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大晦日X091 末日の戦端


「有子、有子なんでしょうっ」

「私はユーコ準騎士ですが、貴女は誰です?」

「姉の顔を忘れたというのか、有子っ!」


 局長も狼狽ろうばいしているが、ユーコ準騎士も戸惑っていた。

 日本人疑惑のあったユーコ準騎士が中高生集団失踪事件の一人と確定した。そこまでは予定通りであったものの、ユーコ準騎士が局長の妹だったなど誰も予想できなかったからだ。

 生き別れとなった姉妹の感動の再会だというのに皆アドリブがヘタクソで、高校の学芸会の方がまだマシな感じになっている。

 局長ばかりがユーコ準騎士に詰め寄ってしまい、ユーコ準騎士は他人に両肩を掴まれたのごとく首を揺らしてしまっていた。


「ユーコ準騎士、いや、局長の妹の有子さんは、記憶をいじられているのか自分を異世界人だと思い込んでいるんですよ」

「馬鹿な! お前は私の妹、宝月ほうげつ有子だっ!」

「私は……違う。オーケアノスの準騎士、ユーコです」


 〇ーダー卿のごとく、有子に自分が家族であると必死に告げるだけになっている局長は冷静さを失っている。いつもの明晰さは皆無であり、打開策を思い付いている余裕はなさそうだ。

 仕方がないので、俺がカスティアにどうにかできないかとたずねる。


「記憶を改竄するのに用いた方法を特定しなければ治療は難しいでしょう。あるいは、かけられた呪術を上回る程の衝撃で記憶を刺激できれば」


 記憶喪失にショック療法を用いるのは異世界でも変わらないらしい。休憩室からフライパンを持ってくるか。


「お前っ、有子をぶったらクビにするぞ!」

「どうせ残り三か月でしょうに。斜め四十五度で試してみましょうよ」

「やめろォっ、有子は私の妹だぞ」

「ですから、私は妹ではないと」


 こうやって人間達がオロオロしている状況だと、某妖精から必ずチャチャが入るのだが……身構えているのに肩へと飛んで来ない。

 これは、この混乱で誰かに踏まれて二次元に旅立ったなと予想していると、ペネトリットは机の上で頭を抱えていた。


「頭が痛いのか。今日はもう早退しろ」

「……光と闇が和平、ありえない。ありえない。ありえない……くっ、頭の中から私じゃない私の声が」

「おい、聞こえていないのか?」

「…………ほっといて、何でもないからッ」


 青い顔をしているのに大丈夫なはずがない。大晦日に開いている獣医を早急に探さなければ。


「大丈夫だって言っているでしょッ、私はただの妖精。妖精だから……、人間族をおちょっくてやるのよ! いつでもね!!」


 ペネトリットが応接室の外へと飛んでいってしまった。

 どこに消えたのか心配していると、案外早く戻ってくる。

 妖精の体よりも大きな手荷物をかかえているが、何を仕出かすつもりだ。


「さー、ユーコ準騎士。これが新世界、故郷の味よ。きっとこれを食べれば望郷によって記憶が蘇るわよ」


 ペネトリットが空輸してきたのは、管理局の職員が手作りしたと思しき弁当らしかった。

 可愛らしい赤色の袋の中に、一段だけのこじんまりとした容量。筋肉バキバキの変人マッチョマンの巣窟たる警備部のものとは考えにくいので、人事や広報の女性職員のものだろう。

 有子の目前に置かれた弁当箱。

 ガントレットのまま器用に、有子が弁当箱の袋の封を解いていく。どんな可愛らしい具材が並んでいるのだろうかというワクワク感が高まっ――。


「――げふぉ、ぐふぇっほっ。し、刺激臭!? ペネトリット、弁当箱を運んできたんじゃないのか!」

「ふふふっ、この建物の中を毎日探索していた私は前々から知っていたわ。管理局には極度の馬鹿舌の持ち主がいるって」

「馬鹿舌というか科学室の臭いだぞ。こんなものを食べるかは別にして、食べても日本の記憶が蘇るはずが……っ! まさか、それを狙った悪戯を仕掛けたのか。姉妹の再会を邪魔する非道な妖精め!」

「黙って見ていなさい。これが私の生き様よ……」


 弁当箱からただようアンモニア臭にアジーが椅子ごと倒れて後頭部を強打していた。

 ふたが開かれていなくても分かるパンドラの箱に、最悪の未来が脳裏によぎる。このままでは冒涜的な弁当箱を日本の味だと有子が誤解して、己が日本人ではないという意識を一層強固にしてしまう。向かい合っているというのに、姉妹の再会が達成できなくなるのだ。


「誰かユーコ準騎士を止めるんだ。あれは夏場に一週間放置した弁当箱以上に恐ろしい、開いては駄目なたぐいの箱だぞ!」

「ん、いや。これは私の今日のお昼だが??」

「カイオン騎士、頼みました!」

「わ、分かっ――これは毒かッ、カスティア様!!」


 弁当箱の蓋が開かれた事により、弁当成分が空気中に散布される。

 本能的に危険を察知したカイオン騎士が、カスティアを背中で守る。ファインプレーであるが、これでは有子の動きを止められない。


「マルデッテ、弁当箱を石化させろ!」

「お前に指図されるのは業腹だがアジー様のためだ! 『石化の魔眼』発ど――、ギャァ、目が、目がぁ! 強烈な成分が染みて魔眼がァ」

「皆で何を慌てているんだ?? 今日の弁当の具材は母から伝わる我が家の味だぞ。芸能人が海外の一般家庭に滞在する番組を見ていた翌日に母が作り上げたものだが。あの日は確かスペシャルで、アラスカのエスキモー民族とスコットランドの二本立てだったな」

「局長、その番組で芸能人が、発酵したアザラシの中にあるドロドロの海鳥と、羊の胃袋に内臓全部詰め込んでいた料理を食べていませんでしたか!?」

「よく分かったな。お前も番組を観ていたのか?」


 その二つを悪魔合体させた何かが、弁当箱からはみ出しているからです。

 弁当箱を持ってきたペネトリット本人はとうの昔に失神してしまっている。そこまでの覚悟を持って悪戯を実行するとは見直した。

 有子は思い詰めた表情で箸を構えて、何か、を摘まみ上げる。どうしてこれが食料だと勘違いして食事を継続できるのだ、この娘は。


めるんだ、ユーコ準騎士! 死ぬぞッ」

「だから、あれは私の弁当箱だと」


 そのまま、有子は摘まみ上げた何かを口に含む。

 有子は……、……、……一筋の長い涙を流す。


「――――これは、私の家の、味です」


 やはり有子は日本人ではなく異世界人であり、弁当の中身はユーコ準騎士の実家、異世界ドリーム・ランドの食べ物だったか。日本にはあってはならない食事だったので助かった。

 有子は更に一口、二口と異物を食して、箸を置く。箸を置くタイミングが遅くはなかろうか。


「ね、姉さんっ、私、帰って来たよ。生きて帰って来たよ!」

「有子っ! 帰ってくるのが遅い! でも良かった」


 何故か局長と有子が姉妹の愛情を確かめ合っている。これは料理によって錯乱しているだけだろう。

 有子の記憶回復は、過酷な治療と長い年月がかかりそうだ。




 世界間の大事な話し合いが中断していたが、各陣営にメリットのある方向に話がまとまった。

「神の爪先派としては、和平交渉の継続が達成できます」

「闇の勢力としては、光の勢力と新世界の迎合を阻止できるメリットがあるわ」

「管理局としても個人的にも、行方不明者の帰国に全力を注ぐ。そのためにも現管理局の体制維持は必須だ。このベストスタッフなら政府とも戦えるだろう」

 和平交渉そのものが進展した訳ではないものの、どうにか、次の一歩へと繋げる事ができそうだ。こうして一歩一歩と歩んでいく事が、より良い明日へと進んで行く事に繋がるのだろう。


「新世界流で、握手を交わしましょう」


 最後に、カスティア、アジー、局長の三名はそれぞれ手を伸ばす。

 異なる者同士の手が結ばれて、無事に和平会談は終幕を――、



「――勝手に画策されるのは、困りますよ?」



 ――突如、応接室の外から声がかかる。

 その時にはもうドアに斜めの切れ目が走っており、大小の板となって崩れ落ちていく。

 斬り崩されたドアの向こう側に立っていたのは、刀を構える謎のコンビニアルバイト。


「一部の人間が、全地球人代表みたいに動かれるのは面白くありませんねー。異世界なんて他人事に振り回されたくない人間の方が、多数派だって思いません?」


 狂犬のような顔付きをアルバイト時の笑顔で隠しながら、刀の先を応接室の中にいる俺達へと向けてくる。

 管理局の外は、夕暮れ。黄昏時。

 年の暮れ、末日の黄昏以上に終末にふさわしい時はないだろう。





 ――同時刻。異世界入国管理局近傍の森。


『ウェイクアップが動いた。攘夷ゼノフォビア全ユニット、突入を開始せよ!』


 山奥に存在する管理局へと忍び込むため、おせちの宅配業者に成りすませていたテロリスト共が動き出す。

 覆面を被り、重箱の中から銃や手投げ弾を取り出しながら装備を整えると、管理局の正面入り口へと向かって突撃を開始した。


『地球に異世界などは不要! 平穏で孤独な世界を取り戻せ!!』




 ――同時刻。某都心ホテル。


「テロリスト共が動き出した様子で。これで現管理局の更迭を三か月前倒しにできますね」

「泳がせていた甲斐かいがあるというものだ。春には貴方も異世界に凱旋できるだろう」


 Lゲートの貴族と思しき男と、議員らしき男が同室にいる。

 男二人が一部屋にいて怪しい事が行われていないはずがなく。年末のスポーツ大会をラジオで楽しむかのごとく、どこかの無線中継を聞いている。


「テロリストに異世界ゲートが破壊される心配はないのですね」

「特殊作戦群を張り付かせている。二十分以内には掃討できるだろう」

「それはお早い。やはり銃というものが優秀なのでしょうか?」

「いや、中の人間をすべてテロリストとして処理するのであれば、そう難しい作戦ではない」




 ――同時刻。某海上空母。


「自衛隊の暗号無線を解読。ターゲットで大きな動きがある模様」

「よろしい。我々も作戦を開始しよう」


 海上航行中の巨大空母の甲板上には、巨大ローターを回していつでも発進可能なティルトローター機が存在した。


「傾聴! 本ミッションは同盟国内における秘密作戦であり、作戦参加者には三十年以上の機密保持が強制される。仮に本作戦で戦死した場合、訓練における事故として扱われる事をあらかじめ伝えておこう。辞退したければ今、申告せよ!」


 某国の最新鋭の装備を整えた特殊部隊が、暗殺者の目付きのまま上官の一言一言に耳を傾けている。

 当然ながら、誰も辞退を言い出さない。


「本ミッションは異世界ゲートの奪取が第一目標だ。同盟国の暴走を食い止め、世界の平穏を保つのは我が国の責務であると自覚してミッションに当たれ。……なお、国諜報機関カンパニーから、現地に詳しいオブザーバーを派遣させた。作戦に必要な情報をたずねるのを許可する」

「本名は言えませんが、私の名前は渡辺田中です。異世界ゲートについてご質問があればすべて答えます」


 戦闘服の者達の中に、一人だけ若いイケメンが混じっていた。

ついに始まる黄昏時。

各勢力、動き始めました。

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