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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第2章
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第28話 今夜はお楽しみではないのですか?

 町の中はアクチェスの町に比べるとあまり人通りは多くなかった。

 通過地点として利用する旅人が多いと言っても、朝には泊まっていた旅人も出て行ってしまうので、日中はあまり人はいないようだ。

 店も色々な種類の店があるにはあるが、どれも1軒ずつだ。売り物が被っている店は見かけない。


「この町の店は全員の収入を安定させるために売り物が被らないようにしているので、価格競争があまり起きないらしいですよ」

「確かに、この山頂までわざわざ商品を仕入れてきたのに、他店との競争で安く売ってしまったら意味が無いな」

「商品を売る店だけじゃなくて、飲食店や宿屋も同じような感じらしいです」


 ということはこの町にある宿屋は一軒だけということか。


「宿屋はどの辺にあるか分かるか?」

「はい! 一応王都からアクチェスに来るときもここに泊まったので! ……あ。あと、この町はそこまでひどいというわけではないんですが、アクチェスの町より少し治安が悪いので気を付けて下さいね?」

「そんなことは大丈夫だよ。それより早く宿屋に向かおう」

「大丈夫かなぁ……危なそうなところには近寄らないでくださいね?」

「わかったわかった」


 そんなことを話しながらサムに案内され、宿へと向かう。

 通りを歩きながら周りの店をなんとなく流すように見ていると、店と店の建物の隙間の路地にキラキラと光るものが見えた。




「あ、マティスさん! 宿が見えてきましたよ!」


 サムの声が聞こえて気づく――聞こえてくる声が遠い。


「あれ? マティスさん?」


 無意識のうちに俺はさっき見た裏路地へ来てしまったようだ。手にはいつの間にか先程輝いて見えた物が握られていた。


「マティスさん……さっき言ったばかりなのにまたこんな所に……って何持ってるんですか?」


 手に内にあったのは銀色のコインだった。


「それ、リーヴ銀貨じゃないですか? 落とし物にしては結構な金額ですね……というかよくそんなの見つけられましたね」


 リーヴ銀貨……レックスがエディに渡していた金貨の銀貨版ということか。確か価値は円換算で1万円ぐらいだった気がする。

 サムに言われて思ったが、光をよく反射している銀貨とは言え、手に収まるほどの大きさの物をそれなりの距離で見つけられたものだ。


「これってどこかに届けたほうがいいのか?」

「え? 届けるって何のためにですか?」

「持ち主に……返すため?」

「わざわざ持ち主に返すためにですか? マティスさんって結構……かなり律義ですよね」

「律義さで言ったらサムの方が上だとも思うけど……」

「ぼ、僕のことは良いですよ……こんなこと言うと失礼かもしれないんですけど、マティスさんって魔物なのになんというか育ちがいい感じですよね」


 確かに魔物としては不自然だが、俺には元々日本人だった記憶がある。

 この世界と比べれば日本の治安は良い。そこで暮らしていたことによって平和ボケの人食い箱(ミミック)というよく分からない存在()が生まれてしまったわけだ。


 しかし……俺に日本人としての記憶があるという前提も最近疑問になってきた。

 目を覚ましてから何日経っても俺個人がどんな人間だったのか全く思い出せない。『日本人として生活していた』という記憶があるだけで、俺の前世はそうではなかったのではなかったのではないかという気もしてくる。


「あの……」


 サムが俺の顔を窺うように見てくる。


「あぁ、なんでもない。ただちょっと考え事をしてただけだ。……そうだ、宿見つけたんだっけ?」

「そうです! 寄り道が長引くと大変になるのはマティスさんなんですからねっ!?」

「悪かった悪かった」


 そう言って振り返ったとき、路地の出口に人影が2つ立っていることに気づいた。


「おうおう、こんなところに何の用だぁ?」

「女1人にガキ1人……おいそこのガキ! 女と金を置いていけば見逃してやるぜ?」


 ……確かにサムの言うとおりの様だ。こんな奴らはアクチェスの町にはいなかったな。レックスが捕まえた奴らはあの町だけではなく色々な場所で活動していたらしいので数に入れていない。


「マティスさん、下がっていてください」


 サムがあまり見ない怒ったような顔でそう言って俺を庇うように立つ。


「おい、このガキ魔力銃持ってやがるぞ!」

「面白ぇ。やる気か?」


 サムと、いかにもごろつきといったような風貌の男が互いに腰のホルスターに手をかざす。


 《おい、この勝負……負けるぞ》


 だろうな。


 サムはレックスとパーティと組んでいるとはいえ、正直な所……戦闘はあまり得意ではない。サムがまともに戦ったのは俺と出会った翌日のワーウルフの時だけだ。

 一般的な魔物対サムであればサムはそこまで弱いわけではない。魔力銃によって本来ある大きな戦力差が埋められているからだ。むしろ合計的には上回る。

 だが、相手も同じ魔力銃を持っているとなれば話は別だ。相手の奴の強気な態度を見れば、戦闘に慣れていないという事はないだろう。


 結論を言えば早撃ち対決の様な今の状態では確実にサムに勝ち目はない。


 しかし、俺もこの町に着くまでの間何もしていなかったわけじゃない。

 空間魔法の練習はもちろん、イザベラから魔法についても色々と教えてもらっていた。……使えるようになったかは別として。

 まあ、この場を安全に切り抜けるぐらいのことは出来るつもりだ。


「サム、エディの時と同じだ。いけるか?」

「……! はいっ!」


 俺の言葉に返事をするとともに銃へ手を掛けるサム。

 だが、それを見てから動いたにもかかわらず、相手の男の方が構えるのが早い。

 サムに向かって凝縮された赤い魔力の光が飛んで行く……が、いつまで経ってもサムには届かない。


「な、なんだ!?」


 赤い光線は両者の間で静止している。

 その様子に男達が混乱している間にサムの魔力銃の引き金が引かれ、男の持っていた魔力銃が弾き飛ばされた。


「チッ……クソッ! 護衛は女の方か!」

「魔法を使ってやがる! なら俺がやる!」


 手を押さえる男に代わり、もう1人の男が前に出る。


「〈硬化覿面(ディフィーカ)〉」


 拳を体の前で合わせる動作をしながらそう叫んだ男の体が淡く光る。

 〈硬化覿面(ディフィーカ)〉……確か魔力を纏って全身を硬くする魔法だったか。単純だが、攻撃にも防御にも使いやすいってレックスが言ってた気がする。……ただのゴリ押し用魔法じゃないか?


「女だろうが容赦しねぇぞ!」


 俺の顔面に向かって拳が振るわれる。俺はそれを華麗に避け――られず思い切り真正面から喰らう。


「マティスさん!?」


 サムが思わず心配そうに声を上げる。……が、俺は微動だにしない。


「な、なんだ……? お前も使ってやがったのか?」


 男が言っているのは〈硬化覿面(ディフィーカ)〉のことだろうが、俺はその魔法は使うことは出来ない。だが、俺は痛みを感じなかった。

 それもそうだ。今の俺はやせ型の女体型にもかかわらず体重200㎏近くあり、歩く金属の塊のようなものだ。まあ、肌に触れると普通に柔らかいし、頬をつねることも出来るのだが……それは考えないでおこう。


「なら……これでどうだっ!」


 男が俺の胸倉を掴み、思いっきり頭突きをする。


 すると鈍い金属音の様な音が響き、男が勝手に気絶した。

 何がしたかったんだ……


「う、動くな!」


 先程サムに撃たれた男がいつの間にか銃を拾い上げ、俺に銃口を向けていた。

 だが、俺はその警告を無視して男に向かって歩く。


「これ以上来たら撃つぞ!」


 俺は歩みを止めない。

 冷や汗を大量にかいた男が引き金を引いた。


「あ、確かに痛くないわ」


 魔力銃に撃たれるのは初めてだったが、痛みは微塵も感じなかった。

 サムが撃っているのを初めて見た時は恐ろしく見えたが、ゼラノスの言っていた通りレックスの斬撃に比べれば全然痛くない。


「お、おかしいだろ……魔法を使ってるにしたって無傷なんて勇者か魔王軍……」

「おおっと!」


 なんか真相に辿り着きそうだったので慌ててデコピンをすると男は気絶した。

 ついでに空間魔法で止めていた光線を開放すると、勢いを取り戻して路地の壁に当たり、焦げ跡を残して消えた。


「よし……で、こいつらはどうする? この町にも衛兵とか憲兵っているのか?」

「います、けど……マティスさん、大丈夫ですか?」

「あぁ大丈夫だ。魔力はギリギリだけど、宿は近いんだろ?」

「そうですね……行きましょう!」


 とりあえず気絶した男2人は手足を縄で縛り、後でサムがレックスを連れて運んでもらうことにした。

 もしさっきもう一人の男が俺でなくサムに魔力銃を向けていたら、前の様にまた人質に取られるところだった。反省点は残ったが、穏便に済んでよかった。


「守ろうとしたのに、守られちゃったよ……」


 そんなサムの呟きが聞こえたが、本人は聞こえていないと思っているようだ。

 結果はどうあれ、サムが俺の前に出て男達に立ち向かおうとしたのは勇気ある行動だ。


「……ありがとな」


 そう言って俺はサムの頭にポンと手を置く。サムは一瞬目を丸くしたが、気恥しそうに顔を伏せた。






 宿につくと、サムが鞄から硬貨の入った革袋を片手に受付へと歩いて行った。俺はロビーの椅子に座って待つ。エディの宿とは違って人が結構いる。

 受付に立っているのもエディとは違い、レックス位の歳の青年だった。ひとつ普通と違う点は、彼の頭に犬の様な耳が付いていたことだ。本来耳がある位置の顔の横に耳が無い事から、コスプレではないのだろう。


 いわゆる亜人という人種だ。これについてはレックスに話を聞いていた。彼らは魔物などとは関係なく、ただの人間の突然変異なのだという。獣だけではなく、蜥蜴(リザードマン)(マーメイド)の形質が現れるものもいるという。

 地球でもアルビノなど、突然変異の人間がいないわけではなかったが、ここまで大きく変わることは無い。そんな変化が起きた原因は詳しく分からないが、地球には無い魔力が関わっているという。

 しかし、アラクネのように魔物が人の形に似て進化したものもいるらしく、見た目だけではどこまでが亜人でどこまでが魔物なのか分かりづらいらしい。


 受付の順番が回ってきたサムが、指を2本立てて銅貨をいくらか取り出す。ここからでは何を話しているか聞こえない。

 受付の犬耳青年が俺とサムを交互に見て指を1本立てて何かを言う。するとサムは慌てたように顔を赤くして手を激しく振った後、指を4本立てながら何か言った。

 すると受付の青年は納得したような表情をして代金を受け取り、鍵を2つサムに渡した。


「お、お待たせしました~」


 なぜか居心地の悪い様子で俺の所に戻ってきたサム。まだ少し頬に熱を帯びている。


「なんかあったのか?」


 さっきの受付での様子が気になり訊ねる。


「い、いやぁ!? 何でもないですよ!? さ、さぁ部屋行きましょう!」

「そ、そうか……」


 絶対なんかあるだろと思いながらも、サムが隠し事をするなんて珍しいし、悪い事ではないのだろうと思って追求しなかった。

Q.なんて言われたの?

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