大晦日X093 森林同盟参戦
異世界入国管理局の食堂を占拠した攘夷テロリスト。今夜、提供されるはずだった特別メニューの年越し蕎麦を勝手に食しながら、管理局を攻め落とそうとしている。
「ズルズル。抵抗は激しいが、異世界ゲートまでもう少しだ。もう少しで、異世界と絶縁できるぞ」
「ズルズル。今年中には終わりそうですね」
「ズルズル。そうだな。来年を暖かな気持ちで迎えられるぞ。ズルズル」
食料潤沢なテロリスト共の戦意は上々。食事し終えた後、このまま勢い任せに警備部が死守する出入国ホールへと雪崩れ込む。
――銃撃により、年越し蕎麦の入ったどんぶりが破壊されなければ実行できただろう。
何者かによる襲劇で間違いない。飛び散る熱々の麺や具材が付着して、テロリストがのたうち回る。
「ぎゃあ、俺の年越し蕎麦が顔にぃッ」
「ズルズル。管理局の反撃か!?」
テーブルで食事中だったテロリストだけが襲われた訳ではなかった。券売機に並んでいたテロリストの列に対しても、突入してきた緑の迷彩服に目出し帽の集団が、容赦のない攻撃をしかけている。
捕縛ではなく制圧が目的であり、テロリストの命は一切考慮されていない。
銃弾の雨に、テロリストが次々と倒れていく。
流れ弾が券売機のキャッスレス決済機を破壊したため、蕎麦を購入できなくなったテロリストが涙を流した。
一方、中央通路を防衛中の警備部達。
「……攻撃が止んで静かになりましたね。少し様子を見て来ますか?」
「いや、静か過ぎる。こういう時は動かない方がいい」
頭を物陰に隠しながら、警備部の班長が通路の遠くを観察していると……ポン、という異音が曲がり角の死角から響く。
ランチャーから発射された投擲物は放物線を描き、狙い通りバリケードの内外へと落下する。
投擲物の内部から激しい勢いで煙が散布されていく。中央通路は一気に霞がかる。
「催涙弾だぞ! ガスマスク装着。マスクのない者はエルフの体臭だと思って耐えろ!」
白い煙幕となって広がる催涙剤の向こう側に、髑髏のごときガスマスクを装着した迷彩服の部隊が突入してくる姿が見え隠れしていた。
催涙剤に裸眼で耐えている班長が、突入部隊の正体を看破する。
「動きがテロリスト共のそれではない。奴等は……Sか」
「Sって、班長が管理局に来る前にいたという自衛隊の特殊作戦群の? 的の左右に仲間を立たせて射撃訓練を行う頭のおかしい集まりの??」
「そうだ。救援にしては随分と手荒いな。俺がエルフの生写真を〇ンスタにアップしたら本気で悔しがっていたから、俺達のエルフを奪いにきたのかもしれない」
「俺達の共有財産たるエルフをっ!? 許せませんッ」
「当然だ! 簒奪者共を返り討ちにしてやるぞッ。全員、突撃!!」
エルフの第二射をカイオン騎士が弾き返す。弾かれた矢がテーブルの天板に深々と突き刺さった。
なかなか際どい位置で気絶しているペネトリットを回収し、胸ポケットに入れておく。熱にうなされているのか赤い顔で容態はよくなさそうだ。飯マズで死ぬ初めての生物になってしまうかもしれない。
「カイオン騎士っ。私が前に出ます!」
「ユーコ準騎士?! せっかく故郷に戻れたというのに無茶をするな!」
「大丈夫です。戦えます!」
カスティアを守るために動けないカイオン騎士に代わり、有子がオフェンスとなってエルフに向かっていった。
「局長、妹さんを止めなくていいんですか?」
「そう思うならお前も行け! 民間人の避難誘導だ」
出国前だった旅行客が戦闘に巻き込まれないように、バックヤードへと誘導する。管理局の職員の責任を果たすためには、カイオン騎士に守られる安全な応接室から出て行くしかない。ふむ、酸っぱくない外の空気が美味しい。
局長にはRゲート側にいる人達の避難を任せたので、俺はLゲート側だ。
既に後輩達が避難誘導を開始していたが、ホールは混乱が激しい。一部の人間が逃げ遅れてしまっている。助けなければ。
「まあ、大晦日だから特別なショーがあるのね」
「ほ、本当かい? 本物の戦闘みたいだけど、ショーで間違いない?」
「こっち側では騎士さんとエルフさんの殺陣ね。もっと近くで鑑賞しましょう、あなた」
「え、えぇ??」
矢の射線により退路を分断され、逃げられずに恐怖に怯える夫妻――少なくとも夫は恐怖している――を救わねば。
次の矢を構えているエルフに対して、有子が近接戦闘をしかけた。
剣に対して、エルフは大型のナイフを取り出して受け止める。
「どうしてカスティア様を狙う、エルフ!」
「和平など我等の神は望んでいない。創造神が何を望んでいたとしても、我等が優先するのは我等の神だ!」
「遠くの獲物を狩るエルフが、近視眼的なッ」
エルフは横へと跳び込み一回転しながら矢を放つ。有子は危ういタイミングであったが矢を回避する。力量はエルフが上手か。
「がんばれ、騎士の子―っ。負けるな、耳が長い子―っ」
「耳が長い方は悪っぽくないかい?」
「あなた、決め付けはいけませんよ」
救出に動きたいが不用意にホールを横断するのは危険だ。
どうにかエルフを無力化できないものかと望んでいたのだが、逆に有子が蹴り飛ばされて壁と衝突してしまった。気絶したのか俯いたまま動こうとしない。
「エルフの癖に強いぞ、この女!?」
「次はお前だッ、人間族!」
そういえば、元々、俺の命を狙っていたな、この耳長女。
あの時はアルバイト君が相手をしてくれていたが、現在はマルデッテと交戦中となっている。敵を抑え込むために敵を取り込む局長の策も、案外馬鹿にはできないものだ。
エルフは矢で俺の心臓を狙っていた。
これはもう、胸ポケットにいるペネトリット共々、矢に貫かれて死ぬしかない。こう素直に胸を向ける。下手に生き残ると痛いし。
「貴様ッ、どこまで卑怯なんだ!?」
素直に諦めたのに文句を言われると、どうしたら良いのか分からなくなる。
矢を番えたのに動きを停止させるエルフ。
その背後に忍び寄ったのは……いつの間にか復活し、更に、髭と猫耳を生やした有子である。命の危機に瀕したため、異世界で施された猫化の呪いが発動したのだろう。いわくある呪いであるが、戦いで生き延びるのには役立っている。
「ニャアッ!!」
猫パンチを後頭部に喰らったエルフの顔が苦悶に曇る。転倒だけは避けたが、足がふらつくぐらいにはダメージを負っていた。
ポテンシャルの上昇した有子ならば、このままエルフを押し切れる。
「敵地たる新世界に攻め込んだのだ! 奥の手ぐらい用意してあるぞッ」
俺と違って諦めの悪いエルフが後退した先には、特別な物は何もない。あるとすると、ウォーターサーバーがあるぐらいだ。
エルフはそのウォーターサーバーに用事があったらしい。喉が渇いているのかな。
「出番だぞ。特殊部隊ニュムペー!!」
エルフはボタンを押さず、水が入っているタンクをナイフで切りつけて乱暴に漏水させた。飛び出ている水へと何かの袋を浸している。
水分を吸収したからだろう。袋が膨張していく。
……いや、吸った水分以上に膨張しているような。袋が内側からはじけ飛ぶと、内部から現れる複数の女の影。
増えるワカメの膨張率を超えて、サイバイマ……もとい、エルフに劣らぬ美貌のドライアドがダース単位で登場する。袋の中身はドライアドの種だったらしい。
出入国ホールの乱戦具合が一気に高まった。




