生放送R083 放送事故
早めの昼食を終えて、いよいよ生放送の時間、正午が近付く。
放送の舞台は二度目の東京オリンピックでも使用された巨大な国際展示場――夏と冬にも特定方面における祭りが開催される聖地。警備に適した人工島であり、生放送のために島への出入り口は道路も鉄道もすべて封鎖された。各都道府県からも応援の警察官が駆け付けている。
展示会も行える巨大施設内部の特設会場。
俺とペネトリットは会場の後ろに設けられている待機場で、番組開始を待っている。
「ただの観光案内のはずなのに豪華過ぎないか、今回の生放送って」
「おいでよ、オーク。ごきげんよう、ゴブリン。って臭い標語で観光客を呼び込んでいるのよ。ネットに上がっていた地方番組で私、見たわよ」
「それをあのアジーが言っていたのか?! おい、ペネトリット。その動画、俺にも見せろ」
国際会議並みの厳戒態勢の中で行われるのが、Rゲートの宣伝のみ。では、さすがに勿体無い。
異世界交流の一環として子供達から花束が贈られたり、プロオーケストラによる歓迎曲が披露されたり、記者達による質問コーナーもスケジューリングされている。
「それだけじゃないわ。他には次回のお友達を電話で呼び出して、人気料理の順位を当てるミニゲームをして、おしゃべりなオバ様と会話して、サイコロで話題を決めるコーナーまで用意されているわよ」
「……少しは仕事を選んでいいんだぞ、アジー」
お昼の生放送を潰した分の肩代わりをさせられている気がしないでもないが、番組そのものは真面目だった。もうすぐ本番だというのに、スタッフ達の慌ただしい動きは収まらない。
放送開始まで五分を切っているのに、まだ舞台上にスタッフがいる。本当に放送できるのか不安になる。
それでも、テレビ放送のプロが集まっている。
三十秒前の秒読みが始まると一斉に人がはけて、チリ一つない白い舞台が完成していた。
秒読みが終わって、ついに始まる生放送。
舞台の奥から小さくも響く足音を立てながら現れたのは、黒いドレスのお姫様だ。
「まずは謝意を。魔界を代表し、観光宣伝の場を用意してくださった新世界の皆様に感謝を――」
「三分の一殺すって言い出さないか不安だったが、安心した」
「この日本って国、別にって発言するだけで叩かれる言霊至上主義だから自滅を期待していたのに。魔族らしく邪悪な発言しなさいよーっ、このーっ」
「――ごほん、感謝を。私は魔界を統べる王の娘、アジーと申します。我々は新世界との友好を望んでおります」
中の人が入れ替わってしまったのごとき優しい口調で、アジーは友好の言葉を口にした。竜なのに猫をかぶっている。
「魔王城に引きこもっておられたアジー様が、一人で大勢の前で。ご成長なさった」
「ぐすん。アジー様ァー。魔王様のご意向とはいえ人間族と友誼などと。心中お察しいたしますぅー」
「地方での下積みが活かされております。さすがはアジー様」
近場の席に控えている大使館組がアジーの凛々しさに涙している。
生放送を映し出しているモニター内では、アジーが男女二人組の子供達から贈呈される花束をニコやかな表情で受け取っている。口裂け女みたいな顔で花を床に捨てて足蹴にする暴挙に及んでいない。
「気に入らないわね、あの悪意の竜。気に入らない」
「普段の言動と公然の場での行動が一致しない人間はいるものだが、あそこまで違う例はなかなかないぞ。アジーって本当にお姫様だったのだな」
「ホント、気に入らない……魔族の癖に」
生放送は一時間を予定している。駆け出しは順調だ。
コーナーを終えて、妙に地理に詳しいサングラスの司会者が去っていく。CM中にセットが入れ替わりが始まり、次のオーケストラコンサートのために指揮台が運び込まれてくる。
特に何事もなくスケジュールは消化されていた。
アジーが襲われたりアジーが襲ったりする放送事故は起きていない。施設周辺は想像以上に厳しい警備体制が敷かれているのだから当然か。審査官ごときが出張る必要はなかったと心底思う。
「コンサートが終わればほぼ完了か」
「最後に曜日対抗の挑戦コーナーは……えっ、ないの?」
「オーケストラが整った。CM開けるぞ」
モニター越しに舞台の様子を伺っていると、扇状に陣地形成されたオーケストラが各々の楽器を構え出す。
アジーに向けて一礼した指揮者が台に立つ。指揮棒が高い位置で固定されて、曲が始まる準備はすべて整った。
「――異世界人、消えるべしッ。天誅ゥゥ!」
けれども、指揮棒が振り下ろされる事はなかった。
管楽器の一人が大声上げながら椅子から立ち上がると、筒状の楽器の先をアジーに向けている。
大きく吸い込んだ息を一気に吹き込むと、筒の内部に隠されていたダーツがアジーに向けて発射された。
「吹き矢だと!?」
「テロよ!? やったっ、放送事故だわ!」
ダーツの射線上に遮蔽物はない。一直線にアジーへと向かう。
「……で、こんな小さな矢で、私が殺せるとでも?」
ただし、ダーツは目標まで残り十センチの距離で、長く伸びたアジーの爪に掴まれて停止した。アジーの動体視力が優れていたのはもちろんであるが、暗殺を成功させるには距離があり過ぎた。わざわざ大声を上げたのも敗因だ。
「――攘夷を執行するッ!!」
いや、吹き矢はただのカモフラージュ、前座に過ぎない。
オーケストラの中から新たに男が立ち上がり、抱えた巨大管楽器で照準を取っている。楽器風に加工したのか楽器を加工したのかは不明であるが、単発式のグレネードランチャーとなっているようだ。
息が金属の筒を通り抜けていくのがトリガーとなって――吹くと発射してしまうから演奏が始まる前に行動を起こしたのか――爆発物が飛んでいく。
「私がいながら、させるとでも?」
書き割りを破ってマルデッテが急行し、飛んでいる最中のグレネードを凝視する。すると、グレネードの色が端から端へと変わっていき、灰色の石となって落下した。信管まで石化して無害な小石に変化する。
「やりましたよ、アジー様。ついに、アクティブ発動できる程に調子を取り戻しました!」
「それは暗に大使館の給料が安くて十分に食べられていないとほざいているのかしら?」
「滅相もありませんっ! 時給二五五円でも私は戦えます」
突然の襲撃であるが、アジーは一切動じていない。テレビスタッフもまだ動いていないが、そっちは事態をまだ飲み込めていないだけである。
「お、おのれぇ」
「異世界の外来種ごときがっ」
狂気的な行動と口ぶりから推測するに、相手は攘夷テロリストか。オーケストラに紛れるとは用意周到であるものの、それでも準備不足だ。Rゲートの幹部と姫に携帯武器で戦いを挑むのは無謀だろう。
「さてさて。これだけの警備を突破したのなら、貴方達、優秀なのでしょう? もっと覚悟見せてみせなさいな」
掴み取ったダーツを弄びながらアジーは攘夷テロリストに問いかけている。器用に指と指の間を転がしていたが、ふとした拍子に手から落ちて転がっていく。
転がったダーツの上へとマルデッテの尾が叩きつけられて、粉々となって原型を失う。
アジーの体を守るようにマルデッテがとぐろを巻き、テロリストへと殺気を発している。テロリストの傍にいる本物のオーケストラの人達が可哀想だ。
「まずいな。ペネトリット、止めに入るぞ」
「どっちを?」
「アジー達の方だ。全国中継でスプラッタ映像が流れた日には、Rゲートとの友好は破綻する」
「分かったわ。……動くな、眷属」
「俺の顔に張り付いて邪魔をするな!」
秒未満で裏切ったペネトリットにより、俺がなかなか近付けずにいると事態は更に悪化する。
「どうしたの。怖くてうごけない? あんまり遅いと番組中なのに欠伸が出ちゃうわ」
「――魔族らしい傲慢さだ。そして、魔族はいつもその傲慢さが仇となって我々に敗れる」
「何を取り出して……それは法具? 魔力の……気配ッ」
突如、耳の中で爆竹が炸裂したかのような衝撃を受けた。
「滅せよ。悪意の竜!! 新世界がお前の墓場となるのだ!」
実際は遥か頭上、三十メートルの高さはある天井付近で爆発が発生してホール内を衝撃が駆け抜けただけである。聴覚異常と立ち眩みはするものの、命に別状はない。
支柱に重大なダメージを負った天井が落下して、圧死する未来と比較すれば別状はない。
「悪意の竜、アジ・ダハーカ! 一度滅せられているお前の討伐方法など光の信徒にはお見通しだ。スキルを強制的に発動させてしまえば良いだけの事」
「光の勢力の刺客ごときが……まさかっ!?」
「お前の認識範囲内にいる生命が三分の一以上死亡することが、お前の死亡条件だ! 新世界人共にはぜひ生贄になっていただこう!」
テロリストの勝利宣言らしき嘲笑も、アジーの息を止める程の驚愕も、爆発の余韻と鉄骨の軋みの中では聞き取れない。
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▼能力ナンバーR083、生命虐殺(三分の一)
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“『生命虐殺(三分の一)』、悪竜最大の悪意を実行するスキル。
条件が揃った瞬間、本スキル所持者が認識する範囲にいる生命の三分の一を無条件に殺害する”
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