大晦日X094 凶者参戦
緑髪の美人揃い、ドライアドおよそ十二人が参戦した事により、出入国ホールのパワーバランスは一気にエルフへと傾いた。個人の戦闘技能はエルフに劣ると思われるが、数の優位は戦いの基本。そこそこ強い戦闘員が十人も集まれば仮面を付けたヒーローとて苦戦する。
踝から下が植物の根となっているのか――どことなく球根と似ている――、二足歩行な多脚移動でドライアドが迫ってくる。
その辺りに落ちていた大使館と書かれたダンボールを構えてガードした。が、ドライアドの手先が伸びて指が貫通してきた。
「狂暴な異世界人だな」
ダンボールを捨てて、新たにその辺に落ちてたポリカーボネート製の盾を構えてガードした。が、植物のようにしなるドライアドの腕の振りかぶりでヒビ割れた。
「このクソっ!」
盾を捨てて、新たにその辺に落ちていたひのきの棒を横に構えてガードした。が、意外な強度を誇りドライアドの手刀を食い止める。
「だ、大丈夫か?」
骨があるかは不明だが、ドライアドの指が小気味良く鳴っていた。ドライアドが深刻な顔で冷汗を流している。美人なのに変顔で台無しだ。
可哀想なので救急箱をブースから持ち出して、添え木して治療してやる。とりあえず一体は無力化に成功した。
だが、ドライアドの残りは十一。
俺が襲われている間に、ホールの各所で根を伸ばして戦線を拡大していた。食虫植物が親戚の者達が選ばれているのか随分と好戦的らしく、Rゲートのアルバイト君VSマルデッテの戦闘にも介入している。カイオン騎士が守る応接室にも侵入を企んでいる様子だ。
そして、ドライアドの魔の手もとい魔の根は、逃げ遅れている一般旅行客へと襲い掛かろうとしていた。
「ぼ、僕の奥さんには手を出させないぞ」
「あなたっ!?」
「まずいッ、一般人に被害が!」
腕から伸びるドライアドの蔓。
束ねられて槌と化して強度を増しながら、恰幅的に狙い易い味噌マダムへと叩き付けられる。
その寸前、マダムの前へと痩せた夫が飛び出して蔓を体全体で抱え込んだ。
明らかに筋力のない体で、オールブラックス数人分の衝撃を受け止めきる奇跡を起こしてみせる。夫婦の愛情が成した奇跡である。
とはいえ、それが限界。マダムを守り切った夫はその場で蹲る。
「ドライアド、お前っ! 一般人に犠牲が出ると工作が大変だと分かっているのかッ」
「あなた、しっかりして、あなたっ!」
「……あはは、無理し過ぎたみたいだ。君の味噌汁はいつも最高だった。僕の墓には白米ではなく味噌汁を供えて欲しい」
「あなたっ!!」
非道なドライアドは腕を振り上げながら味噌マダムへと近づいていた。夫に先立たれると可哀想だから、マダムも一緒に亡き者にしてやろうというモンスターなりの慈悲なのか。
鞭のごとくしなり、ハンマーのごとき硬い拳が味噌マダムの後頭部を打ち付けた。
「――ふんッ!」
だが、拳が届く寸前に、味噌マダムがノールックでドライアドの手を掴み取る。
まさか一般人に攻撃を防がれると思っていなかったドライアドは驚きの表情を作った。反射的に腕を引いて距離を取ろうとしたものの……味噌マダムの太い指によるホールドは一切緩まない。
重機に挟まれた樹木がミシりと軋む。
まさに、その音がドライアドの腕から鳴った。診断しなくても分かる。ドライアドの腕は折れているだろう。
「よくも、よくも私の大事な主人をッ! ふんッ!!」
片腕で夫を抱えていたので、味噌マダムは一本の腕のみでドライアドを天井高く放り投げる。ただの力任せに、異世界の住人は逆らえない。
ドライアドは頭から天井に突っ込んだ。板を破って、下半身のみオブジェとなって足をプラプラ揺らしている。植物が主体のはずのドライアドを、たった一撃で気絶させたのだろう。
力を見せた味噌マダムであるが、目立ち過ぎたのはマズい。数体のドライアドが一斉に振り向き、同時に襲い掛かる。
片足立ちの体制の味噌マダムへと多方向から根が襲来して……ふと、マダムの体が消え去る。
俺の真横に風が吹いて、いつの間にか味噌マダムが立っていた。残像さえ見えなかったぞ。
「主人を預かってくれません」
「お、お預かりします」
「それと、押収品を少しお借りしますわね」
「ご、ご自由にどうぞ」
再び味噌マダムの姿が掻き消える。
どこに向かったのか痕跡さえ掴めなかったものの、バックヤードから後輩が現れて報告してくれた。
「せ、先輩っ! 今、味噌マダムみたいなマダムが突然現れて、押収品の中から味噌を選び取っています」
「ああ、俺が許可した」
後輩と一緒に意識のない味噌夫を安全地帯へと運んでいく。腹部強打による悶絶、全治一週間ぐらいだろうか。
「味噌マダムであっているんです? 怖い顔していましたけど」
「ドライアドが味噌マダムの逆鱗に触れたんだ」
「……けふ、あれは僕が味噌汁を間違って流し台に捨てた時以来の……けふ」
「味噌夫さん! しっかり、気を確かに!」
配偶者を傷付けられた事により覚醒した味噌マダムが、どうして味噌を求めているのかは分からない。超常現象に理由を求めても仕方がないのだ。
ただ、味噌の使い道は案外早く判明する。
どこからか飛来した味噌の塊が、ドライアドの顔に直撃していた。白味噌、米味噌、赤味噌の三種が三人の顔を覆い尽くしている。
「味噌は綺麗に食べなさいッ!!」
理不尽が過ぎる警告がホール内に響き渡ると、いつの間にか白と米の二人が床に沈んでいる。
味噌マダムの手に頭を掴まれて、そのまま床へと叩き付けられた格好でのノックダウンだ。よく目を凝らせば、味噌マダムはドライアドの口元を掴んでおり、口の中へと味噌の塊を突っ込んでいるらしい。
ドライアドの顎を指で押して口をしっかり閉めてから、味噌マダムはゆっくりと立ち上がっていく。
残る赤味噌は目を味噌で覆われているため、何が起きているのか分かっていない。が、それでも本能的に脅威を悟り、逃走を試みる。
「……どこへ行こうというのかしら? 味噌を食べ残しているわよ」
味噌マダムが根っこを踏んでいたので、赤味噌の逃走は一センチも成功しなかったのだが。
背後から赤味噌へと近づき、口の中へと味噌を突っ込み顎を強制的に閉める。アクション映画の主人公が敵の雑兵の首を一瞬で折っているシーンがあるが、雰囲気は似ていなくもない。
赤外線レーザーサイトが目標を定めるがごとく、味噌が額に命中したドライアドが次の標的となっていた。味噌を突っ込まれながら、頭部を床や壁に叩き付けられていく。
十人以上いたはずのドライアドが、たった一人の味噌マダム――こんなマダムが複数いても困るが――により掃討されていく。
「うふふ、味噌を食べなさい」
一人一人の口へと味噌を押し込む丁寧なやり方だというのに、寒気がする程に手際が良い。
「あはは、味噌を食べなさい」
「奇怪な新世界人めッ!」
「味噌はね、体を強くするの」
エルフが矢を放ってみたものの、味噌マダムは避けもせず体の脂肪で止めてしまった。野生の熊にはマグナム弾が通じないと聞くが、同じ現象が味噌マダムにも通用するらしい。
「先輩、勝ちましたね?」
「ああ、勝ったな」
出入国ホール最強が味噌マダムに確定したので、エルフやドライアドを恐れる必要はなくなった。この戦いは俺達の勝ちである。
「――いいえ、僕達、攘夷の勝利ですよ」
いや、森林同盟は異世界ゲートを奪うために動いていたが、破壊する意思はなかった。だから防衛戦闘であっても異世界ゲートを守る必要はあまりなかった。
けれども、攘夷テロリストの目的は異世界ゲートの破壊である。彼にとっての勝利条件はただ一つ、異世界ゲートを斬る事のみ。戦いとは常に、攻める方が有利なのである。
稜線のごとき世界を渡る道の上を、アルバイト君が走っている。Rゲート側でマルデッテと戦っていたからRゲート側の道だ。
「爆薬も渡されていましたが、せっかく世界を斬り落とせる機会なのですから、刀で斬らないと」
異世界へと到着する手前で刀を上段に構えるアルバイト君。
本当に刀で異世界ゲートが傷付くのかは分からない。何も起こらないかもしれないし、想定しない大惨事が発生する可能性もある。誰にも分からない。そのような凶行が実行に移されるはずがないと、今の今まで俺は信じていた。
「まずは一本っと!」
愚かしくも、刀が異世界へと接続する門を両断す――。
「――――呪殺セヨ」
――世界の向こう側から、黒色の霧のごとき瘴気が吹き荒れる。
違う。遠くからでは小さ過ぎて分からないが、霧は耳障りな羽音を発しない。あれは無数の小さな蠅の群体だ。何千、何万の、下手をすると何憶の蠅の群れが一斉に、異世界ゲートの向こう側から侵入してきたのだ。
異世界ゲートを斬るはずだった刀の先が、刃先にいた蠅をまず斬り落とす。
蠅を斬ったぐらいで刀が止まるはずもない。そのまま振り下ろせば良かったものを、アルバイト君は大きく後ろへと跳び退いた。
蠅を斬った刀の先が……黒く錆びて溶けてしまっている。
「菊一文字が、溶けた??」
「新世界ノ人間族ガ、今更我等ヲ恐レたか? ハハ、鈍重ナり。我ハ、こうして現レたぞ。侵攻シて来タぞ。サア、出迎エよ。盛大ニ出迎エよ!」
アルバイト君の全身を蝕むべく、蠅の黒い大群が広がった。
その所為で、中心部に佇む朽ちたローブの中に、赤い複眼の異形、魔王軍最凶の幹部ベルゼブブの姿が確認できてしまう。
――同時刻に、異世界入国管理局の上空に到達する羽音。
無数の蠅が吹き荒れる不規則音と異なり、大きな回転翼が傾きかけた群青の空を切り裂く機械音が響いている。
猛禽類の一種、ミサゴが名付けられた可変航空機が、作戦区域へと到着したのだ。空母より放たれた一機が、後続によるけん制射撃が開始されると同時に管理局へと強襲をしかけた。
「管理局を奪取し、異世界ゲートを我が国のものとせよ。作戦開始だ。ゴーゴーゴーッ」
「祖国のために!」
「合衆国のために!」
機体から垂れ下がるロープのみで地上へと隊員達が下りていく。それも迅速に、ほとんど落下する速度で。地上の敵に対応する暇を与えず、部隊を展開していく。
後続の援護射撃によって、自衛隊の指揮車両の破壊に成功した。
爆散する車両の破片を背中に受けながら、隊員達は管理局の中心部を目指した。
「四十分が作戦時間だ。ハーフタイムがない分、NBAの試合よりも短いぞ」
「……四十分で異世界ゲートを占拠できなかった場合は?」
「B案が発動される。空母から爆撃機が発進し、五分以内にはここに到着して作戦が行われた証拠ごと焼き払う」




