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潜在傷L078 主人と眷属はいつも一緒

 脂汗に濡れる全身の不快感さえ覚えていられない。そういった余裕のない容態だったはずであるが、はて、今はまったく苦しくない。プカプカと水面に浮かんでいるような解放感だけ。正確に言うと肉体の縛りがなくなっている。

 明るいような暗いような。

 暖かいような冷たいような。

 ともかく、肌に隠されていた魂がき出しとなって世界を感じられている。実に心地よい。昇天してしまった後のごとく苦痛も一切感じない。

 ただ、この夢のような空間を手放しで絶賛して良いものだろうか。

 以前にも似た体験があって、その時は魂の制限を超える勢いの情報量で話しかけられ――、


“――0x0100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101111111110101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010111111101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101011111111101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101111111010101010101001001010101010101010101010101010101010――”


 ――ほら、やっぱり。人間ごときの魂にそんな勢いで流し込まれたら、風船が弾けるみたいにバンっと――。





“――音量、調整。予想外、再会”


 いつか聞いた声が聞こえてきて、意識どころか魂が復活したと知る。人の事をパンこねるみたいに復元できるこの人は何者かと考えてはならない。気軽に話しかけられなくなるからだ。


“――何用?”


 いや、特に用事があった訳ではない。

 救助を求めていたのは確かであるが、欲しかったのは一一九のダイアルプッシュであって、この人に頼まないとどうにもならない奇跡ではない。耳かきのためにボーリングマシンを用意する者はいない。過ぎたるはおよばざるがごとしだ。


“――謙虚?”


 助けていただけるのなら、ぜひ助けて欲しいです。


“――人間族、肉体、極小。我爪先、操作不可”


 破裂した魂を直す方が大変だと思うが、この人にとっては人間の肉体を直す方が難しい事のようだ。

 どんな名医であろうとミジンコの治療はできない。存在に気づいたらいけないこの人、器が大き過ぎるため爪先を用いても人間の体を潰してしまうらしい。


“――通称△神話。近年、不人気。残念”


 異世界事情はともかく、俺の体に起きている異変について教えてもらえないだろうか。

 原因さえ分かればすぐに治療に取りかかれる。


“――体内負傷、数日間潜在。発現理由、宝石女神、距離”


 異常が起きたのではなく異常が症状として現れただけ、と。

 体の異常事態は数日前からずっと続いてたが、ペネトリットの加護によって抑えられていた? けれども、ペネトリットと距離が離れて加護が薄まり症状が表面化した? 

 ははっ、あんな妖精にお守り効果がある訳がない。ペネトリットは喋りかけてもいない癖に終始踊るダンスフラワーみたいな奴で、ご利益のないただの妖精でしかないのだ。


“――妖精擬態、宝石女神、本音。神性、重責、我共感”


 ありえない。ペネトリットは妖精だ。

 何よりもペネトリット自身がそう強く望んでいる。だから、ペネトリットの正体が何であろうと、あいつは能天気でお気楽な妖精でなければならない。

 たとえ、世界を創造する神様の言葉だろうと、俺は否定してやる。


“――神性、逃避、罪科。近未来、必罰”


 ペネトリットは妖精だ。

 妖精であると言い張る事で将来的に悲劇が生じるとしたとしても、俺だけはペネトリットの正体を認めない。絶対に認めてなるものか。


“――善悪、判断、保留。大晦日おおみそか、審判”


 今年の最終日に何があろうと、俺はペネトリットを妖精だと言ってやる。


“――大晦日? 君、命、維持可?”


 ……ん?


“――体、限界、即治療必要。生命、風前”


 …………マジで?




 陽光に照らされる山間の朝。

 ほぼ山の中たる管理局周辺の木の枝の上で、小鳥がチュンチュンと――、


「光の勢力の小動物がわらわらとッ、アジー様に軟膏なんこうやマーキュロクロム液、いわゆる赤チンを投げつけて遊ぶな! 石化させてフリマアプリで売りさばくぞッ」

「やーい、ダメージ負わないと戦えない奴ぅー。薬はノーカンのようね!」

「く、ははは……、悪意の竜に喧嘩売るとはいい度胸ッ。八丈島に出かける前に決着付けなさいな、マルデッテ、ミノス!!」

「人間族に負けた幹部共が来たわよ。全員散開!!」


 ――ギャンギャンと騒がしくて、消耗しまくった体にさわる。

 社員寮の傍で異世界生物同士が喧嘩を始めたようだ。つまり、近くに人がいる訳なのだが、俺は助けを呼べずに倒れ続けてしまっている。かすれた息みたいなものが喉を通り抜けていくだけで声になってくれない。

 夢で誰かさんに宣告された通り、俺の命はきかけているのだろう。内臓も痛んで血が巡っておらず、チアノーゼで酷い顔だ。

 倒れる時は異世界ゲートの手前だと思っていたのだが、まさか自室で死ぬ事になろうとは。

 結局、俺の死因って何だったのだろうか。


「――クソ、森妖精の九割が未帰還になる事前提でいくさを始めたけど、敵の動きが予想外に早いわね。少しこの部屋に退避しておきましょ……って、アンタ、寝相悪いわね」


 ふと、死にかけていた体が復調する。

 勝手にドアを開いて入ってきた不法侵入妖精がヒラヒラ飛んで近づいてくると、何故か体の調子が戻る。動かそうと思っても動かせなかった腕を支えに立ち上がった。


「ペネトリット、お前は誰が何と言おうと悪戯好きでどうしようもない、まぁ、時々は役立つ妖精だからな」

「はぁ? アンタに言われなくても私は妖精よ」




 ――数分後、診察室


「正確な診断は病院でMRI検査を受けてもらわないと駄目だけど。うん、腰の骨がポッキリ折れちゃっているね、他にも折れているけど、腰が一番酷い。内臓からも出血してヤバいね。どうしちゃったの、ダンプカーにかれたの?」

「いえ、先生。流石に車で管理局内に乗り付けてくる旅行者はいないので」

「だったらダンプカー並みの打撃を最近受けなかったかい。ほら、警備部が集団で担ぎ込まれた時にとか。日数的にありえないけど、審査官に伝わる古式呼吸とかで延命していないかい?」

「いえ、あの時は別に……あっ」


 俺の体調不良の原因が判明する。

 マルデッテ・メドゥーサ(二一九歳)による数々の暴行。警備部の多くが負傷したと言うのに、尾に跳ね飛ばされたり尾に巻き付かれて悲鳴を上げたりしたりした俺だけが無傷であったはずがない。ちゃっかりとダメージを受けていた俺の体は、あの日からずっと瀕死の重傷状態だった訳である。


「あの蛇女はどこにいる。上司のアジーに文句言ってやるッ」

「八丈島の次は奥道後とか言っていたわね。というか、ち、近いわよ。今朝から急に私を肩に乗せたままにしちゃって、どうしちゃったのよ」


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