永き戦いの終結
薄暗い玉座の間。
その最奥に設置された玉座の後ろのステンドグラスからは月明かりが差し込み、天井からぶら下がったシャンデリアは蒼い炎が揺らめいている。
玉座に座すは、巨大な体躯を持ち、漆黒の魔金剛製の鎧を身に纏った人類……否、”世界”の敵。魔王。
玉座の間の入り口は、玉座の反対側に設置された巨人ですら小さく見えるほどの金属製の大きな観音扉ただ一つしかない。だがその扉は今、大きく開け放たれていた。
その入り口に立つは、魔王と対になるような純白の聖銀製の鎧を纏った”世界”の希望。勇者。
勇者は丸一年もの間、自らの全て捧げて魔王軍との戦闘を続け、この魔王城最深部、玉座の間に辿り着いた。その姿は気高く崇高と謳われるが、ある意味狂気の沙汰とも言えるだろう。
勇者が魔王に語り掛ける。
「お前は、神に仇なすものか」
「そうだ」
厳格で重々しい声がそう答える。勇者は兜の中で少し目を見開き、質問を続けた。
「では、お前の目的はなんだ」
「……さあな」
少し含みのある答えをする魔王。
「最後だ。お前は俺の敵か」
「其方が私に歯向かうのなら」
「俺は……お前を倒すために今まで戦い、ここに来た」
「ならばもう語り合うこともあるまい」
そう言って魔王は立ち上がり、右腕を前に出す。
「〈漆怖塵雷〉」
勇者に向けられたその指先から全てを無に帰す紫電がほとばしった。
「〈鳳沫無限〉」
勇者は体の周りに金色の聖なる炎を放ち、紫電を掻き消す。そのまま炎は魔王に向かうが、魔王の魔眼に睨まれた炎は紫黒の結晶と化し、砕け散った。
「〈掌止千万〉」
魔王の勇者にかざした右手が握られる。すると、見えざる手に勇者が捕まり、そのまま時空の檻に閉じ込められる。しかし、勇者は一時的に肉体を光へと変え、時間を超越することにより檻から抜け出す。
「このままでは埒が明かなぬな」
そう言って魔王はもう一度右腕を前に出す。しかし〈漆怖塵雷〉は出ない。
「来い」
魔王のかざされた右手に周囲の闇が集まり、どこからともなく常闇の長剣が現れる。
その剣は魔剣『星喰らい』。
魔王が空の彼方で起こる星喰らいと呼ばれる現象からこの世界に生まれ出た時、その星喰らいを固めて創った剣と言われている。
現象を物体として固めるなどということは不可能だ。しかし、生まれた直後ですら不可能を可能にできるからこそ、魔王が魔王と呼ばれる所以なのである。
「それが切り札か」
そう言って勇者が腰に携えた鞘から引き抜いた剣は素朴な外見をした聖金剛の剣。だが、それは人類に受け継がれる聖剣『エクステイン』。
数百年前に現れた初代勇者の親友が友のために鍛えたその剣は、当時はなんの変哲もない唯の剣であった。
しかし、歴代の勇者にその想いと意志が受け継がるうちに、不思議な力が宿り、いつしか聖剣と呼ばれるようになった。
示し合わせたように両者が踏み出し、瞬く間に剣が交差する。本来、魔王とともに世の常から外れた『星喰らい』は剣が交差することは無い。剣を振った時点で敵はこの魔剣の錆となるのだ。
聖剣の力、更に勇者の桁外れた能力と戦闘技術によって、魔王そして『星喰らい』と同じ舞台に追いついたのである。
だが、力は拮抗しているように見えても、聖剣は『星喰らい』とまともにぶつかった事で僅かに刃こぼれを起こしていた。
数十億年の時を数える『星喰らい』に、せいぜい数百年の歴史しかない聖剣がこの僅かな差まで追いついたことは人類の偉業と言っても過言ではないが、この場においては致命的な差である。
常人には何が起こっているかもわからない速さで剣が打ち合わされるうち、聖剣がその根元からポッキリと折れ、刃が飛んだ。聖剣は蓄えられた力が霧散したように輝きを失う。
「終わりだ」
膝をついた勇者の首筋に魔王が魔剣を添える。そんなことをせずとも勇者を殺すことは容易かったが、魔王なりの敬意を払ったものだった。
「いや、まだだ」
その直後、勇者の体が輝き、閃光とともに全方位に向けて衝撃波が放たれた。至近距離で受けた魔王は思わず魔剣を手放し、飛ばされた魔剣は床に突き刺ささる。
魔王がほんの僅かに飛ばされた魔剣へ意識を向けてしまったと気づいたときにはもう遅かった。
「〈限界突覇〉」
煌々とした白い光に包まれた勇者の右手から放たれた光は魔王の魂を貫いた。魔王は命を失っても魂がある限り何度でも蘇る。
〈限界突覇〉は行使者を一時的に魔王と同じ世界の枠を超えた存在にする禁忌の魔法。本来、勇者の持つ規格外な魔力を持ってしても行使することは出来ない。だが、砕かれた聖剣に込められた力が解放され、勇者に力を貸したことによってそれを実現させた。
「見事だ」
負けを認め、弱々しく呟いた魔王。
「私の願いは遂に叶わなかった…………が……」
その体は鏡が割れるように砕け散った。
かくして勇者、そして人類の長き戦いは――終わりを迎えた。




