大晦日X097 管理局の反撃
「破店倒産剣が三式(壊)“Teaポイントをお付けします”」
コンビニ店長が刀を一閃させると、前方空間が大きなTの字に斬り裂かれる。ベルゼブブの体は頭部と左半身、右半身へと分割されてはじけ飛んだ。背景のごとく、後方に多数存在する蠅の軍団に対してもTの字が刻まれる。
「グははははっ。呪詛“豚ノ首ヲささげよ”」
三つに分散した体で高笑いしつつ、ベルゼブブは自身を無数の蠅へと変化させる。
分裂飛行しながら、コンビニ店長の真横で再結集。復活を果たした後、節足動物の腕を伸ばしていく。ドス黒い靄が立ち昇る手から、知性体を獣に変貌させる強力な呪詛を流し込むつもりだ。
「破店倒産剣が十式(壊)、“お客様でなければ神ではありません”」
呪詛により黒く染まったベルゼブブの手腕を、コンビニ店長は刀で受け流す。と同時に、カウンターで胴を裂いた。端の擦り切れたローブの中から魔族の濁った体液が噴き出す。
初めて実体にダメージを受けたベルゼブブの体が、よろける。
そんな隙を見せれば、当然、コンビニ店長は刀で心臓を貫くだろう。
「スキル封ジっ。が、残念ナがら、それは傀儡ダ!」
心臓を貫かれたベルゼブブの全身が細かく崩れ、無数の蠅の死骸となって落ちていく。いつの間にか偽物と入れ替わっていたらしい。
偽物を使うという手段が知られた時点で、ベルゼブブは己の分身を量産して数で攻め立てる。出入国ホールの四方八方に同じ姿、同じ気配、同じ魔力のベルゼブブが出現して、一斉にコンビニ店長へと襲いかかってきた。
危機的状況でありながら、コンビニ店長に一切の動揺は見受けられない。
ただただ落ち着いた無表情のまま、刀を横に倒して、磨かれた刀身にベルゼブブの姿を映し出す。
「破店倒産剣が九式(壊)、“タッチパネルにタッチして年齢確認を”」
刃に映し出されたベルゼブブの本体。
そして一斉に消え失せていくベルゼブブの分身。
「ホうっ、幻術破リまで行使するか。どれ程ノ敵ト殺シあえば、ここまでの技ヲ習得セざるをエなかった?」
「絶え間なく侵入してくる魑魅。神を偽り無理を強要する妖魔。気付けば傍に乱立している鬼霊。搾取する事しか知らない第六天魔王波旬。――そのような悪鬼共を斬り捨てる作業を、コンビニの二十四時間営業が開始してから一日も休まず」
「なるほど。新世界ハ魔界ニ劣ラぬ極地デあったか」
「店を守るために、健全な業務を継続するために、私は護店経営剣を編み出した。が、それでも店を守り切れなかった時、私の剣術は殺意で満たされた破店倒産剣と化して、すべてを破壊し尽くすのだよ。 ――破店倒産剣が七式(壊)、“塵は塵に、家庭ゴミは家庭のゴミ箱に”!」
コンビニ店長はさも当然のごとく、真空の斬撃を投射した。それも連続的に。
斬撃はベルゼブブの体をシュレッダーで粉砕された書類よりも細かく、細かく、不可逆なものへと変えていく。蠅と化して回避するベルゼブブは既に見破っているため、蠅よりも小さく刻む。
過剰な攻撃により、再生不可能となったベルゼブブ。
異世界の悪魔はついに祓われ――、
「――蠅ノ王ガ、蠅ニばかり擬態スるというのは先入観ゾ!」
――炎が生じた。ベルゼブブの本体だったものが一斉に発火して、紫炎となってコンビニ店長を怪しく照らしたのだ。
「千ノ呪詛ヲ操リ、サタンを凌グとさえ謳ワれた我ヲ滅スるには、まだ足リん! 恐レろ! 畏怖セよ! 百年足ラずの短命ナ人間族ガ、ベルゼブブとどう戦ウ?」
「お前ごとき悪魔を屠れず、二十四時間営業はできない」
「コンビニの二十四時間営業モ、今日デ終ワりだ!!」
眷属の蠅共にも炎が移っていく。延焼する勢いが速過ぎて、これはもう爆発と言ってよい。
爆風が閉鎖空間たるホールに広がり、全体を揺るがした。
完璧に爆発の中へと取り込まれたコンビニ店長。人間であるのなら熱で焼死か衝撃波で圧死するべきだというのに……、無傷のまま現れて炎に変化したベルゼブブへと立ち向かう。
神話の時代を再現する悪魔と鬼の戦いは、拮抗しながら、ひたすらに苛烈なものにとなっていく。
「突入から既に三十分が経過しているぞ。各ユニット、どうなっている!? 誰でもいい、応答するんだ!」
某国特殊部隊に所属し、異世界入国管理局の制圧作戦を指揮する部隊長。彼は怒号に似た大声で、通信機へと必死に語りかけている。
異世界入国管理局の駐車場に着陸したティルトローター機は、そのまま前線指揮所として稼働していた。部隊長が全体を俯瞰しながら、管理局内へと送り込んだ部隊を支援している。
作戦の初期から中盤にかけては酷く順調であった。
空からの奇襲は見事成功し、既に十分な乱戦具合にあった管理局の各勢力、警備部、攘夷テロリスト、自衛隊を各個撃破できていた。順調過ぎて予定を上回る速度で制圧が進んでいたぐらいである。
……だというのに、作戦開始から三十分。いや、もうすぐ三十五分。
『――こちら、エコー1ッ。こちら、エコー1ッ! コマンドポスト、我々は謎の敵の襲撃を受けているっ!』
「エコー1、何が起きている。謎の敵とは何だ? 状況を正確に伝えろ」
『来るなっ。クソ、近寄るな!』
「エコー1! 応答せよ、エコー1」
『撃てッ! 撃ち続けろ、絶対に奴等を近付けさせては――がはァ』
突入した部隊からの連絡が次々と途絶えている。どうにか応答した部隊からの通話も途切れ途切れだ。
雑音の中に、隊員達の慌てふためく声と射撃音。
『――もうっ、忘年会は仕事終わりって聞いていたのに、私達が知らない間に始めちゃって! 出遅れた分を取り戻さないと』
更には、少女の声みたいな音まで紛れ込む。
『忘年会では隠し芸をするものなんでしょ? 親切な私達は、皆にやってもらう芸を考えていたの』
『一種目は私からね。箱に入って人体切断よ。さあ、入った入った』
『やめろッ。その箱には一切のタネが入っていないだろ!?』
『安心して。柿の種は入れておいたわ!』
幻聴の癖に少女の声は複数人分聞こえる。エコー1の「ノコギリは止めろ。だからといってチェーンソーを持ち出すな!」という悲鳴でも掻き消えないぐらいに鮮明な幻聴である。
『二種目目は熱々のおでんの早食い競争……だったのだけど、何故かコンビニのおでん、全部腐っていてドロドロだったのよね。まあ、発酵の熱で熱々だからお題通りよ』
『シット、小さくて弾が当たらな……謎の飛行生物に拘束されて、うっ!? 口を無理やりこじ開けられて……ぐあぁァッ』
『第三種目は腹笑いね。はい、ドーピングで笑い茸よ、お食べ』
『麻薬及び向精神薬取締法違反なキノコを無理やり!? ぎゃあははあはっ!!』
ほどなくして、エコー隊全員の悲鳴が終息していき、残ったのは少女達の笑い声のみだった。
エコー隊の全滅を予想しながら、通話機へと部隊長は語りかける。
「……お前達は何者だ?」
『――82話と83話と84話の時と、86話と87話の時も私達はずっと! 待ってた!』
「な、何を……?」
『クリスマス回だろ!!』
「ああっ……だから誰だ、お前達??」
『暴れる機会なく大晦日に突入した鬱憤をはらすから、待ってなさい』
羽ばたく音がした後、通信は途絶した。
意味不明であるが、作戦は失敗してしまったのだろう。指揮所に残っていたお陰でまだ五体満足な部隊長と、オブザーバーとして同行していた渡辺田中は、決断しなければならなかった。
「……遺憾ながら、作戦予定時間の四十分が経過した。B案へと作戦は切り替わり、五分後には空母から発艦した重装備のF‐35により爆撃が行われる。ここは跡形もなくなるだろう。我々は撤退だ」
「あの、突入したお仲間達は?」
「彼等もプロだ、作戦の重要性は理解している」
ティルトローター機は二枚の回転翼を加速させて、垂直離陸を開始する。
運んできた隊員の多くを置き去りにして逃げるつもりだ。無慈悲であり非情であるが……管理局方面から飛来する複数の飛行小型生物ほどに無慈悲ではない。
蝶のような羽で機内へと飛び込んできた一匹が、乗組員に挨拶する。
「ハロー、人間族。良いヘリコプターに乗っているわね。それとも、これってオスプレイ??」
「よ、妖精、だと!? こんな小さな奴等に特殊部隊が全滅を??」
「ひぃっ、よ、妖精。別人扱いされて襲撃された記憶で頭が……」
機内に次々と乗り込んでくる者達は、管理局が雇った異世界人、森妖精AからZだ。
忘年会の準備のために仕事を休んでいた彼女達は、現在進行形で続く出入国ホールの戦闘に巻き込まれる事はなかった。その代わりに、外からの訪問者に悪戯を仕かけている。
「ちょっと、変形してみせてよ。ガウォーク形態に」
「このボタンね。ポチっとな」
「勝手に操作盤をいじるなっ。駄目だと言っている!」
「遠慮しないで。貴方達も忘年会で隠し芸をさせてあげるから」
「だから止めろッ、姿勢制御がぁぁ」
森妖精の悪戯によって、ティルトローター機の空力は致命的に損なわれた。
ただの鉄の箱と変わらなくなった機体は高度を維持できなくなり失速、地面へと落下していく。不幸中の不幸にも、機体が歪んだだけで爆発炎上までには達していない。
落下の衝撃に呻く乗組員の額に着地する、森妖精共。
一匹一匹の力は人間に及ばないものの、複数が協力すれば妖精でも人間を運ぶ事だってできた。そも、妖精とは人間を迷い込ませる存在だ。混沌と化している管理局へと招き入れるのは容易い。
笑みを浮かべながら群がる森妖精に服を掴まれてしまい、特殊部隊の部隊長でありながら一切抵抗できなかった男が管理局へと空輸されていく。
「一名様ご案内ーっ」
「訓練を受けている。拷問には屈しない!」
「私達を何だと思っているのよ。お客様のために加熱用カキを昨日の内に常温解凍しておいたから、新鮮な内に食べさせてあげるわね」
「殺せッ、俺を今すぐ殺せぇ!!」
部隊長の姿は照明が落ちて黒くなった管理局のどこかへと消えてしまった。気絶していたパイロットも同じ末路だ。
残ったのは、部隊に同行していたイケメンただ一人。
「私はただのオブザーバーだ。戦闘員じゃない。頼むから見逃してくれ!!」
墜落機体から運び出されながら、イケメンが森妖精に慈悲を請う。
「――忘年会スルーだわ。きっと飲みニケーションが足りなかったのよ。私達で治療してあげましょう!」
森妖精に慈悲を請えば、当然ながら、優しく丁寧に玩具として扱われるだけなのだが。
「い、嫌だっ。爆撃に巻き込まれるだけなら一瞬で死ねるのに、どうして、妖精共に接待を受けるなんて、嫌だァッ! 俺は何も悪い事はしていないのに。助けてくれ、誰か、助けてッ!」
「誰も助けてくれないのよ、特にこの作者はね。……だからせめて、私達が歓迎してあげる」
「嫌だァ! 嫌だァ! 嫌ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
出撃した爆撃機が異世界入国管理局を空爆するまで、まだ五分。




