレックスに対し、イザベラが心配そうに呼びかける。
「ぁ、あの……ゎ、私、何かレックスさんに悪い事を言ってしまったのでしょうか……?」
「大丈夫だラミ、これは俺の問題だ。気にしないでくれ……」
「ところで、ラミは擬態魔法を使い続けていたけど、魔力は大丈夫なのか?」
少し重い雰囲気が漂っていたので、切り替える様に話題を持ち出した。
「それに関しては私の方が疑問です! なんでマティスさんの魔力はそんなに枯渇寸前なんですか!? さっき森で倒れそうになったのって魔力がなくなりかけてたんですよね!? 死んじゃいますよ!」
質問に質問で返されてしまった。
「俺もレックス達と会ったのはつい最近なんだ。その時既に食糧不足で死にかけていたところだったからな……」
「でも、マティスさんの魔力の器は私よりもずっと大きく見えます……何年食べ物を食べていなかったら空になるんですか……」
「それは俺も知りたいぐらいなんだが……ところで、ラミはこれからどうするつもりなんだ?」
「元々はこの町に着いたら1人でなんとかしようと思ってたんですけど、あの……マティスさん達についていっても……いいですか?」
「俺はラミが行くところないって聞いた時点でそのつもりだったんだけどな」
レックスがラミの問いに答えた。
「私もよ、マティスは相談相手に向かないの」
苦笑しながらそう言ったのはイザベラだ。
「ラミさんは良い人ですし、僕も気にしないですよ」
「俺は……文句言える立場じゃないしな」
「みなさん……」
サムと俺もイザベラに続いて同意を示すと、ラミは感嘆の声を漏らした。
「ってことでラミもマティスと目的は同じでいいな?」
「マティスさんと同じ……ってどういう事でしょうか?」
「こいつは友好的な魔物だって王様に報告に行くんだ」
「王様……! ゎ、私なんかが会っても大丈夫でしょうか?」
「勇者の俺からの提案なら、無下にされることはないさ」
「ゆ、勇者……! ……ってなんですか?」
ガクッと前のめりに倒れるレックス。
イザベラは後ろで笑いをこらえている。うん、若干カッコつけたのに勇者が伝わらないというのは地味に恥ずかしい。
そんな時、部屋が小さく揺れた。壁に掛けられたランタンがゆっくりとゆらめく。
「……? 地震か?」
「そこまで大きくなさそうだな」
元日本人の俺とレックスは反応が早かったが、ラミとサムは状況が掴めていないようだった。イザベラは慣れているわけではないようだが、驚きはしないようだ。
揺れが収まると部屋の外からドタドタと音がしてきた。
「お客サマお客サマっ! 大丈夫ですか! 急に建物が揺れて……うわっドアがこんなに壊れてっ!」
ドアが壊れたのはレックスが蹴破ったからだったと思うんだが……
――ガチャ
ドアが開き、さっきの犬耳青年が入ってきた。
「あっ……」
そして、青年は擬態魔法を解いた状態のラミを目撃したのだった。




