没交渉L077 注意、過労ではありません
不法入国したエルフを警備部が取り押さえた。
言葉にすればこれ以上ない程に適切、かつ、適材な方法で事件は解決している。誰に対して言葉を憚ろうか。
「この邪魔な人間族共めェッ。最早、容赦はせん。死ねェ」
「エルフのナイフだ。俺が受け止める!」
「いや、俺だ。俺への斬撃だ!」
「違う、俺への愛情表現だから、俺のものだ」
「はぁっ?! レベルもパラメーターも不足した凡人共の癖に、どうして私の攻撃を受け止めきれるんだ」
うん、警備部の奴等でエルフ女を完全に拘束できている。筋力以外の劣情が理由というのは気にしない。
コンビニのアルバイト君の戦闘能力も懸念材料であるが、そもそも、コンビニに属している時点で気にしても仕方がない。最悪、店長のおじさんがどうにかしてくれるだろう。
今は、エルフ女を尋問するのが最重要だった。
どこから、どうやって、何を目的に日本へと不法入国してきたのかを探らなければならない。特に手段については今後の厳格な入国管理のために必ず聞き出す。
一般的な犯罪者を捕らえておく部屋では警備が不十分のため、ミサイルの直撃にも耐える出入国ホールの内側にある応接室で尋問する。まあ、エルフはこのホールの施錠された扉を突破してコンビニに辿り着いたのだが。
ただし、今の応接間は三十匹ほどの妖精が張り付いている。魔法的な力で逃げ出す事はできない。
「エルフを見張っていれば無罪逆転、もう正座しなくて済む。遺憾だけど、この女には犠牲になってもらいましょう」
「クソ、裏切り者の妖精共め。私がいなければお前達は新世界に辿り着けなかったのだぞ」
「一人は皆のために犠牲になって、皆は一人の犠牲で助かっての精神よ。正座を五時間して皆で悟ったわ」
森妖精の集団出現の直後にエルフが現れているので、関連性があってもおかしくはないか。森妖精共を囮にして、こっそりとホールの壁を突破したというのが手段だったのだろう。
「最初にお前の名前を聞いておこうか?」
局長はいないので、俺がエルフ女に尋問する役だ。
机を隅に追いやった部屋の中央で、パイプ椅子に座ったエルフ女に質問する。
「何も答えるつもりはない。特に、お前にはな!」
「えらく嫌われているな、俺。最初にお前が攻撃してきたのも俺だったが、俺が何かしたのか?」
「我等の神に対する数々の侮辱、覚えていないとは言わせんぞ」
手錠に繋がれたままエルフ女が威嚇してくる。今にも噛み付いてきそうな雰囲気である。
だが、俺には一切の心当たりがない。異世界の住民たるエルフが信仰している神となると、創造神の事だろうか。世界は違っても、神様を侮辱するような罰当たりな真似をした記憶はないのだが。
「ちょっと、どうして私の弁当だけから揚げが全滅しているのよっ」
「あー、腹空いていたから俺が食った。悪い、ペネトリット」
「よくも私の子を。許さない!」
「お前はいつから鶏になった」
異世界の神様を悪く扱った事は一度もない。神様に誓って言おう。
「名前も明かせないとなると、このまま強制送還するしかない。お前みたいな危ない奴を管理局に置いておけないからな」
「私を森に戻すか。それで危機が去ったと思わない事だな。私は必ず、もう一度ここにやって来て、今度こそお前の心臓にナイフを突き立てる」
綺麗な顔して物騒な事しか言わないエルフだ。日常的に呪いの手紙が届く仕事をしていると命が狙われたぐらいで恐怖は感じないが、暗殺者を野放しにしておくのも面倒臭い。
理由を聞いても答えようとせず、コミュニケーションが成立しない。
どうしたものかと悩んでいると、弁当を食べ終わったペネトリットが俺の肩に乗ってくる。
「ちょっとーっ、私の眷属を勝手に殺さないでくれない。百パーセントこいつが悪いのでしょうけど、私の所有物を他人に壊されたくはないわ」
誰がお前のものだ。こう俺が反論するよりも前に――、
「はっ、分かりました。殺しません」
――どうしてか、エルフ女が返事をしてしまう。
「素直でよろしい。アンタ、見込みがあるわ」
「恐縮であり、光栄です」
「いや、エルフ女。お前はどうしてペネトリットに向かって頭を下げているんだ」
「黙れ、人間族。事情が変わってお前は殺さないが、殺意でつい殺しかねない。私に話しかけてくるな」
人の事を殺すとか殺さないとか、情緒不安定なエルフなのかな。こんな残念美人、異世界に送還してもオーケアノスが受け取りにサインしてくれないかもしれない。
「そのような無礼で汚らしい人間族にお座りになるぐらいなら、私を椅子にしてください」
「良く分かっているエルフじゃない。座ってあげましょう」
「大いなるお方に座していただける日がくるとは。私は幸せ者です」
「まー、とっても素直な子。誰かさんと違って。こういう子が部下に欲しいわね」
理由は分からないが妖精のペネトリットに全面服従している。体の大きさで言うと大人が子供に従っているよりも酷い絵面で、異世界的にも残念な人物であるのは間違いない。
「――近くで見てはっきりしたぞ。別に私が殺さずとも、お前は既に致命傷でいずれ死ぬ。ただ気付いていないだけだ」
エルフの処遇については局長が帰ってくる明日までお預けとなった。
ペネトリットが監視をすると言い出したので、俺は一人で職員寮に戻っている。実際にはペネトリット一人に任せたのではなく、自主的に夜通しの番に就いた警備部もいるので安心だ。
エルフの服従ぶりを見ているとペネトリットだけでも大丈夫な気がしなくもないが。
「あのエルフ。ペネトリットの事を知っているのか? 怪しい……」
個室のドアを開いて、スーツを脱ぐ。
洗濯機を動かして、シャワーを浴びる。
干していた洗濯物にアイロンをかけて、明日の用意を済ませる。
「エルフについては明日調べるとして。今日はもう眠ってしま――ぁり?」
そういった日課を終わらせて今日はもう寝るだけだ。ベッドまで移動して、横になるだけ……だったのに、足から力が抜けて床に倒れ込む。
急激に体が寒くなっていく。合わせて体中が痛くなっていき、特に腰が痛い。足は一切動かせない。
視界が安定してくれず、吐き気がする。実際、吐いてしまっているのかもしれない。
大人だろうと耐えられない急激な体調不良だ。迷わず救急車を呼ぶためにスマートフォンへと手を伸ばすが、机の上までは距離がある。手が届かない。
「一体っ、俺の身に……っ、何が??」
必死に伸ばしていた手も脱力してしまい、俺はうつ伏せとなって意識を失う――。




