生放送R084 生命虐殺(三分の一)
悪意の竜。
その生い立ちは不明であるが、この竜の性質が悪であるのは明白だ。傷を受ければダメージ量に応じた量の害虫を体内から噴出させる。悪意を物質化させるというスキルだけを見ても許されざる化物であるのは明らかだろう。
けれども悪意の竜が致命的である理由は別にある。
アジ・ダハーカが死ぬ時には、生命の三分の一が死ぬと運命付けされているのだ。
大勢の他人を巻き込む実にはた迷惑な心中スキルを所持するアジ・ダハーカは、光の勢力から疎まれ、排除したいのに排除してはならない難物として恐れられた。
結局、神代の最終戦争の狼煙のごとく討伐された訳であるが、その際に数多くの神性を道連れにしたのは言うまでもない。
忌むべき竜、それがアジ・ダハーカの正体だ。
しかし、その迷惑な性質を最も迷惑に感じていたのは……、アジ・ダハーカ本人である事に疑いはないだろう。
「光の勢力が絡んでいるとなれば納得か。発動されるまで分からなかったけど、この番組会場にあらかじめ外界との接続を断つ結界を施こしていた。そして、結界内にいる人間族が三分の一も惨たらしく死ぬのであれば、逆説的に私は死ななければならない、と。なるほど、なるほど」
敵の三分の一を削り取るアジ・ダハーカのスキルは強力であり、強力が過ぎた。親族、親類を殺されて生き残った敵の三分の二を余さず報復へと動かす『生命虐殺(三分の一)』は、終末戦争の引き金でしかなかったのだ。
ゆえに、アジ・ダハーカは味方である闇の勢力からも恐れられた。
起きて欲しくない終末戦争の引き金と懇意になろうとする者がいたとすれば、それは須らく悪神、邪神であり、真っ当な友人関係を望む者は一人として現れなかった。
運命と生き方と死に方さえも、アジ・ダハーカ本人の意思は尊重されていない。選択する機会さえ与えられなかった。
そして、その境遇はアジーという少女に転生した今も変わっていなかった。
親の敷いたレール程度であれば反発して生きる事も可能だったかもしれないが、創造神が決定付ける運命に反発できる少女がどこにいるだろう。運命を他人に決められるという屈辱が許されざるものであっても抵抗できるものではなかった。
「この結末を望んだのは私ではありませんが、良いでしょう。この身は私を傷つける者の悪意を映し出す鏡なれば。すべての結末は、私以外の誰かが望んだ悲劇。甘んじて受け入れて、終末戦争の引き金に徹しましょうっ!」
アジ・ダハーカの性質は悪そのものだ。
「――ですが、私は強欲な女ではありませんので。この会場にいる人間族の三分の一がきっちり圧死しなかった場合は責任を持って死亡を継続し、過剰請求先として、あらためて全生命の三分の一を虐殺いたしましょう!」
性質が悪そのものであり過ぎたため、本人の心も悪そのものに違いない。こう誰もが決めつけた。
アジーも己が悪であると自分を決めつけた。創造神が与えたもうた絶対の運命を、否定するだけ無駄なのだと諦めたから。
「ゾクゾクするわっ! 今度の終末戦争では異世界も巻き込んでしまって! 前回みたいにエンドロール後も何千年もダラダラと戦争を続けるような事にならないと良いのだけど!」
アジーはもう直ぐ崩れてくる天井を見上げて声を張り上げた。声の振動が伝って一秒でも早く天井が落ちてきて、自身を血みどろの挽肉へと変えてくれるのを願ったのだ。
「あはははっ! はは……」
アジーが狂って見えるとすれば、それは、他人の悪意がアジーにそう演じさせているだけ。
「えーと、俺が審査する限り、アジーの運命ってそんなに悪質ではない気がするんだが、聞く気はあるか?」
さて、話は変わるが。
鬼気迫る状況の中、一切空気を読まない男がアジーの前に出現してしまった場合、アジーはどういう反応を見せるのが正解となるだろうか。なお、その男の顔は妖精の形に赤く腫れているものとする。
「――はっ? 今、なんて?」
「アジーの『生命虐殺(三分の一)』スキル。解釈次第で真逆の答えも導き出せると思うのだが、アジーはどうしたい?」
アジーが真に他人の悪意を映し出す鏡であるのならば、魔族が相手だろうと恐れ知らずに審査する審査官と対面した際には、悪意ゼロの素の自分をさらけ出さなければならないのだ。
――天井爆破直後、バックヤード
「ぎゃああ、死ぬ。妖精は三次元の存在なのよ。天井で潰して二次元にしようとしないでっ!」
「だったら顔にしがみ付くのを止めて生き残る方法を考えてくれ」
「しかも、無差別に心中しようとしてくる迷惑女、アジ・ダハーカがいる時点で生存確率が六十六パーセントにカットされちゃっているのよ。清く生きる妖精に対して、運命はあんまりだわァ」
「お前が清いかは置いておく。どうしてアジーがいると生存率が三割引きされるんだ?」
今にも天井が落ちてきそうな状況に混乱する妖精の戯言など聞き流すべきなのだが、命の危機に瀕したペネトリットの生存本能は侮れない。
出口の方向へと視線を向けると、逃げる人々が殺到してしまっている。その割に外へと脱出できているように見えないので施錠されているのかもしれない。生きるためには逃走以外の手段が必要だった。
「『生命虐殺(三分の一)』よ、常識でしょ!?」
「異世界の非常識をさも当然の事のように言われてもな。つまり?」
「前話の最後ぐらい読みなさいよッ」
魔法が存在する異世界だ。スキルなる非常識の実存を疑うのは止めにしよう。
死が迫っているので簡潔に説明を受ける。ペネトリットの言葉通りだとすると、アジーは条件次第で人類の三分の一を殺戮できるらしい。
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“『生命虐殺(三分の一)』、悪竜最大の悪意を実行するスキル。
条件が揃った瞬間、本スキル所持者が認識する範囲にいる生命の三分の一を無条件に殺害する”
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条件の詳細はアジー本人に聞くしかないが、このスキルはアジーに運命付けられてしまっている。運命は不可侵なるものなので、スキルは必ず発動させなければならない。よって、アジーがスキルを使用しないまま死亡する事は許されない。
そのため、アジーが死亡すれば『生命虐殺(三分の一)』スキルは必ず発動するのだ。
「迷惑だな」
「迷惑なのよっ」
以前に発動した際は光の勢力の神々が三分の一消え去ったという。数が多くとも人間ごときを消し去るぐらい訳がない。
「……ん、それはおかしくないか。どうして光の勢力だけに被害が?」
「三十パーセントよ。割合的にどこもおかしくないじゃない!」
「いや、数行前のスキル説明読んでみろよ。どこにも敵と味方の記載はないぞ。虐殺対象に魔族が含まれていないのはおかしいぞ」
「やめてよッ。メタるのは妖精のテリトリーよ!?」
もしかすると、異世界のスキルとやらは案外ファジーなのかもしれない。解釈が変われば効果も変わる。厳格であるべき法律だって時代や裁判で変化するのだから、スキルだって似たようなものなのだろう。
「……つまり、アジーを納得させられればスキル効果も変わる可能性があるのか。なら、説得してみるか」
アジーがいるのは会場の中心、壁一つ向こう側だ。すぐに到着できる。
スキルの解釈変更は比較的、単純。が、この危機を乗り越えるための最重要はアジーの意識改革であり、こればかりはどう転ぶか俺にも分からない。




