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生放送R082 悪意の竜は戦略も先手も選べない

 うるしを塗りたくったかのような黒塗りの車に、Rゲート大使館の面々が乗り込む。

 胴体の長いマルデッテ・メドゥーサ(二一九歳)と、見知らぬ頭の大きな牛顔さんがどうやって着席しているのか分からないが、過重によりずいぶんと車高の下がった車が動き出す。俺は自分の車で後方に続いた。


「あの車を崖から落とすだけで、闇の勢力の奴等に大打撃を与えられそうね」

「お前までくる事はなかったんだぞ、ペネトリット」

「一昨日まで私を傍から離そうとしなかった癖に、いきなり冷たくなっているんじゃないわよ。倦怠期なの!?」

「もはや、妖精が管理局を出るのが当たり前になりつつある」


 せっかく助手席のシートベルトで拘束してやったのに、俺の肩に乗り込むペネトリット。

 結局、アジー一行の生放送を穏便に済ませるため、管理局代表として俺が付いていく事になった。ペネトリットは助手扱いである。


「私に任せなさい。魔族共を始末してみせるわ」

「メドゥーサが同行している時点で護衛は完璧に近い。牛顔の人も見るからに魔族だ。自信過剰な妖精でなければ誰も襲おうとは思わない。酒井さんの心配し過ぎか」


 逃げられない場所におびき寄せてアジーに危害を加える。

 想定される危険の一つであるが、魔王軍幹部が護衛しているアジーには攻撃どころか近づく事さえ難しい。護衛の防御を突破する破壊力ある武器を使えば、被害はアジーだけでは済まなくなる。よって、関係者のみならず多数の野次馬が集まる生放送中に実力行使してくる可能性は低い。

 襲われる可能性が高いのは車両での移動時、つまり今か。

 世紀末どころか平成だって過ぎ去った時代だというのに、国内でロケットランチャーをぶっ放すテロ事件が発生している。山道の一本道は待ち伏せにうってつけで、どこかの馬鹿が爆発物を投擲してくるかもしれない。

 まあ、アジー一行はほぼ毎日、管理局へと通じるこの山道を通行している。今日を狙って襲ってくる理由はないか。


「あの魔族共を撲滅するなら今よ! テロリスト共、やりなさい」

「今襲われると俺達まで巻き込まれる。無事に現地まで到着したいな」


 言葉にするとフラグが立つというが、ペネトリットのねがんだ願いは叶わず無事に生放送の会場へと到着する。




 そもそもの話となってしまうが。

 箱の娘……ん、違った。箱入り娘のアジーにRゲートの宣伝を行う観光大使が務まるのか。人間の事を蚊ほどにも思っていないパッシブ系残虐女が、魔界に人間がやってくるのを良しと思っているだろうか。

 もしかすると、生放送を一番失敗させたいと思っているのはアジーなのかもしれない。

 そう疑って、控室の奥で幕の内弁当を食べている黒ドレスへと視線を向ける。


「マルデッテ、このシイタケを下賜かししてあげる」

「ありがたき幸せ。ですがキノコ系は私、拒食中でして」

「好き嫌いは駄目。食べなさい」


 マルデッテの奴は嫌がっているが、アジーは特に嫌がっている雰囲気はない。寝起きの低血圧のごときテンションを続けているものの、拒絶的な雰囲気をまとっていない。

 アジーの思考が読めないままでは生放送どころではない。弁当箱を持って、アジーの真正面に座る。

「アジー、全国中継の生放送だぞ。緊張していないか?」

「うるさい。人間族の三分の一、虐殺するわよ」

 順調に会話が成立しているので話を繋げる。


「Rゲートの観光ツアーの二回目も無事に終わったそうじゃないか。アジーの宣伝が効いたのかもしれないぞ」

「魔界は人間族が気軽に生きて帰れる場所ではないのに、お父様が言うから仕方なくよ」

「アジー自身はどう思っているんだ?」

「魔族は孤高、魔界は脅威であり続けなければならない。それが私達に許された唯一の生存戦略。新世界が現れたからそれを捨てろ? 現れた時のようにいつ居なくなるかもしれない新世界とお手て繋いで仲良くしましょう? ありえない」


 万年戦争を続けている異世界人の考え方は野蛮であるが、否定はできなかった。

 突然現れた地球との関係を良好に保つ。そう魔王が決めたのは決して善意からではなく、現状最も有効な戦略と考えたからに過ぎないのだ。Rゲートに地球を圧倒する戦力があったなら、武力行使もありえたはずだ。

 いや、武力が不足していたとしても、アジーの好戦的な考え方も戦略的には案外悪くない。

 思慮に欠けた愚策のようであるが、長寿命の魔族は物事を長期的に捉える。異世界ゲートが消失するかもしれない未来を想定しているのなら、Rゲートと地球が仲良くする意味はない。リソースの無駄使いだ。


「だが、現状、異世界ゲートは未だに維持されている。Rゲートが生き残るためには武力以外の手段を採るのも有効だとは思ってくれないのか?」

「所詮、私は悪意の竜。その属性は悪そのもの。その性質は敵を虐殺するのに特化し過ぎている。私が死ねば、それだけで人間族の三分の一がむごたらしいむくろとなるのよ。こんな呪われた私がいる魔界と仲良くできて? ……はは、いっそうの事、生放送で暴露してやるのも面白いかもしれないわね」


 二十億強の人類を虐殺する致死性の病原菌のキャリア。自分がそうであるとアジーは宣言する。

 爬虫類の瞳孔でアジーは俺を凝視した。思わず体が強張ってしまうのは仕方がない。


「お前はどう私と接してくれて? 『悪意のシントロピー』や『生命虐殺(三分の一)』を有する悪意の象徴たる私ににらまれたのなら、私がお手て繋ぎましょうって笑顔を向けていたとしても、正当防衛で先に殺してしまおうと思ってしまうのではなくて? それが人間族ではなくて」


 アジーは食いかけの唐揚げをまんだままの箸先を、俺の顔の傍へと突き立ててきた。思わず唾を飲み込んでしまうのは仕方がない。


「さあ、勇気を出して喰らってみなさいな。今なら先手を許してあげるわ」


 アジーが俺を挑発してくる。

 ただの人間では耐え切れない甘ったるい声色。心の強い勇者でなければ、恐怖に支配されるがまま迂闊うかつにも先制攻撃に出てしまうのは仕方がない。窮鼠きゅうそが猫に噛み付くのは許される。そういう毒を有する女の声だった。

 俺は挑発に……負けた。

 挑発に乗ってしまって、本能のままに噛み付いてしまった。


「あ、なら、遠慮なく唐揚げをいただき」


 うん、高い弁当の具なので美味しいです。先にアジーが口を付けていたので毒の心配もない。


「……は、はぁぁぁあ?! 喰ったっ? 間接キ……ィ、喰ったァ!?」

「いや、唐揚げを口元まで運んできて、喰らってみなさいなって言うから。アーンかなと」

「違うでしょっ! そういう話、今、私していなかったでしょ!? アーンの先手を譲るって話が噛み合わないじゃない!」

「いや、俺からもアーンするのが後手かなって。シイタケを分けてやろう」

「すべてにおいて間違っているッ」


 アジーの言い分は分かる。が、審査官たる者、相手が真意を隠している嘘付きか否かを見抜く必要がある。

 魔界のタカ派的な主張は、アジーの本心なのだろうか。


「殺す。三分の一、殺すわ!!」


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