女騎士L079 エデリカ・アーデの憂鬱2
「先輩が入院? またまたーっ、ご冗談を」
「いや、これが本当の話でだな。怪我自体はホイエ・コニャークの余りで治したが、いちおう街で検査のために日帰り入院を」
「やっぱり怪我が治っているんじゃないですか」
「いやいや、今回もそこそこ致命傷だったんだぞ」
「またまたーっ、死んでも死なない審査官の鑑の癖にーっ」
本日の欠勤を後輩に伝えたのだが、本気で取り合ってもらえない。遊ぶために有給休暇を取ると勘違いされてしまっている。
後輩に信頼されているのか信じられていないのか判断に悩む。異世界入国管理局を怪我で休む最後の人間だと思われているのは分かるが、過大評価が過ぎないだろうか。
後輩に言いたい事はあるものの、病院の検査に遅れてしまう。さすがに今日は自分の車ではなく、タクシーでの移動だ。
呼んでも地名を言うと断られる――遠隔地だから、他意はたぶんない――タクシーであるが、昨日の内に予約していたので時間通りに出発できる。
「都心の〇〇病院まで」
「ちょっとっ、どうして私を半径五十センチ圏内から離そうとしないのよ。急にそんなに慣れ慣れしくされても、私にも心の準備が!」
「いや、お守りは近くにないと効果がないらしいからな」
「お、お客さん……。その動くフィギュアは本物の妖精じゃないですよね? ね?」
「いえ、これはお守りですよ」
精神疲労を発端とする睡眠不足により、目元が真っ黒に染まっている彼女。
神聖帝国グラザベールの女騎士エデリカ・アーデは、失敗した特殊作戦部隊を率いていた女として処罰の対象となり、現在進行形で責任追及されている。
「騎士エデリカ! どうしてこうなったッ」
新世界の兵器を使って闇の勢力を打倒するという夢物語を語り、膨大な開発費用と作戦予算を浪費して大失敗した。それだけでも責任重大であるが、開発した人工スライムが自我を得て光の勢力の領土内で独立宣言してしまったのが最悪だ。
責任者は責任を取るためにいる。
女騎士エデリカ・アーデが責任者となっていた理由も、失敗した時のための人事だった。が、失敗の規模が想定を超えていたのだ。
「ただ作戦が失敗したのではないのだぞ。この失態、帝国が傾きかねない」
「お前は歴史ある帝国の顔に泥を塗ったのだ! 分かっているのか!」
多数国家の集まりである光の勢力の基本思想は責任の擦り付け、隙を見せた同胞の蹴落としである。限りあるリソースを独占しようとするのならば、どんな世界でも権謀術数は発達してしまう。
神聖帝国グラザベールの騎士たるエデリカが責任者である以上、他国は帝国に対して責任を問うだろう。魔界に近過ぎる未開発の土地だろうと奪われていいものではない。領土問題で譲歩する国は国ではないからだ。直接の被害国以外からも光の勢力の盟主たる帝国に対して非難が集中するのは確実だろう。
失敗を闇に葬りなかった事にしたいところであるが、人工スライムは支配下の森一帯をコニャーク中立国として宣言、魔界の後ろ盾を得て全世界に向けて一方的な独立を言い放ったのである。もう、隠蔽できる段階ではなかった。
国同士の責任問題に発展した今、今更、女騎士一人を槍玉に挙げて仕事をした気になっている余裕はないはずである。
とはいえ、エデリカを非難している将軍達も自分の首がかかっている。見苦しくとも、必死になるのは仕方がない。
「魔王軍幹部を討伐したという実績でどうにか言い逃れをできんのか」
「結局、ダイダラボッチの奴は健在ではないか! クソッ」
「せっかく教会派の奴等が失態を重ねていたというのに、これでは意味がない」
「騎士派の責任は逃れられん。が、せめて責任を軽くしなければ。魔王軍幹部の首級は最低条件となる」
逃れられない責任ならば、追及時期を遅らせて、追及を受けるまでにどうにか別の成果を得る。ただ死を待つよりは人間として正しい。
「騎士エデリカに命じる。即刻、魔王軍幹部ゼルファを討て」
「……それができれば苦労は」
「討てと言っているッ。お前の責任はどう転んでも変わらん。同じ死ぬなら帝国の役に立って死ね!」
他人の事を思わない自己中心的なところが、酷く人間的だ。自己の危険を回避するためならば他人の生命は優先されるべきではないという正論を、正論だからと持ち出すのが人間だ。
「あの馬鹿げたオークの弱点は判明している。生来の繁殖力を封じる事で恐るべき魔力に目覚めた突然変異オーク。次世代を産み出す力を魔力に変換している奴等の弱点は、異性だ」
「幸い、ゼルファは雄。騎士エデリカで対応可能」
エデリカは将軍達から言い渡される作戦内容を、頭の中で吟味する。が、数秒経っても理解できない。ゼルファの性別が自分とどう関係する。
「わざわざ言葉にせねば分からぬか。……お前の体を使ってゼルファを籠絡せよ。魔族に汚されたお前は、役目を終えた後に自害するのを許可しよう」
命令受領から数日。
最前線に近い要塞にて、エデリカは一人、出陣の準備を行っていた。
最後の戦いに赴く、という体裁を整えるために装備に抜けはないものの、エデリカは一人だ。使い捨てになるのは自分一人だけで十分だと彼女は判断していた。
「騎士エデリカっ! 私達もお供致します!」
けれども、エデリカの部下であった騎士や準騎士、見習いの従士達が自前の武具を装備した姿で現れる。
「ならん、お前達まで犠牲になるな」
「今のエデリカ様は最初から死ぬ気です。一人では行かせられませんっ」
「ならんと言っているッ」
現れた部下達は両手で数えて少し余るぐらいの少数。エデリカが率いていた部隊全体の比率から言えばたったの一割にも及ばない人数でしかない。
エデリカの人望が足りなかったと嘆くべき……であるはずがない。死地へ向かう旅への同行者が十人以上も現れる。そういった人生を歩んでいる人間は少ないはずだ。これまでのエデリカの行いを反映した結果が、死を共有しても良いという十人強なのだ。
「死ぬだけでは済まされんのだぞ……」
エデリカが女騎士だからか。現れた者達の半数以上の性別が女だ。
将軍達から言い渡された命令を思い出したエデリカの片腕が、自然と自分の体を抱きかかえて守ろうとしてしまう。
「将軍に何を言われたかは知りません。ですが、逆にこう考えてみてはいかがでしょう。魔王軍幹部ゼルファと最終決戦。勝ってしまっても構わないのだと」
「……何?」
「勝ってしまえば良いのです、騎士エデリカ。そちらの方が貴女らしい」
古参の部下たる長身の女騎士に、自信たっぷりな表情で言われてしまう。
他の部下達、同時に騎士となった女騎士、かつて衝突した事もあった女騎士、剣技を教えていた女従士、皆まとめて覚悟の決まった表情だ。
エデリカは、疲れて切っていた表情を腕で洗った。ガントレットを装着していた所為でかなり痛かったが、目の隈を落とすのには丁度良い。
「――部下に気付かされるとは、私もまだ未熟だった。そうだな、勝ってしまえば良いのだろう。新世界の兵器に頼るなどという発想が最初から間違えで、私はただ、この剣で敵を斬り裂けば良かったのだった」
エデリカは前線にて部下達と一緒に戦う女騎士だ。戦って勝利して、ここまでのし上がってきた女騎士だ。
長く忘れていた覇気ある声を張り上げて、エデリカは剣を鞘から抜く。
「我々は、勝つッ!! お前達、付いて来いッ!!」
「言われずともッ!!」
「勝ちましょう。私達の手でっ!」
掲げた剣の先には、魔界。
そこにエデリカの宿敵、魔王軍幹部がいる。
真っ黒く酸化した魔界の台地に布陣しているのは、ゼルファの直属部隊たる特務魔法大隊、およそ三百体のオーク・マジシャンだ。要塞一つを落とせる戦力である。
魔法の一斉攻撃に適した横一列陣形を既に構築し終わっており、大隊が敵を迎え撃つ準備は万全である。
「報告を受けた時には誤報か、あるいは陽動を疑ったが。まさか、その人数でここまで突破してきたとはな。女騎士」
「ついに、姿を見せたなッ。魔王軍幹部ゼルファ!」
一方、ゼルファが待ち構えていた敵は、僅か十人強の小集団でしかない。
しかも編成には偏りが見受けられる。魔法使いは未配属。騎士が半数以上で弓や長槍を使うものは一人ずつ。武器を持たない荷物運びまでいる。
更に言うと、敵部隊は既に満身創痍だ。既に前線の哨戒部隊と数度衝突した後であるため、装備や体力を消耗しきっている。ほとんど限界の状態だ。
魔王軍幹部が自ら相手をする程の強敵ではない。
虫けら同然だ。
「…………いや、認めよう。お前は私の敵だ」
ゼルファの鋭い目には、違って見えていたが。
「ただの人間族が、その人数で魔王城や建築中の管理局が見えるここまで進出できるはずがない。お前はようやく、私の敵としての資格を得たのだな」
「私を上から見下ろした言葉だが、ふっ、今ならば笑い飛ばせよう。実際、お前は私よりも上にいる。だから、引きずり落とすのは容易だぞ」
「覚悟を持ったか女騎士。だが、これ以上の進出は許さん。俺の背後には観光地が広がっている。二回目の魔界観光ツアーが行われている。通しはしない!」
「背後を気にしたなっ。それが、お前の敗因だッ!! かかれェッ」
高所にいる敵へと愚直な突撃を開始する女騎士部隊。想像以上に極まった足並みで素早いものの、オーク・マジシャンの詠唱速度に敵うものではない。
斜面を駆け上がっている最中の部隊へと容赦なく火球が群がり、衝突。火炎が広がる。
鉄さえ赤く歪む高温に襲われた決死隊の姿が、赤一色に飲み込まれた。
「むッ。次弾詠唱中断! 近接戦闘用意だ」
「――剣が、届いたぞ」
しかし、直撃したはずの炎を切り裂き現れる女騎士。背中に熱風を受けて、限界以上の加速を見せた。最速最短の経路で肉薄、ゼルファの頬を剣先で割く。
三百の魔法に耐えた騎士エデリカの剣が、ついにゼルファへと届く。
「やってくれたな、女騎士ッ」
「私の名前は、エデリカ・アーデだッ。覚えてから死ね、ゼルファ!!」
――魔界観光ツアー防衛戦、開始一時間後――
「くっ、殺せッ!!」
戦力差を物ともせず暴れたエデリカであったが、ついに、膝を落として動けなくなってしまう。剣は予備も含めて折れ曲がって使い物にならず、兜も鎧も破損が激しい。
「ここまでの被害を出させて、ただ殺されるだけで済むと思ったか?」
「くっ、殺せェ」
エデリカに付き添って決死隊に参加した部下達も、全員倒れて動かない。エデリカと同様に善戦して部隊数以上のオーク・マジシャンを倒したが、そこで力尽きたのである。
かろうじてまだ息はあるようだが……部下達を押さえ付けたオーク共の顔が酷く険しい。
「ぐふぇ。ゼ、ゼルファ様、この女は俺に。俺が倒しましたっ。ぐふぇふぇ」
「……良いだろう。その女はお前の手柄だ」
「ありがとうございます、ぐふぇ。……さあっ、寝ていないで立て。ぐふぇ、同僚達が傷付いた分、お前には色々としてもらわないとな。ぐふぇふぇ」
エデリカと共に戦った女騎士が一人、呼吸のおかしいオークに連れ去られていく。
「部下を、ケイトに何をするつもりだッ。汚い手で触るな!」
「ゼルファ様。俺にはこの女をっ、この女で、勉強を」
「……そうだな。オーク・マジシャンにも後継ぎは必要だ。その女に教えてもらえ」
普段は略奪行為を禁じているゼルファだが、今回は部隊に被害が出てしまっている。手下達が獲得した捕虜を取り上げて不満を蓄積させるような真似はしない。
エデリカの仲間たる女がまた一人、オークに連れてかれていく。
「止めろ、止めるんだッ。ヘレンを離すんだ」
「ネイキッドの女騎士だァ。これが女ぁ……」
「ゼルファ様のご厚意だ。こいつは皆でいただくとしようぜ」
「ステーシィーっ、ミーナまでっ! どうするつもりだ、お願いだ。やめてくれ! あぁ、皆、私の所為で!?」
重量物を上げ下げするような仕草をしているオークや、多人数でありながら女一人運ぶのに苦労しているオーク共により、エデリカの仲間達は連れ去られてしまった。連れ去られた先で何が行われるのか、想像さえ恐ろしい。
次々と一緒に戦った仲間達が捕らわれていく中、最後の一人となってしまうエデリカ。
エデリカの動かない体に手をかけたのは、当然、死闘の相手たるゼルファだ。
「――お前は、俺の部屋にこい。もてなしてやる」
「魔族め、オークめ、ゼルファめッ!! 部下達に何かしてみろ。死んでもお前を許さない!!」
 




