生放送R086 放送の裏側で
「一体どうなっているッ。爆破したというのに、崩落が始まらない理由はなんだ!」
「ともかく撤退だ。新世界と闇の勢力の接近を防ぎつつ、双方にダメージを与えるこの作戦は決して明るみに出てはならない。我々は本国まで撤退を――グォッ?!」
首からぶら下げた法具をジャリジャリ鳴らしながら走る二人組。
楽団に潜り込み、生放送中にテロを起こした張本人等が廊下を走っている。
別世界というアウェイにて計画通りにテロを実行してみせた彼等。テロリストとしては見事であり手練れと言えたが……その内の一人が何故か、刀で斬られて血を流して倒れ込む。
「曲者ッ!?」
「――どっちが曲者なんですかねー。まったく、困りますよー。他人が攘夷を騙ってテロを起こすなんて。異世界人は野蛮で怖いなー。やっぱり排斥しないと」
死角から現れて二人組の片方を斬った若者が、刀を振って滴る血を飛ばして綺麗にしていた。
テロリストと、テロリストを斬った人斬り。どちらがより危険なのか判定が難しい。
当人達は互いが敵であると認識しているので問題なさそうだが。まだ斬られていないテロリストが、法具を握りしめて人斬りへと向けている。
虫眼鏡の形をした法具の中心へと光が集まって、火球が生じる。人間の腕ぐらい簡単に炭にする殺傷性の高い異世界の魔法を発動させたのだ。この現象だけを見ても、テロリストの正体が異世界人だったという証拠になる。もちろん、目撃者が燃え尽きれば残らぬ証拠だが。
「燃え尽きろ、新世界人がァ!」
「魔法ねぇ。へぇ……」
火球が打ち出されて、人斬りへと迫る。
もうすぐ焼け死ぬというのに人斬りはその場から動かず、握った刀を無造作に一閃するだけだ。
「何だ。簡単に斬れるよ、これ。見かけ倒しだなー」
火球は綺麗に半分に分かれて、消失する。
まさか刀で魔法を斬られると思っていなかったテロリストは呆然としてしまった。その間に、間合いを詰めてきた人斬りに体を斬られて倒れていく。
「かはっ。馬鹿、な!? 暗部の中でも選りすぐりの我等が、魔法も使えぬ新世界人に……無念っ」
「刀を使わない異世界人が、好き勝手できると思っていたなら能天気にも程があるね」
人斬りによってテロリスト二人は無事に始末された。
この瞬間、会場を覆っていた結界が解かれたり、中断されていた生放送が再開されたりしたが、そんな些事は人斬りの預かり知らぬ出来事である。
攘夷テロリストが異世界人を切り捨てただけ。ただ、それだけだ。
「無関係な人を巻き込む異世界人のテロは怖いなー。異世界ゲートは予定通り、大晦日に破壊しないと。……そのためにも、コンビニアルバイトに戻りますか」
“集まるなーっ、私に群がるなーっ”
“おしくらまんじゅうで押されたぐらいで喚くなよ、守護竜アジー!”
“私にご利益求めるなら、少しは敬ったらどうなんだ!? ええぃ、暑苦しい。離れろーっ”
日本で全国中継された生放送番組。
その録画映像が暗く広い玉座の間、中央に鎮座するプロジェクターより投影されている。
「やはり家から出して正解だったようだ。可愛い子に旅をさせたり谷に落としたりするのが新世界流と聞いていたが、なるほど、魔王城から出て自立した我が娘は大使として活躍している。他人に慕われる姿が見られるとは、思わぬ涙腺が緩んでしまいそうだ」
「はたして慕われているのでしょうか? 私の目には揉みくちゃにされているとしか見えませんが」
「リリスの目は節穴だな。我が娘があんな笑顔で、大声を上げて喜んでいるではないか」
「スライムの巣に落ちた人間族とほぼ同じ顔付きなのですが」
「悪意の竜が守護竜とな。アジーがいる限り、闇の勢力は安泰である。大き過ぎる親孝行だ」
玉座に置かれた箱がパカパカ開閉しながら娘の成長を喜んでいた。生放送のすべてが――生放送のみならず、仕事ゆえこれまでの地方ロケも含めて――父親と、父親が集めた幹部一同により鑑賞されていると知ったら、アジーは悶死するに違いない。
「それで、この生放送による反響はどうなのだ、ゼルファ?」
「はっ! 企画されていた魔界観光ツアーの第三弾は予約開始三十秒で満席となりました。ネットアクセス数は明らかに増加しております。観光計画を見直し、第四弾の早期開催と定員増加に努める次第です」
「定員増加か。お前の部隊でこなせるのか?」
「捕虜を使った訓練は順調です。ツアーのノウハウも順調に習得しつつあります。来年度の観光事業本格化では、光の勢力以上の集客力を得られるでしょう」
「しかし、客を呼び寄せても目新しさがなくては後が続かないぞ」
「ご安心を。新世界の料理人と開発を進めているスケルトン・デモニクス骨ラーメンの開発は間もなく完了いたします。不足していた名物、名産の確保も滞りありません」
「万全ではないが、良くやった。これで民間レベルでの交流は光の勢力を圧倒できるな」
玉座の間に並べられたお土産サンプル――魔界せんべい、魔界まんじゅう、魔界マーマイト――の数々を見分した魔王は満足気に蓋を上下……もとい頷いた。
光の勢力との戦争が小康状態にあるのが一番の要因であるが、魔王城は比較的落ち着いている。血生臭さは特に漂っていない。
定例会議は予定時刻に完了した。録画の再度の上演は希望者のみの視聴となり、魔王以外は全員退出していく。
玉座の間の外で、ふと、立ち止まったのは魔王の側近たるリリスと、最古参の幹部であるベルゼブブだ。
周囲に誰もいない事を確認し、呪術的に聞き耳を阻止しながら二人は会話を開始する。
「工作は順調。魔王様のスケジュール調整も済ませた。他幹部も含めて誰の邪魔も入らない」
「重畳デあるが、魔王様ニ過剰ナ配慮ハ不要。我々ハ暗ニ見逃サれているのだ」
「そうなのか?」
魔王であっても遜色ない格を持つベルゼブブに対して、リリスはあくまで対等な態度で接している。逆に言えば、魔王の傍仕えであるリリスでなければ許されない。
「アジー様ニ対スル襲撃。光ノ勢力共ニよる攻撃デ間違イなく、報復ガ必要ダ。また、光ノ勢力ノ跳梁ヲ許ス新世界ニも懲罰ガ必要トなる」
「ああ、だからこそ私とお前は、宥和政策を敷く魔王様の意思に逆らい動いている」
「先程、魔王様ハ報復ニついて何モ仰ラれなかった。新世界ニおける対処ヲあえて述ベなかった。つまりハ、そういう事ダ」
「……アジー様を溺愛されている魔王様が、アジー様の身を案じていないのは不自然か」
「故ニ、我々ノ行動ハ黙認サれている」
漆黒のローブの中身から響く擦れた老人の声が断言する。
虫の羽音に似た悪寒を誘発するベルゼブブの声は悪魔の声そのものだったが、今の会話に相手を騙す意図は一切ない。淡々と事実を述べているだけのようだ。
魔王は幹部二人の怪しげな行動を諫めていない。推奨もしていないが、妨害するつもりもないのだろう。
「我ガ単身、新世界ニ侵攻スル。異世界ゲートを接収シ、管理下ニしてみせよう」
「私は裏方として手はずを整える。決行日は……新世界では大晦日という年の最終日のようだ」
ベルゼブブが異世界入国管理局へと再訪問する。
それだけでも悪夢であるが、今度はただの訪問ではなく侵攻。異世界ゲートを確保し魔界の管理下に置くつもりだ。Lゲート――通称、光の扉――は光の勢力の後背地へと続いている。戦略的な価値は計り知れない。
ついに、大幹部ベルゼブブが本気を出して管理局を攻め落とす。
「邪魔スる者ハ全テ、呪殺シ、必ズや管理局ヲ陥落サせてみせよう。余禄トして新世界ヲ獲ッテしまうかも、シれんがな」
生放送をどうにか終えて大使館へと帰還したアジーは、真っ先にゴミ箱をあさる。
「アジー様。さすがに、そのような真似をする程に大使館の財政は疲弊しておりません」
「違うッ」
唯一の日本人大使館員である酒井が見守る中、アジーがゴミ箱から回収したのは切り刻まれた羊皮紙である。文面の最後に△《トライゴン》の印が書かれた手紙だ。
「――酒井。闇の信徒を通して返答を。和平交渉について話を聞いてあげると」




