ゲートX089 今更ですが異世界ゲート考察
「Lゲートの貴族とアジー大使はどこだ?」
「応接室に。とりあえず一番高いお茶を淹れています」
到着した局長を応接室へと案内して、ドアの鍵を閉める。関係者以外には中を見せられない。
異世界ゲートが見えるホール内に存在する応接室。多少の調度品で体裁を整えているものの、上級会談を行える程に上等な部屋ではない。
だというのに、カスティアなる大貴族と大使たるアジーというビップが揃った所為で大事に発展してしまっている。俺達に一切通告はなかったが、二人で一体何を始めようというのか。
なお、室内には二人以外にも護衛役が立っている。
アジー側はマルデッテ・メドゥーサが務めている。
一方、カスティア側の護衛は全身鎧の騎士が二人だ。オケアノス騎士団の鎧に、プロレスラーみたいな体格と少女みたいな体格のペアなので、兜で顔を隠していても誰なのか分かった。
「で、今日は何を始めるつもりなのですか。カイオン騎士?」
「……すぐに分かります」
勿体ぶって教えてくれなかったので、大人しく待つしかない。
局長が入口近くの席に座る。悩んだが、ペネトリットが真っ先に着席して茶柱と格闘していたので、俺も座っておいた。
「それでは、始めましょうか」
カスティアが宣言して、謎の高等会談が始まる。
「新世界側に一切ご相談がなかった事に謝辞を。ですが、この会談の重要性をご理解いただければ納得が得られるものと信じております」
「ならば、その重要性について最初にお聞かせ願おう」
局長の問いかけにより、カスティアの訪問理由が判明する。
「光の勢力と闇の勢力の和平実現のため。神話の時代から続く恒久戦争に終止符を」
確かに重大だった。
俺達と同様に、何も聞かされていなかったマルデッテが石のごとく固まってしまっている。局長が目を見開いている。ペネトリットがお茶を咳き込み湯飲みに上半身を突っ込ませている。今日はお前の出汁は必要ないぞ。
「……まだ、私は合意するとは言っていないけど。早とちりは止めて欲しいものね」
慌てる俺達とは対照的に、アジーは冷静だ。
「そもそも、私一人の独断で和平を決めちゃっても、ねぇ。お父様や他の幹部を納得させるなら……光の勢力は無条件降伏、国家解体、魔族管理下での出生数管理、強制労働。最低でもこれぐらいは欲しいものね」
悪意の竜である事を止めたとはいえ、アジーは魔王の娘である。魔界の利益を優先するのは当然である、
また、文化や歴史に組み込まれた万年戦争を止めるためには相応の苦難が必要だ。不平等条約ぐらいは序の口だろう。
「創造神の意思に反するため、受け入れられません」
「はっ、では交渉決裂するしかない。帰るわよ、マルデッテ」
「このままでは、我々は変わらない。新世界と繋がり、変わる切っ掛けを得たというのに、実に怠惰が過ぎる。魔族の方々はそう思わないと?」
席から立ち上がる寸前だったアジーが、座り直した。不貞腐れているというのを露わにするため、机に肘を付いて頬杖している。
アジーにしても、この和平交渉をご破算にするのは惜しいようだ。不機嫌な態度も演技みたいなものだった。
とはいえ、現実的なハードルの高さはアジーの言う通りである。
和平を実現するためには歴史を動かす程のブレイクスルーが必要となるのだが、カスティアにはどういった交渉カードがあるのだろうか。
「創造神の意思に従うのです」
うん、この貴族、大丈夫か?
「はっ、創造神、創造神というが、ほとんど意思を示さない神にどう従うと?」
皆を代表して、アジーが指摘する。
光と闇の戦争を創造神が止めようとしているのなら、既に何らかの行動を起こしているはずだろう。何せ、相手は神様なのである。
「世界の行く末に対して放任的というのは誤解です。ソドムとゴモラという前例を忘れてはなりません」
「退廃の街を滅ぼした創造神が、戦争状態に関与していない。つまり、戦争こそが創造神の意思ではないのか」
「それは早計でしょう。小さな我々が感じる時間の流れと、創造神が体感為される時間には大きな誤差があるのです」
蟻と人間を比較すれば、確かに蟻の体感時間はかなり長いと思われるが。
いやまあ、本人に訊ねてみても良いのだが、また魂が弾けるのは嫌なので止めておこう。
「小さな我々か。お前達、神の爪先派の教義通りならば、爪先でも触れられない程に小さくなった私達に対して、創造神はもう干渉できなくなっているという事にならないのか」
「おっしゃる通り、創造神の手は我々に届きません。ですが、それでも手立てを我々にお与えになっているのです」
カスティアは創造神が和平締結の手段を用意していると確信しているらしい。
その手段とは何か、と問いかける前にカスティアからアジーへと質問が飛ぶ。
「アジー様は、私達の世界と新世界、どちらから道が開始しているとお思いですか?」
「世界が繋がるなんて人智を超えた現象、分かるものではないわ」
「想像ではいかがでしょう?」
異世界ゲートの利用を開始している現在においても、その原理は未だに不明のままである。科学的な調査やドローンによる測量は一切成果を上げていない。魔法を有する異世界もほぼ同じ状況だ。
視覚情報からの考察がせいぜいとなっている。
「想像で言うなら、新世界から道が伸びているように思える」
目で見えるままに考えれば、地球から道が伸びており、異世界へと繋がっているように見える。
群青色の底なしの空間の上を、稜線のように一本の道が続く。それが地球側の異世界ゲートの光景だ。
対して、異世界側から見た異世界ゲートは、小さな虚空が浮かんでいるだけで質素なものである。
規模、奥空間、光景。
そのすべてが地球側の方が異世界を圧倒していた。
「見たままの光景を信じなかったとしても、新世界側から道が開始していると思うわね。二地点から伸びた道の出口が偶然重なったと考えるよりは、一地点から二方向へと道が伸びていると考える方が自然だわ」
なかなか理にかなった考察で、説得力がある。
入口を二つ作るよりも、出口を二つ作る方が簡単そうだ。超越的な存在による犯行だろうと自然現象だろうと、地球側が出発点の方が納得できる。
「いいえ、それでは光の勢力と闇の勢力の双方にゲートが開いている理由が説明できません」
だが、カスティアは否定する。
「偶然で済む話よ」
「偶然、我々と似た姿の人々が住む世界と、偶然、我々の世界の二勢力それぞれと隣接し、偶然、互いの戦力が均衡していた。それはもう奇跡の範疇となりましょう。そして、奇跡を起こせる存在は限定されます」
異世界ゲートの出発点は異世界側でなければならない。異世界の勢力分布を知っている存在が、それぞれの支配地域から地球へと道を伸ばした。ゲートを通行するだけで言語が通じるようになる親切設計まで加えてだ。
「創造神が異世界ゲートを造り上げたのです」
まあ、普通に考えれば創造神の犯行だよね。




