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聖夜前L087 陰謀を見守る者、働く者

 夕暮れ時。

 巨漢の男、カイオン騎士は人目を避けながら、キケロ司祭の私室を訪れる。

 書類に目を通していたキケロ司祭はいつも通りの感情の読めない笑顔で、カイオン騎士は若干以上に緊張した顔付きで対面する。


「おや、カイオン騎士。ご用事ですか?」

「質問したい事があります。……ユーコ準騎士についてです」


 カイオン騎士は以前から継続してユーコ準騎士の出自について調べていた。

 しかし、平民の出であるカイオン騎士には頼れる伝手が少なく、なかなか証拠を掴む事ができずにいたのだ。

「ほう、彼女について何かございましたか」

「ユーコ準騎士が育った教会を訪れ、そこで働いていたシスターを探し当てました。彼女にユーコという名前の孤児がいたかをたずねてみましたが、答えはノーでした」

「なるほど。その事についてですね」

 それでもようやく、ユーコ準騎士の自己申告に誤りがある事を突き止めた。

 証言を得て証拠を集め、卑怯に言い逃れできないと確信を持って、ついにキケロ司祭へと詰問したのである。


「ユーコ準騎士の記憶は改竄かいざんされたものでした。どうか認めてください。ユーコ準騎士は新世界の人間なのですよね」

「ええ、その通りです」


 カイオン騎士の気負いに反して、キケロ司祭は一切言い逃れをしようとしなかったが。


「何故そのような非道をっ」

「当時、カイオン騎士と同様に戦場にいた私に言われても……というのは無責任が過ぎますね。経緯をお伝えしましょう」


 光の勢力は多民族、他国家の集合体だ。

 種族によっても状況が異なるが、主勢力である人間族国家に注目すれば、勢力は騎士派と教会派に二分される。

 勇者を送り込んで一つ前の世代の魔王討伐に成功し、勢力を増していた教会派。

 対して、目ぼしい戦果をげられず、戦線維持に徹していた騎士派。

 騎士派は教会派の台頭を恐れてあせり、禁忌を犯す。普通の人間では歯が立たない――審査官は例外――魔王軍幹部を倒すという戦果を何が何でも得るために、人体実験にまで手を染めたのである。


「とはいえ、さすがに騎士派の皆さんも同胞を実験台にするのは良心が痛んだのでしょう。光の勢力の他種族を使うのも内紛の火種になりかねません。それゆえ、どこからか現れた身元不明の少年少女を使ったのです」

「新世界人で実験などっ」

「まったくです。実験そのものも成果こそあれど目標達成には程遠く。実験してしまった事実を隠蔽いんぺいしなければならない労力がかかって、むしろマイナスだったでしょうに」


 人間族の身体能力を向上させるべく、動物霊に呪縛させて半獣化する。ユーコ準騎士に対して行われた実験の内容だ。

 呪い発動時の戦闘能力は飛躍的に向上したものの、猫の幽霊を憑依させた所為でほとんど言う事を聞かず制御不能。失敗作として戦線へ投入し、そのまま使い潰す事が決まっていた。


「キケロ司祭、貴方は人を何だとッ」

「人の命はとうといものと信じていますが何か? 新世界人であろうと光の信徒に改宗した者達を道具にしてしまうなど、許されざる行いです。だからこそ、私はユーコ準騎士を保護してこの管理局へとまねいたのですよ」


 キケロ司祭が所在を掴めたのはユーコ準騎士のみ。他の少年少女達がどうなってしまったのか、については分かっていない。

 現実的に考えれば騎士派によって処分されてしまったのか、そもそも実験中の不幸でいなくなってしまったのか。どちらにせよ生存は絶望的と言えるだろう。

 キケロ司祭の行動は、光の勢力の中では異質である。

 わざわざユーコ準騎士を保護して手元に置いておく。キケロ司祭にとってメリットは一切ない。純粋な善意でなければ行わない無意味な行動だろう。


「私が陰謀の首謀者ではなく、早まった人たちの尻拭しりぬぐいをさせられてしまっているただの司祭であると分かっていただけましたか?」

「しかし、ユーコ準騎士には真実を明かしていないではないですか!」

「光の勢力と新世界の同盟締結を邪魔しないためですよ。闇の勢力を滅ぼすためには、新世界の力をてにしなければならないのです。少なくとも新世界が味方になりえる内は、我々の汚点を明確化できません」


 とはいえ、キケロ司祭も光の信徒だ。闇の勢力を滅ぼす熱意においては他を圧倒していると言ってよい。

 カイオン騎士は最後までユーコ準騎士の事ばかりを思い、改竄された記憶を元に戻すように嘆願したものの、キケロ司祭は説得できなかった。


「カイオン騎士のお気持ちもユーコ準騎士の不幸も分かります。ただ、そう長くお待たせする事にはなりません。近いうちに、我々を取り巻く状況は劇的に変化しますから」

「キケロ司祭は何か画策されていると?」

「いいえ、私は特に何も。勇者パーティーにさえ参加できなかった凡庸ぼんような私に世界を動かすなどとてもとても」


 ここにきて己を謙遜するキケロ司祭。


「私以外の人達が既に色々動いているため、世界の狭間は飽和へと近づいています。いつ決壊してしまってもおかしくはありません」


 盤上の駒の動きをすべて把握している者が、駒の動きしか把握できないと自分を卑下しているようなものだ。


「特別、あちらにいらっしゃる小さな方は、そろそろ破裂してしまう頃合いでしょうし」





「くしゅんっ! くしゅんっ!」

「どうした、風邪か?」

「――悪い子はいねぇがァッ」

「妖精は人間族と違って何故か風邪ひかないの。くしゅんっ! うーん、最近、体調がおかしいわ」


 本日はクリスマスイブ。

 クリスマスだから何だ、という事はない。異世界生物はクリスマスを知らないので、食事にケーキを出しても食生活がかたよっているとしか言わない。奮発してやった分だけ、金の無駄である。

 クリスマスを祝わず、異世界へと旅立つ人々を審査して過ごすだけ。いつもと変わらない職場だ。


「体調が悪いというよりも、体調が戻りかけている過程みたいな。くしゅんっ」

「――悪い子はいねぇがァッ」

「意味分からないが、夜寒いから暖かくして寝ろよ」


 ツアーと重ならない日のRゲート側の審査は人通りが少ない。定時で無事に上がれそうだ。ペネトリットの調子も悪そうなのでそうしよう。


「せ、先輩っ! ちょっと、先輩! Lゲート側が大変な事にっ」

「――悪い子はいねぇがァッ」

「黒い衣装のサンタさんが石炭とジャガイモとモツ鍋を持参してパーティーし始めたんです! 先輩も止めるのを手伝ってください!」

「お、定時だ。帰るぞ、ペネトリット」

「アフターファイブだわ! 帰りましょう。くしゅんっ」

「――悪い子はいねぇがァッ。ここに悪い子がいる気配がするぞォッ」

「買い置きしてあった私のケーキを鍋に投入されちゃいましたっ?! 臭いが、甘くて辛い臭いが充満して森妖精さん達が蚊取り線香嗅いだ蚊みたいに墜落し始めましたよ! 先輩、どうしたら!?」





 キケロ司祭への詰問を終えたカイオン騎士は、その足で管理局の外へと向かう。

 管理局の外に並ぶ露店――新世界の観光客向けに木の棒や鍋蓋を売っている。原価率で言うとぼったくり――を通り抜けて路地裏へと入り込み、あらかじめ準備しておいた馬へとまたがる。そのまま敷地外へと走り始めた。

 夜の闇に紛れて草原を駆け抜けてしばらく、名もなき森に到着すると馬から下りて木々の中へと入っていく。


「――キケロ司祭との交渉はいかがでしたかな」

「――ご助言いただいた通り、進展はありませんでした。キケロ司祭は動くつもりはないようです」


 森の中でふと立ち止まったカイオン騎士は、いきなり会話を開始した。木陰から突然、老紳士が現れたというのに驚いた様子を見せない。


「司祭様は心得ていらっしゃるのでしょう。騎士派も教会派も力が衰えている状況で動く必要はないと。ですが、元より少数の我々は今動く必要がございます」

「すべて、貴方達の言う通りとなっている。……腹は決まった。俺も微力ながら協力しよう」

「ありがたい事です。我が主もお喜びになるでしょう」


 老紳士はカイオン騎士がユーコ準騎士の情報を得るために頼った相手だ。正確に言うと、頼った相手に仕えている人物である。

 老紳士が仕えている相手は、神聖帝国グラザベールの大貴族カスティア。騎士派の一角を勤めているが教会派ともつながりを持っている。

 そして、裏では神の爪先派、△《トライゴン》を運営していたりもする。


「重要な協議のため、近く、カスティア様自ら新世界へとおもむかれます。カイオン騎士にもぜひ護衛としてご同行願いたい。くだんのユーコ準騎士にもご一緒に」

「いつもペアで動いている。そう難しくはない、引き受けよう」

「ありがとうございます。護衛の際には、できる限り装備を整えて下さるように」


各勢力の準備が整いました。

次回より、本物語の最終シナリオとなります。

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― 新着の感想 ―
[一言] キケロ司祭つええなぁ… 確かな信念があれど、それを実行する際の理性、冷静さ、そしていざというときは躊躇なくどんな手も使うだろう決断力の高さも見える… 敵に回すとめちゃくちゃ厄介になるタイプだ…
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