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元人間の人食い箱  作者: 水 百十
第2章
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第25話 つまらない昔話

 窓にはめられたガラスがガタガタと揺れる。

 コップに入った水は周期的に襲ってくる地響きのような振動に大きく波打つ。


「逃げろ! 防壁が突破された!」

「こ、この町はもう終わりだ!」

「ひっ……助け、うわあああ!」


 外から様々な人々の怒号と悲鳴が聞こえてきた。

 しばらくして窓の外を人の波が過ぎていった後、荷物をまとめて外に出ると、目の前に広がったのは炎に巻かれた町の中心部。高台になっている私の家の位置からはよく見ることができた。遠くに見える町の周囲に造られた防壁の一角は酷く破壊され、昨日までの日常は消え去っていた。


 呆然と立ち尽くしていると、炎の上がっている方から鎧を身に纏った男の人の集団がやって来た。その中の一人が私に声を掛けてくる。


「まだ一般人が残っていたのか! 君、すぐに逃げるんだ! 情けないが、俺達も奴の侵攻を食い止めることができず、撤退するところだ! 一緒に行こう!」


 騎士の男の人に手を引かれ、炎から遠ざかるように走る。家には私一人だったけれど、外へ出ていっていた家族は避難できただろうか。




 ――――ギゥワォォオオ!!


 背後から先程までの地鳴りのような音とは違う、ひときわ大きな音が聞こえてきた。耳の真横に雷が落ちたようなビリビリとした音が鼓膜に響く。

 思わず音の方を振り向くと、ここから1km程離れた町の中心部を焼く炎の中にソレが見えた。


 ソレは黒くて巨大な竜の形をした何か。それがゆっくり、ゆっくりと歩みを進めながら、咆哮を上げていた。


 思わず口から悲鳴が漏れそうになったけど、自分の手で口を押えて息を殺した。どれだけ離れていても、叫んだら見つかってしまうと思わせる威圧感を放っていたからだ。

 咄嗟にそんな行動を起こしたけれど、流石にこんな距離で見つかることはあり得ないとも思っていた。


 ――しかし、その巨大な黒い竜が頭をこちらに向けた。


 目が合ったような感覚がしたと同時に、身の毛がよだつのを味わう。

 その直後、その怪物の全身に生えそろった黒い鱗殻の隙間から妖しげな七色の光が漏れ、輝き始めた。


「何の光だ……?」

「正体は分かりませんが……奴の体が発光しています……!」

「嫌な予感がするぞ……撤退を急げ!」


 そんな話をしている騎士の人に手を引かれる速度が上がっても、後ろから目が離せなかった。

 こちらを向いた黒い竜の大きな(あぎと)が開かれる。その口の奥には七色を凝縮したような白い光が見えた。

 その時、足元にあった僅かな段差に躓き、騎士の人の手を放して地面に倒れてしまう。


挿絵(By みてみん)




 逃げるために背を向けて立ちあがる時、背後がさっきの真っ白な光で覆われていた。振り返って見ると、怪物の口から放たれた眩い光の線が、街を触れた端から消し尽くしていくのが見えた。そしてそれは段々とこちらに迫ってくる。


 けれども、私の脚は動かなかった。




「きれい……」


 自分でも無意識のうちに口から言葉が出ていた。

 私は少し離れた位置から私に逃げる様に促す騎士の人の叫び声も届かなくなるほど、恐ろしくも神々しいその光に……魅入ってしまっていた。


 光が眼前に迫った時、私は正気に戻った。けれど、もうどうすることもできない。


「たすけてっ……!」


 私は誰にも届く事のないその呟きとともに、抗う事の出来ない死を前に目を瞑った。




 …………でも、その光が私を焼き尽くすことは無かった。

 目を開けると迫って来ていた光は消えていて、目の前に先程の騎士の人達とは違うロングコートを身に纏った男の人が立っていた。


「……お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


 その人はこちらに顔を向けてそう言った。









 ――この世界には破壊神と呼ばれる存在が居る。


 もちろん、そう呼ばれているだけであって、実際に神ではない。

 神は現勇者をこの世界に導き、この世界を含めた様々な世界を創り出した存在のみ。


 しかし、破壊神もその名に恥じない力を持っていることも事実。今から約60年程前に魔王が作り出したそれは、規格外……いや、”規格内”で最強の存在。

 勇者や魔王のように規格を外れた強さではない。だが、この世界における生物の上限を体現した完璧な生物だった。


 人類は神の名を冠するその1体の魔物を討伐するため、様々な作戦を練り、殺すための兵器を作って戦いを挑んだ。


 ……だが、破壊神はその全てを回避すら見せない余裕を見せて正面から打ち破り、破壊の限りを尽くした。

 討伐隊は羽虫のごとき扱いを受け、防衛線を易々と突破し、町を囲う防壁は紙のように引き裂かれた。唯一の救いは、その巨体ゆえに移動速度が竜種にしては比較的遅かった事だ。

 魔王を倒すという責務を負ったその当時の勇者も、この事態を重く見て戦いを挑んだが、圧倒的な攻撃力と防御力、治癒力、適応能力によって負けることは無いが勝つこともできないという状況に陥り、勝敗が付かない状態が続いた。

 責務を持った勇者が1魔王配下に足止めを喰らい続けることは出来ない。

 結局、勇者は破壊神の討伐を諦め、魔王を倒せば破壊神はいなくなると信じて魔王の討伐へ向かった。




 ――そして、その代の勇者が戻ってくることは無かった。


 次も、その次も勇者が現れたが、同じ道を辿った。


 そんなこともあり、人々の中で破壊神を止めることは誰にもできないのではないかと囁かれ始めた。




 ……しかし今から15年前、現勇者の先代が魔王と戦う責務を放棄し、破壊神を倒すことのみに全力を掛けて勝負を挑んだ。

 今までの片手間とは違う。本来魔王に使うべき奥の手も全て使い、2度と魔法が使えない体になるほど勇者の力を全て出し切って戦った。


 その結果、破壊神は”封印された”。


 勇者が全力で戦っても、討伐することが出来なかったのだ。

 だが、そのおかげで人類に希望が見えた。町々を理不尽に破壊されることの無くなった人々は活気を取り戻し、反撃に出た。新たな勇者も現れ、ついに人類は魔王を打ち破った。

 責務を放棄したとはいえ、後任である現勇者が魔王を倒したことを見ても明らかな通り、その足掛かりを作った彼の行動は称賛されるべきだろう。




 しかし今、その破壊神を封印した前勇者はその功績を讃えられることなく、王都から離れたとある町で人目を避けるように宿屋を営んでいる。

 お気に入りのロングコートを羽織ってロッキングチェアに寄りかかり、葉巻をふかして新聞を読む彼に対し、まさに今からその宿を出発しようとする、魔王を倒した現勇者が問いかける。


 お前の過去はちゃんと話さなくていいのか――と。


「それは……あんたもだろ?」


 元勇者はにやりとした表情で答える。

 まだ話したことのない秘密を見透かされたような言葉を受け、狼狽える現勇者。


「話さなくていいさ、互いにな。それに、今更俺なんかが表舞台に出る必要はない。さっきも言ったがな――――」


 そう言いながらロッキングチェアから立ち上がり、現勇者の手に小さな紙切れを渡しながら元勇者は続ける。


「俺はこっちの方が性に合ってるんだよ」






 先に出て宿の外で待っていたところ、少し遅れてレックスが戻ってきた。


「行こうか」


 レックスは俺達にそう声を掛け、町を後にする。


 しばらくして、歩きながらレックスに訊ねる。


「さっき、エディとなんか話してただろ」

「僕も気になってました! そもそも勇者レックス様の昔からの知り合いって何者――」

「おいサム。様はやめろ様は」


 レックスが少し気恥しそうにする。


「で、何の話だったんだ?」


 俺が再度訊ねる。


「……おっさんのつまらない昔話だよ」






「え――? 絶対なんかありますよね!? もう僕またあんなに驚くのはこりごりですよ!?」


 俺の答えに満足がいかないような反応をするサム。


「まあまあ、本当につまらないか、話したくない話なんだろ。諦めろサム」

「そうですね……分かりました……! でも、マティスさんも後でとんでもない秘密とか出してきたりとかしないでくださいね!?」

「あー大丈夫大丈夫……」

「声に感情が籠ってないんですけど!?」


 マティスに矛先が向いて話が逸れる。俺はエディの意志を尊重したかったので助かった。と、思ったのだが……


「と、ところでさぁ……勇者の話で逸れたけど、なんでさっき魔翔爆撃機? ――だっけか、が墜落した話の時渋い表情してたんだ?」

「いや、あれは……」


 逆に問い詰められたマティスが別の意味で話しづらい事を引っ張りだしてきた。


「そのだな、あれは~……えぇと~……」

「なんだぁ~? 言えよぉ」


 俺の微妙な反応を見て、にやにやとした表情で追及してくるマティス。コイツ……引くとこはしっかり引く癖に……!


「……落ちてきた『雷剣』を投げ返して墜落させた」


 一瞬の沈黙が訪れる。


「レックス、あなた昔からだけど無茶やるわね……」

「いや、言っとくが乗ってた奴は全員救出したぞ!?」

「レックス……ちょっと……うん、まぁ、へぇ~……」

「サムまで!?」


 ハッキリした言葉は避けているが、さっきまでこっちが恥ずかしくなっていた様をつけ忘れるくらいにはドン引きしている。

 その爆弾(雷剣)を投下した本人はというと……


「『雷剣』ってなんかあの男たちが話してたな……何なんだ?」


 理解してないのかよ!


「あのですねマティスさん、『雷剣』っていうのは本来人に対して使うものじゃなくて……」


 サムがマティスに説明する。マティスは、話が進むほど俺に向ける目が冷たくなっていく。


「うわ~……勇者とはいえそんなん1人で投げ返すって……引くわ~」


 サムの説明を聞き終わると、そう言い放ったマティス。


「お前が言えって言ったんだろうがぁ!」






 ――そんな話をしながら歩く4人の先に見えるのはこれから目指す大きな山々。

 その中でもひときわ高く、山頂付近には年中雪が降り積もっているタヴォカハ山は破壊神が封じられた地。

 これから先、そこでは何が起きるのか……

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