第22話 2人の変則
ま、まずい……まずいぞ……あっという間に2人の男に制圧されてしまった……
イザベラは魔法を封じられて拘束され、店にいた客全員が人質となっている。中でもリリィは銃口を突き付けられ、金庫から金を運び出している。
リリィに銃口を突き付けている男はもう片方の手に怪しく輝く黒い立方体を掲げている。
恐らくあれが例の魔道具だろう。どうすれば…………
そうだ! 空間魔法で一気に2人を気絶させて無力化させる! これしかない!
大人2人分……重量的には俺の限界ギリギリだ。だがやるしかない。
イザベラのそばに立つ男とリリィに銃を突き付けている男に意識を集中させ、首の位置を持ち上げるように空間魔法を使う。
「う、ぐうぅ……」
「しまっ……あがぁぁ……」
リリィのそばの男は銃と魔道具を手放す。よし、いける! このまま気絶するまで――
「そこの女! 今すぐ辞めろ!」
魔法を途切れさせないよう声の方を向くと、サムが首筋にナイフを突きつけられていた。
「クソッ! もう1人いたのか……」
「さっさとそこの2人を下ろせ!」
俺は仕方なく2人を開放する。イザベラの拘束は付いたままだ。
「何故魔法が使えるか知らんが、おとなしくしていないければコイツの命は無いぞ……」
「すみません……マティスさん……」
男がナイフを突きつけながらもう2人の方へ向かう。
「はぁ……助かった7番。もう実験は成功だろ。さっさとずらかろうぜ」
イザベラのそばに立っていた男が首元を抑えながらそう言った。
「何を言っている2番! 失敗だ! 現にあの女には効いてないじゃないか! まだ完成とは言えない!」
「1番、話が違うぞ! お前はこの実験で最後だと言ったはずだ! ここまでやってもう1回なんて言ってられるか!」
「まぁまぁ……今は喧嘩なんてやってる暇はない。どのみちこの町では無理だ。さっさと金を持って逃げるぞ」
「……確かに2番の言うとおりだな。落ち着くことも大事だ。だが、すぐに逃げるわけにはいかない。計画は予定通り進んでいるんだ、勇者を『雷剣』で討伐することができれば、我々の研究成果に箔が付く」
勇者の討伐だと!? 奴らの計画が予定通り進んでいるということは、レックスが対応しきれない事態が起きてるってのか!?
今すぐ助けに行こうにも、空間魔法を使えばナイフを突きつけられたサムがどうなるかわかったもんじゃない。それに3人は同時に持ち上げるのは多分無理だ。
このままでは店の金も盗まれ、レックスも殺されてしまうかもしれない。どうしたら……
《即死魔法を使えば切り抜けられるぞ》
だから即死魔法は…………いや、今はそんな事を言ってる暇はないかもしれない。できれば人を殺すことはしたくなかった。1度でも殺してしまえば本当の意味人食い箱になってしまいそうだったからだ。
だが、今やらなければ取り返しのつかないことになるかもしれない。
《その必要はない。マティス、お前の考えていた事は知っている。その上で殺さずに済むように俺はお前に提案した》
どういう……事だ? 俺は今、勇者を助けるためにあいつらをなんとかしようとしているんだぞ? ゼラノス、お前は人間の事を……
《分かんねぇが、お前に多少は影響されちまったみたいだな……って、そんなことは今はどうでもいい、人間を殺さずに即死魔法を使うぞ。即死魔法の対象はあの魔道具だ》
……ありがとう。
それはともかく、生き物でなくとも即死魔法が効くのか?
《厳密には違う。魔王様が直々に作り出した魔道具は、魔道具の形をした魔物なのだ。それを改造した物なら殺せるはずだ。奴らが既に死なせるほどに改造を加えていなければな》
なんとなく理屈は分かった。だが、サムとイザベラが人質となっている以上、下手に行動を起こせば殺されかねないぞ。どうするつもりだ?
《お前は気づかなかったようだが……あそこにいるおっさん、かなりの猛者だ》
あのおっさん……ってエディの事か!?
《恐らくもう少しで動くだろう。サムがあのナイフから解放されたら魔道具を殺せ。いや、殺してやってくれ》
お前があの魔道具を破壊して欲しいと言ってたのはそういう理由だったんだな。わかった、やってみよう。
エディの方を見てみるとこちらを見ていることに気が付いた。何かを確かめたいような表情をするエディに、俺は頷いて応じた。
《勇者みたいなの奴の知り合いなんだから、どうせ普通の宿屋なんかじゃないんだろ。……そろそろだな、タイミングが来たら俺の言うとおりに呪文を詠唱しろ。対象をあの魔道具にすることを忘れるな。無差別に発動すればこの場の全員が死ぬぞ》
ゼラノスの思念を聞き終わった瞬間、射撃音が響いた。まさかリリィが撃たれたかと思ったがどうやら違う。男たちの方を見ると7番と呼ばれていた男がサムに突き付けていたナイフを手放し、手を押さえていた。
続けざまに射撃音が鳴り、次は1番と呼ばれていた男の持っていた銃が吹き飛ぶ。ちらっとエディの方を見ると、ロングコートの裾からかすかに硝煙が上がっていた。
《今だ!》
分かった!
《〈死時之齢〉》「〈死時之齢〉」
魔法が発動すると、黒い光としか言いようのないものが足元に広がり、それが店内の床を覆う程の大きな円を描く。
その瞬間、1番と呼ばれていた男がハッとしたような表情になった。
「お前ッ! 何をしたぁッ!」
1番がこちらに向かって叫んだが、そのまま空間魔法で1番と7番の男を持ち上げる。
「がっ……クソッ!」
その時、足元の円の縁に細かい60のダイアルが刻まれ、中心から3本の針が生えた。
……長針、短針、そして秒針。
出現したのは黒く光る文字で表示された時計だった。
その瞬間、自分以外の時が止まった様な感覚を覚える。
その文字盤に記された12個の数字は見慣れたアラビア数字ではない。……だが、理解できる。
時計の針は時刻11時59分57秒を指していた。太陽は既に真上を過ぎ、僅かに西に傾いている。……実際の時刻では無いのだろう。
時計の秒針が動き始める。
カチ、カチ……と秒針が動くが、俺の周囲の人間は固まったまま動かない。
そのまま秒針は文字盤の真上を指す。同時に長針と短針も動き、3本が重なる。
――ゴオォォォン……
針の動きと同時に、不安を誘うような不気味な鐘の音が鳴り響く。音と共に時の歪みが元に戻る。
1番の男の持っていた立方体が輝きを失い、全体に深い亀裂が走った。
唯一俺の拘束から逃れていた2番の男が7番の落としたナイフを拾い上げ、近くにいたイザベラに突き付ける。
「お、おとなしく――」
「無駄よ」
イザベラが魔力の籠った眼で2番を睨みつけると、ナイフは粉々に砕け散り、イザベラの手足を拘束していた枷も弾き飛んだ。
――アクチェスの町付近、上空10000m。魔翔爆撃機機内。
「地上の計画はうまくいってるんだろうな」
「さっき3番と1番から連絡があった。どちらも上手くいっているようだ」
「まあ、俺たちの仕事は『雷剣』で勇者にとどめを刺すだけだ。下の奴らに比べたら楽なもんだぜ」
「そうだな、これさえ成功すれば俺達の研究も遂に完成形ってことだ」
「気が早いぞ。それよりそろそろ投下地点だ。1回きりだぞ、外すなよ」
「分かってるさ……目標捕捉!」
「投下まで3・2・1……今!」
機体の外に張り付くように設置された『雷剣』が切り離され、雲の間に消えてゆく。その切先は密度の高い鉱物で構成されており、下を向いて一直線に落ちる。
「どうだ?」
「……よし、着弾を確認」
「やったぞ!」
「…………何だ?」
「どうした!? まさか外したのか?」
「いや、確かに予定地点に落ちたはずなんだが……」
「何か問題か?」
「それが……いや、そんなまさか――」
その直後、『雷剣』が魔翔機の右翼を切り裂いた。




