攘夷人X075 フレッシュ
「はい、次の方。こちらにどうぞ!」
このフレーズ。審査のたびに発音しているはずなのに妙に懐かしい。
『チャネリング』のような上位存在との交信により、第四の壁の向こう側から三十話ぶりという言葉が浮かび上がるものの、それはきっと、机の上に並んで正座している奴等がだいたい三十羽いるからだろう。
「あの……こちらにと言われても、机の上の妖精達が気になってしまって」
「気にしないでください。ただの馬鹿共です」
「は、はぁ。やっぱり体が小さい分、脳が小さいから妖精って馬鹿なのですね」
俺のブースをお客さん達が避けている所為で、台詞と審査の回数が減ってしまっている。イタズラ中だろうと反省中だろうと仕事の邪魔をする奴等だ。
「も、もう足が痺れてっ。私は立つわ!」
「やめなさい、森妖精A! あのイカレた私の眷属は本気よ。本気で私達を反省させて社会性を植え付けるつもりなのよ」
「立ったら駄目。また反省カウンターがリセットされちゃう」
「連帯責任なの。アンタの所為で皆が迷惑を被るって理解して」
「足の毛細血管が死にかけているのよッ、限界! ウォォォ」
「止めてェェッ」
私利私欲に走る森妖精が立ち上がるのを周囲の皆が止めている。五時間経って、ようやく社交性というものを学び始めたようだな。この調子ならもう五時間あれば三歳児並みの倫理観に目覚めてくれるだろう。
「前回は私も頭に血が昇っちゃって、ちょっとやり過ぎた感があるのは認めるわ。でも、私とアンタの仲じゃない。私だけは免除しても良くないかしら?」
「身内だからこそ厳しくいくのは当然だろ?」
「み、身内って……ふん。まあ、いいわ」
ペネトリットも殊勝に反省を続けてくれている。良い心がけである。
「局長も何を考えているのか」
いつの間にか現れていた森妖精共。奴等はLゲートの視察中、森で遭遇した森妖精共三十弱と同一妖精である。あの森にコニャークが住み着いたため故郷を捨て、新天地を目指して集団移動していたらしい。
新天地として選ばれたのは新世界。妖精に選ばれるとは名誉な事ではなく、迷惑な事である。
俺の荷物に紛れていたとは思えない――審査官の荷物に紛れていたら職を失う――ので、カイオン騎士達に付いていったのか。Lゲートの管理局を通り抜けて、三十近くの妖精が不法出国できた理由は定かではないが。
「ペネトリットの前例があるから、妖精が三十匹追加オーダーがあっても変わらないだろうって。審査官と妖精のペアがより高精度の審査を可能とするからだって、それって前に言っていた人員入れ替えを困難にするための口実だな」
「いやー、本当にお忙しいのですね。異世界入国管理局って」
「異世界転生するしかないブラック企業よりも、異世界の直近とはいえ日本で暮らせる業務の方がまだマシとも言えます」
「あまり実感がないですが、ここって世界の端なのですよね。ホント、見てみたいなー、異世界ゲート」
途中から会話が成立してしまっているのは俺が一人二役をしているからではない。
妖精共の反省がまだ終わっておらず、残業突入が確定したため夕食を買いにコンビニへと出向いているのである。果たして、購入する三十人分の弁当代は経費で落とせるのだろうか。
店員は本日もおじさんではなく、新人のアルバイト君。
おじさんは深夜時間帯に働いているので引退した訳ではない。ようやく二十四時間の七日間連勤を止められたらしい。
新人君はアルバイトとはいえ、既に一週間近く仕事を続けている優秀な子だ。
「やっぱり異世界ゲートって厳重に管理されているみたいですね。うーん、どうやったら異世界ゲートに接近できるかな」
「残り一週間勤務できれば職員としてスカウトされると思うよ」
「はい?」
先任らしくペネトリットが他の妖精を監視しているので、しばらくは雑談できる。
後輩になるかもしれないアルバイト君と少し雑談しておこう。
「どうして最終防衛線紛いな僻地でアルバイトを?」
「できるだけ楽な勤務先で働きたかったので。実際、やってくるお客さんは限られますから」
「招かれざる客だってくるけどね」
「残念ながら、異世界の人はまだ来店されていないんですよね。あー、早く戦ってみたいなー。どんな血の色しているのかな」
「というか、どうやって管理局内のコンビニの求人を知った?」
「最近は求人アプリでどこにでも」
聞けば、アルバイト君は大学生。普段は山道を下った所にあるキャンパスで学生をしているが、物入りとなる年末年始に向けてアルバイトを開始したとの事である。
声を聞いても性別判断に悩む中性的な人物だ。人懐っこそうな性格も加味して考えれば売り子としての素質は高いと言える。が、正直、うだつの上がらない職場で働かなくても、もっと割の良い仕事があると思う。
弁当のバーコードを読み取ってもらいながらの会話では、アルバイト君はただのアルバイトとしか分からない。コンビニ店長が不在中、コンビニ業務はともかく最終防衛ラインの守護が務まるようには正直思えない。
いや、店長という前例がある時点で、人が見かけによらないという定説は正しい訳でして。
「そういえば、アルバイト君。君の名前を聞いていなかっ――」
「――おっと失礼、お客様。隠しきれない殺気がそこに」
ほら、ただの大学生の癖に、俺の背中の中心目掛けて飛んできた投擲ナイフを空中で叩き落している。……ん、俺コンビニで買い物しているだけだったのに即死しかけてない?
どこから取り出したのか分からないだけならともかく、どの瞬間に構えていたのか分からない刀をアルバイト君は手に持っていた。
刀の切っ先は店外へと向けられており、そこには外套で全身を隠した謎の不審者。
「テ、テロリスト!? セキュリティエリアの内部だぞ、ここ」
「店内にゴミを投げ捨てる人への対処マニュアルは、ウェポンズフリーか。このコンビニでの初めての実戦ですねー。うまく斬れるかな」
外套のテロリストがくの字型のナイフを構えた。と、思った瞬間にはコンビニ内へと足を踏み入れている。恐るべき俊足だ。
「――我が神に対する数々の無礼。死して償え」
「――あはっ、強敵だァ。護店経営剣が一式“おでんをつつくのをお止めください”」
俺へと襲いかかるテロリスト、そのナイフを持つ指を斬り落とす一閃。
テロリストは目標を瞬時に切り替えて、刀をナイフで受け止める。
――都内某所
「国会は異世界との国交樹立を特別国会で可決する。愚かな事だが、この流れはもう止めようがない。……いや、端から政府などに期待していなかった。我等の未来は我等で守る」
照明が落とされて窓も閉ざされた室内ゆえ、人の姿を確認できない。しかし人の声は確実に聞こえている。実に秘密結社らしい会合だ。
「金塊の山が見えていれば、足元に底のない谷が広がっていても見えていない事にしてしまう。そして先に落ちた犠牲者の山で橋を作り、血肉で埋まった谷を越えた事を歴史という美談で語る。……異世界との接触で起こる未来をこうも簡単に想像できるというのに、国民の多くは気付かぬフリだ」
「けれども我等は違う。我等、攘夷は未来の悲劇を食い止める」
姿を隠しているが、ここには異世界排斥運動の首魁、攘夷テロリストのトップが集まっている。暗闇のまま会合を開いている理由は用心のため。
政府の方針が固まって以降、捜査機関によるテロリスト摘発が加速している。内通者対策に、互いの顔を知らないまま協力関係を築いているのだ。目的や行為は決して許されないというのに、攘夷という信念によって繋がる彼等の絆は固い。
「だが、どうするのだ。作戦の成功率は低下している」
「使用可能な戦力も減少傾向だぞ」
ただし、幹部の摘発や作戦失敗が続いた事で、攘夷活動は活発化している反面、勢力そのものは縮小傾向にある。
「もう。ちまちまと異世界人を襲撃していても進展はない。本丸を落とすのだ」
「すべての元凶たる異世界ゲート。アレさえ破壊できれば異世界との行き来は不能となる。我等の最終目標は異世界入国管理局の徹底破壊である」
「作戦失敗は許されない。我等と政府の力関係から言って、作戦は一度のみ。一度で必ず成功させなければならない。念入りな下調べが必要だが、並の工作員には任せられん」
だから、攘夷は本腰を入れてしまう。
「――安心したまえ。戦闘部隊フレッシュ、その中でも最強と謳われる戦闘隊長たるアイツを潜入させた」
異世界ゲートを破壊するべく、テロリストは持てる最強戦力を投入するのだ。
異世界入国管理局と攘夷。二つの勢力がついに直接対決を果たそうとしている。
「おお、フレッシュの戦闘隊長と言えば、ウェイクアップを投入したのか。我等でも扱いきれぬ狂犬を。敵とはいえ同情を禁じ得ない」
「ふふ、勝ったな。風呂沸かしてくる」
テロリスト襲撃による異世界入国管理局崩壊の日は近い。




