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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第2章
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第29話 勇者と”魔物”の邂逅

「あの、やっぱり僕とマティスさん部屋別にしません?」


 客室のある廊下の真ん中でサムがそんな提案をしてきた。

 ちなみに、俺達の部屋は廊下を挟んで相対する位置にある2部屋だ。


「え? なんでそんな突然に? エディの宿の時と同じじゃダメなの?」

「えぇ~とぉ……あの、そのですね……」

「どうしたんだ? やっぱりさっき受付のとこでなんかあったのか?」

「いやっ違……くは無いんですけど……」


 サムにしては珍しい歯切れの悪い言葉がつづく。


「俺は今日はどのみち部屋に戻ったら擬態解除するしどの部屋がいいとかは無いんだが……」

「あっ……そうでしたね!」


 思い出したかのような表情をして、声に活気が戻るサム。

 もしかしてまた俺が擬態していることを忘れていたのか? ここまでの旅で俺は箱状態だった時間の方が長いはずなんだが……


 そんなことを思っている時、レックスとイザベラが部屋の前にやって来た。


「あれ? まだ部屋に入ってなかったのか?」

「ちょっと色々あって宿に到着するのが遅れたんです」

「そうなのか。マティスは魔力大丈夫か?」

「とりあえず大丈夫だが、今日はもう出かけるつもりは無いぞ。……ん?」


 その時レックスの後ろに小さな人影が立っていることに気が付いた。


「ラミじゃないか。どうしてここに?」

「ぁ、あの……」


 ラミは名乗った時の様な様子ではなく、また小声でしゃべるようになってしまっていた。


「私が説明するわ。門番の人にこの子の家は何処かって聞いたら、こんな子は町で見かけた事無いって言うのよ」

「どういうことだ?」

「ゎ、私……ぅ、嘘をついていました! ごめんなさい!」


 俺の問いにか細い謝罪で答えるラミ。


「嘘?」

「私、ここがどこなのかも、なんでここにいるのかも覚えてないんです……気が付いたら森の中にいて……たまたまレックスさん達が通りかかって、とりあえず人のいるところに行きたくて……」

「嘘をついた?」

「そ、そうなんです……で、でも――」

「とりあえず話は部屋で聞くわ」


 イザベラが一旦ラミの話を遮り、部屋に入ろうとする。


「あの、部屋4人分で2部屋しかとってないんですけど……」


 サムが横からそう言ってきた。


「ラミの面倒は私が見るわ。マティス、あなたは子守とか……できそうにないわね」

「そ、そうだな……」

「じゃああなたたち3人でそっちの部屋使いなさい」


 そう言ってラミとともに部屋に入ってしまったイザベラ。

 さっきまで部屋について話し合っていた時間は何だったのか。


「取り敢えず……俺達も部屋に行くか」


 レックスの言葉で3人とも反対側の部屋に入る。




「じゃあ俺はもう今日動けないから、なんか手軽な昼食を買ってきてくれ」

「分かりました!」


 部屋に戻り、本来の姿(宝箱)に戻った俺は、サムに伝言を伝えていた。


「マティスが箱のおかげでベッドが足りなくなることが無くて良かったな」

「おい、俺も寝られるもんならベッドで寝たいんだぞ」

「悪い悪い」


 心の籠ってない謝罪だと思いつつも、レックスの冗談だと分かってるため不快には思わない。


「マティスさん、ベッドで寝てみたいんですか?」

「いや今は必要ないが、久々にゆっくり横になりたいな~……」


 と、言いかけた所で俺は自分の失言に気付く。


「久々……? マティスさんってベッドで寝たことありましたっけ?」

「いや、今のは言葉の綾というか……人に長く擬態出来るようになったら寝てみたいな~と……」


「……おいマティス。俺が遮音用の結界を張っておいた。打ち明けるなら今のうちだぞ?」


 そこでレックスがそんなことを言ってくる。

 確かに、後に後にと引き伸ばし続けるのもよくない。いい機会かもしれないな。……イザベラに話すのは更に後回しになるかもしれないけど。


「よし、そうするか。レックスにもまだ伝えてないことがあったしな」

「そうだったのか?」

「え!? いつか話してください……とは言いいましたけど、今ですか!? 心の準備が……」

「そんなに大したことじゃないから身構えないでくれ、俺が前世で人間だったってだけだ」

「へぇ……そうなんですか…………」




「って、えぇ!?」






「――というわけで、俺は元々レックスの前世の故郷と同じ異世界の人間の男だが、記憶があいまいで知識だけあるって感じだ」

「……ちょっと、ついていけてないです…… というかレックスも前世の記憶があるんですか!? それも異世界!?」

「そうだな。俺は名前までしっかり覚えてるが……もうそれは使うつもりは無い」

「前世なんて概念が本当にあることも初耳ですし……それに加えて異世界……マティスさんは元々男の人で……今はミミックで……でも擬態すると女の人になって……?」


 サムが情報過多で倒れそうになっているので、俺が支えながらマティスに問う。


「それで、俺にも話してない事ってなんだ?」

「ま、まだ何かあるんですか……? でも聞けるなら今のうちに……」

「それについてなんだが……レックス、お前心を読める魔法とか使えるか?」


 目の前で牙のついた宝箱が蓋をパカパカさせながら喋る様にはいまだに慣れないが、心当たりはあった。


「多分、出来ると思うが……なんでだ?」

「さすがチート勇者。そいつで俺の思考を読んでくれないか?」

「俺、あんまりあれ使うの嫌なんだけど……」


 読心魔法〈心機逸展(スピリシン)〉は対象の心を読むのではなく、周囲の人間の思考が全て頭の中に流れ込んでくる。俺は何度か使ったことがあるので大丈夫だが、さすがに初めて使った時は酔いそうになった。

 使っても人間のどす黒い部分が見えたり、戦闘中でも知性のある魔物からは人間を殺したいという深い憎しみの感情しか得られなかった。使っていて気分のいいものではないので俺はこの魔法はあまり使わない。

 取り敢えずこの場にいるのはサムとマティスだけなので、特に問題は無いのだが……気分的な問題だ。


「まぁ、マティスとサムが良いなら使うけど……〈心機逸展(スピリシン)〉」

「えっ、ちょ……僕の思考も読まれるんで――」


 マティスの思考が流れ込んでくる。


『これ聞こえてるのか? おーい』


 ああ、聞こえている。


『おぉ、レックスの声が頭の中に!』


 〈心機逸展(スピリシン)〉発動中は俺の思考も相手に伝わる。だが行使者は伝わる思考を選べるため、一方的に読むこともできるが。


『元男……僕はマティスさんとどう接すれば……』


 サムの思考も聞こえてくるが……なるべく気にしないようにしておこう……


《おい、本命はこっちだ。聞こえてるか?》


 サムでもマティスでもない声が聞こえてくる。

 だが、その声が聞こえてくるのはマティスの方からだ。


 ……誰だ?


《俺はコイツ――マティスの今の体に入る予定だったミミック本来の魂だ》


 ミミック本来の魂……! マティスの願いはこいつをどうにかして消して欲しいって事か? 魂を元から消すのはかなり難しいが……


『いや違う違う! コイツが居るって事だけ伝えたくてな』


 どういう事だ? こいつに困らされてるんじゃないのか?


『いや、むしろ役に立ってるから消すとかはやめて欲しいんだが……』

《俺の顛末を人間が決めようとするな》


 こいつに感謝している……? まさか魔物墜ち……


『いや、違う!? むしろコイツが人間墜ちしているというか……』


 魔物の魂が人間を受け入れていると?


『そうだ』《違う》


『……いや、ここは肯定しとけよ、お前消されるぞ』

《なんで俺が人間なんかを受け入れなきゃならない》

『いや割と受け入れてるだろ。この前なんかレックスに……』

《はぁ!? そんなわけないだろ!? こいつは魔王様を殺した……》

『黙れ魔王(マザ)コン』

《誰がマザコンだコラ》

『お前に決まってるだろ』

《もう一遍言ってみろ。お前の頭の中で四六時中お前の世界の念仏とやらを唱えてやるぞ》

『悪かった。それはマジで精神崩壊しそうだからやめてくれ』




 こいつらのバカのようなやり取りに、俺は感動にも似た感情を得ていた。

 この世界で勇者に選ばれた直後、平和ボケをしていた俺は、魔王軍と争わなくていい手段を探そうとした。

 だが旅で出会った知性のある魔物は、例外なく人間に対して深い憎しみを抱き、話など通じないも同然だった。最終的に俺の言葉にまともに返答が返ってきたのは首領である魔王だけ。それも相容ることができず、俺の手で倒された。


 マティスに出会ったときはやっとかと思った。だが、それも違った。同郷の人間だと知った時は嬉しさもあったが、俺の期待はまた裏切られたとも感じていた。

 しかし今、目の前にいるマティスの頭の中で魔物の魂が人間とまともに対話しているのだ。


『おい、ぼーっとしているようだが大丈夫か? この魔法副作用的なもんあるのか?』


 副作用って薬か。

 いや、それに関しては大丈夫だ。


《あー……そういえば俺はどうでもいいんだが、アイツのことは良いのか?》

『アイツ? 誰のことだ?』

《あのラミとかいう咄嗟に思い付いたような安直な名前で、お粗末な擬態魔法掛けてる魔物(ラミア)




『……え?』


 ……え?

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