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魔王軍R080 特務魔法大隊の憂鬱

 エデリカの部下たる女騎士が目を覚ました時、彼女は鎖で手足を縛られていた。

 暗い部屋の中で椅子に座らされたまま動けない。鎖であるため力を入れてもガチャガチャと音が鳴るだけ。鎧や剣の類は当然ながら外されてしまっている。完全に捕らわれた状態だ。


「ぐふぇ、起きたか」

「卑怯なオークめ。私をどうするつもりだ?」


 室内が暗い所為で発見が遅れたが、部屋の中央から最も離れた壁際にオークが待機していた。

 女騎士は冷静である。自分の状態を瞬時に判断して、これから何が行われるのかを予想していながら高圧的な態度で目前のオークをにらんでいる。

 手の先が震えているのを背中で隠すのも忘れない。


「う、動くなよ。ぐふぇ」

「私をどうするつもりだ」

「動くなと言っている。ぐふぇ。散々暴れたお前は、ぐふぇ、実験台だ」

「ゲスめ」


 オークはそう言いながら一歩、女騎士へと近づく。オークと女騎士の距離はまだ遠いが、大柄のオークにとってはたった数歩の距離でしかない。

 足を躊躇ちゅうちょするかのごとくゆっくりと動かしているのは、女騎士の恐怖をあおるためか。目聡めざとく女騎士の手の震えにも気付いているのかもしれない。

「ぐふぇ、もう少し。もう少しだ。げふぇ」

「私を使って実験か。私で何をしてくれるつもりだ」

「げふぉ、それはな。ぐふぇ――」

 実に思わせぶりな口調でオークは女騎士をらした。恐怖の瞬間とは、恐怖が実現するまでの間で育つと理解し愉悦に浸っているのか、下卑げびた笑い方だ。


「――ぐふぇ、げふぇ、ぐっ。げふぉ。ほ、ぐえぇぇ」


 それにしては妙にオークは苦し気なのだが。

 女騎士まで手が届くまで残り三メートル。突然、オークは……過呼吸が原因で倒れ込んでしまった。


「げふぉ、はぁ、はぁはぁ。俺が女に近づくための実験だ。はぁはぁ」


 豚顔のオークは豚と同じく嗅覚に優れているのか、女騎士の体臭が濃い室内にむせ返り呼吸困難となっていた。なお、女騎士の体が臭い訳ではない。普通にフローラルだ。


「――は?」

「ここが、げふぉ。ごふぉ、酸素が。はぁはぁ、呼吸が限界ぃぃ、ぐぇぇ」


 オークは縛った女騎士へと到達する事なく気絶した。実験失敗である。




 隣部屋ではオークの方が椅子に座って、黒板の前に立つ女騎士に質問している。

「せ、先生。おしべとめしべって何ですか!」

「……高度なセクハラ??」

「真面目な話をしています! 先生、茶化していないで真面目に授業してください! まったく。まったく」

「す、すいません……授業を開始します」




 別の部屋では、やはり女騎士とオークが向かい合っている。

 正確に言うとオーク側はベンチプレスをこなしており、女騎士はその補助だ。

「あ、あの。どうして筋トレしているの?」

「俺はベンチプレスしていながらでなければ女と話せない。さあ、もうワンセットだ」

「は、はぁ……」




 更に別の部屋では多数のオークがスクラムを組んで、騎士ほどに戦闘能力を持たない女従士を警戒していた。

「なんてプレッシャーだ。魔王様に匹敵する圧力だ」

「えっと、騎士見習いなのでレベルは低いのですが」

「可愛い顔して恐ろしい女め。全員、警戒を解くなッ。この女が実力行使に出て逃げないように、しっかりと出口をふさぎ続けるぞ!」

「いや、だから。私の実力で逃走なんてできないから。そんなに警戒しなくても」

「ひぃ、こっち向いたぞ!?」




「――という訳でだ。捕虜にはしばらく部下達のリハビリに付き合ってもらう。あまりにも異性から隔離された生活を続けた結果、異性恐怖症におちいる者が多数現れてしまってな。今は私がいるが、将来的には不安しかない」


 場所が変わって、特務魔法大隊の駐屯地の中央にあるゼルファの家。


「な、な、何が、という訳だ!? まったく意味が分からない」

「魔法攻撃できる戦闘距離を保っていれば大丈夫らしいのだが、話しかけられると症状が現れるらしい。これでは、新世界からの観光客に対する接客ができん」

「だから意味が分からないと」

「言っておくが捕虜に拒否権はない。ただ働きだ。淫魔街では刺激が強過ぎるようで困っていたのだが、まったく、お前達の進軍は丁度良かった」

「ともかく、部下達は無事なのだな?」

「お前が一番の重傷者だ。傷の治療が終われば会わしてやる」

「……私と戦ったり、私を治療したり。なんだというのだ」


 ベッドの上に寝かせたエデリカをゼルファは手厚く治療している。薬草を煎じたお手製の傷薬を、き出しにした女の背中へと塗り付ける。

 半裸にされ、妙に覚悟の決まった表情となっていたエデリカであるが、染みる薬効に素っ頓狂な声を上げた。

「ヒへっ! もっと優しく触れ」

「勇者でもない癖に、少数で魔界に突撃してくる女に遠慮がいるのか」

「オークの癖に、そんな女を捕らえて手籠てごめにしようとしないお前に言われたくはない」

 炎の魔法に焼けた肌には、専用の薬を用意して塗り付ける。

 他のオークと異なり、ゼルファは女とじかに接しても動じていない。さすがは魔王軍幹部といったところか。

「部下達とは精神修養が違うのだ。お前がどのような心境で魔界に襲撃をしかけたのかを思えば、看病ぐらいしてやろうという気になる」

「……ッ、お前ごときに私の何が分かる」

 火傷のあとは鉄鎧に沿っている。

 背中を治療し終えたゼルファはエデリカを正面に向かせる。

 胸を腕のみで隠した女を前にしても、ゼルファは相手を思いやる目でしか相手を見ていない。


「分かるさ。俺を籠絡しろとでも言われたのだろう。上から見放されていながら、お前はよく戦った。敵として戦った俺が認めてやる」


 ゼルファにはエデリカの状況が分かっていた。

 ただの想像でしかなかったが、それでも的確にエデリカの心境を理解していた。

 だからといってただ同情する訳でもなく、敵として正しく戦い、その後にこうして対面している。器の大きさは体格通りなのだろう。

 敵を知り己を知れば百戦殆うからずというのだから、エデリカがゼルファに敵わないのは仕方がない。戦場で実際に戦う騎士だから地肌でそう悟る。

 最大の理解者が、敵である魔王軍幹部のオークだった。エデリカにとっては一連の憂鬱を締めくくる最大の不幸だ。


「そうか……そこまで理解されていたのなら、負けてしまって当然か」


 エデリカは上半身裸のままゼルファへと抱き着いた。

 ゼルファはよろけてしまいそうになるが、オークの体格では叶わない。


「お、おいっ」

「負けてしまったのだな、私は」


 エデリカはゼルファにしがみ付いて離さない。





「はい、次の方。こちらにどう――何かご用事ですか、ゼルファさん」


 日帰り入院を終えた翌日。

 すべての検査をA判定でクリアして病院から健康とお墨付きをもらい、元気にRゲート側の審査をしている。と、現れたのはゼルファである。

 いつも入国以外の理由で現れるゼルファであるが、今回も入国が目的ではないのは明らかだ。腕に荷物がからみついている。


「女騎士を光の勢力に返品したいのだが頼めるか?」

「だーめ、私はお前を籠絡する任務があるから、帰らない」

「異世界入国管理局は迷子センターではないのでお引き取りください」


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