精霊族L076 E・L・F
「護店経営剣が三式“Teaポイントをお付けします”」
首と胴の中心線を斬り分ける二本の軌跡が外套姿のテロリストを襲う。その無慈悲な刃は、店内戦闘に特化した最小の動きで繰り出されたため達人であっても避けるのは不可能だ。
だが、それに対処してみせるからこその強者であり、脅威。
左右の手に持つナイフを軌跡と交差するように構えて盾とする。耳障りな金属同士が摩耗し合う音がキオスク程度の小さな店内に響き、盾となったナイフが割れて一部が脱落し床に転がった。
外套のテロリストは無傷で技をしのぎ切る。
「ちょっと自信無くしちゃうなぁ。研修で覚えて間もない技とはいえ、続けて二度も防がれちゃうなんて。ははっ」
「これが新世界の人間族の実力か。想像していたよりも多少はやるらしい。多少は、でしかないが」
「しかも動きづらい外套付けたままだなんて、僕のプライドがズタズタ!」
高度な戦闘が続いている。そして、斬り合う二人の姿を弁当棚に背中を付けて特等席で見学している俺。
流石はあの店長と同じ剣技を使うだけあって、アルバイト君は狭い店内でも制限されない足さばきで――店の商品にダメージを与えない戦い方とも言う――攻撃を続けている。
一方の外套のテロリストは防戦に徹しているが、劣勢に追い込まれている雰囲気はない。攻撃の一つ一つに冷静に対処し、アルバイト君の技を見切っていた。
「店長ならどう戦うのかな。あの人とも本気で戦ってみたいのだけど、どう戦えば勝負になるか」
「これが実力のすべてなら、お前の負けだ」
「まあいいや。とりあえず、外套を脱がないとこれで死ぬよ?」
アルバイト君は一歩下がって間合いを開けると、これまでと構え方を変えた。中段あたりに構えた刀の先を相手に向けながら、刃は地面と水平になるように横に寝かせる。
どういった意味を持つ構えなのか戦闘の素人では分からない。何となく、突き技のまま横なぎにできそうだなとは思う。
「護店経営剣が二式、“商品補充は素早く丁寧に”」
意味を知っていたところで、目で追えない高速攻撃なのだから関係がない。
俺は瞬きしていなかったというのに、アルバイト君の姿を見失っていた。いや、瞬間的に外套のテロリストとアルバイト君の姿が重なってしまったため、消えたものと錯覚してしまった。
アルバイト君の刀が、暗殺者の肩口を貫いている。背中側まで貫通しているので明らかに致命傷だ。
ああ、とうとうコンビニで犠牲者が……。
「――認識を改めよう。新世界の人間族」
ふと、女の声がした方向、店外へと視線を向ける。
通路の床に摩擦熱による筋が二本走っていた。その先にある壁際では、浅く傷付いた肩口を押さえる女が立っている。
状況から察するに、女が外套の中の人であるのは明らかだ。咄嗟に外套を脱いでデコイとし、串刺しを避けたのか。
「お前は私の敵だ。お前を先に殺す」
民族的でタイトな衣装が特徴的である。
とはいえ、女の両耳と比較すれば大した特徴ではない。顔立ちの美しさが海外映画の女優の域にあるというのも一番の特徴とは言い難い。
「たった百年も生き延びられず、更に短い全盛期でしか戦えない人間族でありながら私に僅かなれどダメージを与える。称賛してやる。お前は強い」
「上からの発言ありがとうございます。死ぬ前に発言しておかないと喋れないですものね」
「図に乗るな。短命の人間族ごときがエルフと戦って勝負になると思うなよ!」
そう、長い耳だ。エルフ耳だ。
異世界のLゲート側、森林同盟の主要種族の一角たるエルフ。妖精を祖としながら独自の進化を果たしたエルフの特徴、頭の左右に伸びる長耳の前にはすべてが霞む。
だから顔ごとモザイク処理されてしまわないだろうか。そうしておかないと今回のオチが確定してしまう。
「剣技のみに特化するお前ごときで、私に敵うものか」
肩の傷へと当てているエルフの手が淡く光った。すぐに手は離されて、その下からは傷の塞がった綺麗な素肌が見える。一瞬で治療か再生を終えたか。
穴の開いた外套を店外へと捨てたアルバイト君が、再び突きの体勢を取る。
「化物めっ、再入店しやがってください」
「アルバイト君、嬉しそうだな」
「あえて、お前の得意な距離で戦ってやろうかッ」
両手にナイフを持ったエルフ女がコンビニへと接近して、第二ラウンドが開始される。
射程内に入った途端に繰り出される最速の刺突技に、エルフ女は対応して見せる。盾にしたナイフごと右腕が跳ね上がりつつも、攻撃に回している左手のナイフがアルバイト君の頸動脈を狙う。
アルバイト君が大量出血で殉職する未来が確定した瞬間、より素早く引き戻された刀が突きの体勢へと再度装填され、即座に放たれた。
エルフ女の左手のナイフの中央が欠けて破片が飛び散る。
そして、ようやく赤外線が反応して来店サウンドが響く。達人の域に達した戦いにあるまじき電子音だ。
「くっ、生意気なッ、まだ速度が上がるのか」
「突き技だけなら店長にも負けない自信があるんですよね」
アルバイト君とエルフ女は店の境界線たる足ふきマットを挟んで対決しているため、周期的に気の抜ける来店サウンドが鳴る。何かのコントのようで笑うべきシーンなのかもしれないが、流石に殺伐とし過ぎている。
「けれど、本当にすごいなぁ。僕の二段にまで対応できる人、なかなかいないよ?」
「急所ばかりを正確無比に、だからこそ読み易い!」
「あ、ちょっと通りますよ」
力が拮抗しているため長引きそうだった。
暇なので買った弁当を持って店外に出て、近くのベンチで食べ始める。夕食がまだだったので腹が減っている。
最終防衛ラインを突破されかけている管理局の危機であるが、俺にできる仕事はない。審査するまでもなくエルフ女は不法入国者で間違いないのだ。不法入国された後で審査官にできる事など観戦しながら増援を待つだけだった。
「ちぃ、狭い空間での戦いに特化した剣技か。お前の土俵で叩き潰してやりたい所だが、敵地で時間をかけ過ぎるのも下策だ。……エルフの弓術に討たれろ」
コンビニから離れて、俺の前をスライド移動していき、通路の奥まで後ずさったエルフ女。背中にある折り畳み式の弓を展開させて矢を装填する。
「しまった。僕、まだ護店経営剣の店外使用ライセンス取っていないんだよね。店の近くにいないと護店経営剣を使えない――」
「狭所に特化し過ぎたお前の負けだ。もらったぞッ」
「――だったら、仕方がない。僕本来の技で殺しちゃうか。…………無明に死ね」
エルフ女とアルバイト君、どちらの気迫によって生じた現象なのか分からないが、通路の照明が次々と落ちていく。
窓のない暗い一本道が出来上がると、その両端に武人が立ち並ぶ。
「――必中せよ。狩猟の――」
「――三段突――」
暗くて弁当のおかずを箸で掴めなくて困ってしまった。
そんな最高潮の瞬間にスタッフオンリーの扉が開いて、完全武装の警備部が現れる。必殺技っぽいのを放つ間際だった二人の間に割り込んでいく。
「装備に手間取ったが、助けに来たぞ!」
「あ、警備部の班長さん」
「いいところで。もう、邪魔だな」
「時間をかけ過ぎたか。だが、人間族が何人現れたところで!」
正直言って、常識の範囲内に収まる筋力しかない警備部の隊員達が現れたところで犠牲者が増えるだけなのだが、今回は相手が悪い。
エルフ女の周囲を取り囲んだ隊員達の手にはポリカーボネート製の盾と警棒……ではなく、サイン色紙とマジックペン。
「――サ、サインください!」
「なっ、なんだ。こいつ等は!?」
うん、完全装備だ。
「生まれる前からずっと好きでした。付き合って欲しいなどと恐れ多い事は言いません。戸籍上の繋がりだけでもください!」
「お前のその赤い用紙は何だ!? 何かの契約書か。ち、近付けるな!」
「本物のエルフだ。ああ、長い耳が。ありがとう、ありがとう」
「ええぃ、私の耳を見て泣くのを止めろ。気色悪い!」
「この職場を選んだたった一つの理由が、ついに……。長かった。本当に長かった。エルフの耳は長かった」
「だから、耳を見るな。泣くなッ」
きっと、こいつ等、監視カメラにエルフの顔が写った瞬間に銃や盾をロッカーに投げ込んで、いつかエルフが現れた時のために用意していたE装備、サイン色紙や結婚届へと交換したのだろうな。
警備部の面々に一切の敵意はないため、エルフ女は矢で貫くのを躊躇っている。単純に気持ち悪くて気分が引いただけかもしれないが、反比例的に弓の弦を引く力が酷く弱まっている。まあ、エルフを崇拝する警備部共ならば撃たれても本望だし、たぶん、心臓に穴が開いても動くだろう。
「……嫌だなぁ。せっかくの死闘を、邪魔しないで欲しいな」
エルフ女については警備部に任せておけば問題ない。
フラストレーションを溜めているアルバイト君の方については、俺が対処しておこう。
「アルバイト君、まだレジ打ち済んでいませんよ」
「あっ、忘れていました。今済ませますねー」
 




