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大晦日X092 攘夷猛攻

 刀で武装したアルバイトがドアを斬り裂いた。

 異世界入国管理局の基準に照らし合わせれば、カオス度の低い状況だ。隔週で滅びと再生を繰り返す輪廻のごとき管理局を襲撃するのならば、もう少し人の身から解脱しておくべきだろう。

 アルバイト先があのコンビニというのはやや懸念材料であるが、それでも、警備部全員を呼んで袋叩きにすれば制圧できるぞ。


「それはどうでしょうね。連絡してみてはいかがです?」


 妙に自信あり気にアルバイト君が連絡をうながしてきた。

 言われなくても局長が連絡しているし、なんなら、監視カメラの映像を見ている警備部の方が既に動いてくれているはずだ。


「――なにっ!? 正面ゲートが襲撃を受けているだと。武装した敵の数は十人を超える? 出入国ホールには出国前の民間人もいるんだぞ。中央通路へと戦力を集中して何としてでも食い止めろ。こちらは我々でどうにか対処する」


 いえ、局長。民間人がいるのなら、ここにも戦力回してくださいよ。

 重厚なる最終扉の向こう側、出入国ホールの外も襲撃を受けているらしく、警備部に応援は頼めそうにない。タイミング的にアルバイト君と外の襲撃は関係がありそうだ。


「お察しの通り、外を襲撃しているのは僕の同志です。異世界ゲートのあるここを目指しています」

「アルバイト君。君の正体は何者だ!」

「まだ分かりませんか? 僕達は、異世界排斥主義者。通称、ゼノフォ――」

「まさかッ、敵対ライバルコンビニ店が送り込んだ破壊工作員!?」

「違う。そこの男は攘夷ゼノフォビアテロリストだ」


 アルバイト君本人ではなく、局長がアルバイト君の正体を言い放つ。

 多少は驚いた表情を見せるアルバイト君。


「へえ。気付いていながら、僕を管理局内で働かせていたなんて」

「危険であっても、多数存在する管理局の敵対勢力に対しては抑止力になったからな。一勢力が不用意に動けば簡単に均衡が崩れる状況に陥っていた状況においては、必要な人員だった」


 エルフが襲撃してきた時には確かにアルバイト君のおかげで助かった。が、倒壊しそうな建物を支えるのに、ダイナマイトをつっかえ棒にするやり方は間違っていないだろうか。

 警備部が来ないとなると、ここにいる管理局の戦力は俺と局長だけ。ペネトリットはまだ気絶している。刀剣所持した危ないアルバイト君を押さえるのは……局長から銃でも借りるか。


「危ういなぁ、管理局。やっぱり危険じゃないですか。異世界ゲートなんて斬ってしまいますね」


 アルバイト君もわざわざ応接室にやってくるぐらいなら、直接、異世界ゲートの破壊に向かうべきではなかったのだろうか。俺達に挨拶してから破壊に向かう理由が思い付かない。


「妙な発酵臭がただよっていた部屋だったので気になって……というのは四割五分ぐらいの冗談で。異世界ゲートを切る前に、そこの異世界人達に帰還勧告ぐらいはしておこうかと。だって、僕が異世界ゲートを切ったら二度と故郷に戻れないんですよ。異世界人でも、多少は可哀想になります」


 アルバイト君の最後の方の言葉は、部屋の奥にいるアジーやカスティアに対して向けられたものだった。テロリストの癖して最後通告はしてくれているらしい。

 ただ、ここに集まっている異世界人は和平いんぼうを働かせるタカのようなハトである。テロリストに言われるがままに大人しく帰るはずがない。


「誰に向かって帰れと言っているのかしら、私に指図できるのはお父様だけ。そこの身の程知らずな人間族に魔族の恐ろしさを教えてあげなさい。マルデッテ!」

「承知しました。アジー様!」


 特別、Rゲート側は好戦的だ。

 勅命を受けたマルデッテ・メドゥーサが長い巨体を動かす。蛇行しながらも壁沿いを高速移動して、アルバイト君へと組み付いた。


「見た目に反して速いですが、無駄が多い」

「新世界の人間族の癖して、生意気だ!」


 組み付かれる寸前にバックステップで回避したアルバイト君が、応接室からホールへと移動していく。

 追撃をしかけるマルデッテであるが、すばしっこく移動するアルバイト君を捕捉できていない。


攘夷ゼノフォビアテロリストにしてはやりますね。現代人離れした動きしていますよ、局長」

「ああ、奴等の戦闘部隊に所属しているらしいからな」

「俺でもどうにかできた魔王軍幹部最弱のマルデッテでは難しいかもしれませんね」

「くそ、やはり警備部から戦力を抽出するか」

「外野がうるさいぞッ」


 刀の一閃を爪ではじいているマルデッテも頑張っているのだ。生暖かく応援してあげよう。

 振りかぶり、広範囲へと叩きつけられたマルデッテの尾。ベンチやゴミ箱、観葉植物といった備品が破損しまくり、被害甚大だ。二週間前に買い直したばかりなのに。

 なお、アルバイト君はノーダメージである。当たれば致命傷となるだろうが、どうにも生物としての速度域が異なる所為で攻撃が当たっていない。


「うーん、パワーだけって感じ。異世界人とは戦ってみたかったけど、重機と戦っても面白くはない」

「言っていろ! 私の真価は魔眼。視界すべてから逃れられるものなら、逃れてみるんだなッ」


 マルデッテの長髪が広がっていく。後方にいる俺達というかアジーを隠して、万が一にも視界内に収めないためか。

 発動させるつもりだ。見たものすべてを石にする魔性の目を。

 炎さえ石にする凶悪な呪いでアルバイト君を石像にしてしまう。いくら足が速かろうと、瞳孔を動かすだけで広くをとらえる目線から逃れるのは無理がある。


「『石化の魔眼』アクティブ発動!」


 視線に沿っているのか。マルデッテの足元を始点に扇状に床が灰色に染まっていく。

 その先にいるアルバイト君に逃げ場はない。なるほど、先程、備品を尾で吹き飛ばしていたのは、遮蔽物を撤去するための前準備だったのか。案外、考えている。

 石となる寸前のアルバイト君は……刀を独特な形に構えた。上段に構えているが、刃は床に対して水平。霞の構えというものか。

 アルバイト君はそのままマルデッテへと向かって直進する。

 刀剣類の中では刀は長く細い分類にあるが、それでも、距離によっては体すべてを隠す事だってできるだろう。

 そして、丁寧に研磨された刀身はまるで鏡のように光り、魔の視線を反射する。マルデッテが慌てて目を閉じたお陰で、視線の反射先にあった長髪が一束、石化するだけで済まされた。


「あぶ、あぶなッ」

「ペルセウスは鏡みたいな盾を持って戦ったというけど、わざわざ盾を持たなくても剣を使えば良かったんですよ。そう思いません?」

「ご先祖を殺したやり方は、魔眼を反射させるなんて凶悪な方法じゃないぞ!?」


 戦闘はアルバイト君が優勢だった。想定していたよりもマルデッテが使えないというよりも、アルバイト君が恐ろしく戦闘慣れしている。そういう事にしておいてあげよう。


「アジー、お前のところの幹部が弱いぞ」

「奴もコンビニに務めていたのだろう。レベルの高い人間族と戦った経験の少ないマルデッテでは分が悪い」


 体力と防御力ではマルデッテが勝っているので、戦闘を長引かせて外から援軍が到着するまで泥試合をさせるか。

 ホールの被害が拡大してしまうが、逆に言えばそれだけだ。こちらにはまだカイオン騎士が控えているので安心感がある。

 ……こう、現状をいつもの管理局崩壊と照らし合わせて考えていたのに、どこからともなく飛んで来た矢が頬をかすめて飛んでいく。

 射線上の終着点にいたのはカスティアで、矢は護衛のカイオン騎士がどうにか叩き落として事なきを得る。

 まったく、どこのスナイパーだ。


「――体がなまったか。察知されていない一撃で殺しきれないとは」


 ホールの向こう、パーティションを挟んだLゲート側の更衣室――旅行客が異世界に行く前に、向こう側の服に着替えるスペース――の中から弓を持った女が現れる。

 金髪碧眼以上の特徴、横に長い耳を持った女だ。

 間違いなくエルフである。

 急いで着替えたばかりなのか、若干、緑の民族服がよれていた。勾留中はジャージ姿だったらしいが、俺は忙しくて見ていない。


「というか局長。あのエルフ女、まだ管理局にいたんですか?」

「警備部の馬鹿共が、審査官ばかり依怙贔屓えこひいきだ、自分達にも異世界の協力者が欲しいと言って聞かなくてな。試用期間中だったのだが、採用は見送りだ」


 警備部が外の対応に忙しくて目を離した隙に脱走したらしい。


「……あの警備部のエルフ狂が目を離すなんて、そんなに外はヤバいんですか!?」


 エルフの再登場はさておき、外の状況に俺は事態が想定以上に深刻なのではと思い始める。





 異世界管理局の構造は独特だ。

 付属施設を除外すると、中心部にある異世界ゲートを守るような半球構造となっている。観光客を受け入れる正面ゲートも、職員用の裏口も、渦を巻く移動経路の通過しなければならない。そして、最終的には出入国ホールへと通じる一本の中央通路に到達するのだ。

 屋内に攘夷ゼノフォビアテロリストの侵入を許してしまい、後手に回った警備部は戦力の多くを中央通路へと集中させていた。

 会議室や事務室からテーブルや椅子を運び出して即席のバリケードを作り、テロリストの侵攻に抵抗している。

 バリケードの中へと放り込まれた擲弾を、屈強な警備部の班長が外へと投げ返していた。


「テロリスト共め。小銃だけではなく重火器まで持ち出しているぞ。外から増援も現れているな」

「班長! 弾丸はともかく、長期戦するだけの食料の備蓄がありません。このままでは!」


 爆発音に紛れながら、警備部の面々は悲鳴を上げてしまっている。

 食堂のある区画は既にテロリストの手に墜ちた。夕食前だった事もあり、警備部の多くは空腹状態。銃弾飛び交う戦場においては、ただの空腹も精神疲労を加速させるストレスだ。

 戦意を失った警備部では、テロリストの猛攻に耐えられない。


「俺の財布を持っていけっ! そこのコンビニにある弁当とペットボトルをすべて買い占めろ」

「さすが班長っ。おごりですか!」

「後で上に請求するんだ。レシートを忘れるなよッ」


 なお、バリケードの内側には年末だろうと年始だろうと営業してくれるコンビニがあった。

 店内には、普通のおじさんが普通にレジに立っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初に倒された幹部が奴は最弱と貶されるのは鉄板ですがまさか倒した側が言うとは。マルデッテ氏が可哀想ですね 正直エルフの登場は予想外でした。ジャージじゃないのは残念ですが狩猟民族としての活躍…
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